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Xenoverse:EX  作者: 葉月はつか
Side story
12/21

第67.5話(第134.5話) 未開の青い星にて

 危険度は低い実地訓練。何事もなく無事に終え、帰路に就く鳴鳥達学生の一団。

 このままアストリアまで平穏無事に済むかと思いきや、アクシデントにより学生達はバラバラに。

 皆を乗せた脱出艇は方々へ散り、鳴鳥達六人は未開の惑星に降り立っていた。

 非常時の携帯食料も海水を真水へと変えられる装置もあるが、何時まで続くか分からない遭難で限りあるものを消費するよりも余裕があった方が良いと。

 そう皆の意見が纏まり、鳴鳥とメリエルとアーノルドは森へ食料と水源を探しに。

 マイアとマティアスは海で食料調達を、リベルトは脱出艇にて通信を待つのと、必要な用具の整理やテント張りなどの雑務を受け持った。

 鳴鳥達が山菜など山の幸を集め、水源を見つけ、そこで偶然ヴィオレーヌが危険種である大蜥蜴に襲われかけている所に遭遇していた頃。

 マイアとマティアスは魚を捕まえ、貝を採っていた。


「……」

「……あら、どうしたの?」

「……いや、その……だな」


 脱出艇に備え付けられていた用具の中には折り畳み式の釣り竿もあった。

 だが岩場まで来たマイアは釣り竿を使うことは無く、その代わりに衣服を脱いで海に潜り、手製の銛で魚を捕まえ始めたのである。


「遠慮しなくてもいいのよ。何でも思っている事を言っても構わないわ」

「……それが、その……。何故、そのような格好を……」


 マティアスが赤面し、目線を逸らしながら指摘するマイアの姿。

 彼女は一糸纏わぬ姿でいて、その白い肌は無防備に晒されていた。

 竜人種の蛇科と人とのハーフであるマイアは身体の所々が鱗に覆われているのだが、大事な部分は隠されておらず、マティアスはそんな彼女の姿を直視できず、目線を外したまま問いかけている。


「別に私は見られても問題ないのだけれど」

「目のやり場に困るんだが……」

「だって、水着が無いのだし、下着を海水で濡らす訳にもいかないし、仕方がないでしょう」

「いや、魚を獲るのは釣り竿で良いだろう?」

「餌を付けて待つなんて効率が悪いわ」


 マイアの言う通り、現に彼女は多くの魚を捕まえ、更に貝類も獲っている。

 一方でマティアスが釣り上げたのは数匹で、しかもサイズはあまり大きくはない。

 効率の話を持ち出されては反論できず、彼は深い溜息を吐いて話を終わらせようとする。

 立ち上がり少し離れた場所で、マイアの姿が見えないような位置で釣りの続きをしようとするマティアス。

 最初から、マイアが脱いで飛び込む時から離れていれば良かったのだが、ここは未開の惑星であってどんな危険が潜んでいるか分からない為、迂闊に離れてはならないだろうと、目線を逸らしながらも目の届く範囲に居た訳である。

