11 心と心
糞っ垂れな異世界に、全てを諦めて、俺が意識を手放した瞬間、
『――ねぇ、勇敢な君』
凜とした、少年の声音が響いた。
『君は、守ってくれるかい? ――リザや、ボクが苦しめてしまったこの世界の人々を』
――時が止まった。
いや、止まったのは体感時間だ。俺の意識が、現実と乖離したのだ。
視界が真っ白になり、精神世界の中に引き摺り込まれた。
白い世界には、俺と同じ顔をした少年がいた。
いや、こっちが本物か。
『初めまして。この体の元の持ち主、ジークフリートです』
少年はニコリと笑い、軽やかな声で言った。
俺もぺこりと頭を下げた。
「あ、こちらこそどうも、いつも俺の魂がお世話になってます。……で、元の持ち主が何の用?」
今更返せと言われても困るぞ。いや、むしろクーリングオフしたい。別の体にチェンジして欲しい。
『ちょっと言いたい事があったから、冥界の女王に頼んで少しだけ戻ってきたんだ。君の知り合いだと言ったら、少しだけ時間をくれたよ。まあ、代わりに君が死んだらいっぱいお話ししてあげてよ』
「俺にツケやがったのか」
『ははは、許してよ。これは君のためでもあるんだよ。君は今、死にそうだよね?』
まさか、コイツが絶賛大ピンチ中の俺を助けてくれるのだろうか?
はっ、もしや、俺の隠されし力とか解放してくれるお助けキャラかっ!
『でも、無茶したね。小型種とは言えフェンリルの血を継ぐ巨狼に突っ込んでいくのは自殺行為だよ? ボクの体なんだから、もっと大事に使って欲しいな』
「好きで突っ込んだわけではないでござる」
『あははっ、そうだね、リザを助けてくれたんだもんね! 君は勇敢だよ! そんな君に頼みがあるんだ! ボクが苦しめてしまったこの世界の人々を守って欲しいんだ!』
苦しめてしまった人々、というのは王子の秘術のお陰で強くなったガートランドが、侵略して傷つけてしまった国の人々のことだろうか? ……だが断る!
「待て、お前は何か勘違いをしている! 俺は勇敢ではない。『世界中の苦しんでいる人々を守りたんだ!』とか言う滅私の精神を持ったお助けキャラではない。そもそもそんな人間はニートになったりはしない。紛争地に救助活動に行けるようなボランティア精神に溢れた人間と、引き籠もりの萌え豚ニートを一括りで見てはいけない」
『いや、そんな事無いよ! 君は勇敢だよ! ね? だからさ、ちょちょっとボクと契約して、困ってる人とか助けちゃおうか? できるできるやれば出来る! ネバーキブアップだよ!』
……何かコイツ胡散臭いぞ。契約したら魔法少女フラグでも立つのか? 絶望してラスボスになったりするのか?
「……NOと言ったらどうなる?」
『君は死ぬよ。語り部に転職さ。やったね! 就職先が決ったよ。……ああ、でも話のストックが無くなったら、他の奴隷と同じように指の爪を剥がされて、船の模型とか作らされたりするんだろうね』
退路がない……だと!
どうみても強制イベントだが、YESと言ったら面倒なことになるのは確定的に明らかだ。縛りゲーを望んでいるわけではない。俺はお使いクエストはスキップする方だ。
だいたい、今俺が死にそうになってるのは全部コイツのせいではないのか?
なんで俺がさらに重荷を押し付けられなきゃならない?
そもそも死者の分際で生者に意見を押し付けるのは傲慢ではないか?
『もしかして、イヤなのかい?』
「なぜ俺に言う? 見ていたのなら、俺がどんな人間かは分かるだろう? 俺がお前の体を奪ったからか? 俺がYESと答えれば満足か? それに、この契約に意味はない。死んだお前が冥界で、こんな曖昧な約束を果たしたかなど、確認のしようもない」
ジーク王子は佇まいを直し、真摯な目で俺を見る。蒼くて綺麗な瞳で言う。
『うん、その通りだね。だから、これはただのお願いだよ。……それと、君を選んだのは、……やっぱり君が勇敢な人だからだよ』
勇敢という言葉に、俺は酷く苛立ちを感じた。
「だから! 俺はそんな勇敢なヤツじゃない! 今ちょっとゴーイングマイウェイなのは、異世界に来てテンションが上がってるだけだ! だって本当の俺はっ……!」
――キモッ、あのデブヲタ、さっさと死ねばいいのに!
