5章 精神崩壊の力?
目の前に現れた人影。それは本当に影なんじゃないかと思えるほどに真っ黒な存在だった。
その人影に背を向けているにも関わらず、良平の方を向いているメイの表情が強張っている。
全身を漆黒のライダースーツのようなものを身に纏っていて、顔も黒いメットを被っているので、正体はまったくわからない。声は中性的でそれだけでは男か女かを判断するのは難しかった。視覚のみで唯一わかったのは、イダースーツを着た体型には女性特有の起伏は見えないこと。確証は持てなかったが、良平はそれで相手が男なのだと判断することにした。
「な、なんだよ、あんたは!」
「…………闇夜の追跡者」
良平は率直に思ったことを相手に投げかける。しかし、答えたのは対面しているライダースーツの相手ではなく、その相手に背を向けながら悔しそうな表情を良平に見せるメイの方だった。
『おい! なんかスゲー楽しそうな展開じゃねぇか。俺にやらせろ。早く俺を出せ!』
闇夜の追跡者の発するプレッシャーを感じ取ったのかダークのテンションが急に上がる。代わったら代わったで事態がおかしくなることは確実だったので、良平はその申し出を無視する。
「りょ~ちゃんは逃げて。これはりょ~ちゃんには関係ないことだから」
メイは踵を返し闇夜の追跡者に向き直ると、いつになく真面目な声音で良平に告げる。
「そんな……メイはどうするんだよ」
「あたしは……」
メイは一歩近づくと左手を強く握り締める。その瞬間、メイに背中から一対の翼が良平の目の前に広がる。
「な!?」
銀色に輝く機械の翼。メイは背中には小さなリュックのような物を背負っていただけなのだが、まさかそれが銀色の翼に変わるとは良平も思っても見なかった。
「あたしはこいつと戦う。そしできちんと帰るから。だからちょ~ちゃんはあたしの家で待ってて。実は渡したい物があるんだ」
メイはそう言って顔だけ良平に向けて微笑む。ただし、メイが言ったことはそんなに簡単なことではなかった。
「その翼は戦闘用ではない。そう言ったのは貴女です。それにその翼の性能は一度この目で見ています。もう惑わされることはありません。ですから大人しく投降してもらうことはできませんか?」
闇夜の追跡者はメイの背中に現れた翼に驚く様子もなく、淡々と継げる。
「メイ。今の本当なのかよ!」
「くっ……」
メイは良平の問いかけに答えなかった。だが、それが答えなのだ。闇夜の追跡者が言っていることが正しいという証拠である。
「仕方がないですね……」
無条件で自分に着いて行く気が感じられないメイの態度に痺れを切らせた闇夜の追跡者は、肩を落として小さくため息を吐く。しかし次の瞬間、姿が消えた。
刹那、メイが背負っていた片翼の半分から先が大きな音と共に消え去った。その反動でメイは尻餅を着いてしまう。良平に関しても音に反応してそちらを見て驚くくらいしか出来なかった。
「これでもまだやりますか?」
音に気を取られてそちらを見ている間に、闇夜の追跡者は元の位置に戻っていた。片手には見たことのある銀色の鉄くずが握られている。
「正直な話、前回は手加減していました。でも今回はそうはいかないんです。私も失敗は二回もしたくないですからね」
闇夜の追跡者は良平たちの前に鉄くずを投げつける。それは見間違いでもなんでもなくメイの翼の一部だ。さっきのは消えたのではなく、これを破壊するために高速で移動しただけなのだ。しかし、そんなことを知らない良平は恐怖しか覚えなかった。
「で、でもなんでこんなこと……」
良平からしてみたらもっと別の方法もあるはずなのに翼を破壊した意味がわからない。
