14.美穂の日記
夜の静けさが、まるで別の世界の膜のように部屋を包んでいた。
真帆はベッドに横になり、今日一日の出来事を反芻していた。
目覚めたら知らない世界
知らない夫
知らない娘
知らない身体
そして、知らない“美穂”という人生
疲れは限界に近かったが、眠りはなかなか訪れなかった。
そんなとき――
ふと、机の下に“もう一つの引き出し”があることに気づいた。
昼間は気づかなかった。
いや、気づけなかったのかもしれない。
まるで、夜になって初めて“開く資格”が与えられたような、そんな不思議な感覚。
隠された引き出し
真帆はそっと引き出しに手をかけた。
軽い抵抗のあと、静かに開く。
中には、
薄い革表紙のノートが一冊。
日記。
美穂のプライベート。
本来なら触れてはいけないもの。
だが――
「今の私は、美穂として生きている。
彼女の過去を知らなければ、前に進めない」
そう自分に言い聞かせ、
真帆はゆっくりと日記を開いた。
日記の内容は日本語だった
最初の数ページは、
仕事の愚痴や、日常の記録。
行政局での会議
研究補佐としての雑務
啓介とのすれ違い
眠れない夜のこと
どれも、普通の女性の生活に見えた。
しかし、ページをめくるごとに、
内容は徐々に“異質”になっていく。
理解できない単語
「船団本部」
「ピケットベース」
「第七区画の再調整」
「赤色矮星の観測データ」
「外殻維持班のトラブル」
真帆は眉をひそめた。
船団?
ベース?
観測データ?
外殻?
どれも、地球の村で使う言葉ではない。
そもそも――
船なんてどこにも見えない。
窓の外にあるのは、
弱々しい赤い太陽と、
静かな村の風景だけ。
なのに、美穂の日記には
“宇宙船の中での生活”を思わせる言葉が並んでいる。
真帆の混乱
「……どういうこと?
ここは……地球じゃないの?」
胸の奥が冷たくなる。
日記の後半には、さらに不可解な記述があった。
日記の一節(抜粋)
コード
……ピケットベースの外殻に異常。
本部は「問題なし」と言うけれど、あの振動は絶対におかしい。
啓介には言えない。
あの人は優しいけれど、真実を知れば巻き込んでしまう。
私は……誰かに見られている気がする。
船団の中に、敵がいる。
真帆は息を呑んだ。
船団の中に、敵がいる?
船団って何?
ここはどこ?
私はどこにいるの?
頭がぐらぐらする。
そして、最後のページ
最後のページには、震える文字でこう書かれていた。
コード
もし私に何かあったら――
私の身体は、もう私のものじゃない。
誰かが狙っている。
左腕だけは……絶対に渡してはいけない。
真帆は、
自分の左腕――銀色の義手を見つめた。
冷たい金属が、
まるで“本当の持ち主”を思い出せと言わんばかりに重く感じられた。
真帆の心に浮かぶ疑問
美穂は何を知っていた?
誰に狙われていた?
そして――
私はなぜ、美穂の身体にいるの?
そのとき、
部屋の隅で、
義手の内部が“かすかに”光った。
ほんの一瞬。
真帆には気づけないほどの微弱な反応。
まるで、
「記録を読み取った」
とでも言うように。




