5.The Hierophant(法王)
全裸のおっさんと子どもが、一度頷き合いその扉に手をかける。
次の瞬間、恐ろしいくらいの熱が吹き出てくる。
一瞬たじろぐものの、一歩を踏み出す。
熱い。というより、痛い。
呼吸するたびに鼻の奥を針で刺すような痛みが襲う。
ふと隣の虎を見る。
サウナの熱さに やや顔をしかめているものの、目の中には興味の色が浮かんでいる。
どうやら父親より熱に強く、そして、好奇心も強いらしい。
近くのバスマットの上に腰を下ろす。
それにしても熱い。
身体のいたるところから、汗が噴き出してくる。
見渡すと暗がりの中、おっさん達が目を瞑り、自らの腕を組んでいる。
これがサウナでのお決まりの姿勢なのであろうか?
虎も同じく腕を組み、瞳を閉じて、「うぅぅ~ん」と唸っている。
順応性も父親より高いらしい。
汗が額から、肩から腕、そして指を伝って床に落ちる。
足元には既に汗で小さな水たまりができている。
身体の表面だけでなく、とても深いところが熱で「ギュっん」となる感覚がある。
左に座る虎は、全身汗まみれになりながら、両目を瞑り半笑いになっている。
どういう感覚なんだ、こいつ?
もう出ないと危険と判断し、虎の手を引き、サウナ室を出る。
「う~ん!気持ちいい!」
こんなにも室温が心地いいと思ったことはない。
かけ湯で汗を流し、ぬるいお湯に浸かる。
徐々に身体が放熱されていく感覚に浸っていると、虎が突然、お湯から出て走り出す。
飛び込んだ先は、水風呂だ。
おいおい、そんなことしたら、風邪ひくぞ。
虎は、水風呂の中で楽しそうに小さく跳ねる。
そうか。
別にぬるいお湯じゃなく、水風呂で身体を冷やしてもいいのか。
子どもの行動とは、時に意味不明であり、時に合理的だと感じる。
遊びと同じで感覚で楽しさを存分に味わう。
子どもは、遊びの天才とはよく言ったものだ。
サウナを気に入ってしまったバカ親子は、このあと五回も挑戦したのち、すべてのお風呂を堪能した。
妻との待ち合わせ時間まで後三十分。
意外と長湯をしてしまった。
浴場を出て、コーヒー牛乳を片手に妻と詩を待つ。
週末の「お休み処」は、家族連れでいっぱいだ。
誰もが火照った頬をしており、その目尻は心なしか垂れ下がっている。
浴場とは、憩いの場であり、くつろぎを与えてくれる日本のいい文化だと改めて感じる。
日本人って、最高だ。
そろそろ、待ち合わせの時間。
虎は、私の膝の上で眠っている。
よほど楽しかったのだろう。あれだけ はしゃいで、しかも何度もサウナに入ったのだ。
疲れるのも無理ない。
実をいうと私も眠い。
壁に寄りかかり、虎に私の上着をかけると、いつの間にか寝てしまった。
***
ふと目が覚めて時計を見る。
既に待ち合わせ時間から一時間が経過している。
しまった…!
慌てて、スマホを取り出す。
おかしい。
着信がない。
急いで妻に連絡するもまったく電話に出ない。
怖くなった私は、虎を起こし、館内をくまなく歩きまわる。
どこを探しても妻と詩の姿は、見当たらない。
フロントに問い合わせをするも、「わからない」の一点張り。
そもそも、週末のスーパー銭湯で個人を呼び出したり、特定したりすることは、不可能でしかない。
焦る私は、もう何度目かの館内巡りを行う。
虎が言う。
「ね~。お腹減ったよ~。もう帰ろうよ~。」
ちょっと待て、ママと詩に何かあったら、どうする。
まずは、ママと詩を探さなければ。
その時、スマホが鳴る。
「あ~、ごめんごめん。どこにいる~。実は、お風呂の中で寝ちゃっててさ~。うん。詩も一緒に決まっているじゃん。あの子なんてイビキかいて寝てたよ~」
勘弁してくれ。
焦った私の感情を返してくれ。
でも…。
本当に何もなくてよかった。
いつもだったらところ構わず、妻に対して暴言を吐いていたが、その満足気な顔を見たとたん。
涙が流れていた。
つまらないことで、私は、もう怒らない…。
傍にいて、笑っていてくれればそれでいい…。
(つづく)
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お読みいただき、ありがとうございます。
よかったら、つづきも読んでいただけますと嬉しいです。
また、あなたと会えることを楽しみにしています。
白明
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