「……他人に嫉妬してクリスマスツリーに小便引っかけて感電死するような男だぞ? 根暗で、陰険で、ろくな人間じゃない」
『違うよ。君は、勇敢な人だよ。ねぇ、だから、どうか光に、……英雄になってよ!』
見透かすような深い青色の瞳に、心の奥を覗かれたような気がして恐ろしくなる。
「はっ、英雄? 俺が! ハハッ、全国5千万の社畜様に聞かせてやりたいぜ! ここに勇敢な萌え豚ニートの英雄がいますってな! 自分も救えないニートが英雄とかっ、面白いなお前」
『でも、君は勇敢に――』
「俺は勇敢なんかじゃねぇ! 前世で満たせなかった欲望を満たしたいと願っただけの、ただの自分勝手で薄汚い人間だ! そんな人間が、勇敢なはずがない! ましてや英雄になんてなれるはずもないだろう!」
――だって、俺は英雄なんかじゃない! 英雄には、なれなかった!
それでも王子は落ち付いた瞳で問う。
『でも君は、勇敢にリザを守ってくれた。どうして彼女を守ったんだい?』
――のこと、――信じてるから。
「……っ、ハーレムルートに繫がるかと思ったんだよ! 命助けた女に惚れられてウハウハだろ! 誰だって考えるさ!」
『自分が死ぬかも知れないのに? 自分を殺そうと剣を振り回す女を助けた? それがハーレムのため? ボクにはそうは見えなかったな』
「うるせぇ! お前には分からねぇよ! 爆発に巻き込まれたのに女庇って死ねるような、英雄みたいな奴には分からねぇよ!」
それでも王子の声は海のように穏やかだった。
『ヘルに聞いたよ、君は、剣も戦争も無い平和な世界から来た人なんでしょう? それで、突然命を狙われて、大きな狼に襲われて、けれど、君は必死に抗おうとした。自分を守りながら、誰かを助けようとした。……ボクが長い時間を掛けて失ってしまったモノを、君はまだ持ってる』
俺がガキだって言いたいのか? バカにしてんのか?
「教えてやるよ。俺が持っているのは勇敢さじゃない。ただの僻みと妬みさ。英雄になれなかった。大人になる事も拒んだ。その結果が『見た目は大人、頭脳は子供、プロ自宅警備員ジークフリート』さ。死んでから異世界でチートを貰ってちょっと無双できて女の子にもてればムフフ、なんて他力本願を絵に描いたような無職童貞の萌え豚ニートだ。勇敢さなんか欠片もない。圧倒的優位からの無双ならともかく、こんな血塗れの殺し合いはゴメンだ。そんな自分勝手な人間が、英雄になれるはず無いだろう!」
『――違うね! 本当に自分勝手な人間が、自分を盾に他人を守ったりはしない!』
少年は断言した。まるで盲信のような言葉が、俺の心に手を伸ばす。それを躱すように言葉を叩き付ける。なぜこんなに必死なのか、自分でも分からないくらい。
「違わない! お前にっ、元国王の息子で、秘術のギフトを与えられ、美人のダークエルフの秘書がいる恵まれたボンボンの英雄様に俺の何が分かる!!」
その言葉に、少しだけ悲しそうな顔で、そいつは言った。
『ねぇ、……何をそんなに怯えているの? 怖れているの?』
怖い?
怖いか、だって?
怖いに決ってる。
失敗したらどうすんだ?
何かを成し遂げようとして、誰かを助けようとして、また失敗したらどうすんだ?
