第48.5話(第95.5話) 遠き日の誓い 2
それは鳴鳥と久城が出会った時の話。
まだお互い幼かった頃、由利亜の我儘につき合わされて屋敷から抜け出した蔵人は、公園にて近所の子ども達に絡まれて喧嘩にまでなってしまった。
暴力など振るった事が無い蔵人はどうにか妹である由利亜を守ろうと立ちはだかるも、何も出来ずにただ目を瞑る事しかできなかった。
そんな矢先、己の身に何も起きなかった事を不思議に思い恐る恐る目を見開いた蔵人が見たのは、先に手を出してきた大柄な子が横へと飛ばされる姿と、相対する者達の前に腕を組んで立つ栗皮茶色のショートカットの少年であった。
「うげっ! トサカ野郎!」
「トサカ野郎じゃない! 鳴鳥だ!」
「うるせー! お前には関係ねぇーだろうが! あっち行ってろ!」
「関係なくはない! 困っている人を助けるのは当然の事だ!」
突然現れた鳴鳥と名乗る少年は蔵人と由利亜を守るように立ちはだかり、そして殴りかかってくる男の子達を次々と倒していく。
その姿はまるで戦隊モノのヒーローの様であって、か弱き姫君のピンチに駆けつける王子様の様でもあり、守られていた蔵人と由利亜は鳴鳥の立ち回る姿から目を離す事が出来ずにいた。
「おぼえてやがれ!」
「そっちこそ! 二度とちょっかい掛けるなよ!」
鳴鳥に返り討ちにあった男の子達は負け犬の遠吠えを、捨て台詞を吐いて去って行く。
あっという間に子ども達を追い払ってしまった鳴鳥。
彼は衣服に着いた土埃を手で払ったのち、くるりと向きを変えて蔵人と由利亜に笑顔を見せた。
「怪我はない? 大丈夫?」
「あ……」
「も、もしかして、日本語が分からない……!? ど、どうしよう……」
「だ、大丈夫です」
「そっか、良かった~」
蔵人の歳とあまり変わらないような少年。
彼の背丈は蔵人よりも少しだけ低く、由利亜よりは少しだけ高い。
少年は言葉が通じる事に安堵し、そしてまた笑顔を綻ばせた。
「強いんだね……、君は……」
「え? そんなことは無いよ。アイツらとはいつもの事だし……」
「い、いつもこんな事を……?」
「うん。まったくこりないよね。何度倒してもまーた誰かにちょっかいを掛けるんだから」
「は、はぁ……」
先程の男の子達は言葉遣いや態度が乱暴でいて、怯えきっていた由利亜。
そして今目の前に居る少年もいくら弱い者を助けるとはいえ、暴力で解決していて、それが日常茶飯事だと笑い飛ばす程に暴力に対する抵抗はない。
これまでにそういった者と接する機会は無く、いくら助けてくれた相手とはいえどう接してよいものか戸惑う蔵人であったが、今まで彼の背中に隠れていた由利亜が前に進み出て頭を下げた。
「あ、ありがとうございます……!」
「お礼はけっこう! 困った人を助けるのは当然の事だからね」
恩着せがましくない態度。
決して自分の力を誇示したい訳でもなく、ただ単に目の前の困っている者を放っておけないという正義感であって、鳴鳥は邪な気持ちが一切感じられない真っ直ぐな瞳をしていた。
人見知りが激しい由利亜が警戒を解いたのを切っ掛けとして、蔵人も彼に対しての考えを改め、頭を下げながら助けて貰った礼を述べる。
だが鳴鳥は首を横に振り、またもや礼などいいと、後ろ頭を掻きながら照れた様子で言った。
「私は奈々塚鳴鳥。えっと、二人の名前は?」
「僕は久城蔵人。で、この子は僕の妹の由利亜です」
「よろしくね。蔵人君、由利亜ちゃん」
「よ、よろしく……!」
由利亜がすっかりと懐いてしまった事もあり、三人は一緒に公園で遊ぶこととなって。
この公園によく来るという鳴鳥は蔵人と由利亜に園内を案内し、二人は鳴鳥に付いて行き、彼と共に様々な遊具で遊んでいた。
そう、時間を忘れる程に……。
「あ……!」
「どうしたの? 兄さま」
「(時間、忘れていた……)」
気づけば夕刻に。
日はとっぷりと暮れていて、カラスが鳴き始めている。
本当は少しだけ、三十分ほど遊んで早々と屋敷に戻ろうと蔵人は考えていたが、いつの間にか由利亜だけでなく彼も遊ぶことに夢中になっていて、ついつい時間を忘れてしまっていた。
