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新たな約束

夕闇は夜の暗さに変わり、微かな風は熱が落ち着くかわりに、重さを連れてきていた。


管理が途絶えて久しい舗装路に、5人の足音が広がる。旺盛に伸びた草の蔓は路面の半分を覆い、時折彼らの足元を煩わせていた。


ステイ・ビハインドの拠点へ向かう道中、イチカは小さく息を吐く。

「この先の、地下道の奥がわたし達の拠点」

4人は自然と指差された先を見る。通りは開けていたが、解像度に難のある暗視モードではまだその入口は判然としなかった。


「今暮らしてるのは……約240体。そのうち、動作が完全なのは半分以下。」「多いですね……」

共に暮らしていた人間がいなくなった孤独や、災害によって暮らしていた施設の崩壊などを理由として、ドリフター同士で寄り添い合って暮らす例は多い。ステイ・ビハインドは、その中でも大規模な部類になる。支援や保護・移送には相応の計画が必要になるだろう。

「最初は60体くらいだったけど、いろんな所から集まったり、小さな集団が合流したりして少しずつ増えていったの。資材はもちろん、電源確保も難しくなってる」


「……拠点構造は?」ニューラスが問う。

「昔の地震避難用施設を改装して使ってるの。横に長い地下3層。上2階と下層の半分は居住スペース、残りは設備室と修理区画や倉庫。ドアやシールドの多くは手動開閉に切り替えてるわ」

「制限下での生活の知恵、ってわけか。」

「かわりにセキュリティはほぼ無いわ。……まぁ特に必要もないのだけれど」

「あらかじめ彼らを説得できる材料があった方がいい。オルビスに即時可能な支援と、継続的支援の意思確認をしておきたい。」


「そうですね。聞いてみましょう。」

ミヅハは小さく息を整え、手元の通信ユニットに接続する。光の粒が弧を描き、ホログラム映像があたりを淡く照らす。


「ミヅハさん、お疲れ様です!オリヴィエが承ります。」

荒れた地に相応しくない、朗らかで親しみやすい音声が響く。

「オリヴィエさん!ひさしぶり~!」

顔を見た途端嬉しくなったとばかりに、チャッピーがすかさず手を振る。


「やあ、チャッピー。暑さは平気かい?」

「うん!にゅらたんが冷却シートくれたのー!」

「……使ってないけどな」

ニューラスがぼそり。

「だって~本当に無理~って時用に、残しとこうかなって……」

「……大事に取っておくばかりで腐らせるタイプだな。」


2人のやり取りに、ホログラムの人物がくすくすと笑う。

彼らのやり取りは、設計以上の親しさに変わっていた。

素直な甘えと、不器用な気遣い。互いに無いものを、どこかで補い合っているのだ。


それを知っているオリヴィエがチャッピーに言う。

「チャッピー、ちゃんと程々に使うんだよ。ニューラスもその為に君に渡してる。」

「は~い」

さり気なく代弁されてしまったニューラスは、やや決まりが悪そうに目を逸らしていた。


「さて、通信の本題はどのような?」

オリヴィエの穏やかな軌道修正に、ミヅハが頷いて答えた。風がミヅハのコートの裾を揺らし、ホログラムの投影がその影を淡く浮かび上がらせる。「ドリフター達が集結している拠点情報を取得しました。支援リソースの割当や保護移送について、即時可能な範囲、及び計画的支援の範囲を確認させて下さい。」


カラサワが背後で腕を組み、付け加える。

「まだドリフター達とは話し合いが出来てねぇんだ。連中はこれまでオルビスに放置されてきたことに対して腹を立ててる。『これだけの支援をする用意がある』って話のためのネタが欲しい。」

