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第一章 妹姫の策略

リーシャリア・ティン・ガランドールは華奢な指で分厚い書物をめくっていた。

ガランドール王国王城、日の当たる眺めの良い部屋。春の息吹が感じられる心地がよい昼下がり。


ふとリーシャの手が止まる。書物にしおりを挟んで、閉じる。

部屋の外が騒がしくなってくる。絨毯が敷き詰められた廊下であるにもかかわらず、ひどく五月蝿い。

ふわふわの髪を有したリーシャ付のメイドである少女が駆け込んでくる。お茶を用意するといって出て行った少女はおそらくあの騒音の元凶に出会ったのであろう。普段では考えられないほど取り乱している。手には紅茶の量を測るに使ったであろう深いスプーンを握ったままだ。

「リーシャ様っ!!いったい何をなさったのですか?ユース様がこちらへ…」

「リーシャ!!あれはいったい何だっ!」

少女、ティナの言葉は最後まで語られることはなかった。主に尋ねる前に、唯一主に敬称を付けずに呼ぶことができる人物、王国において最も地位の高い青年がノックもせずにリーシャの部屋の扉を開けたからである。扉を開けた、というのはいささかの語弊を含んでいるのかもしれない。正しくは蹴破った、といったところであろうか。開け放たれた扉は限界まで開ききり、反動で閉まりかけた。

ティナはまったく状況が分からなかった。穏やかで柔和な笑みを浮かべているはずの国王が血相を変えて駆け込んできた理由も、主である少女が落ち着きを払っている理由も。

ただ分かったことは、先ほどリーシャが部屋を出て行ったこととこの状況が浅からず関係していて…それはこの国の中枢を大きく騒がせることになるであろうことのみ。


そしてそれは否定する余地もなく正しいのであろうということも。


リーシャリア・ティン・ガランドールという少女を端的に言い表すとすれば、ティナはこういうであろう。

奇蹟の具現、と。

色素が薄い人間が多いガランドール王国の中でも珍しい銀色の髪。光沢を持ったそれは光によって様々な変化を見せる。透き通った肌はきめが細かく、白い。均整のとれた体は華奢であるが、伸ばされた背筋は決して弱さを感じさせない。何よりもその眼である。青い瞳は吸い込まれそうなほど深く、人形めいた彼女の容姿の中で異様に目を引く。その髪とは裏腹に不変を感じさせる瞳。

ティナがリーシャに出会ったのは12歳の頃であった。貴族の娘であったティナは年が近かったこともあり、リーシャの側使えに選ばれた。初めて出会った時のことをティナは決して忘れない。自分よりも幼い、主となる少女はあまりに美しく、子供心に畏怖すら覚えた。神が創ったとしか思えない美しさ。


今リーシャは政務室にいた。自主的に、というわけではなくユースに引っ張ってこられたのだ。政務室の前にはリーシャについてきたティナだけでなく、宰相や補佐官、女官長、ユースの親友でもある近衛隊の青年といった国の中枢を担う顔ぶれがそろっていた。国王であるユースの剣幕を見た人間達が慌てて助けを求めた結果である。文官は宰相や補佐官に。兵士たちは近衛隊の隊長に。メイドは女官長に。唯一ユースの親友であるランゲルトのみが近衛隊の仕事を自ら放り出してきていた。彼に言わせると、こんな面白い状況を見逃す手はない、ということらしい。全員が息を殺して廊下に立ち並んでいた。

異様な光景であることこの上なかった。


政務室ではユースとリーシャ、兄妹が向かい合っていた。

「お兄様、いったいどうなさられたのです?皆様非常に驚いていらっしゃいましたわ。」

口火を切ったのはリーシャであった。椅子に腰掛けた兄をやや見下ろしながら、困った表情をしている。しているというよりは作っているということなのであろう。ユースがやってきた理由も、何を咎められていて、なぜユースが起こっているのかも分かっているに違いないのだから。

「これは何だ。」

ユースもリーシャが分かっていることを知っていながらも、あえて問いただす。妹であるリーシャに厳しい顔をして書類を突きつけた。本当は投げやりたかったのであろうが何とか突きつける、という形にとどめたという動作であった。

「わたしの婚約者候補、ですが?」

廊下から息を飲むような声と、吐息だけの悲鳴が聞こえた。しかし2人とも気にすることはない。

「…なんでこんなものを作った?!」

見て分かりますでしょう、とでも言いたげなリーシャにユースは険しい顔をした。

「わたしは今年で16歳ですわ。この年にもなって貴族、しかも王族が婚約すらしていないというほうが稀なのではないですか?ですから僭越ながらわたしに届いた結婚の申込書の全てを流していただいて、お兄様の見やすいように整理してみましたの。」

にっこりと小首をかしげて微笑む少女にユースはめまいを覚えた。結婚などまだ早くはないだろうか。

否、心の底でユースはきっと理解していたのだ。リーシャが結婚すると言い出す日が遠からずやってくるであろうことを。そしてその理由も、それが必要であることも。だから、リーシャについて届いた多くの書簡は彼女の目に触れさせないよう厳重に管理していたはずなのに。犯人はリーシャに甘い補佐官といったところであろう。

しかしこのような形で切り出されるとは思いもよらなかった。

「見ないからな。」

頑なにリーシャの要求を拒む。リーシャの青い瞳がいっそう深くなったように感じられた。

「お兄様、お兄様はわたしが目を通すようにお願いして差し出した書類を受け取りましたわね?それはすなわち目を通すことを約束した、ということですわよね。国王が約束を違えてはならないのではなくって?」

「…」

正論を並べるリーシャにユースは書類を手元に戻す。国王は万人の意見を平等に聞かなくてはならない。無論国民全員に聞きまわることはできない。しかし、ここでこの書類を突き返してしまえば、国王が国の一端を担う人物の意見を退けたこととなる。貴族の言葉ですら聴くこともせずに退けてしまう国王が国民の意見を聞けるのだろうか。気心の知れた人間しかいないとはいえ、そのような中途半端なことはしてはならない。ユースの中の王としての義務感が感情よりも勝った。 

つまり、リーシャはユースの国王としてあるべき姿というものを逆手にとって、ユースがその書類を見ざるを得ない状況を意図的につくり出したのだ。時と場合、ユースの性格や義務といったものを複雑に構築して。

ユースは表紙をめくった。それはもう不機嫌な雰囲気を醸しながら。

ユースは日ごろから政務をこなしているため字を読む、という行為がとても早い。次から次へとページをめくり、優美な文字を追う。

5ページほど繰ったところで、この書類の特殊さに気がつき、眉をひそめた。


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