「そろそろ帰らないと……」
「もうこんな時間かぁ……。そうだね、帰らないと」
「えぇ!? もう……!?」
蔵人の言葉に鳴鳥は頷いて同意するが、異議を唱える者が一人。
予想していなかった訳ではないが、由利亜は帰宅する事を拒み、まだ遊び足りないと駄々をこね始めた。
「今日は土曜日だから、明日もあるよ。また明日、ここで遊ぼう?」
「明日は……たぶん、ダメ……なの」
「何か用事があるの?」
「それは……、その……」
今日が特別であると由利亜でも分かっていて、今後このようなことは無いだろうと想像もついていた。
それどころか今回の事、勝手に屋敷を抜け出した事により咎められ、今後はより一層外出が厳しくなるだろうとも予測が出来る。
複雑な事情をどう説明してよいのやら、由利亜だけでなく蔵人でも説明は出来ずに困っていた所、鳴鳥は深く追求せず、曇った表情の二人に笑みを向けて前向きな提案をした。
「明日がダメなら来週。来週がダメならそのまた次の週。私は休みの日に大体この公園に来ているから、どのくらい先でも大丈夫だよ」
「鳴鳥さん……」
「だから約束、しよう」
小指を立てて差し出す鳴鳥。
助けてくれた恩人に、一緒に遊んだ友とも呼べる者をこれ以上困らせてはいけない。
そう思い始めた由利亜は涙ぐみながらも小指を差し出し、鳴鳥の小指と絡めて約束を交わした。
蔵人も由利亜と同じように鳴鳥と約束を交わし、由利亜の手を引いて屋敷に戻ろうとする。
公園の入り口、門がある場所までは鳴鳥も一緒で、そこから先は別の帰り道になるのだが、分かれる直前、公園の前に黒塗りの高級車が停まり、中からスーツを着た壮年の者が慌てた様子で降りてきて蔵人達の元へと駆け寄った。
「ご無事でしたか! 蔵人坊ちゃま、由利亜お嬢様……!」
「黒川さん……!」「!」
蔵人が黒川と呼んだ者。
彼は祖父の代から今に至るまで長く勤めている久城家の運転手であった。
普段、蔵人と由利亜が通う幼稚園に送迎をしている黒川は、車内での由利亜の様子を思い起こし、ここに居るのではと思い至り、慌てて駆け付けたようである。
「さぁ、旦那様も奥様も心配していますよ」
「父様と母様が……?」
何時もは夜遅く、蔵人や由利亜が眠りに就くころに帰宅する両親。
彼らが心配してくれるのは申し訳ない気持ちである反面、気に掛けて貰えて嬉しく思うのだが、出来れば彼らの耳に入る前に帰宅すべきであったと、蔵人は深く後悔し、反省した。
一方、由利亜は普段から叱られる事が多々あり、また今回も叱られてしまうと怯え、サッと蔵人の背中に隠れてしまった。
「お迎えが来たんだね。それじゃ、私はここで」
「あ……」
「おや? こちらの方は……」
一緒に居た鳴鳥に気が付いた黒川。
蔵人達が屋敷を抜け出し公園で遊んでいた理由を、鳴鳥のせいであると決めつけてしまうのではと危惧した蔵人は、ここまでの経緯を慌てて説明し、鳴鳥は悪くないと、寧ろ助けてくれた恩人なのだと擁護した。
「それはそれは。お坊ちゃまとお嬢様が大変お世話になりました。主に代わり、この黒川めがお礼申し上げます」
「いえ。当然の事をしたまでですから!」
深々と頭を下げる黒川に対しまたもや鳴鳥は謙遜し、そして照れくさそうに後ろ頭を掻いていた。
そもそも黒川は鳴鳥の事を疑ってはおらず、どちらかというと蔵人達が付き合わせてしまったのではと心配していた所であって、その通りであった事に内心溜息を吐く。
そんな彼の心労を気付いていない蔵人は誤解が解けて安心したが、次に黒川が発した言葉に驚き目を見開く。
「それにしても、随分とお召し物が汚れてしまっているようで……」
「え? こんなのはいつもの事……ですが?」
「いやしかし、坊ちゃまとお嬢さまの恩人である方をこのまま帰す訳には……。そうです! ご自宅までお送りする前に、是非ともお召し替えを……」
そこまで世話になる訳にはいかないと、幼いながらも礼儀は弁えているようで。
