6 ゴールの先にあるモノは
「もう、心配したのですよ、王子」
深海のように落ち付いた低音を響かせるダークエルフ(爆乳スレンダー美人)は、頬を膨らませながら、細い腕で俺の頭をかき抱き、大きな胸にぐいぐい押さえ付ける。
(ちょ、止め……可愛い女の子にそう言うことされたら童帝は勘違いしちゃうから! 本気になっちゃうから!)
ああもう、そんなに顔を谷間に押え付けたれたら、苦しくて、
「い、息が!」
『イ・イキガ』とはハーレム系少年主人公が、密かに主人公の暗殺を狙う巨乳ヒロインに窒息死を迫らせた際、ヒロインの羞恥を誘い暗殺を断念させる精神汚染呪文、などと空言されるが真には、広大な母なる海の寛容さについて特定超文化圏の知的上級市民共の認識を延広すると共に、黄金郷にあると言われる聖地『双房山脈』を崇めさせるための布教用聖句。
俺は、その聖地の頂の柔なる撓いを知った時、
『うむ、うむ、我今この至福の海中にて没するもかくや』
(もう窒息死しても良い! ハラショー!)
と心中で唱えた。そんな俺の生死の狭間での苦悶が伝わったらしい。
「あ、ごめんなさい!」と彼女は俺を解放する。
しかし、彼女あろうことか、さらに俺の額に自分の額をピッタリとくっつけた!
(近い! 息が掛かる!)
そして彼女は至近距離で俺の顔を覗き込み、優しく、けれどキリリと引き締まった微笑を浮かべ――あ、この人イケメンだ。濡れた――そして、彼女は優しくハスキーな声で俺にこう言った。
「ああ、本当に生きていて良かった。――ジークフリート王子」
「――な゛っ」
俺は素で固まった。
え? なにこのダークエルフ、なんで俺の名前知ってるの? エスパーなの? バッグとかに入れたりするの? ネームタグ表示とかされてるの?
――いや、俺のファンなのかもしれんな。
◇◆◇
――と、言うわけで、俺は今、俺のファンと対面しています。
礼拝用の椅子に二人並んで腰掛け、彼女は両手でしっかりとオレの手を握り締めている。
ファンとの『握手会』である。
手を上下させる度にふわふわと揺れる豊満な胸が気になる。
が、ちょっと状況把握がしたい。
とりあえず自分の顔が気になる。
俺は彼女の持っていた手鏡を貸して貰い、自分の顔を見てみた。
鏡に映った俺は、金髪で童顔だった。十五才くらいの人間の子供だ。
良かった、ドワーフじゃなくて。
顔の作り自体は結構凛々しい。
だが、生前の人柄だろうか、人を害することを知らぬような優しそうな顔をしている。紛う事無き美少年である。
俺が死ぬほど喜んだ事は言うまでもない。
萌え豚歓喜である。大勝利である。
メガネの時より大喜びして五体投地し仏に帰依たため、若干引かれた。
年甲斐もなくはしゃいでしまった。反省反省、あ、でもまだ子供なんで許されるんですけどね、デュフッ。
さて、俺とこのダークエルフがどんな関係なのかは知らないが、
――ああ、ご主人様と奴隷だったらいいのに。そしたらもうゴールできるのに――
「ああ、死んでしまったかと思いました。良かった、本当に良かった!」
なんて大はしゃぎで喜んでくれている彼女に、
『お前の王子様もう死んじゃったんですけどww、中身は萌え豚ニートのキモヲタなんですけどっww、ねぇ今どんな気持ち? 今どんな気持ち?』
なんて言えない。
事情もちょっと説明しずらいし(悪魔にセクハラしてきましたとか)、言ったら言ったで
『出ていけ! 悪霊退散! 破ッ!』
とかいきなり除霊魔術か使われたらイヤだし。
なので、ここは基本に忠実に、『記憶喪失』と言う設定にして、色々聞き出すことにしよう。
「ここはどこ? わたしはだあれ?」
思ったよりバカみたいだった。反省。
「え? あははは? な、何をご冗談を、王子」
乾いた笑いを漏らすダークエルフ。
「申し訳ござらぬが、本当になにも覚えておらぬのでござる。拙者が誰であったとか、ここが何処であるかとか、貴殿が何者であろうかとか……すいませんけどちょっと色々教えて貰えませんかね?」
ガターンッ! とダークエルフ(プルルンッ)が立ち上がった。
「なっ、なんてことっ! でも、王子はそんな冗談が言えるようなお方では……ならホントに? 私のせいで? ……っ!! く、私の所為でっ! 王子がお記憶をお失われになってしまったなんてっ! ここはもう死を持って償うしか……!」
とか言っていきなり腰のレイピアをスパーンと引き抜いて自害しようとした!
