Summer days 5
愛しい者と過ごす時間。
それはあっという間に過ぎ去ってしまう。
それが遠く離れて中々会えないとなると尚更であって。
チェックアウトギリギリまで蜜な時を過ごした鳴鳥とジルベルト。
ジルベルトの休暇は今日の昼までで、時間は午前11時を過ぎていて。
もうすぐお別れとなる……筈であった。
「えっと、ジルベルトさん……?」
「どうした?」
「どうした? じゃないですよ。これは一体……」
てっきり駅まで見送られるのかと思いきや、ジルベルトは駅近くのイタリア料理店に入って行ってしまった。
質問する間もなく彼は注文を済ませた後、料理が運ばれてくる前になって鳴鳥はどういう事かと問いかける。
ひょっとして昼食を済ませた後にお別れになるのかと思いきや、ジルベルトは首を横に振る。
「ここからは任務の一環みたいなものでな」
「任務?」
「まぁ、ほぼ私情なのだが……」
詳しく話を聞こうとした所、二人が座る席に一人の男が近づいてきた。
身長も高過ぎず、太ってもおらず、やせ過ぎでないまさに中肉中背。
何処にでも居るような眼鏡を掛けた青年はあからさまに嫌そうな顔をしてジルベルトへ声を掛けようとするも、鳴鳥と目が合った瞬間、ビクッと肩を震わせて一歩引いて固まった。
「そんな所で突っ立っていないで座れよ」
「あ、は、はい……っ」
かなり挙動不審な青年を同席させたジルベルト。
席に着いた青年は何故だか鳴鳥と目を合わそうとせず、ずっと俯いたままであった。
「あの、ジルベルトさん。こちらの方は……」
「ああ、紹介する。こいつはこの星の駐在員となったタロー・タナカだ。ちなみにこれは偽名であって本名はハンス・シュミットという」
「……ど、どうも」
「で、こっちは言わずとも分かるよな」
「あ、はい。ナトリ・ナナツカさん……ですよね」
「そ、そうですけど。どうして私の事を……、駐在員って……」
「お前の事は星団連合に属する星の者なら知っているはずだろう。それに、駐在員についてはこの間話した筈だが?」
「それは……そうですね。えっと……それで、駐在員の方がどうして……」
彼がここに居る理由。
それはジルベルトがある目的の為に呼び出したからで、それは他でもない鳴鳥の為であった。
「お前、学校や親に進路についてどう説明しているんだ?」
「そ、それは……!」
先延ばしにしていた選択。
それは進路の事であって、鳴鳥は未だ決めかねていてどうするべきか悩んでいた。
高校卒業後はジルベルトやアルヴァルディの皆が居る元へ、この星を旅立とうとしていたが、そのような考えを学校で教師に言える筈もなく、家族にも説明は出来ない。
高校を卒業すれば教師への説明は不要となり、旅立つ前にはしっかりと家族に説明をして理解してもらうつもりだが、それまでの間普通に過ごす為には厄介な選択、進路を決めなくてはならなかった。
進学をするならば試験を受け、受験料や入学金など払わなくてはならない上に、仮に自分が合格すれば誰かが落ちてしまうかもしれない。
就職も入社が決まり、直前になって行けないとなると会社に迷惑が掛かる。
無駄なお金を両親に払わせたくはなく、誰かに迷惑を掛けたくない鳴鳥はどうするべきか悩み続けていたが、これは自分の問題であってジルベルトに相談すべきでないと胸の奥にしまっていた。
一度も話題にしたことがない筈だが、ジルベルトには鳴鳥の悩みが分かっていたようで、こうして席を設けたのだと言う。
「進路の事なら気にしなくて良い。こいつが面倒を見るという事にしておくからな」
ハンスの本来の職業は漫画家らしく、鳴鳥は彼のアシスタントとなるようで、これで学校と親への進路についての説明を誤魔化すようだ。
そんなに上手くいくのか、そもそも漫画家を目指していない鳴鳥がどのようなツテで漫画家のアシスタントとなるのかという問いに対し、鳴鳥が得意とするアレで、普段から行っている人助けを理由に絡まれていたハンスを助けたとして縁があった事にするそうだ。
「それにしても漫画家さんだなんて凄いですね……っ!」
「いやぁ……それ程でもありませんよ」
「ああ。確かに凄かったなぁ。あの薄っぺらいほ――――」
「ええっと! そ、そう言えば、ジルベルトさんとナトリさんはどういった関係で?」
「そ、それは――――」
「知りたいか?」
頬を赤く染めて俯き口ごもる鳴鳥と勝ち誇ったかのようにニヤつくジルベルト。
その様子で二人の関係を察したハンスは驚くよりも自身がしでかしてしまった事を思い出してしまい、睨み付けても来るジルベルトの視線から逃れるように俯いて顔を青ざめさせたのであった。
鳴鳥の仮の進路先が決まった事で三人は昼食をとり、店の前で鳴鳥とジルベルトはハンスと別れる事となった。
別れ際、ジルベルトは少しだけ鳴鳥に待つように言い、ハンスの肩を組んで二人だけの話をする。
それはこれから先、鳴鳥の両親へと就職先の説明をする際に立ち会う為に連絡先を交換したのだが、それにかこつけて妙な気は起こすなよと、ジルベルトはハンスに対して釘を刺しておいたのであった。
話を終えた後、何故だか青ざめたままのハンスを鳴鳥は気遣うが、彼は平気であると言い張りそそくさとこの場を後にする。
「ジルベルトさん、まさか脅すような真似はしていないですよね」
「アイツは元々挙動不審な奴だからな。気にする必要は無い」
「そう……なのですか?」
「ああ。それよりも、これで暫くお別れになるな」
「あ……。はい……」
