6.玲奈との会話
「先生、私、気分が悪いわ」
玲奈は啓介に向かって言った。「申し訳ありませんが、美穂さんには負担が大きいようです。今日のところはお引き取りを」
啓介は何かを言おうとしたが言葉を飲み込み、そして、「わかりました。また明日にします」「美穂、明日話そう」そう言って部屋を出ていった。
玲奈の本音と、真帆への向き直り
「……全く、こんなときによりによって不倫相手に産ませた子供なんて、よく連れてこれたものね」
玲奈は深くため息をついた。
その表情は、医師というより“友人の肩を持つ女性”のようだった。
「私だったら、怒鳴りつけてるわよ」
そう言ってから、
彼女は真帆のベッドのそばに椅子を引き寄せ、
ゆっくりと腰を下ろした。
そして、今度は“患者に向き合う医師”の顔になった。
「……美穂さん。
あなた、混乱しているでしょうけど、少しだけ話をしましょう」
真帆は喉が乾くのを感じながら、
小さく頷いた。
玲奈の声は静かで、しかし鋭い
「まず確認したいの。
あなたは――自分が“篠原美穂”だという自覚が、本当にないのね?」
真帆は、息を呑んだ。
ない。
でも、どう言えばいい?
言ったら、この世界の“前提”が壊れる気がする。
それでも、真帆は震える声で言った。
「……私、本当に……わからないの。
あなたたちが言う“美穂”さんのことも……
ここがどこなのかも……」
玲奈は真帆の目をじっと見つめた。
その視線は、嘘を見抜くためのものではなく、
“真実を探すためのもの”だった。
そして、玲奈は核心に触れる
「……さっきの子。小春ちゃんね」
真帆の心臓が跳ねた。
玲奈は続ける。
「彼女は、あなたの子じゃない。
それは間違いないわ」
真帆は息を呑む。
じゃあ、あの子は……
どうして私を“お母様”と呼んだの?
玲奈は、少しだけ声を落とした。
「でもね……
あの子は“あなたのことを知っていた”」
真帆の背筋が冷たくなる。
「はじめまして、って言ったでしょう?
あれはね――」
玲奈は言葉を区切り、
真帆の金属の左腕をちらりと見た。
「“あなたが目を覚ますのを、ずっと待っていた”って意味よ」
真帆の混乱はさらに深まる
「……待っていた?
私を……?」
玲奈は静かに頷いた。
「ええ。
小春ちゃんは、あなたが“美穂さん”じゃないことを……
最初から知っていたみたい」
真帆は息を呑んだ。
どうして?
私はこの世界の誰も知らないのに。
玲奈は、真帆の左腕――LM-01A1――を見つめながら言った。
「……あなたの事故は、ただの事故じゃなかった。
そして、あなたの身体も……ただの身体じゃない」