鳴鳥は黒川の申し出を断るが、まだ鳴鳥と一緒に居られるかもしれないと思った由利亜が黒川に同意し、二人掛かりで押し切られてしまい、結局鳴鳥も久城家へ。
蔵人達と共に屋敷へと向かう事となった。
「それでは、皆様のお召し替えを用意しますので」
そう言って脱衣所から去る家政婦。
入浴は蔵人が由利亜の面倒を見てあげている為、そこに鳴鳥も一緒に入る。
まだ幼い皆は恥じらいなど無く、それぞれが汚れた衣服を脱ぐのだが、そこで蔵人と由利亜は驚き固まってしまった。
「……無い……?」「鳴鳥……、君は……」
「何が無いの?」
「おチ……んぐっ!」
鳴鳥の髪型はショートカットで、衣服は半袖のTシャツに半ズボンで。
そして何よりちょっかいを掛けてきた男の子達を追っ払う程強くて、名前もどちらとも取れるせいか、蔵人と由利亜は彼を……正確に言えば彼女を男の子だと勘違いしており、男の子に付いている筈のモノが無くて驚いた次第であった。
そのないモノを由利亜が口にしようとしたのを蔵人は止め、混乱しつつも首を傾げる鳴鳥に確認を取った。
「君は、女の子だったんだね」
「そうだけど? まさか、気が付かなかったの?」
「……それは……、その……」
「すごい! 女の子なのに鳴鳥さんは強いのね!」
「えへへ。そんなことはないよ」
由利亜に褒められて照れくさそうにしている鳴鳥。
どうやら失礼な勘違いをしていたことは誤魔化せたらしく、鳴鳥が怒る事は無かったが、そこで蔵人は改めて自分の無力さを思い知らされた。
年下で、女の子で、本当ならば由利亜と同じく男で年上である自分が鳴鳥の事も守らなくてはならないというのに、彼女に助けられてしまった事実。
それはこれまで自分なりに何事も成し遂げてこられたと、両親達の希望に沿うことが出来ていたという自信を崩すものであった。
その後三人は風呂に入り、綺麗な衣服に袖を通し、夕食まで一緒で。
食べ終わる頃には屋敷に血相を変えた鳴鳥の両親が駆け付け、絶えず頭を下げ続けたのだが、丁度そこに蔵人達の両親が帰宅した。
極々一般の家庭である鳴鳥の両親は怯えた小動物のように縮こまっていたが、蔵人達の両親は横柄な態度を取る事も無く、物腰柔らかく応対した。
鳴鳥は我が子を助けた恩人であると礼を述べてもてなし、その事が切っ掛けでその後は家族ぐるみの付き合いをする事となり、鳴鳥は度々久城家へ遊びに訪れるようにもなった。
「あの時出会わなければ、ここにこうして、君の隣に居る事は出来なかったね」
「そう……ですね」
男として恥ずかしい場面を見せてしまったが、その出来事のお蔭でここにこうしていられる。
それは何よりも嬉しい事なのだと、その為には自分が恥ずかしい思いをしようが構わないと、久城は胸を張って言う。
「それに、昔守られた分、これからは僕が君を守れば良いんだし」
「そ、それは……」
柔らかな笑みと共に口説き落とす様な台詞。
それは言われた当人である鳴鳥を赤面させるだけでなく、聞いている外野達も惚けるようであった。
無論、再び久城のターンとなった事を不満に思う者も居り、コンラードは悔しそうに歯をギリギリと鳴らし、ジルベルトの眉間の皺は一層深くなったのであった。
食後、片付けをする鳴鳥を手伝っていた久城は彼女から控えめに先程の言葉を窘められた。
「あの……久城センパイ。あまり皆の前でああいった言葉は……」
「そうだね。今度からは二人きりの時にするよ」
「えぇ!? えっと、それもそれで……」
久城の言葉にまたもや翻弄されて頬を赤く染め、戸惑う様子の鳴鳥。
彼女の姿が可愛らしく、愛おしく思う久城であったが、あまり困らせる事はしたくないと前言を否定するよう、冗談だと言って彼女を安心させた。
一度は忘れてしまった子どもの頃の誓い。
それは彼女より強くなって、彼女の事を守るという事で。
回り道をしてしまい彼女を苦しめもしたが、こうして傍に居られてこれから先は誓いを守ることが出来る。
久城が思い起こした過去の記憶は改めて己の在り方を確たるものにしたのであった。