 ここまでで危険なことは何一つ無かった。

 ならばそろそろ離れていても大丈夫だろうと、声だけが届く場所へと移動しようとするマティアスだが、彼はマイアに呼び止められて立ち止まる。


「ねぇ、貴方も一緒に泳がない?」

「な……、何を……」

「こうも暑かったら泳ぎたくもなるでしょ?」

「……その気持ちはわからなくもないが、今は遠慮しておく」

「私とじゃ不満、なのかしら」

「決してそういう訳では無い。……先程も言った通り、今の姿の君の傍に居る訳には……」

「あら残念。私はその窮屈なスーツに包まれた貴方の逞しい身体が見たかったのだけれど」


 まるで誘っているかのような台詞。

 それは紛れもなくマイアからのアプローチであって、決してからかっていたり、慌てふためくような反応を期待し小馬鹿にしようとしている訳では無い。

 だがこういった事、女性から積極的に迫られる事には慣れていないマティアスは彼女の真意を測りかねるようでいて、どうしたものかと頭を抱えている。

 普段から人を遠ざけるオーラを発し、自らも集団には属さぬよう距離をとるアーノルドとは違い、マティアスはいつも穏やかなようであって、人当たりも悪くない。

 ただ彼の場合は大柄な体躯と額に生えた二対の角、鬼人種という強大な力を持つが故に一部の者達には、偏見を持つ者には避けられていた。


「……君は、私が怖くないのか?」

「貴方の事が……? それは襲われてしまうという意味でかしら?」

「い、いや、そうではなくてだな……。その、鬼人種である私自身を恐れないのかという事だ」

「あら、その事。そんなのは決まっているじゃない」


 どんな表情をしているのか。

 今はマイアの姿を視界に入れてはいけないと思いつつも、彼女の様子が気になったマティアスはチラリと盗み見るようにして一瞬だけその表情を確認しようとした。

 けれども彼は一度捉えたその姿に目を奪われ、視線を釘づけにされてしまう。

 さしたる事ではないと、事も無げに言ったマイア。

 その言葉通り、彼女は平然としていて、しっとりと濡れた髪を掻き上げて柔い笑みを浮かべる。

 その姿は絵になるようで、思わず見とれていたマティアスだが、ふと我に返り慌てて視線を外す。


「いや、……だが、自分は……」

「私だけでなく、ナトリやメリエルも貴方の事を避けたりはしない」

「そのようだが……、何故だ? 何故恐れない……?」

「ナトリはたとえ相手が敵意を向けていても許すような子だし、メリエルは相手が敵意を向けてこない限りは友好的だわ。それと私は……」

「……君は」

「私はどんな相手でも簡単に屈しない。……それだけよ」


 自信溢れる姿。

 マイアが言うのはただの虚勢でもなく、彼女はその言葉通り強く、簡単には屈しない。

 あまり良い噂ではないが、彼女とメリエルは多くの男を泣かせているようで、彼女達に逆らう男子生徒は学園内には居なかった。

 確かに怖れるものが何もないくらいの強さは持っているが、鬼人種の恐ろしさはそれの比ではない。

 タガが外れた鬼人種は力を制御できずに暴虐の限りを尽くし、仲間すらも手にかけてしまうのである。


「……君は鬼人種の恐ろしさを知らないから、恐れを抱かないのだな」

「そんな事は無いわ。数年前、軍内部でも味方に手を掛けるような事件があったのだから、その力については重々承知よ」

「だったら何故……。それでも恐れないというのはどうしてだ……?」

「きっと、想像力が欠如しているのね」

「は……?」


 海から上がってきて、濡れた髪を軽く絞り、身体に付いた海水をタオルで拭き取るマイア。

 やはり恥じらう様子はなく、素肌を晒したままの彼女はクスクスと笑いながら言う。


「女の裸を直視できない程に純朴な貴方が暴れる姿など想像できないもの」

「そ、それは……」

「あと、私、痛いのも、激しくされるのも嫌いじゃないから」

「……っ」


 艶を含んだ微笑みは真意を測りかねるものであって、またもやマティアスはマイアのペースに引き込まれて翻弄されそうになる。

 こうして何人もの男を落としては手玉に取ってきたのだろう。

 そう思えば彼女の色香にも惑わされないでいられる筈なのだが、女性の扱いに慣れていないマティアスは軽く理性を揺さぶられただけで簡単に揺らぎ、それでも真面目な性分もあってか、何とか踏みとどまる。

