9 スィンフョトリ・ガートランド
記憶喪失設定(元々知らんのだけど)のせいで、つい深く話し込んでしまったが、 俺は今、命を狙われてる。
なら、さっさとここから逃げなくて良いのだろうか?
普通、仕掛けた罠が爆発したら、死んだか確認しにやってくるんじゃないだろうか? 止めを刺しに来るんじゃないのか? 俺ならそうする。
リザレディアが逃げないのは、多分、ジークが死を受け入れ、半ば諦めていたから、良い出しにくかったのだろう。
(結果的に、逃げたお陰で爆発に巻き込まれて死んだわけだしな)
「よし、リザレディア、逃げよう」
だが俺は違う。
再死亡とかイヤだ!
俺今度ヘルの所に行ったら語り部確定なんだ!
この死亡フラグ、絶対振り切ってやるぞ!
「……っ! はい! 王子!」
あ、その前にちょっとだけメガネを使ってみるか。
掛けてるだけで結構疲れるので、基本外しているのだ。
デュフフ、お楽しみタイムでござる。
メガネを取り出し、カチャッと真面目メガネを装着する。
よし、見えちゃうぞ! 今度こそ見える気がする! 俺はやれば出来る子なんだ!
と、リザレディアちゃんの可愛いサクランボを拝見しようとした時、
「ヌハハハハッ、見付けたぞ愚弟っ!」
いきなり声を掛けられ、振り向いた。
――見えたのは乳首ではなく、『全裸の男の♂』だった。
「ぶぼっ!」(鼻水吹いた)
光魔術仕事しろ!
「ククク、久しぶりのオレ様との対面が、それ程嬉しいか愚弟!」
その引き締まった肉体の青年は、三白眼で鋭い顔つきのイケメンだった。
かなり攻撃的な顔をしたそいつは、教会の崩れた壁の上に立って不遜な表情で俺を見下ろしていた。
――フル○ンでだ。
なんだコイツ!
「誰だ貴様っ!」
全裸の青年の瞳にブワッと殺気が篭った。
鋭い顔に青筋を浮かせ、三白眼で睨みつけられた。怖い。
普段家の中にいるニートにはこんなDQNの絡みとは無縁だ。
俺氏、ちょっとビビる。
「よもや我を忘れたか愚弟っ! 我はスィンフョトリ! ガートランドの正統なる第一王子なり!」
全裸で腰に手を当てて堂々と言った。
このっ、全裸で『第一王子ナリ~』とか、恥ずかしくないのかこの変態王子め!
――あ、忘れてた。メガネ付けっぱだった。
そうだよね。普通に考えて、全裸で現れるとかあるわけ無いよね。
ここまでどうやって来たんだよって話だよね。
俺は慌ててメガネを外した。
そしてさらに驚愕した。
「な……はぁっ!?」
スィン王子はメガネを外しても全裸のフ○チンだった。そう、フル○ンだ。
――フルチンである。
金髪碧眼の美青年。上半身は、引き締まった胸筋に割れた腹筋、視線を下ろせば下半身、鍛え上げられた大腿筋と盛り上がった脹脛、……と立派なそそり立つ一品(♂)が、俺の目に否応なく飛び込む。 め、目が~!
男の全裸とか誰得だ!
なんだ、一体どういう事だ! メガネのせいで俺の目がイかれちまったのか!?
そう思ってリザレディアを見れば、ちゃんと服を着ていた。
こいつ……変態王子かっ!
まさか全裸で王都からここまで追ってきたのか! とんだ露出狂だ!
森の妖精だってここまではヤラねぇぞ!
そう思って見ていたら、王子の隣の何も無い空間から、
――シュンッ、
と男が現れた。
あたかも瞬間移動してきたように。
「ほらぁ~、早く服を着なさいよ~、スィン」
それは、紫陽花色に煌めくガラスのローブに身を包んだ魔術師だった。
口調は女だが、声は男だ。
――オカマである。
細身のオカマが、全裸の王子に服を渡した。
「貴様が急かすからだろう、ノトリウス」
紫ローブのオカマのノトリウス氏から服を受け取ったスィン王子は、俺の前でイソイソと王子っぽい白い儀礼服に着替える。
どうやら2人とも王都から瞬間移動?してきたようだ。
オカマのカマトリウス氏は俺を見て、
「あらん、坊や久しぶり~、相変わらず可愛いわね~」(パチッ!)
