本の上の残り光
放課後の図書館で見つけた、小さな光の物語です。
誰にでもある「ふと心が軽くなる瞬間」や、
理由は分からないけれど胸に残る感覚を、
そっとすくい上げるように書きました。
静かな時間の中で、
ページの上に揺れる“残り光”を感じてもらえたら嬉しいです。
放課後の図書館は、窓の光が届かない場所だけが、ゆっくりと薄暗かった。
その静けさが、いつのまにか落ち着く場所になっていた。
学校や家の空気に触れたくない日でも、
ここに来ると胸の奥がすっと軽くなる気がした。
棚から適当に本を抜き取る。
外国のお城や風景を切り取ったスナップショット。
紙の匂いとインクの色が、少しだけ遠い世界の入口みたいだった。
心が「ここではないどこか」に入り込む。
誰にも邪魔されない、静かな時間。
ふと手が止まった。
湖の写真の上で、紙の白さに溶けるような光が、かすかに揺れていた。
…これ、何だろう。
ホコリにしては、動きがゆっくりすぎる。
白い粒が、呼吸みたいにふわりと膨らんでは、しぼんでいた。
背中のほうで、紙をめくる音とは違う、やわらかい気配がした。
「今日もお勉強かい? 最近の若者にしては珍しいよね」
すっかり顔なじみのおばあさんだ。
…この言葉、前にも聞いた気がする。
「わたしもね、若い頃は毎日ここで本を読んでいたの」
おばあさんは懐かしそうに笑った。
「本の世界って、どこへでも連れていってくれるでしょう」
その笑顔が、水面の光みたいに揺れて見えた。
おばあさんの声は、図書館の空気と同じくらい静かで、
聞くだけで心が落ち着いた。
「あら、それはシヨン城ね」
『凄い…なんで分かるの?』
「昔ね、おじいさんと記念旅行に行ったの」
『いいな、私も行きたいな』
そんな些細な会話。
ありがとうと言うほどのことではない。
でも、胸の奥に小さく灯るものがあった。
軽く会釈をして本に視線を戻す。
湖の水面が、さっきより光を多く抱えている気がした。
白い粒が、ふわりと浮かんでは、本の影に吸い込まれていく。
ページをめくる音と、光の揺れだけが、静かに重なっていた。
フッ…
なんとなく、光に向かってロウソクの火を消すみたいに息を吹きかけてみる。
その瞬間、小さな光が紙の上の風に乗ったようにふわりと舞い上がり、
私とおばあさんのあいだの空気をそっとなでていった。
『おばあさん…?』
思わず声が漏れる。
「どうしたの?」
おばあさんは目を丸くした。
何人かがこちらをちらりと見たような気がした。
でも、誰も光には気づいていないようだった。
やがて光が消える。
「あら、何を話してたんだっけねえ?
今日もお勉強かい?」
おばあさんは、まるで何もなかったように微笑んだ。
「今日はおじいさんに久しぶりに優しくしようかね」
そう言って席を立つ。
胸の奥が、少しだけざわついた。
けれど、その理由はうまくつかめない。
本に視線を戻すと、
さっきまで読んでいたはずの場面が、少しだけ思い出せなかった。
…行ってみたいな。
名前も知らないお城の向こう側が、ふっと近くなった気がした。
ただ、水面の光だけが、
あたたかく胸に残っていた。
読んでくださってありがとうございます。
図書館の薄暗さや、紙の匂い、
ページの上で揺れる光のような
“説明できない温度”
をそのまま物語に閉じ込めたいと思って書きました。
記憶は薄れても、
なぜか胸に残るあたたかさだけは消えない。
そんな瞬間を、少しでも感じてもらえていたら嬉しいです。