 やはりこれ以上マイアと言葉を交わすのは止めた方が良い。

 彼女は悪意あってそうしている訳では無いと分かるが、彼女の言葉は毒の様でじわじわと追いつめて病にされてしまいそうになる。

 手っ取り早く逃れるのには距離を置くのが一番で、マティアスはマイアに背を向けて離れて行った。

 遠ざかる大きな背中。

 マイアは残念なようで、それでも心底ガッカリとしている訳でなく、何処か満足気である。


「(……やっぱり、手は出してこないのね)」


 他の男ならここまでされて大人しくしている筈はない。

 これまでは今よりももっと控えめに無防備な姿を晒して、それにまんまと引っかかった者達を見てきたが、その者達とマティアスとは明らかに違うようである。

 ただ単に彼の場合、女性の扱いに慣れていないというのもあるが、そういった者を相手でも、マイアは簡単に篭絡してしまう。

 それが今回はいつも通りではなく、マティアスは手を出してくる様子が無かった。

 好みの問題とも思われるが、頬を赤らめている様子から彼の好みから外れているようではなく、強い自制心で抑え込んでいるようである。


「(……それだけ強ければ、怒りに囚われてしまう事も無いでしょうに)」


 マイアの誘惑に全く靡かないマティアス。

 最初は少しからかうだけのつもりであったが、一向に落とせない事から興味をなくすのではなく、マイアの場合は余計に気になってしまったようで、火を点けた形となる。

 彼女の狙いが定まりつつあることなど知る由もないマティアスは、餌だけ取られてしまった釣り針に溜息を吐いていた。






 マイアとマティアスが食料集めを終えて脱出艇まで戻り、捕まえた魚の下ごしらえを終えた頃。

 間を置かずに鳴鳥達が戻ってきた。

 彼女達も山菜などを集めて水源を見つけたのだが、持ち帰った物は食用の野草や果物だけでなく、食べられない者、ヴィオレーヌも連れ帰ってきていた。

 鳴鳥に対して敵愾心を剥き出しにしていたヴィオレーヌだが、負傷した上に共に脱出艇に搭乗していた者達から見放された彼女は嫌う者でも頼らざるを得なかったのだろう。

 口だけはまだ元気なようで減らず口を叩いていたが、何時もよりは威勢が良くなく、鳴鳥とリベルトの説得に従い、治療を大人しく受けている。

 ヴィオレーヌの治療を終えた所で、彼女を連れ帰るに至った事情を鳴鳥達から説明され、ヴィオレーヌも皆と共に救助を待つ事となった。


「おぉ! 凄い。これ全部マイマイ達が獲ったの? 大漁じゃん」

「メリエル達こそ、色々と集めてきたのね」


 それぞれが集めた食材を前にして成果を確かめあっていた二人。

 多くの食材を前にしてこれから作り出される料理に期待せずにはいられないようであって、やはり携帯食で済ますだけでなく、こうして食料集めをして正解であったと考えていた。


「魚の成分チェックと下ごしらえは済ませておいたわ」

「ありがとう、マイア。それじゃ、私達が採ってきたのも一応チェックに……」

「えぇ大丈夫だってば。あたしが知っているものばかり採ってきたんだから」


 未開の惑星でいて、そこには見知った植物もあるが、未知の植物なども存在する。

 普段からよく食すものだとしても、形が似ているだけで有害な成分を含んでいるかもしれない為、水質を調査するように口にするものは全てチェックをするのであった。

 メリエルは余程自信があってわざわざ調べることは無いと言うが、そこに割って入る者が一人。

 リベルトは呆れたような顔で苦言を呈した。


「見た目だけで判断するのは危険です。似ているようであって違いがあるかもしれない以上、手間は惜しむべきではありません。……ここで中毒でも起こしてしまえば救難を待つ所じゃなくなりますよ」

「それは……そうだけど……」

「皆で手分けすればすぐだから、ね、メリエル」

「まぁなっちんがそこまで言うのなら仕方がないなぁ」


 メリエルが納得した所で手分けして集めた食材の毒の有無をチェックする。

 リベルト、メリエル、鳴鳥、メイアが食材の安全確認をし、アーノルドとマティアスは火を起こして番をしていた所、ふとリベルトが手を止めてメリエルの方を向き、ソレを突きつけるように見せながらどういう事かと問いかけた。