とウィンクしてきた。アーッ! ごめんなさいソッチの気はないです。
呆気にとられていたリザレディアが我に返り、スィン王子とカマトリウスに向ってレイピアを構える。
「貴様、よくも王子をっ! 王子に力を分け与えて貰っておきながら牙を剥くとは、恩知らずにも程がある!」
「ふん、ノトリウスの爆破水晶でも死なんとは、中々にしぶといな。だがオレ様が来たからにはもう終いだ。喜べ雌犬、そこな愚弟が死んだらオレ様が貴様を飼ってやる。無能な貴様でも、我の無聊を慰めるくらいは出来るだろう?」
「黙れ外道! 我が主を討とうとした貴方に媚び諂うなど、死んでもお断りだ! この命に替えても、ジークフリート様を殺させはしないっ!」
俺を必死に庇おうとする凛々しいリザレディア。……惚れた。
(しかし、このイケメン王子、なに人の前で悠長に着替えてんだ。バカなの? 裸で人の前に出ちゃいけませんって習わなかったの? そんなコトしたらお前、おまわりさんだよ? オチ○チン丸出しダメ、絶対)
「既に王家ですらないお情けで生かされた子供の、何が主か! 我が神技をその身に刻みながら、己が愚かさを悔いよ!」
スィン王子が神剣ノートゥングを抜く。柄に大きな蒼い宝石が埋った、美しい剣だ。
リザレディアが、その神剣の禍々しさに圧倒され、一歩身を退く。
いかん、近衛騎士団長相手に宮廷魔術師の接近戦では分が悪い。ヤツの気を引かねば。
(あと俺の貴重な初全裸を穢しやがった罪は重いぞ! 俺のご褒美タイムのジャマした上にメガネ穢しやがって、せっかくの双房山脈の聖なる果実が……くっ!)
「おい、クソ王子っ! 降りてこい! ぶっ殺してやる!」
「ぬぅ? ……クソ? 殺す? ……貴様、本当にあの愚弟か? ヌ、ヌハハハッ、このオレ様に楯突く勇気があったとは! ヌハハッ、評価してやるっ!」
スィンは楽しげに俺を見下ろしながら、邪悪な笑みを浮かべた。
「――だが、ヴォルスングを名乗るモノは何人たりとも生かしては置かん。ガートランドの名に賭けて、絶対にだっ! 愚弟よっ、我が大望に花と散れ!」
スィン王子が、やたら神々しく発光する剣で襲い掛かってきた。あれが噂の温泉チケットか!
「愚弟死ねっ! 愚弟死ねっ! 愚弟死ねっ! 愚弟っ、死ねーーっ!」
バカの一つ覚えみたいに『愚弟死ね』を連発して打込んでくる。
(全く血が繫がってないのにこいつが俺を弟と呼ぶのは、シグニャンの躾の賜物だろうが、見事に失敗している)
こいつ絶対頭おかしいだろと思いながら王子の剣を受けるが、重い。
いかん、こいつ強い! べらぼうに強い!