「たぶん理由は三つ。翼を破壊すればあたしは空を飛ぶことは出来なくなる。簡単に言えば一番厄介な逃走径路の断絶」
闇夜の追跡者の代わりにメイがゆっくりと立ち上がりながら答えた。
「二つ目は自分の絶対的なスピードを見せ付けることで逃げる気を失わせること。そして最後があたしの身体を傷つけずに従わせるため」
説明するメイの表情は険しいまま。それは事態が悪化していることを良平に知らせるには十分だった。メイはその大きな目に似つかわしくない視線で闇夜の追跡者を睨みつける。
「最初の二つに関しては正解です。ただ、最後の一つは少し違いますね。翼を狙った理由は、私たちの実力にどれだけの差があるかを身を持って知って欲しかったからです。もちろん、私も貴女を傷つけずに連れては行きたいですが、抵抗するのであればその限りではありません。足の一本や二本はこちらも覚悟していますので」
闇夜の追跡者は声の抑揚も付けずに淡々と告げる。それを聞いた瞬間にメイが動く。残った片翼から羽を一枚引き抜いた。
「早くりょ~ちゃんは逃げて。あたしが時間を稼ぐから!」
「勘違いしないで下さい。私の標的は貴女だけです」
『おい、良平! 昨日の夜と約束が違うじゃねぇか!』
闇夜の追跡者はメイの行動に慌てるような様子もなく、再び姿が消した。嫌な予感がした良平は、ダークが喚くのも無視して咄嗟にメイの前に飛び出した。相手が一直線に仕掛けてくるとは限らないが、それでもダメで元々。殴られるのは自分でメイは守れる。良平はそう考えた。
――身体を鋼鉄に!
自分の身体を変化させる。この力を使うことに抵抗がないわけじゃないが、背に腹は変えられない。
メイよりも自分の方が身体も大きい分、全身を鋼鉄にした身体でカバーすれば守りきれる……保証はなかったが、ガキンッという強烈な衝突音が公園中に広がる。彼のひえの思惑が成功した証拠だ。良平も一瞬耳を塞ぎたくなるほどの音だったが、それよりも目の前から注意をそむけることは出来なかった。
良平の額に直撃している闇夜の追跡者の拳。良平は瞬きすることすら出来なかったが、良平の予想どおり相手の攻撃を防ぐことは出来たし、鋼鉄となった良平の身体はなんとか耐えることも出来た。
闇夜の追跡者は良平に拳を当てたまま微動だにしないところを見ると、表情等はわからないが少なからず動揺はしているように良平には見えた。ところが、次の瞬間、良平の視界がぼやけていく。それと同時に意識が遠退いていった。良平の身体は無事だったのだが、身に着けていた物までが一緒に硬質化されたわけではない。それはもちろんメガネも同じである。
闇夜の追跡者の拳が良平の額を襲った際に、眼鏡にも掠めていたらしく中央のブリッジ部分から真っ二つに折れ地面に落ちた。
身体が鋼鉄から戻ったのを確認した刹那、身体を捻ってハイキックを闇夜の追跡者に放つ。だが、その攻撃は空を切っただけだった。闇夜の追跡者は軽々とバック転をして二人から距離を取ることでその攻撃を躱していた。
「だからさっさと俺に代われって言ってんだよ」
片手で首を捻り、パキパキッと音を鳴らしながら楽しそうに微笑む良平……いや、ダークだった。
▽
「真打登場ってな」
ダークは強敵と戦えることが嬉しくて仕方なさそうにストレッチを始める。
「な、なにやってんのよ。ダークでも良いから早く逃げてよ。あいつとはあたしが戦うから」
「無理だな。俺だって良平の中から見てたからあいつの強さは十分に知ってる。さっきの一撃だって良平がお前の前に飛び出すのに気が付いて、途中で手加減したもんだ。本気で打ち抜かれてたらもう一人の俺でもどうなってたか」
ダークは必死に自分を逃がそうとするメイを見ながら、親指で闇夜の追跡者を指差す。
