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1章 偽善者?

「ありがとうございました~」

 やる気の無いコンビニ店員の声を聞き流しながら櫻井良平(さくらいりょうへい)は店を出た。

 クーラーの掛かった店内から一転、むわ~んとした気持ちの悪い暑さに良平は顔を顰める。

 時刻はすでに深夜の十二時を回っていた。

 十六歳の高校生である良平がそんな時間に外を出歩いていたら補導されてもおかしくはないのだが、彼は地元ではわりと有名な人間だったので、お巡りさんの巡回とすれ違っても職質されることすらなかった。

 良平はおもむろに自分のエコバックの中身を確認する。中には姉から頼まれた牛乳とミネラルウォーター。そして絆創膏が入っていた。

「買い忘れはないよな……」

 誰にでもなく呟きながら家路に着くため歩みを進める。

 コンビニから良平の家までは約五分。部屋で寝ようとしていた良平に姉が無理やり買いに行くように命じられてきたのだが、軽い散歩ついでの買い物と考えればお使いも嫌ではなかった。

 どうして僕は頼まれると嫌って言えないんだろう……。

 物心付いた頃から変わらない自分の性格が恨めしい。だからと言って、その性格が今後変えられるかと考えると、答えはたぶん否だ。変えようと思って変えられるのであれば、今頃こんなことを考えたりはしない。

 コンビニの帰り道でそんな事を考える自分に軽く嘆息しながら、空に向かって伸びる。外の暑さにも慣れてきたからか、逆にそれが気持ちよくも思えてきた。

 そんな時、眼前をなにか得体の知れない物が頭上からまっすぐ地上へ向かって横切る。

 良平は一瞬何が起こったのかわからなかったが、驚き背筋がヒヤッとした。

 カコンッと音を立てて地面に転がる物体を、見てみるとそれは円柱型の小さな箱だった。物とタイミングによっては、良平はこの世からいなくなっている可能性すらあったのを考えるとゾッとした。

「あっぶねぇ……コンクリートとかじゃなくて良かったよ。――ってかなんだ、これ?」

 良平は落ちてきた物体を手にとってよく見てみる。一見したらマー○ルチョコレートの容器にも見え、原材料やら色々書いてあるところを見る限りでは、やはり食べ物のように見えた。軽く振ってみるとカラカラと軽い音がするので中に何かが入っているのが確認できた。

 ただ、落ちてきた空を見渡しても真っ暗闇の空があるだけで何も見えない。周りは住宅地だがさほど高い建物があるわけではないし、二階の窓から投げ捨てられたと考えられなくも無いが、それはそれで不自然な気もした。

「これどうしようかな」

 良平はそのケースを見ながら人差し指で頬を掻いた。落ちてきた物を拾ったのはいいのだが、対処に困ってしまった。

「ここで見てみぬふりは出来ないし、かと言って警察に持ってくのはバカにしてるみたいに思われるだろうしな~」

 櫻井良平という人間は、根っからの善人なのだ。

 それは捨て猫を見つけてしまうと、飼い主を探しだすまで街中を走り回るほどだ。もちろん買い物に行く時はエコバック持参で行く。レジ袋を貰うなんて絶対しない。

 良平の態度は、性格のよくない人からは偽善者と称されることも多々あったが、良平は別に気にしていなかった。なぜなら良平も自分を偽善者だと思っているからだ。

 見た目は関係ないかもしれないが、良平の顔は至って普通。視力だってメガネを掛けないといけないくらい悪い。身長もそんなに高いわけではないし、頭がいいわけでもない。だからといって運動が出来るかというとそんな事もない。

 もっと自分が崇高なる人物であれば善人だと自信を持って言えるのかもしれないが、何もかもが普通の自分は善人のふりをしているだけで、善人と名乗るのは恐れ多いと良平はそう思っていた。

