28.封印区画に残された“美穂の痕跡”
封印区画の空気は、外の朽ちた発射場よりもさらに重く、
まるで八十年分の沈黙がそのまま凝縮しているようだった。
真帆は、足元に残る微かな足跡に気づいた。
砂埃の薄い層を乱した跡。
金属扉の縁についた、指先で触れたような跡。
美穂が、ここに来ていた。
その事実だけで、胸の奥がざわついた。
朔太郎が言った。
「最近、誰かがここに入った形跡があるだろう。
あれは美穂さんだよ」
真帆は、錆びた端末の前にしゃがみ込んだ。
画面は割れ、電源も入らない。
だが、端末の側面には薄く指の跡が残っていた。
「……彼女は、ここで何を?」
「真相に近づこうとしたんだろうな。
私の話を聞いて、確かめに来たんだ」
朔太郎は、静かに続けた。
「だが、パブリックな記録は全部消されている。
事故も、連絡船も、本船の沈黙も。
ここ以外の端末では、何も見られない」
真帆は息を呑んだ。
……だから美穂は、ここに来た。
そして――殺された。
孤立した老人の記憶だけが“真実”だった
「朔太郎さん……あなたの話を信じる人は?」
老人は、苦笑した。
「誰もいないよ。
私はいつしか“風変わりな老人”になった。
昔の話をするたびに、皆が遠ざかっていった」
その声には、寂しさよりも、
長い年月を経た諦念が滲んでいた。
「だが、美穂さんだけは違った。
彼女は私の言葉に耳を傾けた。
そして……真相を探し始めた」
真帆は、胸の奥が締めつけられた。
美穂が“ノート”にこだわった理由
「なるほど……」
真帆は呟いた。
「だから、美穂はタブレットじゃなくて、
紙のノートに日記を書いていたのね」
朔太郎は頷いた。
「電子記録は消される。
だが紙は消せない。
いつの日か、誰かが読むかもしれないからな」
真帆は、ノートのページを思い出した。
震える文字。
消えかけたインク。
そして、最後のページに残された“違和感”。
……美穂は、誰かに伝えようとしていた。
それが、たまたま“美穂の体に宿った私”だった。
偶然ではない。
運命でもない。
ただ、奇妙な連鎖の果てに、
真帆はそのメッセージを受け取った。
「あなたが引き継いでくれそうだね」
朔太郎は、真帆の目をまっすぐ見た。
「私の言葉に耳を傾けてくれたのは、美穂さんだけだった。
彼女はいなくなったようだが……」
老人は、ゆっくりと微笑んだ。
「あなたが引き継いでくれそうだね」
真帆は、胸の奥が熱くなるのを感じた。
美穂の死。
自分の存在。
義手の秘密。
本船の沈黙。
消された歴史。
すべてが、
この老人の言葉と繋がっていく。
真帆は、静かに頷いた。
「……ええ。
私が、続きを探します」
朔太郎は満足そうに目を細めた。
「ならば――見せよう。
美穂さんが最後に触れた“本当の記録”を」
封印区画の奥、
暗闇の向こうで、
古い端末が微かに光ったように見えた。