「…………」
闇夜の追跡者は彼の言葉に何も言わない。それが肯定なのか否定なのかはダークにもメイにもわからなかった。
「まぁ心配すんな。良平の意思は俺が継ぐ。お前は守ってやるからよ」
ダークはメイにそう言って力強く地面を蹴る。小さな土煙を上げ一気に標的に駆け寄る。一瞬で相手の目の前にたどり着くと拳を握り、身体を捻ると即座に打ち抜く。しかし、当たった感触は伝わってこない。闇夜の追跡者は身体を横に捻ることでダークの攻撃を軽々と躱していた。
「止めてください」
攻撃を中止するように呼びかかけてくる闇夜の追跡者を、ダークはフッと鼻で笑いその場で片足に重心を置き廻し蹴りで相手の胴薙ぐ。だが、その攻撃も空気を切り裂くだけだった。
「止めてください。私には貴方と戦う理由がない」
宙に飛んでダークの蹴りを回避していた闇夜の追跡者は、自分に戦う意思がないことを告げる。
「残念ながらお前になくても俺にはあるんだよ!」
蹴りを放った足を地面には付けず引き戻すと、ダークは軸足半転させ攻撃のリーチを伸ばすと引き付けた足を闇夜の追跡者に向け蹴り上げる。闇夜の追跡者はその攻撃すらも突きつけられた足を踏み台にすることで受け流し、身を翻しながら地面に着地した。
「どうして!」
急に声を荒げる闇夜の追跡者。先程から必死にダークとは戦いたくないという意思を伝えていたし、その言葉が表すように一切攻撃を仕掛けても来ない。
「どこに櫻井君が私と戦う理由があるって言うんですか!」
『え?』
苦しそうに叫ぶ闇夜の追跡者の言葉を聞いて、良平は耳を疑った。闇夜の追跡者が自分のことを「櫻井君」と呼んだ。メイのことを調べている過程で良平のことを知ることがあるだろう。だが、仮に闇夜の追跡者の言うことに嘘偽りがないと考えたとしたら良平のことをそう呼ぶのはあまりに違和感がある。
「てめぇは俺の知り合いなのかよ」
ダークは怪訝そうに闇夜の追跡者を睨む。
「……違う。私は貴方のことなんて知らない」
嘘だ。良平やダークにすらそうわかるほどに闇夜の追跡者は動揺し始める。ダークの問いかけで初めて自分のした失態に気が付いたのだろう。だがその瞬間をダークは見逃さなかった。
動揺している相手に瞬時に近づくと、思いっきり拳で闇夜の追跡者の顔面を殴りつけた。
ダークの怪力によって砕ける闇夜の追跡者の頭部を覆っていたメット。それによって敵の素顔がダークたちの前に現れる。
『き、君は……』
良平は闇夜の追跡者の正体に言葉を失った。
すっきりした目元に二重瞼。顎のラインから鼻の形まで全てが完璧に整っている顔。そんな綺麗な顔立ちの人間を良平はもちろんダークも忘れるわけがなかった。
「……正宗」
そう。メイを追ってきた闇夜の追跡者の正体は鷹峰響子の弟で昨日、良平たちがカツアゲから救った鷹峰正宗だったのだ。ところが正宗の方はメットが壊された時に相当な衝撃を受けたのか、気を失ったようにその場に倒れてしまった。
「な、おい! てめぇ理由も説明しねぇで勝手に倒れてんじゃねぇよ!」
倒れた正宗を近づくダーク。しかし、呼吸もしているし生きていることは確認出来たが、正宗がダークの声に答えることはなかった。
「え、何。知り合いなの?」
戦闘が終わったと判断したのかメイも不思議そうな顔で駆け寄ってきた。
「知り合いも何も、昨日助けたのがこいつだよ。お前だって昨日監視してたんなら見てるはずだろ」
ダークは正宗の頬を軽く叩いてみたが、それでも反応を示さない。
「……あー。確かにこんな子だったかもしれないわね。でもまさかこんな可愛い子が闇夜の追跡者だったとは思わなかったわ」