「まぁ、中に何が入ってるかわからないけど、そんなに量が入ってるわけでもないし、捨てれば良いか……」

 良平は拾ったお菓子の箱をエコバックにしまうと、再び夜道を歩き出す。

 しかし、それから少しすると、遠くに見覚えのある人影が立っているのが良平の目に入った。癖のないまっすぐな黒髪のロングヘアー。そのせいで余計に際立つ、透き通るような白い肌。目鼻立ちもこの世の物とは思えないくらい整っている。長身でモデルだと言われれば疑いもせずに信じられるほどスレンダーな体型で、出るところはきちんと出ている。その大人びた容姿のためか、着ている学校指定の夏用セーラー服が少し不釣合いに見えた。遠くから見ても絶世の美貌を持った女性だとわかるその人物は、良平も良く知る人物だった。

鷹峰(たかみね)先輩?」

 名前を呼ばれて少女は良平の方へ振り返った。

 鷹峰響子(きょうこ)。その見た目と落ち着いた様子から実年齢よりも高く見られる事があったが、実際は良平の学校の一つ先輩で、十七歳の高校二年生だ。

 響子は学校ではアイドル的な扱いで、誰もが一目置く存在。良平が聞いた噂によれば、成績も優秀でスポーツ万能、料理まで一流レストランのシェフ並みに上手い事から、実は女神なんじゃないかというわけのわからない都市伝説まであった。

「……櫻井くん」

 前述のとおり良平も響子とは違った意味で結構な有名人なおかげで、彼女の方も名前を知ってくれているようだった。

 だが、お互い話すのは今回が初めて。良平は話しかけてしまったのは良かったが、それから何を話せば良いのかまったく考えていなかった。しかし、そこである疑問が良平の脳裏に浮かび上がる。

 響子の家は鷹峰製薬という国内屈指の製薬会社を経営しているかなりの大金持ちだ。

 そんな生粋のお嬢様である響子が、夜遅くに一人で歩いている事自体が良平にとっては不思議だったが、もっと不思議なのは響子の家は学校からはかなり離れた場所に住んでいるということだ。

 街外れにある丘の上に住んでいると友人から聞いたことがあったし、徒歩では一時間以上掛かる登下校の際は必ずといっていいほど車を使っている。そんな光景を何度も見たことがある良平だけに、自宅から離れた住宅街を一人出歩いているのが良平には信じられなかった。しかも下校時間からかなりの時間が経っているのに、いまだにセーラー服姿なことも疑問だった。

「鷹峰先輩、なんでこんなところに?」

「え……っと。あ、ちょっと探し物があって……」

 響子も自分が知っている人に出会うとは思っていなかったのか、良平の言葉に少し戸惑ったように辺りをキョロキョロし始める。良平はそれを見てわけがわからず小首をかしげた。ところが、響子をよくよく見てみると右膝を怪我しているようで血が出ているのに気が付いた。

「先輩、足怪我してますけど大丈夫ですか……あ、ちょっと待ってください」

 良平は急いでエコバックから絆創膏を一枚取り出すと、それを響子に差し出した。

「姉貴に頼まれてさっき買った物なんですけど、たくさんあるんで良かったら使ってください」

「……あ、ありがとう」

 響子は戸惑いながらもその絆創膏を受け取ってくれた。良平は彼女が絆創膏を受け取ってくれたことに安堵していると手前の路地に、住宅地とは似つかわしくない黒塗りの高級車が停車した。

「あ、迎えが来たようなので、今日は帰ります。あの……絆創膏ありがとうございました」

 響子は良平に優しく微笑むと深々と頭を下げ、高級車へと走っていった。

 善事には消極的な良平でも人並みに憧れというものは抱く。

 夜中の住宅街で普通なら会えるわけがない響子に出会えたことに良平は運命を感じずには居られなかった。しかも自分に向けて微笑んでくれたのだ。かなりの好感触と思っても仕方のないことだった。

「先輩に名前を知って貰えてることを考えると、有名になるのも悪くはないな~」

 響子の笑顔を思い出し、ニヤニヤしながら良平は家に向かって足を進めた。


   ▽


「ただいま~」

 響子と別れてからすぐに家に到着した。彼女に出会えたことに浮かれていた良平にとっては、あっという間だった。

「おっそい! いったいなにをやってたのよ!」

 家に帰った途端、凄い剣幕で怒ってくる良平の姉。いつもなら往復十分そこそこで戻ってこれるところを三十分近く掛かってしまっている。気の短い姉が怒るのも無理はなかった。

