8 メガネと王子
なんというエロフだ。けしから……いや、けしかるっ!
俺、今までの人生の中でこんなに愛されたこと一度もないんですけど!
これはもう、いいんじゃないだろうか?
そろそろヤツの出番かも知れない。
ちょっとだけメガネを使ってみるか?
デュフフ、お楽しみタイムでござる。
とメガネを取り出そうとして、
「あ、メガネがない!」
来た時は元々持ってなかったし、ポケットの中にも無い。俺は四つん這いになって床を探しながら、目を3にして言った。
「メ、メガネメガネ!」
『メ・メガネメガネ』とは、おでこにメガネが装着しながら『捜しものはなんですか、見付けにくいものですか』と歌い出し、最終的にはなぜか踊り始めるウフッフ~である。
探していると、――シュン、とおでこにメガネが現れた。
いや、別におでこにかけてたとかじゃなくて、間違いなくさっきまでは無かった。
つまり、思っただけで出し入れ可能なのか? 便利だな。あ、これ、もしかしてアイテムボックスか? と思って念じたが何も出ない。
この世界にアイテムボックスがあるのか聞いてみたら、リザレディアは空間魔法が使えるので、ちょっとした物(旅行バック程度)は持ち運べるが、俺は魔術そのモノを使えないので無理と言われた。
しかしメガネだけは自由に出し入れできる。これは、どうやらメガネが普通の物質ではなく、俺の魔力が形取られたモノだから、らしい。
くそ、アイテムボックスで無尽蔵収納とか、貿易チートとか出来ると思ったのに!
まあいい。俺にはメガネがある。見えちゃうヤツだ。個人的にはメガネのが正義。コレが俺の唯一無二の神器だ!
「王子、それは何ですか? メガネにしては強い魔力を感じますが、マジックアイテムですか?」
「うん。そんな感じ」
俺は、ドキドキしながら床に正座して、黒縁の掛けたら反射しそうな真面目メガネを装着する。――カチャリ。
途端に、裸になったリザレディアの輝かしい神ボディーがまろびでた。
リザレディアは何も着ていない。パンツじゃないから恥ずかしくないってレベルじゃねぇぞ! 『はいてない』レベルだ。素晴らしい! このメガネは素晴らしいモノだ!
「う、うおお……見える! 私にも見えるぞっ!!」
驚くほどに白い肌。椅子に組まれた長くてスラリとした白い足、引き締まった腹筋、そしてふたつの大きな胸。そして、その双房山脈の頂にある天のサクランボさんが……。
「……あれ?」
太陽の光を浴びたような淡い光のカーテンが、大事な部分にかかり、それが邪魔をして見えない。顔を動かしてみるも、どの角度から見ても見えない。
え、何コレ、バグか? いや、むしろ『仕様です』と言うべきか。
ふざけてるの? これはもう運営と戦争か?
「あの……王子、それはもしや、透視メガネではありませんか? 昔、いかがわしい店の商人が売っているのを見た事があります。今は、光魔術で私の周りを偏光しているので、何も見えないかと思いますが」
バ……バカなっ!
メガネの正体が知られている! だけではなく、光魔術で見えなくしている……だと!
マジか! このメガネ、いかがわしい店の量産品だったの? オジン様お手製の特別な秘唯一無二の神器じゃなかったの? 正義は何処へ行った!
「ですが、市販の透視メガネは紛い物という噂です。使っても何となく透ける程度で、衣服が透けるほど高度なアイテムではないようです。そんなメガネが出回れば、女性は外を歩けませんしね」
……すまんが、君が光魔術で隠している大事な部分以外は丸見えだ。はやり俺の大正義か。
ならば見えるはずだ! よし、信じろ。俺なら出来る筈だ。やろうと思えば、何だって出来ないことはない。――この世界に、不可能など無いのだから!
俺は、リザレディアちゃんの可愛い果実をご拝見しようと、必死に精神を集中し、ガン見した! 光魔術なんかに負けてたまるか! メガネさんやっちまってくだせい!
頑張れ頑張れできるできる絶対できる頑張れもっとやれるって! 気持ちの問題だ頑張れ頑張れそこだ! やれば出来るやれば出来るいい言葉だ我々にお米の大切さを教えてく頑張れ頑張れ諦めんなっっ!! ネバー……ギブアッープッ!!
すると、何と言うことでしょう!
