4 死者の館、異文化交流とフルスイング
俺は巨大な門の前に立っていた。
一〇メートルの巨大な門の隣には、人が往き来できそうな二メートルほどの小さな門があった。そのドアに付いていたノックハンドル――牛の鼻についてそうなアレ――を鳴らそうとしたら、執事礼服を着た年配の執事が出てきた。
「異世界の死者様。ようこそ暗霧の氷国へ。ここは『死者の館』でございます。さ、どうぞ中へ」
暗霧の氷国とはラグナレクオンラインの九つある世界の一つだ。そして、死者の魂は全てこの『死者の館』に来るとされている。唯一例外の『勇敢な冒険者達』だけは、死んだらヴァルハラに送られてリスタートできるので、死んでもあまり縁のない場所だった。向こうが天国なら、ここは地獄だろう。いや、冥界といった雰囲気か。
俺は執事に促されるままに小門を潜る。
目の前には、巨大な屋敷があった。
家に辿り着くまで暫く庭を歩かなきゃいけない貴族の館みたいだ。
近づくと更にその異常さが分かる。
その館は、門も窓も階段も、全てのサイズが大きいのだ。
――まるで、巨人でも住んでいるかのように。
しかも、庭には巨大な犬が寝そべっていた。
「ああ、ペットです。これガルム、お客様に粗相をしてはいけませんよ」
犬を尻目に、俺は館の中に入ると客間らしき場所に通された。
「こちらへどうぞ」
促されるままに大きな扉の中に入ると、そこは巨大な円形のホールだった。貴族のダンスホールのような感じだが、明りは付いておらず月夜のように薄暗い。部屋の中は、膝丈まで冷たい霧が掛かって、ドライアイスの中を歩いているみたいだ。
そして、ホールの中央にはたった一つ玉座が置いてある。
「私がこの『死者の館』の主、ヘルよ」
その玉座は高台に設置されているわけではない。俺と同じ床に設置してある。けれど俺は、その声の主の顔を見る為に、顔を上に上げなければならなかった。
そこには玉座に座った貴婦人がいた。
――それは人と言うにはあまりにも大きすぎた。人の背より何倍も高く、人の体より何倍も厚く、人の体より何倍も重く、そして壮大すぎた。それはまさに巨人だった。
でかい。俺の数倍は大きい。巨人だ。進撃はしていないようだが。
紅い髪を纏め上げた彼女は、肌の色が左右で違った。右側が白く、左側が黒い。燃え上がる真っ赤なローブを着た美女だった。玉座のような椅子に座って足を組んでいるが、膝から下がなかった。幽霊のように薄くなって消えているのだ。
彼女は俺を試すような挑戦的な目で、口端を吊り上げ微笑している。
……な、バカな。……詐欺だ。
俺は二重の意味で驚いていた。なぜならラグナレクオンラインでは、ヘルは可愛らしくて小さな萌えキャラだった。屋敷もこんなに大きくなかった。想像と全く違う。後輩悪魔が言った通り、あくまでも『っぽい世界』だった。幼女ヘルを楽しみにしていたのに! 詐欺だ! 訴えてやる! あのバカ悪魔め! 今度あったらセクハラだ!