「んなの俺だって……っ!」
刹那、強烈な殺気を感じ取ったダークは瞬間的に背後にいたメイを抱きかかえ、その場から跳び退く。
「な、何よ。急に!」
お姫様抱っこのような格好で抱かれていたメイは、突然のことに顔を真っ赤にして慌てた。
「うるせぇ。黙ってろ!」
ダークは正宗から五メートルくらい離れたところに着地すると、メイを降ろし、正宗の方を睨みつける。すると、そこにはセーラー服を着た少女が既に立っていた。
「どうしてもその裏切り者、戸鳴メイを庇うようなことをするんですか櫻井君」
「正宗の次はあんたかよ」
ダークはめんどくさそうに後ろ頭を片手で掻いた。
『そ、そんな鷹峰先輩まで……』
鷹峰響子。見間違えるわけがないほどの美貌を目の前にして良平は愕然とする。
「ちょっと待って。あたしだけ蚊帳の外なんだけど除け者にしないでよ」
「うるせぇな。あそこに倒れてる正宗の姉貴がこいつ鷹峰響子だ。そんでたぶん次の相手がこの女なんだよ」
ダークはメイに前に立ちはだかるように前に出ると、鋭く響子を睨む。
『ダ、ダークどうするつもりなんだよ! まさか鷹峰先輩相手に……』
「そのまさかだ。俺はこいつを守るって決めたんだ。あの女は倒させてもらう。それにあの殺気、ただもんじゃねぇぞ」
まさに好敵手を目にしたようにニヤリとダークは笑う。良平としては戦わずにいてほしかったが、捕まったら何をされるかわからないメイを守らなければいけないとも思う。衝突する、相反する二つの思いに、良平は何も言うことが出来なかった。
「……本当にやるのですか。私は出来れば貴方と戦いたくはないのですが」
響子は寂しそうとも、残念そうとも取れるような表情で小さく息を吐くと、ポケットから小さなケースを取り出し、中に入っていた青色の錠剤を口に入れる。
「な! キールA!? なんであの子があれを持ってるのよ」
響子が錠剤を飲み込んだ瞬間、メイが慌ててダークに駆け寄る。
「あ? キールなんちゃらは、良平しか飲んだやつしかなかったんじゃねぇんかよ」
「それはキールX。彼女が飲んだのはKBシリーズ最初の試作品キールAよ。キールXのような特殊能力を飲んだ者に与える力はないけど、それを飲んだ人の能力全てを数十倍に跳ね上げることが出来る。それがキールA。その他に黄色の錠剤がマインドコントロールを可能にするキールB。飲んだ者に炎の力を与えるキールCとかキールは様々あるのよ」
「はぁ? それならキールXなんて必要ねぇじゃねぇか。つかAだけありゃ、他のは用なしだろ」
「ダメなのよ。他のはともかく、あれは……あれだけは……。そ、それにその中でもキールXは最高峰! 考える薬剤なんだから!」
苦虫を噛み潰したような表情でわけのわからないことを口走るメイ。ダークはそれを問いただそうとした瞬間、空気が一変する。
ダークたちの目の前に立っている少女の長い髪が強く発光し始めたのだ。
「なんなんだよ」
「あ、待って! まだ説明が……」
肌が粟立つような感覚に苛立ったダークは、メイの話も聞かずに先手必勝と響子に向かって走り出す。相手が女であることも無視して拳で殴りつける。だが次の刹那、
「な……!?」
ダークは目を疑った。自分の力を過剰評価しているつもりはないが、普通の人間に比べたら遥かにパワーもスピードもあると思っていたダークの攻撃が、薬を飲んでパワーアップしているとはいえ、女子高生に片手で払いのけられたのだ。しかも攻撃を仕掛けた腕に激痛が走るほどの腕力でだ。
そこで一瞬、我を失っていたダークの隙をついてか、響子は身体を捻って廻し蹴りを放つ。すんでのところで我に返ったダークが辛うじて両手で防御はしたが、その甲斐空しく軽々と吹き飛ばされた。
