たかが婚約破棄、されど婚約破棄・・・
「陛下、ゲオハルト殿下、毒杯を給わりました」
「そうか・・」
「伯爵令嬢メロディ様は花嫁衣装でした。最期まで着るのを抵抗しました。死に衣装と分かっていたのでしょう」
余はパウロ2世、このノースリア王国の国王である。
第一王子ゲオハルトが王命の婚約を無視して伯爵令嬢と婚姻しようとした。
よって、ゲオハルトとメロディを婚姻させ。結婚式で毒杯を下賜した。
「陛下・・・」
「少し疲れた独りにしてくれ・・」
宰相、近衛騎士団長、宮廷魔道師長、それぞれの子息はゲオハルトに加担したので子息を処断し引退を表明した。余は許可した。
余もそれに倣うべきだ。いや、国益を考えたら引退は早すぎるのか?
余は熟考した。考えがまとまらない。しかし、余が退位することは妃も引退することになる。
妃に相談するか。
「妃よ。余は退位しようと思う。どう思うか?」
「陛下のお心のままに・・」
「して、妃はどうする?侯爵家に帰るか?それとも離宮を一つ手配しようか?」
「ご冗談を、第二王子リヒターにその妃マリアロッテがおります。王妃教育が必要でございましょう」
「分かった・・」
二十二年間連れ添った妻だ。離縁を望まないのは幸いであった。
その後、文武百官に調整をした。当然、リヒターとその婚約者は難色を示した。重責を知っている者ならば王を継げて幸運だ!とはならない。
ことは単純ではないのだ。
「父上、私には早すぎます」
「そうですわ。王子妃教育も終わっておりませんのに」
「ほお、王に何かあったら即座に代わりに即位する。それが王族たる者とその妃たる者の心構えだが?」
臣下達も反対する。
「陛下、我ら臣下一同反対でございます。せめて第二王子殿下が成熟するまで待たれるべきです」
「それでは責任を取ったことにならんだろう。王命を王族が破ったのだからな」
婚約が嫌なら順序だってやれば解消もできたやもしれぬ。今更言っても詮無き事よ・・・
余は王族の長として責任を取るのだ!
臣下の一人が他国の例を出して言う。
「しかし、反対であります。隣国ガイナ王国でも婚約破棄が起きましたが、国王と王妃殿下は婚約者に肩入れをして王子を廃嫡の上、去勢、塔に監禁、愛妾を娼館送りにしました。それで終わりです。
陛下がそこまでする必要性は感じないのであります」
「うむ・・」
「たかが婚約破棄です。王子殿下が責任を取りました。我国もそれで終わりにしましょう」
「うむ。余もその考えは分かる。・・・だが、心が痛いのだ。卿らにとって『たかが婚約破棄』なのかもしれないが、余にとっては『されど婚約破棄』なのだ」
退位の報せは儀礼上すぐに隣国ガイナ王国まで届いた。
☆☆☆ガイア王国王宮
「聞いたか?ノースリア王国で婚約破棄が起きて国王が責任をとって退位したそうだ」
「は、陛下、その通りであります。我が王国でも婚約破棄が起き前の王太子殿下が処罰された時に、隣国は多大な弔意品を送って頂きました。
我が王国もそれに倣いましょう」
「たかが婚約破棄で退位なんて馬鹿のすることよ。王が代わり若輩のリヒターが国王ではないか?軍を進めザニー地方を奪うべきだ」
「それは、なりません。道義に反します」
「賛成の者は挙手をしろ」
「「「「はい、陛下のお言葉の通り」」」」
わずかな反対者をのぞいてガイナ王国は出兵した。
準備期間はたっぷりかけ。まだ、ゲオハルト殿下の喪が終わる前であった。
☆☆☆ザニー辺境伯屋敷
「辺境伯!敵十万です!」
「ザルツ帝国か?」
