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愚者:40歳からでも人生は変えられる  作者: 白明


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3.The Empress(女帝)

なんということか。

昨日とおなじく目覚まし時計より早く起きてしまった。

そして、今日も既に完全に覚醒している。

隣で眠る妻は、いつの間にか私の腕を抱きかかえるようにして眠っている。

こんなこと、随分なかったのに。


妻を起こさないように腕を引き抜き、昨日と同じく出勤の準備をする。

それが当然のように淡々と、当たり前のように。


電車内も昨日と同じく、空席が目立った。

席を確保し、スマホでゲームを立ち上げる。

「今日の十二時までアプロード作業中!大型アップロードを期待せよ!」

朝から残念なコメントで軽く気持ちが萎える。

しょうがない。今日の会議の資料を読んでおくか……。


気付いた時は、会社の最寄り駅だった。

どうやらいつの間にか寝てしまっていたらしい。

寝ながら出勤できるなんて、いいご身分だ。


昨日と同じコーヒーショップに向かう。

昨日と同じ面々が開店時間を待ち、列をなしている。

「常連さん達ってわけか」

開店を待つ列に並んでいると朝日がビルの間から差し込み、その光に目を細める。

太陽の光をこんなにもしっかりと感じたのははじめてかもしれない。


コーヒーショップでの時間を持て余す私がいた。

二日目にも関わらず。

飽き性なのは重々わかっている。

しかし、二日目で飽きるとは、自分の性格を呪いたくなる。


結局、八時までコーヒーショップでダラダラとすごし、出勤する。

「あれ、今日も早いんですね。今日こそ何かありましたっけ?」

新人君は、今朝も前のめりだ。

「いや、気にしないでくれ、一段落したら、現場に向かうから」

昨日と同じく、始業前にメールチェックが終わった。


***


「え! ちょっと大丈夫!? 二日もこんなに早く帰ってきて。もしかして、リストラとか、いじめられたりしてない? 私は助かるけど、何かあるんじゃないの?」

言いかたが失礼だぞ。妻よ。


「大丈夫だよ。仕事はきちんとしているし、まったく問題ない。それよか、お腹が減ったし、疲れた」


シャワーを浴び、着替えを済ませる。

彼らが起きている時間に私が家にいる物珍しさからか、子ども達からの質問の連打が後を絶たない。

結構疲労しているのだが、これはこれでいいのかもしれない。


丁寧に子ども達の話を聞き、笑う。

子ども達にしっかりと向き合っていなかったとしみじみ感じる。

これまできちんと親らしい会話や、時間を取ってあげることが少なかった。


子ども達の話を聞き、そして、妻と子ども達と一緒に食卓を囲う。

これが、普通の家族の「幸せ」ってやつなのかもしれない。

ちょっとだけ習慣が変わることで、こんなにも心が、感情が満たされていくものなのか…。

発泡酒に少し酔ったためか、余計にそう感じたのかもしれない。


その夜も眠さを耐えることができなかった。

いつもであれば もっと飲むはずのお酒も早々に切り上げ、寝室に向かう。

この生活、一日が濃密になるだけではなく、睡眠にどん欲になる。

少しの時間でも眠れる時間に、眠る。

眠って、肉体も精神も回復させなければ、もたない。


すごい眠気が襲ってくる。

今日もスマホでゲームをする余裕はない。

枕に顔をうずめ、その柔らかさを()みしめる。

「俺、頑張った……。眠い……」


寝室に妻が入ってきた音にハッと目が覚める。

どれだけ眠っていたのだろう。

かなり深く眠ってしまっていた。

しかし、いつもより眠気は続いている。

腕時計を確認する。

まだ、二時間も寝ていない。

「やっぱ、疲れているんだな……。俺……」


妻がベッドに入ってくる。

髪からトリートメントのいい香りがふわりとする。

桃の香りだろうか?いや、それだけでない。微かに柑橘系の柔らかな刺激も感じる。

安心を感じつつも、その中に煽情的(せんじょうてき)な何かがある。

だが、私は、眠い……。


「あ、ごめん。起こしちゃった? なんか、どうしたの? 最近、違うよね。なんか、活動的っていうかさ、楽しそうな感じがする。子ども達も楽しそうで、なんか変わってきたのかなって思う。ごめん。遅いのにごめんね。ちょっとだけ、一瞬だけ、わがままを許して…」


そういうと、妻は、私の胸元に入り込み、その細い腕を背中に回した。

先ほどより濃密な香りが私と妻を包み込む。

甘い香りが深い安心、安堵をもたらす。

満足感と愛で武装した眠気が私の心をその深いところへ、引きずり込む。

もう、限界だ……。


彼女にすれば、力いっぱいのハグだったのだろう。

私には、くすぐったかった。


(つづく)


――――――――――――――――――――――――――

お読みいただき、ありがとうございます。

よかったら、つづきも読んでいただけますと嬉しいです。


また、あなたと会えることを楽しみにしています。


白明

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