「ひとつ問いたいが、このあからさまに怪しいキノコを何故入れたんですか?」

「え? ああ、それ? それなら――――」


 リベルトが手にしていたキノコ。

 それは見るからに毒がありそうな紫色の傘で、ピンク色の斑点までついており、調べる間でもなく怪しいものであった。

 誰が見ても手に取る事を躊躇うようなモノなのだが、メリエルは首を横に振って大丈夫であると言い張る。


「確かに見た目はアレだけど、このキノコを採った事があるんだよ。子どもの頃とか見つけたら親にすっごく褒められたし」

「……君の御両親に? ……ところで君はこのキノコを食した事はあるのか?」

「んー……。食べたかどうかまでは……分かんないや。ほら、熱を加えると色が変わる食べ物ってあるでしょ。入っていたかもしれないし、どうだったかなー」

「恐らく君は食していない筈です」

「何で分かるのよ?」


 自分の口からは言い辛いのか、リベルトは使っていた検査キットをメリエルに見せる。

 そこに表示されていた成分分析。

 一緒に覗き込んだ鳴鳥は赤面し、マイアはクスッと笑い、メリエルは成程と納得していた。


「マ、マイア、これって……」

「『性的興奮を高める』……つまりは媚薬ね」

「あー、成程。媚薬の材料で高く売れるから親が喜んでいたのかー」


 長年の謎が解けたようでスッキリとした顔をしているメリエルだが、彼女の態度は彼、リベルトを苛立たせたらしく、彼は険しい表情で非難する。


「全く。君の軽率な判断に付き合っていたらどうなっていたか」

「えぇ!? ここに毒性は無いって出てるし、別に死ぬわけじゃないんだし良いじゃん」

「ええ確かに死にはしませんが、皆がこれを食していたらどうなっていたか……。考えるだけで怖ろしいです」


 ここに居るのは若い男女であってそんな者達が媚薬ともなるものを摂取すればどうなるのか。

 あまりそういった事に詳しくない鳴鳥でもなんとなく分かるらしく、ますます頬を赤らめ、そうならなかった事に安堵してホッと溜息を漏らす。

 彼女やリベルトは危険性を認識しているようだが、マイアやメリエルは別に大したことではないと危機感を抱いてはいなかった。


「まぁ、それはそれで面白かったかもしれないわね」

「な、何を言っているの、マイア……!?」

「そうだよねー。これくらいでビビるなんてことは無いよ」

「君達は……。どんな者が相手でも、このような場でも嫌ではないと言うのか……?」

「別に私は構わないわ」「あたしも。別に平気だし」

「……」


 貞操観念の違い。それを見せつけられたリベルトは軽く眩暈を感じる。

 ひょっとして自分だけがおかしいのかとも彼は思うが、鳴鳥の様子を見るからに、どうやらメリエルとマイアだけが異常であると分かる。

 そして彼はそんな者達と何時まで続くか分からないサバイバル生活を共にするのだと思い知らされて深い溜息を吐いた。


「あ、ちょっと! どこに持っていくのよ」

「これは僕が責任を持って処分しておきます」

「えぇ!? 勿体無いじゃん!高く売れるなら持って帰って――――」

「後進惑星の資源を他の星へと持ち出してはならない。……忘れてはいませんよね」

「そ、それはそうだけど……」


 有無は言わさないように、リベルトはキノコを全て持ち、処分しに行ってしまった。

 恨みがましくリベルトの背中をねめつけていたメリエル。

 確かに条約を破る訳にはいかないが、せっかく見つけた珍しい物を、価値のある物を捨てるのは不服なようである。

 普段から個人情報を売って小銭稼ぎをしている守銭奴なメリエル。

 彼女の様子に鳴鳥とマイアはやれやれといった様子で、どうにか機嫌が直るように宥めた。


「むー! 二人だって、勿体ないと思うでしょ?」

「私は、そんなものが無くとも構わないわ」

「あー……。マイマイには必要ないかもね」


 名門貴族の出であるマイアはお金に困ることは無く、その上媚薬など用いなくても多くの男を虜に出来る為、惜しむ気持ちは全くないようであった。

 マイアが駄目ならば、とメリエルは鳴鳥へ同意を求めて提案をする。


「なっちん! あのキノコで作った媚薬を使えばなっちんの好きな相手も落とせるかもよ?」

「え……!? そ、そんな事は――――」

「既成事実さえ作ればこっちのもんだって!」

「……ご、ゴメンね。色々と考えてくれるのは嬉しいんだけど、薬を使ってまでどうにかするのは良くないと思うんだ。……それは本当の気持ちじゃないし。やっぱり、ちゃんと心の底から想ってくれたらなぁ……って」