リザレディアの胸元あたりに、四角いウィンドウが――ヴン、と表示された。
それは断じてサクランボではなかった。その四角い表示の中には、幾つかの文字と数字が羅列していた。
上側を見てみる。
――――――――――――――――――――――――――――
名前 リザレディア・アルベリヒ
レベル41
種族 ダークエルフ
職業 上級魔術師(火A・水A・風A・土A)
中級剣士(刺剣C)
――――――――――――――――――――――――――――
「こ、これは……ち、乳首じゃない!?」
――見えちゃったのは乳首ではなく、個人情報だった。
どう見てもステータス表示が見えちゃってますありがとうございます。
つまりこれは『見えちゃうメガネ』のスキル『見えちゃうステータス』か!
しゅ、しゅごいーっ! 俺のメガネしゅごい! よかった量産品じゃなくて。
やはり、人間やれば出来るのだな!
んん、どれどれ?
俺は乳首そっちのけで、リザレディアの胸元を凝視した。
――――――――――――――――――――――――――――
名前 リザレディア・アルベリヒ
レベル41
種族 ダークエルフ
職業 上級魔術師(火A・水A・風A・土A・他)
中級剣士(刺剣C)
ステータス
体力 D□□ HP 400
魔量 F MP 50
筋力 D□□ STR 45
耐久 D□□ VIT 30
魔力 S■■■□□INT155
精神 D□□ MND 40
敏捷 D□□ SPD 35
――
――
――
武器 アルベリヒの短杖 軽量の刺剣
防具 黒革の細鎧 薄皮の紅ローブ
――――――――――――――――――――――――――――
ステータスのランク表示方法は、おおむねこうらしい。
S→■~
A→□□□□□
B→□□□□
C→□□□
D→□□
E→□
上級魔術師で、『火魔術、水魔術、風魔術、土魔術』の基本のランクが【A】と言う事は、非常に高い。相当才能があり、高レベルの大魔術が使える非常に優秀な術者なのだろう。
魔力(INT)も【S】でトップクラス並に高いので、魔法攻撃の威力もバカみたいに高い。
そのわりに気になるのが、魔力量が異常に低い事だ。
『MP50』
ちょっとありえない低さですね。
レベル40魔術師なら、少なくともMP500くらいはあっても良い気がする。この高い魔力に見合った大魔術師ならば、MP1500は堅い。
魔力量の才能無かったんだろうか?
ゲームではある程度は自由に割り振れたが、ここでは無理なのだろう。
筋力も魔力も鍛えれば強化されるが、才能がなければ努力で延びる上限も低いだろうからな。
しかし、目が疲れる。
目を凝らせばもっと見える気はする(光さえ越えて!)が、メガネになれていないせいか、無性に目が疲れる。どころか、なんだか元気を吸い取られていく気がする。
走ってもないのに、走ってるような疲労感が溜まって、息が苦しい。
「はぁはぁ……何だコレ?」
「王子、顔色が優れませんが、もしや、何らかの魔術を行使しているのですか? 透視メガネ程度では、これほど疲労しないはずですし……」
魔術? ああ、メガネでステータスを見るとMPを消費するのか。
まあ、それくらいの代償はあるのか。
リザレディアのように多くの経験を積めば、メガネなど無くとも相手の力量はある程度は分かるらしいが、滲み出る実力やオーラ的な何かなど、俺には全く分からない。
例えMP消費してでも、ステータスを見えるメガネがあって良かった。
もしバカみたいに強い敵がいて、それに気付かずに突撃して返り討ちにあったりなどしたら困る。
まあ、ステータスが多少詳しく見れても、自分が強くなれるわけでもないので、大した利点でもないのだが、相手の傾向ぐらいは分かるだろう。
ん? 人が見えるって事は、自分も見えるのだろうか?
俺のレベルって幾つなんだ? 14才だから14とかか?
自分のレベルか。ちょっとドキドキしてしまうな。
俺はメガネを掛けたまま、自分に視点を当てるように集中してみると、何か四角いウィンドウが浮かんできた。
自分のステータスだからか、全て鮮明に見える。
上から見ていく。
――――――――――――――――――――――――――――
名前 ジークフリート・ヴォルスング
レベル99
種族 人間
職業 強化術師(二倍強化EX)
結界術師(防御陣S)
下級剣士(剣E・短剣E)
――――――――――――――――――――――――――――
「しゅごい!」
レベル99……だと!
カンストしとる!
しかも、強化術師【EX】で、結界術師【S】だ。なんか凄く強そう!
これで勝つる!
もしかして王子って超強いんじゃね!
