1.The Magician(魔術師)
変わってみたかったが、現実は、そんなに簡単じゃない。
毎日、朝から仕事に行き、ヘトヘトになって帰ってくる。
帰ってくれば、正直、もう何もしたくない。
私にそんな時間なんてあるわけがない。
シャワーを浴び、そして、酒を飲んで早いところ寝たい。
考えてみれば、まだ火曜日だ。
今週は、会社の方針会議、現場指示にと忙しい。
毎日出勤する場所が異なり、業務も毎日違う と説明したほうがわかりやすいだろう。
「それで詩の塾をどこにするかの相談なんだけど……。駅前の学習塾で体験学習をやっているみたいなんだけど、どこがいいかな?」
勘弁してほしい。
夕飯時、妻が問いかけてくる。
身体的にだけでなく、精神的にも、もう限界。
今日だけでいくつの判断をおこなっただろうか。
「わかった。資料見ておくから、机の上に置いておいて。明日の朝に目をとおして、よさそうな塾を選んでおくから」
そうやって、強制的に話を終わらせる。
少しは、こちらにも気を遣って欲しい。
残っているカレーを発泡酒で流し込み、この場から足早に退散しようとする。
「いつもそう言って、結局わたしが全部やっているんじゃない。あなたは、仕事、仕事って言って、家族からも逃げてお気楽なものよね!」
今日はやけに突っかかってくる。
私も酔っているせいか、シンクに食器を置きながら反論する。
「なんだよ。その言いかた。自分だけが家庭のことを頑張っているみたいな いいかたして。わかったよ。絶対に明日の朝には目をとおしておくから!」
気分が悪くなる。
私だって必死に頑張っている。
妻も働いていて、大変なのもわかる。
だからって、あのいいかたは、ないだろう。
寝室に逃げるように滑り込む。
スマホの時間は、二十一時を指している。
いつものスマホゲームを立ち上げる。
「現在、大型アプロード中!皆さん!期待していてね!」
こいつまで馬鹿にするのか。
「クソ。だりー」
疲れなのか、さまざまなものに対する諦めなのか、いつの間にか眠りに落ちていた。
ハッと目が覚めた。
横には、静かに寝息を立てる妻の姿があった。
目覚まし時計が鳴っていない。
慌てて時計を見る。
午前四時三十分。
時計が鳴る前に起きるなんてことは、小学生以来なかった。
「まだ早いし、二度寝でもするか」
そう思い、再度目を瞑り、手放しかけていた夢を手繰り寄せる。
眠れない。
何度か夢を手繰り寄せるも、指の間から零れ落ちていく。
昨晩あまりにも早く寝たせいだろうか。
「仕方ない。起きるか。」
横で眠る妻を起こさないように静かにベッドを出る。
本来であれば、あと三時間後に起きる予定なのに。
リビングで冷蔵庫からお茶を取り出しちびちびと舐めながら、煙草を吸う。
スマホの画面には、一通のメールさえも表示されない。
「まだ、早すぎんだよ」
独りボヤいてテーブルを見ると昨晩、妻が用意していた学習塾のチラシが目に入る。
「時間もあるし、やるか」
テーブルに置いてあった学習塾のチラシは全部で四校。
スマホ片手に口コミを見ながら、資料に書かれた実績と金額などを見ていく。
一校のチラシに赤ペンで丸を書き、出勤前のシャワーの準備をする。
「意外と時間、かからないもんだな」
(つづく)
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お読みいただき、ありがとうございます。
よかったら、つづきも読んでいただけますと嬉しいです。
また、あなたと会えることを楽しみにしています。
白明
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