魔法少女プリティつばき
最近胸元が苦しい。
大学に入学して早一年。
一年の頃と比べて格段に多くなったレポートに四苦八苦している今日この頃。
成長期はとっくに過ぎたはずだが、何故か胸やお尻に脂肪がついてきた。
もう二カップは上がっている。
むちむちの一歩手前ぐらいだろう。
今までの貧乳具合を考えると嬉しくはあるのだが、その反面、非常に困っている。
それは仕事の時だ。
全体的にスレンダーだった体のほうが楽だったが、ここ数ヶ月の急成長のせいで服がキツイ。
サイズの話ではない。
精神的にキツイのだ。
かなり痛い服装だ。
しかし、転職することなんてできない。
なぜなら私の仕事は―――――
「いっけぇ!『イノセント・ストリーム』ッ!」
"魔法少女"なのだから。
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「え?魔法少女を辞めたい?」
大学構内の食堂でうどんをすすりながら、目の前の友人はそう言った。
「辞められるもんなの?」
「いや、多分無理だけどさ。でもいい加減嫌なの。なんで大学生になってまで魔法"少女"なんて名乗らなきゃいけないのよ!少なくても名前を変えるぐらいの事をしないとやってられないわ」
事の始まりは十年前。
家の物置から出て来た一冊の本から始まった。
当時十歳の私は、やっと歩きはじめた妹と一緒に物置で遊んでいた。
子供にとって物置というのは遊園地に近いものがあり、ドンドン新しいものを発見しては奥に進んでいった。
そんな時に見つけた本を妹が開いてしまった。
それは実は封印書で、中には大量の魔物が封印されていた。
解放されてしまった魔物達は世界中に散らばり、妹の尻拭いのため魔法少女になり、魔物との戦いに身を投じることになってしまったのだ。
「もう十年もやってるのにまだ魔物は出てくるし!」
「でも昔より強くなってるんでしょ?妹ちゃんもいないと危ないんじゃなかったっけ?」
「確かにそうだけども!妹も魔法少女になったおかげでいくらか楽になったけどもさ!亜美みたいに知り合いに見つかるのはもう嫌なの!」
「あ〜、あの時はお酒も入ってたからね〜」
「延々と笑い続けられるのはかなりつらいのよ!?主に精神的に!」
この子はいっつも何かしらネタを見つけるとおもいっきりイジリまくるのだ。
以下見つかった時に言われたこと。
『ぶっはっはっはっはっは!魔法少女!?魔・法・少・女!?大学生にもなって!?少女じゃなくてババアじゃないの!?魔法ババアですのっ(キリッ)!アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!!』
あの時ほど魔法を人に向かって撃ちたいと思ったことはない。
「いやだってさ〜。椿がブフ、ヒラヒラのへそ丸だしブフフ、杖を振ってヒッヒッヒ!も、もう無理!あひ、あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
「………………イラ☆」
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「……さて、それじゃ椿は新しい名前が欲しいってことでいいのね?」
亜美がたんこぶを押さえつつ言う。
「まあ、無いよりはましかなってレベルだけどね。結局魔法少女には変わり無いんだし」
もう半ば諦めてる。
十年も同じ事をしてると、『もう一生やるんだろうな〜…』という一種の悟りのような境地までたどり着いてくる。
なら、少しでも精神へのダメージを減らしたほうがいい。
「今までなんて名乗ってたの?」
「………………ま、魔法少女○×□△つばき」
「え?よく聞こえないんだけど?」
「『魔法少女プリティつばき』よ!そうですよ!私は二十歳にもなってプリティとか言っちゃう痛い人ですよ!うわ〜ん!」
「いや、そこまでは言ってないけど。う〜んそうだね。『魔法少女アダルトつばき』っていうのは?」