と、下のステータスを見てみると。
――――――――――――――――――――――――――――
名前 ジークフリート・ヴォルスング(14)
レベル99
種族 人間
職業 強化術師(二倍強化EX)
結界術士(防御陣S)
下級剣士(剣E・短剣E)
ステータス
体力 E□ HP 100
魔量EX★★★★★MP9000
筋力 E□ STR 10
耐久 E□ VIT 10
魔力 × INT ―
精神 E□ MND 20
敏捷 E□ SPD 10
魅力 E□ 統率能力 1
知略 E□ 戦術効果 1
政治 E□ 金兵向上 1
ギフト『倍化の秘術(全能力値二倍)』
武器 直剣レギンレイブ シグニャンの護身用短剣
装具 魔弾避けの貴族礼服 シグニャンの防刃シャツ
――――――――――――――――――――――――――――
「――なっ!」
バカな!
「なんだ! なんだこれは!」
信じられない。なんなんだこのステータスは?
【E】のオンパレード!
MPが【EX】とかバカみたいに多いけど、他が全部クズだ!
俺なら絶対こんな無駄な振り方はしない。嫌がらせか何かか?
「おい、魔力(INT)ゼロなのにMPに全フリとかバカじゃねぇのかっ! なに考えてんだこのキャラ作った奴! ねぇバカなの?」
例えどれ程素晴らしい魔力量を誇っていても、威力撃弱のファイヤーボールしか撃てなければ何の意味もない。しかも、『魔力 ×』ってやっぱり俺って魔術使えないんじゃね?
それに殆ど【E】ランクって事は、下級兵士程度じゃねぇか!
ちなみにこの世界の下級兵士のステータスはこんなもん。
―――――――――――――――――――
下級兵士 レベル10
ステータス
体力 E□ HP100
魔量 E□ MP100
筋力 E□ STR10
耐久 E□ VIT10
魔力 E□ INT10
精神 E□ MND10
敏捷 E□ SPD10
―――――――――――――――――――
そう、現在、俺の戦闘力はほぼ下級兵士。
しかもっ……しかも、レベル99。もうカンスト!(泣)
仮に99以上に上がるとしても、どんだけ経験値稼ぐ必要があるんだ。
実質カンストでもうレベルが上がらんとか!! これ以上成長しないとか!
ずっと【E(笑)】のままとか!
……有り得んだろうが!!
まだレベルが上がって修正効くならまだしも、これでカンストしちまったら、……戦争だろうがっ!
運営を訴えてやる! 誰か運営呼んでこい!
く、これが現実だと!
なんだこれ。
オワてるやん?
「おい、リザレディア! どうなってんだこいつ! MPしか振ってないぞ! バカなの!」
「私の王子をバカだとっ! はっ、すいません。いえ、王子は秘術を行うために、多くの魔力容量が必要だったのです。王子は自分の『十日分の魔力』を全て術に捧げる事で、『倍化の秘術』を行っていると聞きました」
十日分?
『MP9000の十日分』って、MP9万の大魔術か。
もはや魔法だな。
ゲームじゃ一番大きな大魔術でも消費MPは1000くらいだったしな。
10日で1人って事は、王子が頑張れば、一ヶ月に三人は強化できたのだろう。一年で三十六人か。
それに、レベル99ってある意味凄いな。
王子が10才の頃のレベルが20だったとしても、4年で80くらいは上げたのか。
精鋭兵が40レベルの世界で、一年で平均20レベルづつ上げるとか、主人公補正でも付いてたのか。
俗に言う、『100年に1度の天才が全力で努力した』と言う奴か。
「ええ、ですから王子は魔力量が優れていらっしゃるのです」
聞けば、王子が魔術を使えなくなったのは、ギフトを取得してかららしい。
なら魔力や他の値も殆どを生贄にして、このギフトを得たと考えるべきか。
つまり強いギフトはそれだけ術者を圧迫する。常人に出来ない事が出来る分、対価を払っているのだ。未来の成長分も、ギフトに持って行かれてしまったのだろう。
だからこんなにステータスが低くて、他が成長していないのだ。
しかし見るほどに残念なステータスだ。
戦闘能力が激低くて(しかもカンスト)、更に命を狙われているのなら、せめて自分の能力ぐらいは把握しておかないとマズいだろう。
俺の最大の能力は『倍化の秘術(全能力値二倍)』か。
ファーストジョブも強化術師だしな。
俺にも使えるはずだが、使い方が分からん。
どれ。
ステータスの『倍化の秘術』に意識を集中する。
すると、『総貯蓄ポイント、87000』というのが見えた。9万で秘術が使えるのなら、あと、3000ポイント足せばいいのだろうか?