俺が呆気に取られて呆然と見ていると、俺の方をチラッと見て再び言った。
「ここはもう死を持って償うしか……!(チラッチラッ)(パチッパチッ)」
もう一度言って、なんかウインクでアイコンタクト送ってきた。
(ああ、俺止める役なのね?)
俺は、首を刺そうとする刺突剣を(と言っても死ぬ気がないとしか思えない非常にゆっくりと動く)の切っ先を、俺は掴んで止める。
「ちょ、ちょっと待って。落ち付いて。フリーズ。(棒読み)」
満足したように頷くと、再び勢いよく暴れ出すダークエルフ。
「ええい、ジャマするならまずは王子をカッ捌いてから死んでやる!」
俺は剣の先端掴みっぱなしなので暴れられたら痛い、必死で止める。
「痛い! それ本末転倒だから、ってちょっとたんまマジ痛い血が出てるって俺のこめかみに刺さってる!! なんで! なんで俺攻撃されてんの! 痛いから抜いて! 抜いて!」
「後生です、死なせて下さい! 全て私のせいなのです!」
こいつ、まだ言うか! しかもなんでいつの間にか俺が説得しなきゃイケナイ的な感じになってるんだ。面倒臭い。
「はぁ、違うから! 死ななくて良いから。ちょっと良く聞きなさい! その、記憶喪失になったのは、……べ、別にアンタの所為じゃないんだからねっ!(真実的な意味で)」
「それを聞いてちょっと安心しました。でも、違うのです、私のせいなのです! あの時、爆発に巻き込まれて、王子が私を庇ってくれたのです! だから恐らくその時に王子が頭を打って、記憶を失ってしまったのです!」
ごめん!
王子、記憶を失ったどころじゃなくて、お前のせいで死んだわ!
「あ、それ完全にお前のせいだわ! 安心してる場合じゃないわ!」
「うわー、やっぱり私のせいだったんですね!」
ああ、これじゃもう、
『お前のせいで王子死んじゃって、中身が萌え豚ニートのキモヲタになっちゃったんですけどっww、ねぇ今どんな気持ち? 今どんな気持ち?』
なんて冗談でも言えないんだけど!
どうしよう、そのうち打ち明けようと思ってたのに、ちょっと言える雰囲気じゃないんですけど。
俺は混乱しながらも、暴れる(フリをする)ダークエルフを必死になって止めた。
しかし俺が自分の責任で記憶を失ったことに気落ちしているようで、少し思い悩んでいたので、俺は彼女を慰めようと、ファンタジー系エロゲ界における一般認識『性に解放的な巨乳ダークエルフ』へのロマンと重要性をとくと語って聞かせると、やはりちょっと引かれた。
だが、そうか。だから彼女は俺が生きていたことにあんなに喜んでたのか。それに、その身を以てダークエルフを守るなんて、偉いじゃないか俺。(自画自賛)
よし、そんなジェントルなお前の体は、俺がちゃんと活用してやる。だから黙って成仏してろ。間違っても夢に出て来たりしないように!
◇◆◇
「王子は、命を狙われているんです。この教会の隠し扉に、爆発魔術を仕掛けられていたのです」
うん、まあ知ってた。
『王子』『爆発』『俺の運的に王子に転生で勝ち組とか有り得ないから何かあるはず』のキーワードで何となく分かってた。
俺の為に一生懸命に話す彼女は可愛らしかった。
――記憶喪失になった王子だが、色々と話を聞けば思い出すかも知れないと言う事で(※そんなことにはならないでござるが)、色々お話ししてみることにした。
が、いきなり死亡フラグだった。
あ~、なんて言うか王子が暗殺で殺されるべくして死んだなら、このダークエルフちゃん別に悪くないんじゃないか?
「私は、王子付きの宮廷魔術師です。部下のようなモノですね。だから、王子を守る義務があるんです」
部下か、……いい響きだ。
『昼下がりのオフィスレディ、部下と上司のイケナイ関係』
うん、今日はこれで行こう。
「あ、申し遅れましたが、私の名前はリザレディアと言います。ダークエルフのリザレディア・アルベリヒ、24才です」
リザレディア、……いい響きだ。
24才と言えば、OLとして働き始めて少しずつ周りに慣れてきて自信が付き、お洒落にも気を使うようになって色気が鰻登りの時期だな。
いいじゃないか。
~昼下がりの王宮庭園、ダークエルフの宮廷魔術師リザレディア(24)と王子のイケナイ関係~~王子の貞操は私が守ってあ・げ・る~』
いや、逆というのもあるか。
――『苦しゅうない、もっと近うよれ』迫る王子、『いけません、我が君』嫌がりながらも熟れた体を火照らせ快楽に堕ちるダークエルフの部下リザレディアと王子の禁断の関係――
ヌカポフォゥ!