 いつもなら姉の気が済むまで怒られる良平だったが、今日は違う。

「ごめん。お金は良いから」

 良平は怒られているというのに、ニヤニヤと薄気味悪いと言っても過言ではない笑みを浮かべながらエコバックから買ってきた物を出して姉に渡すと、そのまま階段を上がって自分の部屋に向かった。姉もいつもと違う良平の態度に驚きと困惑を隠せない様子で、それ以上何も言って来なかった。

 自分の部屋に戻った良平は机にエコバックを置くと、中に入っていた円柱の入れ物が床に落ちる音で、我に返った。

「あ……。そういえば持って帰ってきたんだった」

 捨てるために持ち帰ったとはいえ、良平はなんとなく気になった。

 ケースの真ん中辺りに少し境目があるのが目に入った。容器自体は見たことない種類なので、中身がどんな物かも少し気になる。恐る恐るケースを引っ張ってみるとポンっといって軽く抜けた。中身を確かめようと掌に筒を傾けると、出てきたのはオレンジ色のボタン型をした物だった。それこそマー○ルチョコレートと言えばわかりやすいだろう。

「なんだこれ?」

 良平は試しに匂いを嗅いでみたが、チョコレートとは少し違うような気がしたが、何か甘い匂いがする。

「なんか美味しそうだな……」

 良平は突然左右を見渡して、誰も居ないことを確認するとその物体を食べるように口に運んだ。


  ▽


「な~んてな。いくらなんでも拾った物を食べるわけ……」

「りょ~~ちゃん!!」

 ……ゴクン。

 唾液と共に異物が喉を通る感覚が良平を襲う。

 突如、良平の背中に圧し掛かってきた重い衝撃と、思いがけない状況で声を掛けられたことへの驚きで、良平は持っていた物体を手から離してしまい、偶然口に入ったそれを思わず飲み込んでしまったのだ。

「りょ~ちゃん?」

 背後からは良平の状況を知らない明るい声が聞こえてくるが、良平はそんなことは気にする素振りも見せず愕然としていた。

彼は拾った物体を食べるような素振りは見せたが、それは〝フリ〟であって拾ってきた得体の知れない物を本当に食べるつもりはなかったのだった。

「……メイ。お前なんてことを」

 良平は声の主が誰なのか顔を見ずともわかっていた。俗にアニメ声と言われるような高い声で、自分のことをりょ~ちゃんと呼ぶやつはこの世に一人しか存在しないからだ。

「え~? あたし何か悪いことした?」

 相手はそれを否定しない。良平の見解はやはり間違ってはいなかった。

 戸鳴(となり)メイ。良平の住む櫻井家に隣接する戸鳴家の少女である。

 メイは茶髪セミロングヘアーと、赤渕メガネの奥にある大きな瞳が特徴的な少女だが、体つきは良平がさきほど会った鷹峰響子に比べるとかなり子供っぽい印象を受ける真逆の体型――つまり身長は低めで、出るところは出ていない幼児体型なので、メイが背中にのしかかってきた所で、良平はそれにドギマギすることはない。

「お前のせいで、僕はこれを飲み込んじゃっただろ!」

 良平はそう言ってメイに筒状の入れ物を見せる。メイは片手でブリッジを支え、メガネの位置を修正しながら良平の頭に自分の顎を乗せ、怪訝そうにその入れ物を見た。

「……何それ~?」

「さっきコンビニから帰ってくる時に拾ったんだよ」

 メイは更に怪訝そうな顔で良平を見る。

「拾ったって~?」

「そうだよ。なんか空から降ってきたんだ。三丁目の住宅街なんだけどわかるだろ? あそこ高層マンションとかそういうのないから不思議なんだよな」

「…………」

「お前、信用してないだろ」

 メイは良平の言葉に無言で頷いた。良平は頭を襲うメイの首の動きでそれを理解する。

「ふざけんな! ってかいい加減降りろよ。暑いし重い!」

 いまだに背中に乗っているメイに良平はそう言って身体を揺すると、メイはピョンと飛び退き良平の背中から重さが消えた。良平がメイの方に向き直ると、なんとメイは夏にも関わらず、厚手の長袖を羽織っていた。