「頭が高い。……この世界で私だけが、唯一死者を生者に戻せる。ひれ伏しなさい、人間」
貴婦人は気怠そうに髪をかき上げ、甘く囁くが、言霊に込められた威圧感が凄い。喋るとホールに反響してサラウンドが全身に響いてくる。魂である俺にとって、死者を支配する力を与えられた彼女の声は絶対だ。ガクガクと両足が震える。
俺は威圧に耐えきれず膝を付いて平伏した。
幼女ヘルはプライドが高いので、謙下っていないと怒って殺されてしまうキレキャラだった。
こっちもそんな感じだろう。
しかし、『死者を生者に戻せる』と言った辺り、こちらの意図は分かっているようだ。さすが地獄の公務員。
「ははー。私め、本日は、ヘル様にお願い致したき義が御座りまして馳せ参じました」
「そうね、知っているわ。でも条件があるわ。もし私の試練をクリアすることが出来たなら、あなたを記憶を持ったまま、生き返らせてあげても良いわ。別の肉体も用意してあげる、もちろんもっと美しい体をね。それに、能力値も限界まで引き上げてあげて、技術もお金も限界まで持たせて、最高の美女達も付けてあげる、なんなら不老不死の神の体を用意してあげるわ」
「デュフッ!」
その言葉に俺は思わず興奮した。
悪魔にお願いした通りにの、いや、不老不死なんて、それよりずっと好条件だ。
俺はゴクリと唾を飲む、だがここでぬか喜びしてはダメだ。
「有難き幸せに御座います。して、その試練とは?」
「簡単よ。『この九つの世界に住まう全ての人間に、あなたを生き返らせる為に涙を流させなさい』それが出来たなら、それ程必要とされているのなら、貴方の願いを聞いてあげても良いわ』
無理に決まってんだろバカ。
俺は今来たばっかりなんだから、そんなコトできるわけ無いだろバカ。今後は語尾にバカ付けるぞこのバカ。それともオバサンと呼ばれたいか!
ヘルはニタニタとイヤらしい笑みを浮かべながらこちらを窺う。
そうなのだ。こいつ、こういう奴なのだ。
嫌がらせ大好きっ子なのだ。さすが管理局のパート悪魔と同業者。本職な分よけい心が汚い。
ヘルは、死者を支配する地獄の管理者であり、生き返らせて欲しくて自分を恃んできた相手にはとても出来ないような無理難題を出して楽しむドSだ。
この試練を引き受けた時点で転生は終わりだ。『俺達の転生はここからだ!』とか言ってエンディングテーマが流れ始めてしまう。打ち切りエンドだけはダメだ。ではどうするか? 引っかけるか? いや、距離的に届かない。思い出せ、確か、幼女ヘルは、この冥界で退屈していたはずなのだ。死者の爪を剥いで集めて模型の船造り始めちゃうくらい暇で暇で、新しい噂話に飢えていた筈だ。――考えろ、俺は今まで何のために萌え豚をやってきた!
「お美しきヘル様、私めは異世界の無力な人間です故、さすがに会ったこともない全ての人間を泣かせることは難しいかと」
「ふむ、分からぬではないな。ではどうせよと?」
「私は異世界の逸話を多く存じ上げております。語り部は私の最も得意とする分野でございます。そして、もしヘル様が私の語りにお涙を流されたあかつきには、――それは即ちヘル様の涙は全てのモノの涙より貴いという意味で御座いますが――私を生者にして頂きたいのです。もちろん能力も技術もお金も美女も神の体も不要です、いかがで御座いましょうか?」
イケメンだけ残しておいたけど、これだけ持ち上げてハードルを下げてやれば……。
「そうね、面白そうじゃない。地獄の管理人であるこの私を泣かせることが出来るなんて、凄い自信ね。いいわ――」
よし、かかった!
「――じゃあこうしてあげる。あなたはさっき『会ったこともない全ての人間を泣かせることは難しい』と言ったわね。ならば、あなたが『この世界で出会った者の全てを泣かせること』が出来たのなら、その願いを叶えてあげる。けれど、もし泣けなかったら、――あなたの手足の爪を百年分貰って船を造る事にするわっ!!」
ヘルが左右の色違いの目を見開いて、ニヤリと笑った。
――ゾクリ。
「期限はそうね、今日中で良いかしら?」
ヤバイ無理ゲーかもしれん! でも言霊に押さえられて言い返せない!
ヘルはオジンと出会ったことを知っているのか? 知らないはずだ。知らない事にしよう。よし、知らない。しらばっくれよう。ああ、あんなジジイ助けなきゃ良かった! 私達、出会わなければ良かったのに!