「いえ、旗、方角から見てガイナ王国です!」
「な、何だと、あれほど真心を込めて前陛下はお悔やみの使者を送り贈物を贈ったのに・・・殿下の喪も過ぎていないのに!許せん!迎撃だ!籠城の準備だ!」
「「「「了解であります」」」」
辺境伯軍一万。領都に籠城した。
その報はすぐにノースリア王宮に知らされた。
「何だって!すぐに出兵だ!」
「陛下、わ、私は何をすれば・・」
若い国王夫妻に寝耳に水。混乱に拍車をかけた。
「すぐに援軍だ!」
「陛下、お待ちを逐次投入になります」
「いえ、すぐに送るべきです」
宰相、近衛騎士団長、宮廷魔道師たちも引責辞任し。若い幕僚しかいない状態であった。
混乱する若い国王夫妻に・・
パウロ二世は。
「リヒターよ。本営が戦場から遠すぎるのではないか?」
と助言し。
前の王妃は・・・
「マリアロッテ、微笑みが消えていますよ」
と助言だけをした。
☆☆☆
王国は出兵したが心配した通り。戦力の逐次投入になり。
援軍は瓦解した。
「ノースリア軍粉砕。ちりぢりに逃げました。将軍如何しますか?」
「散らばった兵達は寡兵だ。放っておけ。降伏の軍使を送れ。統治はそのまま任せるとな。寛大な条件だ」
「畏まりました」
しかし、ザニー辺境伯はこの申し出を一蹴した。
「断る。帰られよ」
二回目の軍使は、更に良くなった条件を提示した。
「ガイナ王国の侯爵の爵位をさしあげます。ご子息と王女殿下と婚約を結んで頂きますとの陛下のご配慮です。嫁入りですぞ。王女殿下は人質と思って結構でございます」
「断る。帰られよ」
また、断った。
三回目の軍使は更に・・・
「開戦から三ヶ月、援軍は来ませんな。もし、降伏して頂けるのなら前の条件に加えてガイナ王都の近くに領地を差し上げます。陛下のご厚情をうけないのなら城内皆殺しになりますな」
アメとムチの条件を提示したが。
辺境伯は一言。
「殺せ」
と命じた。
「お館様、何故、受けないのですか?」
一人の部下が不満ともとれない質問をした。援軍が来る気配がない。
「ガイナ王国は自分の子息に果断な処置を下したが、自分はそのままだ。
それに比べて前の国王陛下はまだ学生の身である王太子殿下の不義に自ら退位を以て責任の所在を明らかにした」
「はっ、しかし・・王女殿下を人質に送るとまで言っています」
「卿はガイナ王国が約束を守ると思うか?過大な恩賞を渡せなかったら王女は殺さなければならない。更にワシに責任を押しつけるであろう。
それに比べて前国王の薫陶を受けたヘクター陛下なら必ずや援軍を寄越し。恩賞を下さるであろうよ」
「はっ!自分の認識不足でした!」
まだ、十万の軍勢に囲まれても辺境伯の領都は陥落しない。
理由はちりぢりになった援軍が各個に自律的に戦闘を継続していたからだ。
「ヒャハハハハハハ、奪え!奪え!炊事場に糞をぶちまけろ!」
ザック・ブッカー。男爵家でありながら100騎の小勢で遊撃を繰り返していた。
「隊長!更に兵を分けるとは軍法に合っていません!」
「どうせ、我輩達だけでは勝てないのだ。あちこちに火をつけるのだ!援軍が来るまで城が持ちこたえれば良い」
「了解です!」
「負けても恩賞はもらえるだろうよ!奪った食料の半分は友軍のニッキーの旦那に送ってやれ。これも恩賞になるぞ!」
「「「了解です」」」
この隊はガイナ王国軍の炊事場、補給隊を襲い大いに苦しめた。
また、辺境伯西北、ガイナ王国軍の側背に位置する丘を占拠している軍もあった。
山とまでは言えない丘に砦を作り度々ガイナ王国軍を退けていた。
