27.ウイルス
朔太郎の声は、錆びた発射場の空気と同じくらい乾いていたが、
その奥には、八十年ものあいだ押し込めてきた“確信”があった。
真帆は息を呑み、老人の言葉を待った。
「病気?ウイルスか何かが持ち込まれたのかしら」
真帆がそう呟くと、
朔太郎はゆっくりと頷いた。
「いい線だな。
少なくとも本船はそう思ったんだろう」
老人は、歪んだ発射台の残骸に手を触れた。
その指先は震えていたが、記憶は揺らいでいなかった。
「だが、ここでは類似の症状は観察されていない。
八十年だぞ。
それだけの時間があれば、何かしら兆候が出るはずだ」
真帆は、背中に冷たいものが走るのを感じた。
……じゃあ、本船は“誤解”したまま、私たちを隔離している?
「彼らは八十年、ずっと観察している」
朔太郎は空を見上げた。
そこには、本船の姿は見えない。
だが、確かに“いる”。
「本船は、地上の生活をずっと監視している。
病気が広がっていないか、異常がないか……
だが、それでも判断がつかないようだ」
「判断……?」
「地上を救うべきか、切り捨てるべきか。
本船は、いまだに決められないんだよ」
その言葉は、
真帆の胸に重く沈んだ。
「私が狙われたのは?」
真帆が問うと、
朔太郎は真帆の左腕――義手をじっと見つめた。
「美穂さんの、記憶がないんだったな」
「……ええ」
「一ヶ月ほど前、彼女は私の元に現れた。
今の話――本船の沈黙、事故、隔離――を聞きに来たんだ」
真帆の心臓が跳ねた。
「そして、昔の記録を調べ始めた。
もちろん、表向きはすべて削除されている。
だが……」
朔太郎は、ゆっくりと真帆の目を見た。
「何か、本当のことを見つけたのかもしれない。」
風が吹き、発射場の鉄骨が軋んだ。
美穂が見つけた“本当のこと”とは
真帆は、喉が乾くのを感じた。
「……それで、美穂は?」
「狙われたんだろうな」
朔太郎は淡々と言った。
「本船にとって都合の悪い真実。
あるいは、地上にとって致命的な秘密。
どちらにせよ、美穂さんは“境界線”を越えた」
真帆は拳を握りしめた。
美穂は、真実に触れた。
だから殺された。
そして私は――その続きを背負ってしまった。
朔太郎は、真帆の義手を指差した。
「その腕……
美穂さんが最後に触れた“鍵”なんじゃないか?」
真帆の義手が、
かすかに熱を帯びた気がした。
朔太郎は、センターコアの奥を指し示した。
「ついてきなさい。
美穂さんが最後に残した“痕跡”がある」
真帆は、小春の手を握りしめた。
美穂が見つけた“本当のこと”。
それが何であれ、もう後戻りはできない。