 道理で熱いわけだ、と軽く嘆息する。

「夜は冷えるのよ! それに重いとかレディに向かって失礼でしょ! でも、まぁ良いよ。百歩譲って、いやもっとかな……一億歩譲って、仮にりょ~ちゃんの言うとおりだとしてね? りょ~ちゃんはその拾った良くわからない物を食べたの? 子供の頃にお母さんから拾った物を口に入れちゃいけませんって教わらなかったの?」

 メイは最初、少し怒ったように頬を膨らませたが、仕方ないというように肩を落とすと、今度は眉を吊り上げ拾い食いした良平を叱り始めた。

 目の前で良平に説教しているメイは、一見したら年下にしか見えない姿をしている上に、子供っぽい喋り方をしているが、驚くべきことに年齢は良平と同じ十六歳。更に驚愕すべきは、メイは飛び級で既に大学を卒業している。しかもその大学がアメリカのハーバード大学という嘘みたいな本当の話。

 しかし、良平にはメイがそんな偉人には見えないので、幼馴染としての態度を変えるつもりはなかった。

「だ、だから食べるつもりなんてなかったんだよ! 口に入れるフリをしようとしたら、メイが脅かしてくるから飲み込んじゃったんだろ!」

「……フリって一人で?」

「そ、そうだよ」

 メイの表情はみるみるうちに残念そうな人を見るような顔になっていく。

「りょ~ちゃんって可哀想だね。友達いないの?」

「人並みにはいるよ! だいたいメイはこんな時間に何しに来たんだよ! もう夜中だぞ。寝ろよ!」

 自棄になった良平が声を荒げて捲くし立てる。それを見たメイは、驚いたように目を見開いた。

「あ、あたしは仕事から帰ってきて自分の部屋に入ったら、りょ~ちゃんの部屋の電気が付いてたから、久々に会いたくて……」

 メイは自身の大きな瞳を、今にも泣き出しそうなほど潤ませながら、窓の外にある自分の家を指差す。

メイと良平の家は本当に密着していると言ってもいいほどの距離にある。だから良くマンガやアニメであるように、お互いの部屋を窓から屋根を渡って行き来が出来るのだ。

「う……」

 卑怯だ! と良平は内心で叫ぶ。

 良平は他の人よりも近い関係で育ってきたメイには、他の人以上に強く接することが出来た。ところが、そのメイが相手とはいえ、泣かれそうになると途端に強気に出れなくなってしまう。

「な、泣くなよメイ。僕だって明日、学校があるしそろそろ寝ようと思ってたんだよ。な? メイがなんの仕事をしてるかは知らないけど、明日も仕事があるんだろう? 帰って寝た方が良いって」

 良平は出来る限り優しくメイを宥める。メイは大学を卒業して日本に戻ってからすぐに仕事を始めた。 しかし、実際どんな仕事をしているのかは良平にも教えてくれなかった。しかし、今はそれどころではない。こんなところでメイに泣かれたら、姉が怒鳴り込んでくる可能性もあるのだ。それに大体は本当のことなので良心が痛むこともない。

 肝心のメイの方は何か言いたそうに良平を見つめ、口を開いたが、結局何も言わずに良平の言葉に頷くと、大人しく窓から自分の家に帰って行った。

「はぁ~疲れたな……。俺ももう寝よう」

 良平はメイが自分の部屋に入るのを確認すると、窓を閉めて電気を消す。掛けていたメガネを外すとベッドの中に潜り込んだ。

 脳裏に飲み込んでしまった得体の知れない物体のことが思い浮かんだが、それ以上に疲れと眠気の方が勝ったので、あっという間に良平の意識は眠りの中へと落ちていく。

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