「しょ……承知致しました。では……」
俺は凄まじい重圧の中、それだけの言葉を絞り出すので精一杯だった。
◇◆◇
夕方、俺は豪勢な地獄の晩餐を食べながら語っていた。
「『パトラッシ……ボクは疲れたよ。もう……ゴールしても良いよね』『わんわんおー!』」
「あうあう、可哀想なネロちんとパトラッシ。天国に行っちゃらめぇ、ヘルが地獄で可愛がってあげるからぁ! ……グスッ!」
そこには、眦に押し付けたハンケチーフを片時も離すことなく、一言一句聞き漏らすまいと俺の話に耳を傾け聞き入っているヘルの姿があった。
チョロい。
アニメ漫画ゲームラノベ、あらゆるメディア的な娯楽が無駄に発達した我が国の知的上級市民(ヲ タ ク)達、――彼らは歴史を重ね至高の芸術の域にまで達した神原作者達が推敲に推敲を重ねた珠玉の物語を紡いだ歴史の軌跡の全てを、その頭脳(HDDとも言う)という宝物庫の中に大切に保管し、――例え誰にも理解されずとも、例え排斥の憂き目に晒されようとも、更なる探求に邁進し続ける知的冒険者達足らんと誇りを持ち続け、戦い続けてきたのだ!
偉い人は言った。萌え豚死すとも萌えは死せず!
真実への探求心、それは高貴なるヲタの義務。
詰る所を言おう、ヘルは俺を舐めていた。
――そう、その知的上級市民(ヲ タ ク)達の辿り着く頂点の一角である『萌え豚ニート』を極めし――この俺をっ!!
もう一度言おう、ヘルは俺を舐めていた。
――金は無くとも『働きたくないでござる精神』の元、親類縁者に血を吐く思いで土下座してでも『マギカル☆リリヤ』ちゃんDVD(初回限定)を購入しようとした――この俺の執念をっ!!
さらに言おう、ヘルは俺を舐めていた。
――誰に必要とされずとも、親に頼むから部屋から出て来てくれと懇願されても、一日も欠かすことなくアニ研鑽を積んできたこの俺の――熱きヲタ魂をっっ!!!
――そう、俺が求め続けた文化という歴史の積み重ねの前に、彼女は敗北したのだ。
俺は立ち上がり、ハンカチを濡らすヘルをビシッと指差して、こう言ってやった。
「――つまり、お前の負けだっ! ヘルっ!」
……と、口パクでヘルに向って叫んだが、聞えなかったようで首を傾げられた。
「あんこーる! あんこーる!」
「あー、もー、仕方ないですね、もう一話だけですよ?」
◇◆◇
「『私の名前を呼んで? そうしたら、私達お友達だよ!』『リ、リヤ……リリヤっ!!』」
「ああ、良かった。リリヤちゃん、もう一人の魔法少女のお友達とやっと分かり合えたのね!」
そう、萌が世界を越えた瞬間だった。
俺はもう何度ヘルを泣かせたか分からない。
過去に目に焼き付けた記憶のHDDをほじくり出し、泣きゲーや泣きアニメなどあらゆる名作達を駆使し、喉がカラカラになるまで喋り続けた。
ヘルはボロ泣きだった。こんなに女を泣かせてしまうなんて俺は何と罪作りな男か。
そしてもうすぐ日付が変わろうとした頃、ついに最後の隠し球『マギカル☆リリヤ』ちゃんのストックが切れた。あと数分で刻限だ。今日中に泣かせるというミッションはコンプリートだろう。
ヘルは小腹が空いたらしく、先程から大きな皿の上に乗った夜食を食べている。皿の上には何も乗っていない。
何も乗っていないけれど、ヘルはナイフとフォークで上手く何かを食べている。時折、皿の外に逃げようとしたそれをフォークでブッ刺して口に運ぶ。
曰く、
――ヘルの使う皿は死者の『空腹』を乗せ、
――ヘルのナイフは死者の『飢餓』を引き裂く。
死んだ人間の『飢餓と空腹』をヘルは食べる。故に死者は飢餓も空腹も感じることはない。しかし『飢餓と空腹』を喰らい続けるヘルは常に腹が減っており、永遠に『飢餓と空腹』を喰らい続ける事になる。
「心配しないで。私があなたに飽きたら、あなたの空腹と飢餓も乗せて食べてあげる」
何を言っているのか良く分からないが、何か恐ろしいと言う事だけは分かる。そろそろお暇したい。
「あの~、ヘル様。散々泣いた事ですし、そろそろ転生させて貰っても宜しいですかね?」
揉み手の俺を、ヘルの眼光がギラリと貫く。
白い肌を持つ右側の瞳は黒く、黒い肌を持つ左側の目は白い。
その絶対的捕食者の目に、――ゾクリ、と鳥肌が立った。
「あら、ダメよ。だって貴方、……まだ私との約束果たして無いじゃない? あのタヌキジジイを泣かせて無いわよね?」
あ、やっぱり知ってた! あんだけパラリラ言ってりゃ気にもなりますよね!