「ってぇ……」
『なぁ、本当そんなでメイを守りぬけるのかよ』
「心配すんな。俺はまだ本気を出しちゃいねぇんだよ」
ダークはゆっくりと起き上がると、払われた手を開閉する。多少痛みはあるが、それで折れてはいないことがわかる。
「……それにしてもとんでもねぇ力だな。それにあの女、人形みてぇな目してんのが気になる」
ダークはこちらに向かってゆっくり歩いてくる響子を睨んだ。ダークの言うとおり、響子の目には感情が篭っていないように見えた。ただ自分の前にあるモノをひたすら攻撃するだけの殺戮生物と言ってもおかしくはない。
「だから言ってるでしょ。キールAは普通じゃないのよ」
近くにいたメイが響子を警戒しながらダークに近づく。
「あ?」
「キールAの副作用は精神崩壊。最初は一時的な物。使ってる間だけ感情が消え去るの。でもそれを使い続けると本当に精神が崩壊してしまう。だから即座に廃棄したはずなのに……。それも彼女の髪の色を見てると、かなり末期なようね」
ダークはメイに言われて響子の髪を良く見てみると、以前は全てを吸い込んでしまうかのような綺麗な漆黒だったに、今はその色彩を失い始めているのか少し灰色に近い色になっているのがわかった。
「髪の色が完全に真っ白になってしまったらもう彼女の精神が崩壊してしまっている証拠」
「ショックで髪が瞬時に白くなるってやつか……」
「そうじゃない。あれは実際にはありえない現象。キールAの場合使用の度に髪が光る作用があって、それによって髪のメラニンが消えていってるの」
メイはダークの言葉を否定すると理論的な説明を始める。しかし、ダークにはそんな専門的なことわからないので、適当に相槌を打って流した。
「ま、そんなことどうでも良いや。ってかお前はちょっと離れてろ。こっからは本気で攻めるぞ」
ダークは体制を低くし、地面を強く踏みしめる。意識すればするほど身体中の筋肉が活収縮していっているのがわかる。あとはそれを爆発させれば、一気に最高速で相手にぶつかれる。ダークはそう考え、身体もそのとおりに動いてくれることが予想出来た。ダークは口角を上げ笑うと、更に体制を低く片手を地面につける。次の瞬間、身体中の力を解放した……。
「かっ!」
刹那、飛び散る鮮血。ダークの身体は響子には届いていない。それ以前に異変が起こった。ダークが力を解放した瞬間、激痛と共に身体中の皮膚が裂けたのだ。ダークは痛みのせいでその場に立っていることすら出来ずに崩れ落ちる。隣では驚いたメイが目を丸くしていた。
「な、なんだよこれ……」
一瞬、響子の攻撃のダメージを受けたのかと思ったが、ダークの常態など気にせずにこちらに歩いているところを見るとその可能性はないように思えた。
「ちょっと何やってるの!?」
メイがすぐに駆け寄ってきて、傷口を調べていく。
「これは……全ての傷口が内側から裂けてる。……きっと身体が筋肉の動きに耐えられなかったのね」
「なんだよそれ。それじゃあ俺の身体が俺の力に耐えられなかったとでも言うつもりかよ」
メイは真剣な顔で首肯する。
「普通の人間の身体は無意識かでも身体が壊れない程度に力を抑えてるのよ? それが意識しているとはいえ、身体が耐え切れないほどの力を発揮したら壊れるのは当たり前よ」
メイは深く嘆息すると、すぐに起き上がってダークと響子の前に立った。
「もう良いでしょ。あたしはあなたに着いて行くから。彼だけは助けて」
「…………」
ダークの前で両手を広げて身を捧げようとするメイだった。自分目当てで来ているのだから、自分が着いて行けばダークは……中にいる良平は守ることが出来るとそう思ったのだろう。