夜中、未だに眠れなくなる時がある。
また間違えるんじゃないか。また、失ってしまうんじゃないか。
――俺が助けようとした妹が、俺のせいで死んでしまったように。
また、間違えるんじゃないかと。
◇◆◇
――幼い頃、『ジークフリート』と言う名は俺の誇りだった。
俺が勇気ある子供に育つようにと、親が英雄に因んで付けてくれた名前だ。
幼い俺は自分が勇者だと思っていた。何でも出来ると思っていた。
でも、俺はただのガキだった。
溺れそうになった妹さえ、助けられなかったんだから。
俺の親は特撮が好きだった。
子供の名前も、『ウルトライダー★ジークフリート』の主人公から取って名付けるほど好きだった。
当然、俺は特撮が好きだった。誰かを救ったり、助けて感謝をされるのは最高だった。
中学に入っても特撮を好きでいると、クラスメイトにバカにされハブられた。
どうしていけないのか良く分からなかった。彼らは一刻も早く特撮や子供アニメから卒業しようと躍起になっていた。俺が遊ぼうとすると、ジークフリート菌が移ると言われた。
俺は一人になった。
そんな俺を見てクラスメイトは笑う。集団の中で孤独を感じた。一人は怖い。学校は嫌いだった。
俺には妹がいた。特に可愛くもない普通の妹だ。
俺が中学生だった頃、夏にクラスで川遊びが流行った。
内弁慶だけが取り柄な俺は、友達を誘うことが出来ずに、小学生の妹に付いてきて貰う事にした。魔法少女アニメが好きな、素直な妹だった。よくごっこ遊びをした。
俺は妹を連れて川に遊びに行った。
妹に格好いい所が見せたくて、ずんずん川上の森の中に入っていった。
少し怖かったが、勇気を出して進んだ。大丈夫、俺は英雄だ。特撮ヒーロー気分で調子に乗って、こんな所までいけるんだと見せたくて、川の中に入って、ずんずん中州まで進んでいった。
俺は妹を呼んだ。
妹は恐る恐る進んできた。
「わたしはつよいこ、あきらめない、あきらめない」
妹の最近の口癖①は『諦めない』だった。妹は魔法少女が好きだった。
妹は頑張って川を進んだ。
良くある話だ。
半ばほど進んで、妹が川沼に足を取られて溺れた。
底なし沼だ。助けようと思ったが、近づくのは危険だと思った。
大人なら底に足の届く泥沼でも、俺達には届かない。俺はビビッた。
(このまま妹が死んだら、きっと俺は怒られる。警察やテレビに出て世界に俺のバカさが報じられる。妹の方が好きだった親は、俺を見捨てるかも知れない。一人になった俺は、一体どうなってしまうんだろう?)そんなバカな事を考えて、足が竦んだ。
「お兄ちゃん、助けて!」
妹が叫んだ。妹が慌てて藻掻くほど、早く沈んでいく。
「動くな。待ってろ! 絶対に助けてやるから!」
俺はロープを探しに行った。人が沼に沈んだ時、助けに入ってはいけないと学校で教わった。
「うん、わかった。お兄ちゃん、信じてるっ! ――信じてるから!」妹は言った。
妹の最近の口癖②は、『信じてる』だった。
民家までは遠くて、人を探しに行く余裕はなかった。こんな場所まで来たことを後悔した。叫んでも誰もいない。探している間にも妹は沈んでいく。俺は焦った。必死に探しても杖くらいの枝しか落ちていなかった。俺は戻ってそれを妹に差し出した。
けれど、無理だった。枝は折れてしまった。妹はもう肩まで埋っていた。
妹は必死に助けを求めた。
俺は一瞬躊躇したが、勇気を出して沼に飛び込んだ。
(勇気? 違うな。沼に沈んだ妹を見捨てたとあっては、後で皆にどう非難されるか分からなかったからだ。このまま妹が死んで責められるくらいなら、いっそ一緒に死んだ方が良いかとさえ思って飛び込んだ。全部保身のためだ)
何とか引き上げてやろうと思ったが、藻掻くほどに俺達は沈んでいった。
妹は必死に俺の服にしがみついたが、結局身動きも出来ず沈んでしまった。
次は俺の番だ。
沈んでいく泥の中で、俺は必死に叫んだ。やっぱり死にたくなんて無かった。肩が埋り、泥がアゴに付いた。もうダメだと思った。
だが、沼は俺が何とか口を出していたそこで止まった。沼の底に足がギリギリで届いたのだ。俺は身動きできないままに必死に叫んだ。
そして、叫びを聞きつけた住人が来て俺は引きあげられた。
でも、妹はダメだった。
俺は、間違えたのだ。
もっと早く助けてやることが出来れば、俺が始めから飛び込んでいれば、妹は助かった。
結果論だが、それが真実だ。