リザレディアに聞けば、
レベル20→40への倍化は、5日分の魔力量で上げられたらしい。
レベル30→60への倍化なら、7日分だ。
『レベル20→40(20UP)』が、五日分で45000ポイント。
『レベル30→60(30UP)』が、七日分で63000ポイント。
一レベルで2000ポイント必要だとして、
つまり、『上げたいレベル数×1000ポイント』を消費するのか。
強化魔術は、魔力をバカ食いする。だから王子は魔力に振りまくったのだ。
なら、『総貯蓄ポイント、87000』は、既にリザレディアのレベル41を82まで上げられるんじゃないか?
「いえ、この術は重ね掛けはできません。私は、王子がこの力に目覚めて暫くした頃、レベルを18から36まで引き上げて貰ったので、もうレベルを倍にすることは出来ないでしょう」
……そうか、重ね掛けはできないのか。なら、レベル45まで自力で上げてから二倍の90にするのが一番効率がよかったんだな。(MPはきっちり9万いるけど)
「それは残念だな。少し勿体ない気がする」
「そうですね。ですが、あの時はまだ王子の能力もよく分かっていませんでしたし、倍化して頂いた私としては感謝こそすれ、文句など何一つありません」
『倍化の秘術』を手に入れた王子。
兵士の能力を飛躍的に向上させるこの力は、国に大変喜ばれ、王子は次々に兵達にギフトを与えていったらしい。
その結果、王子は5年弱で300人の大精鋭を作った。
高レベルでもせいぜいレベル40が限界のガートランドの部隊能力を、その倍に引きあげたのだ。
結果、冬の(コールド)魔法王国ガートランドの兵士は、恐るべき精鋭集団となった。
そして、ガートランドは2年前から各地に侵攻を開始し、国土を数十倍に広げた。
群雄割拠の西東大陸、その西側の半分を手中に収めつつある破竹の勢いだ。
王子は、何重にも魔術結界が張り巡らされた塔に幽閉されていたらしい。
確かに王子は戦略兵器と同じ危険度だろう。もし他国に誘拐され、操作魔術でも掛けられたら、堪ったもんじゃない。本人もそれが分かっているから、無理な我儘は言わなかったようだ。ヘソを曲げられては困る為、幽閉状態でも扱いは丁寧だったらしい。
だが、王子が、城の兵隊をあらかた強化したら、重ね掛けはできない為、もう旨味がない。
役に立たなくなった王子を他国に奪われたりするくらいならば、殺してしまった方が良いだろう。王子が国で使えなくなっても、依然他国での脅威度は同じなのだ。
それに、誰彼構わず力を与えるのも危険なのだ。
王子の能力を悪用しようと兵になる輩や、初めから悪意を持って国を乗っ取ってやろうと思っている者達に力を与えれば、造反されるかも知れない。
それに、例え今は味方であったとしても、敵に回れば数では押さえ込めない軍隊となってしまう。
無闇に強化が出来ない以上、王子が全ての兵を強化することはない。
(それにレベル30以下の強化は成功率が低いらしい。レベル15程度の才能の無いモノでは、莫大な魔力の受け入れに耐えられないのだろう。失敗した場合は、体に何らかの不具合が出る可能性もある為、希望者は少ない)
結果、ジークが作り出したのは、近衛騎士達を凌駕する高レベルの少数精鋭だ。
王や家臣達は、ジークの力を怖れ、暗殺の為の兵隊を送り込んだ。
それに気付いたリザレディアは王子を逃そうと助けに行った。
――だが、王子は、死を受け入れようとしたらしい。
自分がどれだけ危険な存在であるか、彼は理解していたのだ。
『自分の力はやがて紛争の種になる。そうなれば多くの人が命を失う。ならば此処で命を討たれるのを待とう』そう言ったらしい。
だが、それに納得出来なかったリザレディアは、王子を担いで、王家しか知らない秘密の抜け道を通ってこの教会に逃げ込んだ。けれど、それは既に予想されており、出口の扉には水晶で作られた自動爆発魔術のトラップが仕掛けられ、2人は爆発に巻き込まれ、リザレディアを守って、ジークは死んだらしい。
俺って、結構可哀想な奴だったんだな。
全く、利用するだけ利用して、使い終わったら抹殺とか、どんだけ外道だ。