9.小春の願い
小春が病室に入ってきた瞬間、
真帆は“また来た”という驚きよりも、
その小さな身体に宿る決意の強さに気圧された。
昨日よりもずっと、目が真っ直ぐだった。
小春の必死さは、真帆の想像を超えていた
小春は、真帆の正体がどうとか、
“中身が別人”だとか、
そんな難しいことは理解していない。
ただ――
「この人が私のお母様になってくれれば、
みんな幸せになれる」
その一点だけを、
子どもなりに必死に信じていた。
小春の背景:子どもが背負うには重すぎる現実
望月佳奈は優しい母だった。
けれど、生活は厳しく、
未来はいつも不安定だった。
食費を削る日もあった
仕事を掛け持ちして倒れたこともあった
小春の教育費をどうするか悩んでいた
何より、船団社会の“身分の壁”が重かった
小春は、子どもなのにそれを理解していた。
「お母さんは、私のせいで苦しんでる」
「私が“篠原家の子”になれば、お母さんも楽になる」
「お父様も、お母様(美穂)も、きっと幸せになる」
だから小春は、
“篠原美穂の娘”になりたかった。
それは、
自分のためではなく、母のためであり、父のためであり、
そして真帆(美穂)を救うためでもあった。
小春の行動:子どもらしい無謀さと、痛いほどの優しさ
小春はベッドのそばまで来ると、
昨日よりも深く頭を下げた。
「お母様……今日も、お加減はいかがですか」
その声は震えていた。
緊張ではなく、必死さで。
真帆は言葉を失った。
この子……
私を利用しようとしているんじゃない。
誰かに言わされているわけでもない。
自分の意思で、私を“母”にしようとしている。
それが、胸に刺さった。
真帆の心の揺れ
真帆は40代独身。
子どもなんて考えたこともなかった。
でも、小春のまっすぐな瞳を見ていると、
胸の奥がじんわりと温かくなる。
この子は、私を必要としている。
でも私は……この子の母じゃない。
その葛藤が、
真帆の胸を締めつけた。
啓介の反応
啓介は小春を止めようとしたが、
その手は途中で止まった。
小春の必死さを知っているからだ。
そして、
真帆(美穂)の表情を見て、
何かを悟ったように黙り込んだ。
小春の“願い”が語られる瞬間
小春は真帆の左手――金属の義手――をそっと見つめた。
怖がらない。
むしろ、尊敬するように。
「……お母様。
わたし、がんばります。
だから……どうか……」
小春は唇を噛みしめ、
涙をこらえながら言った。
「わたしを……
あなたの娘にしてください」