スィン王子が適当に振るった剣に、俺は押されている。
技量は相手が圧倒的に上だ。しかも神剣ノートゥング。
王子が適当に斬り付けたベンチや瓦礫がスパンスパン切れていく。
俺は捌いているのにそこかしこに細かい傷が増えていく。俺の直剣レギンレイブが魔法で強化された剣じゃなかったらとっくに斬られてた。
HPが徐々に削れていく。実力に差が有り過ぎる。俺は焦った。
だが、一瞬で勝負を決めに来ないのは、はやり猫科。弱ったネズミを嬲るのが好きなS野郎に違いない。
「ふん、手加減してこの程度か? 俺が直接貴様に手を下すと、我が母上がお怒りになるのでこれまで見逃してやってきたが……これでは一瞬で殺せてしまうな」
(この愚弟野郎がマザコンで助かった。危うく一瞬で殺される所だった。ありがとうシグニャン)
俺は余裕の笑みを浮かべるスィンの顔を見て、フと違和感を感じた。
その金髪に。
スィンの髪型は、長髪を三つ編みに編んで、ハチマキのように頭にぐるりと巻いている。特に耳の辺りがモッコリしているのだが……おや? これは……俺はちょっと気になってメガネを掛けた。盛り上がった三つ編み部分が透けて見える。
『それ』は、巧妙に隠してあるが、俺の見えちゃうメガネには通用しない。
「ねぇ、お前なんでネコ耳付けてんの? それで隠してるつもりなの?」
「ぬわ……っ!! 貴様、なぜそれをっ!」
「えーマジネコ耳!? キモーイ。ネコ耳が許されるのは小学生まででござるよ? デュフッ!」
いや、ネコ耳娘シグニャンの息子なんだからネコ耳ぐらいあっても不思議じゃないが、愚弟死ねと殺しに掛かってくるキ○ガイのイメージとは違う。この鋭顔の騎士団長様がネコ耳だと、なんか俺のネコ耳のイメージ壊れてむかつくな。初めて見るネコ耳ははやり女の子でありたかった。こいつの存在は誰得なんだ。ネコ耳イケメン王子とか、ケモナーにでも浚われればいいのに、秋葉原の中心とか置いてきてやりたい、モホォとか叫んで四つん這いで這ってくる腐思議生物に捕食されればいいのに。
「よもや我が父でさえ知らぬ秘密を貴様に知られてしまったとは、もはや生かしてはおけん」
オイ、なんか知らんが死亡フラグ立ったぞ!
いかん、つい調子に乗っておちょくってしまったが、戦闘能力が超低い俺は、戦いでは役立たずなんだ! このままではヤられる! 掴まったらオカマにアーッだ! なにか……戦闘に使える情報を!
そう思ってメガネを付けて、MPを10くらい注ぎ込んでやる。目眩がする。目を凝らせば、スィンの右肩のあたりに、半透明の四角いウィンドウが見えた。
「見えた!」見えた……見え……見……(エコー)
バカ猫王子のステータスだ。
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名前 スィンフョトリ・ガートランド(17)
レベル84
種族 人間(猫族1/4)
職業 騎士団長(剣S・騎乗A・弓B)
ステータス
体力 S■■■■□HP1800
魔量 D□□ MP 300
筋力 S■■■■□STR170
耐久 B□□□□ VIT 80
魔力 E□ INT 20
精神 A□□□□□MND100
敏捷SS☆☆☆☆■SPD270
ギフト『猫鬼神(常時敏捷強化)』
武器 神剣ノートゥング
防具 騎士団長の儀礼白装 シグニャンの防刃シャツ
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な、レベル84だと!
体力と筋力がSで、俊敏がSS……物理系の速度振り型だ! 化物かコイツっ!
数字的にはほぼ【E(10)】の俺の、二〇倍くらい強い。
ギフトは……『猫鬼神(常時敏捷強化)』のようだ。微妙だな。
どうせ真面目にやっても勝てない。
挑発するしかない!
「えー? お前のギフトってー、『ネコ耳モードでスピードアップにゃん!』なのー? プーックスクス! しかもパッシブとかプギャー! どうなの? ねぇそれどうなの? それでギフトってショボ過ぎじゃね?」
「き、貴様ァアア! 我が秘め事を次から次へと! 殺す!」
しかしこの怒りよう、ちょっと煽り過ぎたか?
それに、ネコ耳モードも隠していたのか、不憫な奴だ。ギフトが敏捷強化とかはやり獣人クォーターだから魔術の才能は無かったんだろう。意外と本人も気にしていたのかも知れない。
――あ、分かったぞ? こいつ、俺が妬ましいのか!
「ねぇ、ガートランドの第一王子として生まれたにも関わらずギフトが『ネコ耳モードでスピードアップにゃん?』でみんなに失望されて、その三年後に弟分が『倍化の秘術』なんて神ギフト手に入れ精鋭作って家臣にチヤホヤされて、蚊帳の外になっちゃうニーサンってどんな気持ち? ねぇニーサン、今どんな惨めな気持ち? 悔しいのう悔しいのうエフッエフッ。ああ、それで修行を頑張って神剣まで手に入れ騎士団長になっちゃったんですね分かりますプークスクスっ!」
「――っ!! ぎ、ぎ、貴様よぐもっ……。よかろう、ならば本気で相手をしてやる」
スィン王子は目を細め、低く腰を落し、剣を前に突き出すように構えた。
神剣ノートゥングが淡く光る。
「兄より優れた弟など……消滅させてやる! 奥義――『瞬突』っ!」
――流れるように速い! 強烈な突きが来る!