「じゃあ、約束通り、あなたには百年間私専用の語り手になって貰うわね――」
ヘルはジュルリと舌なめずりをした。
「――逃さないわよ、さあ、永遠にワタシノモノニナリナサイ……」
ヘルの大きな手が、俺を――自分の物を手放さぬよう握り締めようと迫ってくる。
やばい、なんか掴まれたらそのままパクッと食われそうな感じがする。
だがヘルの視線に囚われた俺は、逃げたくても金縛りにあったように動けない。ヘルの言霊は絶対だ。死者の魂という軛が俺を縛る。死者である限り、何人たりともこの女には逆らえない。戦おうにも『飢餓や空腹を食う』とか訳の分からない女に勝てる筈ない。
不味い、もう無理だ。俺はこのまま掴まって死ぬんだ。南無三!
俺が手に覆われ絶望に顔を歪めた、その時、
――ジリリリリ、ジリリリリ。
と電話が鳴り、執事の人が入ってきて、ヘルに何かを耳打ちした。
「(ヘル様。アース神族の国の最高神様からお電話でございます)」
「チ、良い所だったのに! あのタヌキジジイめ、こんな場所に左遷したあたしに今更何の用だ!」
良く聞えなかったが、ヘルは憤慨しながらホールを出て行った。
……ホ、アイツがケータイ持って無くて良かった。
◇◆◇
さて、今の内に逃げよう。と抜き足差し足ホールから出て、逃げようと思って屋敷の外に出た瞬間、
「……ワン?」
巨大な犬と目が合った。
忘れてた。こいつもいたのだ。しかも、犬の胸元は真っ赤な血っぽいモノで汚れていた。
ちょ、何お前? 番犬なの? 脱走者とか食うの? 無理無理無理! 無理だ逃げらんね。
と逃げ帰ってくると、電話から戻ってきたヘルとバッタリ出くわした。
「げぇ、ヘル様っ! こここ、これは違うんです。誤解です!」
慌てて言訳をするが、ヘルは少し困ったような、しょぼくれたような顔で言った。
「ねぇ、あのジジイ、泣いて喜びながら、あなたに『見える、私にも見えるぞ!』って伝えてくれって言われたんだけど、何したの?」
「え? ジジイって……オジン様の事ですか?」
マジか、あのジジイわざわざお礼の電話くれたの? しかも泣いてたって事は、俺はもうフリーダム? 転生決定FAでOK?
(やったーーーーーーーーーっっ!!!!)
俺は極力内心の動揺を抑えつつ言った。
「にゃ、にゃにゃにゃにゃっ、にゃーに、同胞には手を差し伸べりゅにゃんて、しゅ、しゅしゅしゅ紳士にとって当然の事をしたまででででおじゃますよっ!」
動揺は丸出しだった。
「はぁ、勝負はあなたの勝ちね。転生申請もちゃんと通すように言われたしね。く、あのタヌキめっ。……はあ、せっかくあなたに『マギカル☆リリヤ』ちゃんの続編作らせようとしたのに、諦めるしかないみたいね。せっかく天国待遇で扱ってあげようと思ったのに」
……ちょっとくらい付き合ってやっても良いような気はした。
だが、
「ええ、そこまで私の語りを惜しんで頂けて何よりです、ですが――俺は今度こそ誓ったのです。私の生前は酷いモノでしたが、もしもう一度機会が与えられるのなら、次こそは真剣に人生に向き合って見ようと、そう、今度こそ『人生の冒険者』になろうと決めたのです!」
「そう、そこまでの固い決意、私じゃ止められないわね」
「はい、俺は冒険者になります」
そう、例えどんな苦難が降り掛かろうと、目を逸らさず、病める時も悲しみの時も貧しい時も、俺は冒険者足り続け――イケメンに転生してウハウハハーレムチート道を探求する、と! だからリリヤたんとはちょっとここでお別れだよ。そして待っててね、エルフたん! グフッ!