レストランから駅まではさほど距離は無く、直ぐに着いてしまう。
鳴鳥がゆっくりと歩こうともそれは無駄な抵抗であって、再び任務に戻らなくてはならないジルベルトに迷惑は掛けられない。
改札口の傍まできて鳴鳥は向かい合い、苦しくもあるがどうにか気持ちを落ち着かせて別れの挨拶をした。
「忙しい中、逢いに来てくれて嬉しかったですし、凄く楽しかったです……!」
「……俺も、ここまで来た甲斐があった。だが、俺のせいで世話を掛けさせたな」
「いいえ! そんなことは無いです。看病を……、ジルベルトさんの為に何かをできたのも嬉しかったですし、二人で過ごせるだけで十分で……っ。それに、ジルベルトさんは私の悩み、進路の事まで気づいていてくれて……。色々と手配してくれてありがとうございます……!」
「あー……、その件なんだがな……――――」
鳴鳥の尊敬の意も含んだ眼差しに対し、ジルベルトは後ろ頭を掻いている。
彼は何処か後ろめたそうな様子でいたが、やはり嘘は付けないらしく本当の事を話す。
「お前が悩んでいるだろうって事は俺が気付いたんじゃなく、クランドの奴がだな……」
「久城センパイが……?」
「ああ、そうだ。そろそろそんな時期だから相談に乗るか、どうにかしてやって欲しいと言われた」
恋敵でもある久城に助言されたのは相当悔しいのだろう。
ジルベルトは久城の涼しげな表情を思い出してしまい、苦虫を噛み潰したかのように表情を歪めている。
いくら忌々しくても彼の助言は正しく、実際鳴鳥はその事で悩んでいた。
ここで嘘をついて自分の手柄のように振る舞うのは更にみっともなく、それでも久城に対し素直になれないジルベルトはこうして嫌な顔をしつつ事情を明かした訳だ。
「すまないな……。気付いてやれなくて」
「い、いえ……っ! 私がちゃんと相談しなかったのが原因ですし……。それに、察してくれたのは久城センパイだとしても、こうして解決して下さったのはジルベルトさんじゃないですか」
「それはまぁ……そうだが」
「だからありがとうございます……! それと、相談できなくてごめんなさい……」
「お前が謝る必要など……っ。そうだな……。俺が相談させにくくしていたのも悪かったな」
互いに謝るような形であったが、ジルベルトは今後真っ先に自分に相談するようにと。
どんな些細な事でもいいからと言って鳴鳥は深く頷いた。
「それじゃ、またな」
「はい……! また、逢える日を楽しみにしています」
次に会えるのは冬休みか、まだ予定は未定である。
その先、春になればもう会えない日々を辛く感じることは無くなるのだが、随分先のような気がして、その日は遠く感じる。
非日常な出来事で出会って結ばれた二人はそれぞれの日常に。
鳴鳥はこの星、地球で学生として過ごし、ジルベルトは遠い宇宙で星団連合の軍人として任務に就く。
二人の距離は遠く離れても、一緒に過ごした日々は胸の内にいつまでも残り、心は離れたりはしない。
このひと夏の出来事も、永遠に――――
友人と遊んで、僅かな時であるが恋人とも過ごせた鳴鳥の夏休み。
あっという間に終わってしまい、出来る事なら後ひと月ほど夏休みが続けばいい、そんな子どもじみた事も考えてしまいながら登校する新学期。
おはようと挨拶が飛び交い、久々に会うクラスメイト。
何時も通り鳴鳥が自分の席に着いた途端、クラスの女子の多くが詰めかけるように鳴鳥の元へと集まる。
「ど、どうかしたの? みんなして……」
「どうかしたの? じゃないわよ! 鳴鳥。アナタ何か隠している事があるんじゃないの?」
「え……!?」
隠している事は確かにある。
この星から遠く離れた宇宙で過ごした日々。
それは絶対言える筈もない事であって、荒唐無稽な話だと馬鹿にされかねない為、決して口には出来ない。
隠し事などないと言い張るしかない状況なのだが、一番仲が良い筈の留美ですら疑いの眼差しを向けてくる。
「隣のクラスの子が見ちゃったらしいんだよね……」
「……へ? えっと、な、何を……?」
「もう! とぼけないでよ。夏休み中、こっそりデートをしていただなんて。隠すだなんて水臭いわよ!」
「えぇ!?」
どうやらジルベルトとのデート現場を目撃されていたらしい。
他人の空似だと、知らぬ素振を装えばよかったのだが、鳴鳥は誤魔化す事を得意とせず、表情に全て表してしまう。
言質は無いがこれはクロだと確信した女子達は途端に色めきだって相手は誰なのか、どこで知り合ったのか、どこまで進んだのかと矢継ぎ早に問い詰めてくる。
「目撃情報によると相手は年上で、背が高くて、中々のイケメンらしいじゃない。一体どういう事なの!?」
「そ、それは……」
「さぁ、吐いて貰うわよ!」
「うぅ……っ」
誤魔化す為に思いついた言い訳。
それは何時ものお節介で、ただ単に道案内をしていたという事で。
幸い目撃したのは駅で別れる時だったらしく、普段の鳴鳥の行動も相まってどうにか信じて貰えた。
「まぁそうよね。鳴鳥が彼氏をだなんてあり得ないし」
「留美ちゃん酷い!」
皆も留美の言葉にウンウンと頷いて納得したようで、やはり鳴鳥には色恋沙汰など無縁であるだろうと小馬鹿にした様子であった。
「(むぅ……。私にだって彼氏は居るんだから! ……紹介は出来ないんだけれど)」
タイミングが良いのか悪いのか、担任教師が教室に入りホームルームが始まる。
どうにか皆の疑惑を誤魔化すことに成功したが、腑に落ちない様子の鳴鳥であった。