 友の思いは無下にできないが、やはり薬などに頼ったやり方は間違いであると。

 たとえ結ばれなくても本当の想いでなければ意味がないと、淀みない鳴鳥の気持ちを聞かされたメリエルは自分の浅ましさを思い知ったようでいて、落ち着きを取り戻した彼女は友人二人に謝った。

 色々と騒動もあったが、その後皆は海の幸と山の幸をふんだんに使った夕食を味わい、遭難一日目の夜を迎えた。






 何時もとは環境が違うせいか、それとも今が遭難という状況であるからか。

 軍学校の生徒である者は実地訓練で野営も行う為、枕が変わって眠れないという事は無い。

 その夜リベルトが夜中に目覚めてしまったのは後者の例であって、おちおち眠ってなどいられないようである。


「(……アーノルドが居ない?)」


 男女が別れたテント。

 そこではリベルトとマティアス、そしてアーノルドが眠っていた筈だが、彼の姿は無くなっていた。

 普段から馴れ合う事を嫌う彼であって、それは男女分け隔てなくであるから間違いは犯さないだろう。 自分と同じで寝付けずに散歩でもしているのかと思い至り、探そうとはせず再び眠りに就こうとするリベルト。

 耳に届くのはマティアスの規則的な寝息と波が押し寄せる音であり、直ぐにまた眠れるかと思いきや、少し離れた場所で足音が聞こえて目が覚めてしまった。


「(……アーノルドが戻って来たのか……? いや、これは……)」


 足音はこのテントに近付いて来るのではなく、遠ざかって行った。

 そしてテントの入り口が開かれる事も無く、音の主はアーノルドではないのかも知れないと分かる。

 もしかすると女性陣の方で、それは生理現象を人目のつかぬところで済ませに行ったのかも知れない。

 そう思いつきもしたがどうにも引っ掛かり、こんな夜更けに女性が一人で行動するのは危険であるかもしれないという不安も過り、リベルトは起き上がり銃を手にテントを抜け出した。






 この未開の惑星には太陽のような星から陽の光を浴びる事があり、月のように陽の光を浴びて夜中に柔らかな明かりを地上に降らせる星もある。

 月明りを浴びた夜。

 真夜中に海岸から離れ、草木が生い茂る場所へと少し進んだ先。

 そこではザックザックと何かを掘り出す様な音が聞こえていた。


「うひひ。見つけたぞ……!」

「……何を見つけたんですか」

「何をって、勿論、超レアキノコを――――って、おわっ!!?」


 藪の中で穴を掘っていた者。それはメリエルで、彼女を驚かせて仰け反らせたのはリベルトであった。

 こんな真夜中に何をしていたのか。

 それは言わずもがなで、メリエルの手元には動かぬ証拠のキノコが握られており、慌てて背中に隠した所で意味は無かった。

 呆れ果て、ゴミかなにかを見るような目でメリエルを見下すリベルト。

 彼はこれまでで一番深い溜息を吐いてどういう事かと問いかける。


「どうやってこの場所を?」

「へへん! 獣人種の鼻の良さを舐めて貰っちゃあ困るね」

「この状況でよくそこまで誇らしげにしていられますね……」

「う……、ス、スミマセン……」


 しゅんと項垂れて反省した様子のメリエル。

 やはり自身が犯している過ちには気づいているのかと安堵したリベルトだが、彼が手を差し出してもメリエルは物を差し出そうとはしなかった。


「それは僕が処分します。ですから早く出して下さい」

「あ、あたしが見つけたんだし、あたしが責任を持って処分するよ」

「……それでは僕が手伝います」

「いや、いいから。ほら、疲れているでしょう? 早く戻って寝なきゃ」

「……」


 反省して見せたのはポーズであって心の底からではない。

 そう判断したリベルトは強硬策に、まずは土の中に残っていたキノコを取り上げようとするが、そこはメリエルが止めに入る。


「何を……!」

「お、お願い! 見逃してよ。ほんの少しだけだから、一度採っちゃったものだし、ね?」

「見過ごせる筈がないでしょう。規律を守る僕達が規律を守らずしてどうするんですか!?」

「これくらいなら良いじゃん! ……そうだ、何でもするから、今回だけは見逃してよ」

「……何でもするんですか?」

「うんうん! 何ならあたしがイイコトをしてあげよっか?」


 真面目そのものであるリベルト。

 彼でもやはりそういった事には興味があるのだと踏んだメリエルは自身の身体を使ってこの場を見逃して貰おうと胸元をチラつかせるが、彼女の色仕掛けは全く通用しないようである。