おっといかん。妄想が向こうからやってくるとは自重自重。
他にも沢山の可愛い女の子の部下がいるのかと期待したが、俺の部下はリザレディアちゃんだけだそうだ。まあ、王子の世話付きなんてそんなもんか。
「王子の名前は、ジークフリート・ヴォルスング様です」
同姓同名かと勘違いしたが、名前が同じだけだった。
そうだよね、本名が『ジークフリート王子』とか有り得ないもんね。そんなおかしな名前の奴いたら指差して『それどこの英雄? ねぇどこの英雄?』とか言って笑っちゃうよね!
……バカにすんじゃねぇよ!
しかし同名とは。もしかして、名前繋がりで転生させられたのだろうか。ヘルならやりかねない。
「年は十四才です」
十四才って、中三か。って事はギリでショタに入るのか? 中三にしてはちょっと小柄だしな。背は150くらいか。小学生と間違えられそうだな。
……はっ!
俺はズボンをまさぐって一物を調べた。生えてない……だとっ!
コドモです!
俺の背が小さいので、背の高い彼女が一緒に座ると『ボクと美人お姉さん』見たいな構図になる。しかもさっきから、リザレディアお姉ちゃんはボクの頭を撫でたり、おでこに頭をくっつけて、『熱はないみたいですね(にこっ)』とかする。
目の前にある雪のように白いサラサラの髪を撫でると、なぜかほっぺにキスされた。
天国かっ!
しかし、俺は一体どこの王子なのだろうか。もし冬の(コールド)魔法王国の王子とかだったら魔術とか使えるのだろうか。
……魔術っ!! わ、忘れてた! キマシタワー!
――この世界には魔術がある。かく言う俺もウィザ(30童帝)であったりした。
「ねぇ! お姉ちゃん、ボクって魔術使えるの!?」
お姉ちゃんと言われた瞬間、リザレディアはパァと顔を輝かせて凄く嬉しそうに笑った。
パターン青……ショタです!
けれど、質問の内容を思い出し、リザレディアちゃん(爆乳スレンダー美女)は、『そ、それは……』と言い難そうにさっと顔を伏せた。
『ちょっと才能がない』程度の表情じゃ無かった。ロクに使えないのか。
それだけで何か色々と解ってしまった。聞かなかったことにしよう。
◇◆◇
今回教会に爆破魔術の罠を仕掛け、俺の命を狙ったのは、第一王子のスィン(17)らしい。俺の兄的な奴だろうか? 王位継承争いとかだろうか? 第二王子かなにかの俺が優秀すぎて、『やべぇ、継承権奪われる!』と暗殺者を放ったに違いない。嫉妬とは見苦しい。ケツの穴の小さい王子だ。
「ええと、ジークフリート王子は、厳密には王子ではないのです」
王子であって王子でない。俺であって俺ではない。
なんだ、哲学か?
「現在、スィン王子――つまりスィンフョトリ・ガートランド第一王子が正統な跡継ぎで、ジークフリート・ヴォルスング王子はガーラント王家とは特に関係のない人です。別に王族でもないです。ただの居候の身分です。どちらかと言えば捕虜ですね。ジークフリート王子の一族は既に滅び、しかも、王子にはすでに10回以上の処刑命令が出されています」
10回以上ってどんだけ殺したいんだ。しかも散々『王子王子』と勝ち組を匂わせておいて実は『ただの捕虜』とは。『ねぇどんな気持ち?』にすら勝るワッショイだ。上げて落す、なかなか上手いじゃないか。
「ジークフリート様を王子と呼ぶのは、ヴォルスング王家に縁のあった一部の者だけです」
俺は、『冬の(コールド)魔法王国ヴォルスング』の王子になる筈だったらしい。
父の名はジークムント・ヴォルスング。
母の名はジークリント・ヴォルスング。
ジークは勝利という意味でウチの家系はみんな『ジーク』が付いているらしい。『ジオンに勝利を(ジークジオン)!』的な奴だな。
冬の(コールド)魔法王国のヴォルスング王家は、そんな『約束された勝利の家系』だったが、十七年ほど前にあっさり滅ぼされた。
十七年前。
つまり、俺が産まれる三年ほど前に、既にヴォルスング王家は滅びていた。
……く、産まれてくる時代を間違えたようだ!