「なんかエロいよ!上げたらきりがないから言わないけど、エロいよ!」
「私にあなたの魔法の杖を、」
「言わせねーよッ!?ふざけないで真面目に考えてよ!」
「どぅぉもすむませんすた」
「ひ○ちカッター!(という名のボディーブロー)」
「おぶろわッ!」
綺麗にみぞおちに入ったが、亜美なら大丈夫だろう。
「人を不死身みたいにいわないでよ……」
ほら、生きてた。
机に体重を預けながらゆっくりと椅子の上に再び腰を下ろした。
「危うくうどんをつゆの中にリターンするところだったわよ。……そうね、プリティがそのままならサブタイトルみたいなの付けたら?」
「別に私はプリティを変えたくないとは言ってないけど、あえて置いておきましょうか。それで、例えば?」
「『魔法少女プリティつばき ディスガイズ』、とか」
「ディスガイズ?それってどういう意味?」
「仮装」
「コスプレ趣味って言いたいのかな?(右手を大きく振りかぶって)」
「い、いや、なんでもないですよ?」
わざわざ席を立ってまで大袈裟に避けようとする。
昼休みの時間は有限だから、真面目に考えて欲しい。
あ、体力バカの亜美には無駄なことだったか。
「そんなこと言いつつさりげなくアタシより運動できるじゃん。めっちゃ勧誘されてたし」
ああ、あれね。
ホントに失敗だったわ。
まさか目の前で車に轢かれそうになる子猫がいたとは思わなかった。
いきなりのことだったから急いで助けたのはいいものの、私と猫との間は50メートルはゆうにあった。
それを魔法少女の力をフルに使ってダッシュしたのだから。
当然の如く世界新は軽く上回っており、それを大多数の生徒に見られたせいで、運動系サークルからの勧誘の声が引っ切りなしになってしまったのだ。
「いや、その子猫以外でもやってるじゃん。体育のときとかも超全力だし」
「だって大学って週に一回しかないんだもん。高校のころなんて体育を生き甲斐にしていたくらいなのに回数は半分以下。だったら一回一回に全力を捧げるしかないじゃない」
「Oh、なんという体育会系」
しかし最近さらに女らしくなってきた体のせいで動きづらくなった。
前は全力で走っても平気だったのに、こう、胸の付け根がさ、ね?
そう思い、少し自分で掴んでみる。
……うん。おっきぃ。
「今の動作はBカップの私に対する挑戦状とみたよ(丼を大きく振りかぶって)」
「ま、待って。今のは悪かったわ。私の配慮が足りなかったわね」
「~~~~~~~~~~~~ッ!『配慮』なんて言うな!もっと惨めじゃんか!」
そんなことを言われても。
不便なだけなのに。
「巨乳はみんな同じことを言うんだよ!」
ふむ、やはり亜美に相談したのは失敗だったか。
話が完全に脇道にそれてもう戻りそうもない。
私はたわごとを言い始めた亜美を放置して立ち上がった。
さて、次の教室に移動しないと。
「あ、お姉ちゃん!何やってるの!早くこっちきて!」
突然の声に振り向くと、中学に上がったばかりの妹がいた。
いや、大学は一般の人も入れるからここにいることに対して別に疑問はないけど、………………。
「なんでその格好?」
妹が着てたのは戦う時に着る魔法少女衣装だった。
周りからの奇異の視線がズブズブと突き刺さってくる。
「やつらが来たからに決まってるでしょ!ほら早く!」
無理矢理手首を引っ張って外まで引きずられて行く。
コスプレ少女に引っ張られる私をスッゴクいい笑顔で見送っている亜美がひどく恨めしかった。
なんか口をぱくぱくさせてる。
なになに?
『ざ・ま・あ』
後で二、三発殴っておこう。
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始まりはいつも突然に
椿は、新たな名前と共に立ち上がる
傍らに妹とマスコットキャラを引き連れて
『魔法少女プリティつばき ディスガイズ』
始まります
「始まるなっ!」
〜Never end〜