「ニッキー伯、ブッカー男爵より兵糧の補給です」
「そうか・・記録しておけ」
「ニッキー伯爵!何故、ここを占拠するのでありますか?ブッカー殿のように騎士らしく攻撃しましょう」
「・・・この地は援軍が来た時の橋頭堡になる。ここから軍が展開するのだ。ここを守るのが、今の我らのなすべきことだ」
「しかし・・」
「更に、我らは三千、攻略軍に一万をさかねばならない。それだけでも敵にとって脅威だ」
「援軍は本当に来るのでありましょうか?」
「来る・・・リヒター陛下にはパウロ二世がついておられる」
それから一月後。
総勢4万5千の軍勢が到着した。リヒター国王自ら率いての第二次援軍である。
「皆の者!待たせたな!」
・・・そうだ。王のいる場所が王宮だ。父上はそれを教えてくれた。
それに前に出ると人が自然に動く。王になるのではない。王とは機関だ。役者に徹するのだ。
「ニッキー伯であります」
「ブッカー男爵でございます」
「貴殿らの勇戦確かに聞いた!見た!祖国から敵を追い出すために今一度余に勇戦を見せて見よ!」
「「御意!」」
側面を突かれたガイナ王国軍は大いに慌て瓦解し。
戦線を立て直そうとしたが将軍の下に急報が飛び込む。
「将軍閣下、ザルツ帝国軍が国境付近に兵を展開しております」
「既に越境されております」
「な、何だと・・・転進だ!ザルツに備えなければならない・・」
ガイナ王国軍は撤退を開始し。更に追撃をかけられ二万近い将兵を失うことになる。
ザルツ帝国が動いたのは、王妃マリアロッテの社交の成果が大きいと賢者は云う。
この時、新王妃はザルツ帝国の皇宮にいた。
「オ~ホホホ、ガイナ王国軍が全軍を出しているから領土を削れなんて、今度の王妃殿下は悪いお人ですわね」
「フフフフフ、大陸に名を轟かすザルツ皇后陛下にそうおしゃって頂けるなんて褒め言葉ですわ」
・・・この国の皇后は陛下だわ。皇帝に並び大きな権限がある。社交会が大きな意味を持つ。
そうだわ。自信があるから微笑むのではない。微笑むから自信が出るのだわ。
それを前王妃殿下が教えてくれたわ。
我が軍はザルツに備えて全軍を出していないわ・・・ギリギリの兵力を出したおかげね。後は我が陛下の役目ね。
マリアロッテもまた短期間で成長をした。
かくして、ノースリア王国は撃退に成功したが。
ガイナ王国でも変化が訪れていた。
☆☆☆ガイナ王国王宮
「将軍よ。準備に三ヶ月、侵攻に九ヶ月、一年かけてザニー地方が取れないばかりか領土を失った!失態である!将軍職を辞せよ!」
ガイナ国王は将軍を叱責したが・・・
「陛下、確かに軍の責任者は小生でございます。しかし、その更に上の責任者はどなたでしょうか?」
国王にも責任があるのではないか?と暗に将軍は問答を仕掛けたが、国王は無視をした。
この時、思い直せばまた賢王となったかもしれないと云う者もいる。
「何を言うか!この将軍は!」
「部下に責任を押しつけたくないので職を辞しますが、領地に戻らせて頂きます・・」
「領地も没収だ!」
「さすがにそれは拒否します」
「兵よ!この者をとらえよ!王命無視だ!」
しかし、動く兵はいなかった。
「どうした!余の命令が聞けぬか?」
将軍はそのまま領地に戻った。
その後、ガイナ王国は各地で軍閥支配が進み。王が形骸化することになり国力を大いに削ることになった。
貴族たちは、たかが婚約破棄、されど婚約破棄と婚約の重さの教育にこの戦役の故事を子息子女たちに語ったと云う。
最後までお読み頂き有難うございました。