でも、俺はビビッてそれが出来なかった。
自分のせいで妹を危険に晒したのに、死ぬ覚悟で助けに行く勇気が、俺にはなかった。
俺は、英雄じゃなかった。
俺は、自分の尻も拭けないただのガキだった。
妹を守れなかった俺は、自信を失った。俺は人と話さなくなった。妹が死んでしまったのに、俺だけが楽しむのは不公平な気がした。
(……なんて言訳だ。クラスの奴らがよそよそしくなって俺は孤立した。無理矢理に妹を川に誘った馬鹿な兄貴を嘲笑っている気がした。元気づけようとしてくれる人も、自分から避けた)
根暗になった俺は高校に入って苛められ、引き籠もった。
コミュ障だと思われ親や親戚には諦められた。
生きる事が苦しかった。
俺も、妹と一緒に泥の中で死ねば良かったんだと思った。
けれど自殺する勇気なんてない。だから世界が隕石で滅びればいいと何度も願った。
妹がいなくなって、数年経った。俺は一人になって、妹がどれだけ大切だったのか知った。
川に遊びに行きたいだなんて、思わなければよかった。
一人じゃつまらないから妹を誘おうだなんて、思わなければよかった。
格好いい所を見せようだなんて、思わなければよかった。
勇気を出して進もうだなんて、思わなければよかった。
自分も英雄になれるだなんて、勘違いしなければよかった。
俺は、間違えたんだ。
勇敢な人間なんかじゃなかった。英雄になんてなれなかった。
そんな事を繰り返し考えた。
家の中ですることもなく、死人のように引き籠もっていた頃、テレビで『マドカル☆リリヤ』の再放送に出会った。
妹が好きだったただの少女アニメだ。『信じてる!』と言う台詞が不意に耳に入った。主人公のリリヤの口癖だった。
――主人公の魔法少女リリヤは、自分のミスで大好きな兄を失ってしまう。けれどどんな絶望の中でも決して諦めず戦い続けた。そして最後に大切な友人を手に入れる――
見終わると、絶対に諦めない姿に惹かれた。
そういえばリリヤの決め台詞『諦めない!』も妹の口癖だった。勝ち気な所が少し、妹に似ていた。
自分のせいで妹が死んで諦めてしまった俺にとって、似た境遇でも諦めないリリヤはとても輝いてみえた。
お涙頂戴のお約束子供アニメだが、闇の中で腐っていた俺にとって、それは一筋の光明だった。
少しだけ心が癒された。
そして、救いを求めるように『マドカル☆リリヤ』シリーズを集めるようになった。
他のアニメも見るようになった。
閉ざされていた世界が少しだけ広がった。
面白いヤツも面白くないヤツもあった。名作は宝物だった。
貪るように食指を伸ばし、ネットゲーにも嵌った。楽しみは際限なく増えていった。時間は無限にあった。
ラグナレクオンラインを始めた。キャラはジークフリートと名付けた。ゲームの中のジークフリートは勇敢だった。
高レベルになると人に認められた。
ジークフリートはまるで英雄だった。
手助けしたら感謝された。ありがとうと言う言葉を、寝る前にベッドの中で宝物のように反芻した。
こんな自分でも、生きていて良いのかも知れないと思った。
さらに頑張って『見えちゃうメガネ』を手に入れ、興奮して久しぶりに外に出た。唯一無二のアイテムを手に入れることが出来た俺は、自信を少しだけ取り戻した。
もしかしたら外の世界でだって、もう一度、頑張れるかも知れない。そう思った。
けれど、駅のショーウィンドウに写っていた男はひどく見窄らしく、もうやり直せないのだと気付いた。無限にあると思っていた時間を豚のように食い潰して、俺はいつの間にか立派な萌え豚ニートになっていた。
人生にやり直しなどきかないのだ。そう諦めて家に帰ろうと思った時、ツリー死した。
俺は結局何も出来なかった。
最後まで自分の人生を変えることが出来なかった。
異世界行ったら本気出すなんて甘えだ。できねぇ奴は結局、何処へ行ってもできねぇんだ。
この世界に来れたのだって、何一つ自分の力じゃない。
新しくイケメン王子に生まれ変わっても、何も出来ずにこの馬鹿犬に食い殺されるんだ。
はっ、何度生まれ変わっても、俺は結局駄目な奴さ。
「なあ、王子様、教えてくれよ。
だったら、俺は、どうすりゃ良かったんだ?
レベル99の秘術で最強の軍隊まで作れちゃうメイド付きの王子様よ。
俺はどうしようもないヤツだ。勇敢さなんて欠片もない。
そでれも、俺に守ってくれなんて言うのかよ?」
『うん、言うよ』
なんで!