十七年前の当時、『冬の(コールド)魔法王国ヴォルスング』には国王である父ジークムントと母ジークリントがいた。
そして、父ジークムントの妹に、国一番の美姫と謳われたシグニャンがいた。
(本当はジークニャンという名前だったが、シグニャンが『可愛くないニャン、改名するニャン』と改名した)
――猫族との間に産まれた彼女はネコ耳娘だった。
その噂を聞きつけた隣国の列強ガートランド国の『ネコ好きで刀剣蒐集家のゲイル王』が、ネコ耳美姫とされるシグニャンに求婚し結婚することになった。
その結婚式の日に、父ジークムントの持っていた『神剣ノートゥング』を見たゲイル王は『幾らでも出すから譲ってくれ』と駄々を捏ねた。ゲームの中でもいたな、人がレアアイテム持ってると売ってくれと騒ぎ出す奴。
だが温泉好きの父ジークムントは『貴殿には扱いきれぬ故、お断りします!』と断った。
その『神剣ノートゥング』は、手に入れたばかりの最強の温泉チケットだった。
曰く、ゲイルとシグニャンの結婚式の余興中に、最高神オーディンがふらっとやってきて『はい、ワシ一発ゲイやります』とか言いだし、一振りの剣をウエディングケーキに突き立て『これ最強の剣だけど、抜けたらあげるわ! 今なら漏れなく、それで武勲立てたら死んだ後にヴァルハラ温泉への招待券もプレゼント!』
とかマリーンみたいなことを言いだした。エクスカリバーかっ!
ウエディングケーキに刺さった剣を必死に抜こうとしたが無理だった刀剣マニアのゲイル王は、自前の黒鉄騎士団に『必ず抜け! 死んでもだ!』と抜かせようとしたが、無理だった。ここで『ウエディングケーキ死』と言う新ジャンルが誕生した。
まあ、インパクトでは『クリスマスツリー死』には敵わんがな。(ドヤァ)
結局、ウェディングケーキから剣を抜いたのは父ジークムントだった。ゲイル王は懇願したが、温泉信仰派のジークムントが『風呂の聖地の巡礼チケット』を渡すはずもなかった。
(確かゲームだとオーディンは黒鎧のカコイイ騎士だったな。一度この目で見てみたいものだ)
そして、ネコ耳美姫シグニャンを娶ったゲイル王は、その翌月にヴォルスング王族達を宴と称して自国に呼び出し、
『フハハハ、馬鹿め! 刀剣マニアの執念を思い知るがいい!』
と王族達を罠に嵌めて襲わせて、一網打尽に討ち取った。
父ジークムントは敗北を悟り、温泉チケットを森の中に隠して、隣国ガートラントのゲイル王率いる黒鉄騎士団に襲われ、無念にも死んだらしい。
こうして、シグニャン以外のヴォルスング王族は皆殺しにされて滅んだ。
そして、『冬の(コールド)魔法王国ヴォルスング』は滅び、
新しく、『冬の(コールド)魔法王国ガートランド』の時代の幕開けとなった。
つまり、俺の国ヴォルスングは剣一本のために滅びたのだ。
その年、唯一生き残った旧ヴォルスング王家のシグニャンがゲイル王との子を出産し、息子スィンフョトリが産まれる。
その三年後、
ヴォルスング王家が滅びた際に秘密の抜け穴から逃げたとされた俺の母ジークリントが、産まれたばかりの息子である俺ジークフリートと共に、掴まえられた。
森の中で静かに暮らしていた所を、指名手配で掴まったらしい。
(スーパーハイハイを極めた俺が外で迷子になったのが原因のようだ)
母と俺は当然死刑される事になった。
だが、その頃、こんな噂が流れた。
『亡国の王ジークムントは、実はまだ生きている。黒鉄騎士団は彼を仕留め損ねたが、ガートランドのゲイル王がヴォルスング城を攻める為に兵士の志気を下げるために、全員死んだと嘘を付いたのだ』と。
俺は、父ジークムントの子である可能性が示唆されたが、母ジークリントは自ら自害し、真実は闇の中。
斯くして俺、ジークフリートは城の中に幽閉されることになった。
父ジークフリートを誘き出すための囮として。
その後、俺は幾度かガートランド王に処刑される予定だったが、父ジークムントの妹シグニャンがそれを拒んだらしい。やはりネコ耳は正義か。ありがとう、シグニャンおばさん。
そして、俺は幽閉された塔の中で育ったらしい。