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間章  白き軌跡

 吐いた息が白い筋となって後ろへと流れていく。冷たく凍った空気が頬を刺す。

 リーシャは冷たい風に髪をもてあそばれながら手を握り締めた。どこまでも続く一面の雪の色。生命の息吹が感じられない、閉ざされた大地。ここが、彼女の生きていくところ。

 寒さのせいでやや強張った指で馬車の窓を閉じる。

 温暖なガランドールにおいて雪は降ることはあってもまず積もらない。これほどの雪を見るのははじめてであった。寒いということは十分に認識していたが、それ以上に寒い。辺りを覆いつくす雪はかたく閉ざされた扉のようで、リーシャは隣で手をこすり合わせている侍女に分からないように小さくため息をついた。

 白く窓が曇った。


 しろい、しろい雪は、降り続く。

 なぜかリーシャを強い引力でひきつける白いその光景からリーシャは目を引き剥がした。ぼんやりと景色を眺めている場合ではなかった。未来を考えなくてはならない。婚約が決定してからのリーシャの日常は非常に慌しいもので、思考する時間は与えられなかったのだ。

 リーシャはこの機会を逃すまいとするかのように瞳を閉じる。とたんに空気は張り詰める。 リーシャの側に控えることに慣れていない侍女は背を震わせた。じわりじわりと脅威的な緊張感が馬車に中に張り詰める。

 そのような侍女の様子をまったく意に介さずリーシャは思考を続ける。

 静寂は続く。


 はめられた、俗な言い回しをすればこうなるであろう。リーシャが兄王に書類を突きつけたその次の日、目覚めれば城内がひどくざわついていることにリーシャは気づいた。リーシャの予想では城内は静まっているはずであった。あの過保護な兄王が、リーシャから見ても眉をひそめたくなるような人間ばかりが並んだリストから妹の結婚相手を選べるとは思えなかった。それゆえに城内は緊張感であふれているはず、そう思っていた。リーシャはいやな予感を感じてベッドから身を起こす。春とはいえ朝の空気はまだ寒い。そこへティナが駆け込んで叫んだのだ。

 「リーシャ様っ!!ユークリック帝国の皇太子様とご婚約なさったとはどうゆうことですかっ」

 「なさる」のではなく「なさった」。リーシャは思わず歯噛みしたくなった。あの兄王は一晩で打てる手を打ってしまったのだ。過去形で語られるということはすでに婚約を承諾したということだろう。城内で最も早い馬で使いを出したはずだ。

 もう、手遅れだった。

 それからは嵐のようであった。ユークリックの皇室は婚約期間中にかの国で生活をし、その風習を身に着けるという習いがあった。時間などなかった。最低限のユークリック語を身につけ、採寸、装飾品を選んだ。その合間にユークリックの内政について調べようと試みたがどれも失敗に終わった。


 リーシャは形のよい眉をわずかにひそめた。今までにないほどに情報が漏れない国であった。仮にも皇太子となっている人間の容姿ですら黒髪という以外には分からなかった。かたく閉ざされた国。その国力も政治も不明。帝国という名とその領土からして国力が弱いということはありえない。だからこそよりリーシャには不気味に見えて仕方がなかった。

 小さく息をついた。


 「ひ、姫様。帝都が見えてまいりましたわ。」

 やや上ずったような侍女の嬉しそうな声がリーシャの意識を引きずりあげた。絡まった糸が引きちぎられるように緊張感が霧散し、侍女の顔に安堵が浮かんだ。彼女は旅の終わりに喜んだわけではない。ガランドールを発ってから主として仰いできたこの少女はあまりに美しく、異質であった。人は異質なものを忌み嫌う。それは歴史からも明らかであるし、差別の根底にある事実だ。

 リーシャは侍女の引きつった笑みから全てを悟ったが特に口を開きはしなかった。代わりに微笑を向ける。自分は彼女と同じ生き物であると認識させるために。侍女の体が弛緩していくのを認めながら、リーシャは亜麻色の髪を持ちいつも自分の近くに控えていた少女を思い出す。ついに彼女の笑みを見ることなく、旅たった。浮かぶのは涙ばかり。

 侍女が窓をハンカチでこすっている。少し身を乗り出してそこを覗き込んだ。

 息を呑んだ。


 ユークリック帝国、帝都。山の中腹に位置するその都は雪の舞う中でそびえ立っている。美しい円形の壁で囲まれた都は、そこだけが暖かく輝き、生気に満ちている。円の中心に位置する城はいかなる建物よりも高く、荘厳な空気をまとい、そこにある。ガランドール城のような華やかさこそないものの、帝国の名にふさわしい。

 リーシャは姿勢を正す。

 ガランドール第一王女として、誰よりも気高く、前を見据えろ。


永らく凍結させていただいた「忘れ箱のうたう唄」の更新を再開いたします。102日間の凍結にもかかわらずいまだに足を運んでくださった方々に心よりの感謝をささげます。このまま最終章まで走り抜けていきたいと思います。どうぞリーシャたちの物語にお付き合いください。

  理央

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