ところが、精神の壊れかかっている響子はメイの前で立ち止まると、そんなメイの意思など訊いていないとばかりに、なんの躊躇もなくメイの頬を平手で叩き飛ばす。
「きゃっ!」
なんの受身も取れないメイは強く身体を地面に打ちつけ、そのままピクリとも動かなくなった。
『なにやってんだよダーク。君がメイを守れないんだったら僕に代わってくれよ。僕が身体を鋼鉄にでも変えて守るから!』
「んなもん無理だ。メガネが壊れてる時点でお前に代わることなんて出来ないだろうが。それにあいつの力なら、例え鋼鉄でも砕くぞ。俺がお前の代わりにあいつを守るから、お前は黙ってろ」
ダークは良平にそう吐き捨てると、激痛の走る身体を動かし、無理やり立ち上がろうとする。
『くっ……せめてこの身体させなんともなければメイを守れるのに』
「うるせぇ。俺はこのままでもあいつを守ってやる」
ふらつく足で身体を支え、なんとか立ち上がるダーク。次の瞬間、ダークの目つきが変わった。
「『メイを守るんだ』」
その瞬間、身体中の傷が癒えて行き、一切痛みや違和感がなくなっていく。ダークは急に消えた傷や痛みに驚き、全身を見てみるが、鮮血が服に滲んではいるものの身体には特に異常もない。
「どうなってんだ……」
試しに強く拳を握ってみると、全力の力で拳を作れる上に、先程のように皮膚が裂け鮮血が飛び散るようなこともない。
『僕にもわからない。でも今、言えることは、この状態なら今の鷹峰先輩と戦えるってことだよ』
「あぁ。確かにそのとおりだな」
それを人形のような目で見ていた響子がダークに何かを感じたのか、急に地面を強く蹴り駆ける。
さほど距離もなかったのもあり、瞬く間に響子はダークとの距離を詰める。ダークは響子が近づくのにあわせて拳を振り下ろす。だが外れた。また同じように片手で払われたのだ。響子はそのままダークの懐に踏み込んでくる。しかし、ダークはさきほどとは違う。払われた腕に痛みはない。そのおかげで払われたことに注意を引かれる心配がなかった。
迫ってくる響子の顔目掛けて膝を蹴り上げる。僅かに反応を見せる響子を見て、ダークの攻撃に気が付いたようだったが、既に遅い。鈍い音と共に凄まじい衝撃と小さな痛みがダークの膝を襲う。ダークの攻撃が響子に当たった証である。
膝蹴りの直撃を受けた響子は頭部から後方に吹き飛ばされるが、そのまま地面に落ちることはなく、身を翻して足から着地した。立ち上がった響子の顔を見ると、見事に鼻が曲がっていて、鼻血も出ていた。
「へへっ。綺麗な顔が台無しだな」
「……でもその甲斐はありましたよ」
響子は、曲がった骨を親指一つで元に戻すと、ダークに答えた。薬を飲んでから一言も喋っていない響子が口を開いたことに少し驚いたが、その直後、ダークの目の前が急にぼやけ歪む。
「な……」
「正直、今の攻撃は驚きましたが、こちらも対策は取らせていただきました。あなたはもう動けないはずです」
響子に言われて歪んだ視界で全身を見ると、ダークの膝に細い針のようなものが刺さっているのが見えたが、耐え切れずダークはその場に倒れこむ。
「私は薬品のスペシャリストです。麻酔バリくらい持っていてもおかしくはないでしょう」
響子は倒れたダークには興味がないと言わんばかりにスカートを翻しながら踵を返すと、姪に方に向かった。そんな響子を強く睨む。だが、身体には力も入らず拳を握ることも難しくなりそうだった。
「ま……て。まだ……終わってないだろ」
しかし、響子は答えない。メイの小さな身体を軽々と抱き抱えると、弟すら無視して公園から去った。
「くそ……」
その瞬間、麻酔に耐えていたダークの意識が途絶えた。