「お前こそ、なんでそんなにあの女や、他人を助けようとする? お前はもう殺されて死んだんだろう? 関係ないんだから押し付けんなよ。勘弁してくれよ」
王子は困ったように笑って言った。
『優しくしてくれたんだ、リザは。……それに、ボクは罪を犯してしまったから』
気付けば暗い塔の中にいた。
そこが大きな城の一角だと言う事は、何となく分かっていた。
十才のボクは力を持ってるらしい、人の能力を補強する力だ。
ボクは言われるままに、沢山の兵士達を強化した。ガートランド兵が強くなれば、他国から怖い兵隊達が襲いに来ることはないと聞いた。
毎日毎日、倒れるほど魔術を使って、ボクは兵士を強化し続けた。
始めのボクの魔力量は、今に比べればそう多くなかった。MP500程だった。上げれるレベルも低かった。でも少しずつ延びていった。強化できるレベルも増えていった。
自分はヴォルスングの王家だと言われたが、そんな事は知らない。でも、僕が力を使うほどに、ヴォルスングの王族に近しい奴隷を解放して貰えるらしい。それがボクへの褒美らしい。
ボクはリザに出会った。彼女はボクの面倒を見てくれた。
彼女はボクに感謝していた。
塔の中で生きる事しかできなかったボクが、初めて誰かに感謝された。
何も知らなかったボクに、沢山の世界の事を教えてくれた。彼女は魔術が得意だった。ボクは魔術が使えないと言ったら、彼女は魔術師だったけど、翌日から結界術師の使う防御陣と、剣士の使う剣術を覚えて、ボクに教えてくれた。護身術も、趣味というモノも教えてくれた。趣味がないのなら、習い事をするべきだと、リザは鍛冶師を呼んでくれた。ドワーフの鍛冶師から剣や装飾の打ち方を習った。何かを作り出すことは、楽しかった。そうやって毎日が過ぎていった。
二年後、ボクによって多くの精鋭を手に入れたガートランド国は他国への侵攻を開始した。
強くなった彼らは戦争を始めたのだ。
ボクの作った最強の精鋭達は一騎当千の無双の強兵。沢山の人を殺し、奪い、沢山の国を、人を支配し始めた。
瞬く間に版図はガートランドに塗り変わった。
ボクは怖くなった。ボクが兵を強化するほど、戦争が拡大し、苦しむ人が増えると知った。
けれど、ボクが強化を拒むと、ボクの大切にしていた人達が人質に取られた。殺されることもあった。そして未だヴォルスング王家の多くの人々が、奴隷として苦しんでいるのだと聞いた。僕が力を使えば、彼らは解放されるらしい。
遠い他国の人々と、近いヴォルスングの人々。力を使っても使わなくても、誰かが傷付いた。でも、知っている人が傷付くのはイヤだった。そして僕が力を使う度に、兵も、大臣も、ヴォルスングの人も、ボクに感謝した。リザは悲しそうな顔をしていた。
そして日々が過ぎた。
二年後、ガートランドは、大陸の半分を手に入れた。様々な種族や列強を制圧し、五〇倍の国土を手に入れたのだ。
ボクはもうすぐ15になる。成人だ。
多くのことを理解出来るようになった。
ボクは自分の危険性を理解した。一歩間違えれば、この世界を支配できるほどの力だ。
犯した罪の重さも理解した。ボクのせいで、沢山の国が滅茶苦茶になった。沢山の悲しむ人が生まれた。
そして、何も償えないことも理解した。ボクは奪うばかりで、何も与えることなど出来ていなかったのだ。
国の偉い人達は皆ボクを怖れている。ボクが反旗を翻すことや、ボクが他国に流出することを怖れている。復讐を怖れている。
ある日、リザがボクに『暗殺者が送り込まれたから逃げて欲しい』と言った。
ほんの一瞬、夢を見た。
一緒に逃げられたら、何も無い場所でリザと暮らせたら、それは一体どれだけ幸せだろう。
けれど、きっと無理だ。
ボクは、この世界にとって異物なんだ。
何より、あまりに多くの罪を犯したボクが、このまま幸せに生きる事に、きっと耐えられない。ボクが逃げることを拒むと、リザも一緒に死ぬと言った。
でも、リザにだけは死んで欲しくなかった。
だから、一緒に逃げて、秘密の地下道を通って爆発が起きた時、ボクは防御陣で、彼女だけを救った。
彼女が生き残って、いつか彼女が幸せになれば、いいと願いながら。
――そしてボクは死んだ。
俺は、なにも、言えなかった。
言えるべき事など、何も無かった。
ただ、思うのは、
まだ、俺の人生のほうが、何とかなったんじゃないかと。
縋り、求め、望む答えを得られなければ、何もしないことの言訳にした。
その、自分の弱さ、甘さ。
結局、全部、自分のせいじゃねぇか。
どうできたわけでもない。素晴らしく目の覚める新しいやり方なんて無い。
糞っ垂れでも、詰らなくても、地味に地味にやっていくしかなかったんじゃねぇか。
俺は間違えたのか?