「何でもすると言うのなら、その手にある物をこちらに渡してください」

「そ、それはダメだよ!」


 しばらく続いた押し問答。

 先にしびれを切らしたのはメリエルで、彼女は手持ちの物だけでもとキノコを手に逃げ出そうとした。

 無論このまま彼女を逃す訳にはいかないリベルトは手を伸ばす。

 そもそも遭難しているからして逃げ場など無いのだが、そんな事は頭になく、身体は先に動いてしまい、結果としてメリエルを引き倒す形に。

 服を掴まれたメリエルはバランスを崩して倒れ、それと同時にリベルトも倒れ込んでしまった。


「いてて……。……ちょっと! 何すんのよ!」

「……すまない。だが逃げ出す君が悪いだろう?!」

「べ、別に逃げ出すなんてことは……――――。そ、それよりも早く退いてよ」

「い、いや、その手に持った物を放すまでは退かない!」

「……へぇ。そう言いつつ、別の何かを期待しているんじゃないの?」


 ただ倒れ込んだ体勢ではなく、リベルトはメリエルを拘束するように腕を掴んで地面に押さえつけた。

 力尽くで組み敷かれた状態であるが、メリエルは臆する事も無く、寧ろ余裕をもって口端を緩め、膝を曲げてリベルトのある部分をつんつんと押した。


「……何コレ。アンタって女に興味が無い訳」

「君のようなガサツで礼節を弁えない女性に興味が無いだけだ」


 しらけた様子のメリエルと平然とした様子のリベルト。

 どうやっても折れない彼の様子にメリエルは諦めがついたのか、ついに手から放したのだが、それは地に落ちた瞬間、ある物を撒き散らした。


「……っ! これは……」

「え……!?」


 周囲に広がったモノ。それはキノコの胞子であった。

 咄嗟に口を塞がれたメリエルはどうにかその胞子を吸い込まずに済んだが、彼女の口と鼻を手で覆ったリベルトは胞子を吸い込んでしまい、咳き込んだ後にフッと力を抜いて倒れ込んだ。


「ちょ、何を……」

「……っ」


 首元に感じる荒い息。

 ゆっくりと起き上がるリベルトの目は先程の真剣な眼差しではなく、何処かおかしなもので。

 その眼はメリエルにも見覚えがあるモノ、男が女をある目的で組み敷いた時に見せるものであった。


「じょ、冗談でしょ!? ……そ、そういった事が嫌って訳じゃないけど、いきなりってのは――――」

「……」

「……ま、待って――――」


 別に襲われてしまう事が嫌な訳では無い。

 それでも先程まで言い争っていた者に、しかも一番そういった事をしなさそうな者に良いようにされる訳にはいかずにメリエルは抵抗しようとするが、彼女が暴れる前に彼が動いた。


「え……!?」


 バチバチッと音が響き、目の前で弾ける紫電。

 それはリベルトが持っていた制圧用の電撃銃で。

 彼は自分自身に銃を向け、そして躊躇いなく撃ってしまい、再び力なく倒れ込んだ。

 惑わされながらも強い自制心で自らを戒めたリベルト。

 散々と迷惑を掛けた相手であるメリエルを守る為に……なのかはよく分からない。


「真面目すぎ……なんだから……。…………バカ」


 ここまでされてはこれ以上彼を振り回す訳にもいかないようで。

 メリエルは掘り出したキノコを土へと埋め、そしてリベルトが目覚めるまで彼の傍に。

 眠る彼の頭を膝の上に乗せて彼が自然に目覚めるのを待った。






 翌日。昨日はそれぞれ色々とあったようだが、ここで蒸し返して変な空気になるのは避けたいらしく、皆が話を持ち出すことは無かった。

 何事もなかったかのようであるが、その時の出来事はそれぞれの切っ掛けとなり、のちのち彼女や彼を結ぶこととなったのだが、今はまだそうなる未来を誰も知らないでいた。

 



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