「じゃあ、転生するけど、先に教えておくわね。……私は確かに死者を蘇らせることが出来るけど、生き返らせる以上のことは出来ないのよ。つまり、アナタの魂を触媒無しで蘇生させたら、デブでキモヲタなあなたになっちゃうわけ。でもそれじゃダメでしょ? だから私に出来るのは、あなたを別の死体の中に入れ込んであげることだけ。その体を手に入れて、あなたは第二の人生を始めるの。その人がどんな人生を送ってきて、どんな力があるかは、外の人次第、――つまりあなたの運次第、と言う事ね」
「分かりました、それでお願いします」
これまでを省みるに、確実に運に定評のない俺だけど、頑張ってみるよ。
「あ……あと、タヌキから愛好の志に何かプレゼントあるから渡したいって、さっき速達で届いたの。なんだか強い魔力が込められたマジックアイテムみたいだけど、何なの?」
「こ……これはっ!!」
メガネだった。しかも、ごく最近見覚えのある形。
「も、もしや……っ!」
メガネを掛けて、ヘルの方を向いてみた。
――裸だった。
「ぶぼっ」
鼻水吹いた。慌ててメガネを外す。巨人のそれは童帝には刺激が強すぎた。
「み、みみみ、『見えちゃうメガネ』じゃねぇか!!!」
覗き魔術で作ったんだろうか? 上手く修得できたようで何よりだ。
これを数時間で届けてくるなんて……オジンの奴、無茶しやがって。ありがとう。最高のプレゼントだよ。助けなきゃ良かったなんて思ってゴメンね。
「どうしたの? 大丈夫? もう一日泊まってく? お話の続き気になるし」
「いえ、もう行きます」
やべえ、早く地上に生まれ変わりたい! 楽園が待ってる気がする!
「そう、じゃ、なるべく死にたてホヤホヤの若くて美形の死体に送りこんであげるわね。位置はもう掴んでるから、あとは飛ばすだけよ。準備は良いかしら?」
「ええ、いつでもどうぞ」
『転送の儀式』を行うため、俺達は門の外に出た。ヘルは大きい方の門から出た。
ヘルは巨大なガルムが喜んで飛びついてきたので、よしよしと頭を撫でてやっている。
そして彼女は俺の目の前に立ち、俺に正対した。ヘルはさっきから後ろに手を組んでモジモジしている。なんだ? 惚れたのか? 『一人ぼっちでいた寂しい女の私に楽しいお話を聞かせてくれてありがとう!』なんて言って、最後に抱擁でもしてくれるのかな? でも困ったな、ちょっと体格差が有り過ぎる。
などと考えていると、ヘルはおもむろに背中に隠し持っていた何かを取り出した。
――それは巨大なゴルフクラブだった。グラブの種類はドライバー。ごつい先端は軽自動車くらいの大きさだ。
「私、亡者ボーリングにはもう飽きちゃったけど、最近はゴルフに嵌ってるの。大丈夫、魂ってあんがい物理衝撃には強いから」
「ん? 何言って……ウソだろ?」
ヘルはそれを大きく振りかぶる。……俺に向って。オイコラ止めろババア。
「座標軸固定、トルク出力正常、転送準備完了。行くわよっ、全力全快っ!!」
「ちょ、待っ、何するつも…!」
「あなた、私の事二度もオバサンって思ったわよね? じゃあ……」
ヘルはニッコリと笑って言ったが、こめかみがピクピクしていた。
――え? あなた心とか読めたの?
「ぶっ飛べやーーーっっ!!」
全力全快フルスイングが、俺に向って……ゴイーーーンッ!!
「ナイスショッ!」
「ファーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!!」
俺は大空の彼方にぶっ飛ばされた。
PS
――『見えちゃうメガネ』をくれた『オジン様』の正体が、実はアース神族の国の最高神『オーディン様』であると俺が知ったのは、それからまだかなり後のことだった。