あの時の自分の選択を否定したくはない。でも……
――ああ、そうだな。
俺は、妹が死んだあの時、一緒に心まで泥の中に沈むべきじゃなかったんだ。妹の死を背負いながらも、諦めずに生きる事を選ぶべきだった。
(リリヤみたいにさ。その方が、妹だって喜んでくれたのかも知れない)
『ねえ、ボクは、何かを償うことさえ、許されないのかな? 誰かに願いを託すことさえ。……ねぇ、だから守って欲しいんだ。リザやこの世界の人々を』
「そんな重い願い、俺には無理だよ。お前だってそう思うだろ? こんな俺じゃなくてさ、他のヤツ当たってくれよ」
『そうだね、君は確かに卑怯な人だ。逃げて、言い訳をして、そんな情けないヤツは、勇敢じゃないし、英雄なんていえない。
でもね、一つだけ分かる事があるんだ。
君が初めてこの世界に来て、欲望丸出しでリザの胸に抱きついた時、もう死んでも良いって思っただろう?
リザが引くくらい、彼女の魅力を語って、前後不覚になるくらい、彼女を求めただろう?
それって、リザを大切に思ったって事でしょう?
臆病な君が、狼の牙からリザを助けてくれたのは、彼女が美人で、優しくて、凄く素敵な女の子だって知ってるから、だからリザを助けてくれたんでしょう?
たった少しの時間でも、君の妹と同じくらい、リザを大切に思ってくれたんでしょう?
なら君がいい。
――だってそれは、ボクと同じだから』
遠く祈るように、彼は言った。
『それにね、君の目線から見るこの世界は、本当にキラキラしているんだ。
本当に、大切に思ってくれているんだろう? 愛してくれているんだろう?
この世界を。
だから君がいい。
――だってそれは、ボクと同じだから。
塔の中で外の世界を想像するしかなかったボクと同じだから。
キラキラと輝くこの世界を、ボクの代わりに、君にこの世界を見て欲しい。
辛いことも、苦しい事も、この目で、この体で、感じて欲しい。
だから、この願いを託すのは、他の誰でもなく、君がいい。
ボクと同じように、彼女を大切に思う、
ボクの同じように、この世界を眩しく思う、
君がいい。
ねぇ、ボクには、君の気持ちは分からないかも知れない。別々の世界で生きたボク達は、理解し合えないかも知れない。
でも、
ボクはもう死んでしまったから、もう誰かを守ることはできない。
けれど、君はまだ、生きて、――その両手で、何かを守ることができるだろう?』
『だからまだ、諦めないで。守って欲しいんだ。――君に』
俺が人を守る? 誰かを救う?
30年生きてきて、たった一度でも、自力では誰かを救う事ができなかった俺が?
俺が望んだこの世界で、
ただ遠い光を羨むだけでなく、ただ輝く者達を妬むだけでなく、
俺が――英雄になる?
好きな場所で、好きな事をする。今更、そんな事が、許されるのだろうか。
その為に、命を賭けるなんて、そんな幸せなことが、許されるのだろうか。
違うよな。
『信じてる』って、言ってくれたもんな。
ずっと、自分が弱いことの言訳に使って、ごめんな。
俺、前に進むよ。
自分の辛さに向き合いながらも前を向いて歩けるような強い人間、には変われないかも知れないけど、耳を塞いで生きた人生がもう少し何とかなるのなら、あがいてみたって良いじゃないかと思った。
『ねぇ、――君は、守ってくれるかい? リザやこの世界の人々を』
「ああ、やってやんよ」
――だって俺は、ジークフリートなのだから。
出来るかどうか分らないけど、失敗するかも知れないけど、もう誰かに縋ったりはしない。俺自身で手に入れてみせる。
もう一度、俺はジークフリートを名乗る。
愛する者を救って逝ったジークフリート・ヴォルスングの体で。
その気高き名に笑われぬ、英雄になるために。
今、外の世界では、デカイ犬が俺を食い殺そうと襲っているだろう、正直チビりそうなほど怖い。現実に戻りたくない。
けれど、せっかくもう一度やり直せる機会を貰ったんだ。憧れの世界に来たんだ。
「俺は馬鹿だから、また間違えるかも知れない。でも、戦おうと思う」
『……うん。ありがとう。じゃあ、たった一度だけ』
――さあ、チュートリアルを始めよう。