「いけない! ジーク王子っ!」
俺を守るように飛び出したリザレディアが、小さな魔方障壁を展開し、スィンの刺突を受けた。
「きゃあっ!」
だが凄まじい刺突の衝撃を抑えきれず、リザレディアは後方に吹き飛ばされ、壁に体を打ち付けた。必殺技か! くそ、好き放題やりやがって!
「フン! どうした愚弟! 女に庇って貰うだけか?」
スィンはそのまま俺に斬りかかってくる。必殺技ほど勢いは無いが、斬撃も十分に速い。
さすがレベル84の敏捷強化の神剣持ち。ちょっと本気を出しただけで、もう攻撃が見えない。まるでついて行けてない。
だが、それでも俺が未だ保っていられるのは、王子の剣線の軌道より、一瞬早く赤いラインが表示されているからだ。
――見えちゃうメガネのスキル『攻撃軌道予測』だ。
そう、こんなモノまで見えてしまっていた。
攻撃軌道を見るほどに疲労し、俺のMPがジワジワ減っているので間違いない。
王子が剣を振るごとに、俺に襲い掛かってくる剣線の軌道が、一瞬早く、赤く見えるのだ。
俺は何度も必死の一撃を貰いそうになりながら、ギリギリでメガネに映った赤い剣線を受け流すように攻撃を受け、捌き、躱す。
ニートの俺にはとても無理な瞬間芸だが、この王子の体は素晴らしい反射神経で、ギリ紙一重で避けれる。これが主人公補正かっ!
――だが、業を煮やしたスィンが先程のように深く沈んだ。必殺技だ。
「……っ!(マズい!)」
目標軌道は俺の心臓、ど真ん中。
「これで終わりだ、愚弟っ! ――瞬突っ!」
スィンが跳躍する。
さすがに心臓を必殺技で突かれては再死亡だ。
慌てて心臓を守るように剣を上げるが、王子の突きが速過ぎて、全く間に合わない、クソ。
せめて柄で心臓を庇うように守る。
と、王子の繰り出した剣先が、俺の剣の柄に激突し、
――バキィン!
俺の掴んでいた直剣レギンレイブの柄が砕けた。柄の欠片がキラキラと中空を舞う。同時に衝撃波が俺の右手をバシッと吹き飛ばした。蹌踉めく俺。
「ぬっ! ……ほう、オレ様の『瞬突』を、一撃とて防いだか」
よほど必殺の自信があったのか、スィンの鋭い視線が俺を貫く。
「ふん、プロゲーマーの俺に掛かればこの程度のキャンセル、造作もないことだ」
約(いやマジ無理! はー危ない! 危機一髪だった!)
しかも心臓狙い。確実に殺しに来てる!
恐らくメガネで剣線の軌道が見えちゃわなければ、心臓を一突きされ意識する間もなく死んでいたはず。
その事実に気付き戦慄する。
(マジか。こんなに簡単に命奪いに来るのか……)
切り捨て御免とか、実家の悠々自適空間にいたニートには俄に信じ難い光景だ。
俺は王子に突き飛ばされた右手の感覚を確かめようとして、青くなった。
指が血塗れだった。
鞘が粉砕した破片で切れた血塗れの指は、突きを受けた衝撃で感覚を失っており、しばらく使い物にならない。握れば指の骨が軋む、骨折しているかもしれない。
剣は床に落ちているが、柄が砕けておりもう握れない。マズいピンチだ。
もう無理! 逃げたい!
メガネのお陰で剣線は見える。だが、今のは速過ぎた。受けれたのは完全にまぐれだ。見えることと、避けられることは、完全に別物だ。もう一度あれを捌くのは無理、連撃を喰らえば完全にアウト。ああ、神さま! いや、俺は仏教徒だった忘れてた。ああ、仏様!
スィン王が、俺を訝しげに凝視した。目が縦にスッと細まる。まるでネコの目だ。
「むむ、貴様……誰だ? 愚弟、ではないな……体の端々から、愚弟とは異なるオーラが浮き出ている。未だ肉体と魂が完全に固着し切れていないのか。ふむ……悪霊が愚弟を乗っ取っているのか?」
「なっ!」
なぜバレたし!