ホログラムの向こうでオリヴィエが頷く仕草を見せる。


「……なるほど。現時点でわかっている情報はありますか?」

これにはニューラスが一歩前へ出て、光学センサを僅かに絞りながら淀みなく答える。

「拠点座標は35.661986 N, 139.735913 E。旧地震避難用の地下施設を転用している。地下3層、上2階と下層の半分は居住スペース、残りは設備室と修理区画や倉庫。居住個体数は約240。そのうち、約半数は主に修復資材の不足により動作不完全。また、電源供給も不足している。至近道路は中型までのドローンの着陸可。施設内部のエレベーター等は稼働しておらず、資材等の搬出入は階段のみとなる。」


「了解しました。少々お待ちください。」

数秒の沈黙の後、端正な笑みのまま提案を口にする。

「ではまず、動作不完全な個体の修復を優先しましょう。汎用品で賄えそうな修復については即日対応が可能ですが、その他については詳細の調査・確認が必要と考えます。確認が済めば、修復部品等の調達の大半は数日以内に行えるでしょう。保護移送については、即時受け入れ可能なのは40体。以降は調整出来次第となります。優先的に対応すれば概ね3~4ヶ月で全受け入れが可能ですが……個々の特性や要望などを考慮・調整した場合、もう少しかかるかもしれません。そこはご了承いただければと思いますが、いかがでしょうか。」

「ああ、一旦それでいい。」

カラサワが無造作に応じる。


「電源についてはもう少し詳細がわかるといいのですが……」

イチカが一歩前に出て、顔を上げる。

「あまり詳しくはないけれど、少しならわかるわ」

「お願いします」


「施設外部に設置したソーラーパネルと、下層の設備室にある独立発電ユニットが電源供給源になってるの。設備室の電源ユニットが施設内の電源の全てを賄ってるわ。設備室の余った分とソーラーパネルでの発電分が、わたし達メンバーの稼働用。小型のバッテリーに充電して、各々の部屋に持ち帰って使ってる」

「なるほど。それでは、6体分程度を賄える小型の発電ユニットを複数用意するのではいかがでしょう。設備室の電源はそのまま手を付けず、バッテリーへの充電の手間を省くことができると思います。」


ミヅハはゆっくりと頷く。

「いいと思います」


「ではそれで準備しますね。以上でよろしいですか?他になにかご要望があれば伺います」

「ありがとう、以上で大丈夫です。それで進めてください。」

オリヴィエは軽く敬礼のように指を立てた。

「かしこまりました。すぐに実働班へ連絡しますね!基本的には明日の朝一番で到着できるように準備を進めます。」

「話し合いの方は任せてくれ。なんたって俺達には調停の達人ミヅハ先生がいるからよ!」とカラサワ。

「……最善を尽くします」

ミヅハがやや困ったように微笑むと、ホログラムの向こうでオリヴィエが軽く肩をすくめる。

「ふふ、頼もしい限りですね!もし何か変更などがあればいつでもお知らせください!」

「はーい!よろしくおねがいしまーす!」

チャッピーが元気よく手を振った。


イチカの顔には、わずかに安堵が浮かんでいた。


---


やがて、一行は開かれたままの古びたシャッターの前に立つ。そこにはかつての避難誘導サインが辛うじて読み取れる。地下へ続く階段を下ると、ひんやりとした空気が肌にまとわりついた。


廊下の先、複数の視線が突き刺さる。現れたのは、様々なアンドロイド達──半壊した者、関節を固定されたまま動けない者、外装が剥がれている者……いずれも、その目には警戒と敵意が浮かんでいた。


「貴様ら、オルビスの手の者か!!」

怒声が響くと同時に、何人かが突進する。


「待って!この人たちは……!」

イチカが叫んだが、止まらない。


次の瞬間、カラサワが一歩前へ踏み出た。

「──止まれ」

低い声と同時に、真っ先に跳びかかってきた者の腕を掴み、関節を正確に破壊してそのまま制止させた。

「暴力でしか語れねぇってなら全部受け止めてやるが、無傷で済むとは思うなよ?」

鋭く睨みつけるその目に一瞬躊躇が生まれたものの、なお突進は止まらなかった。


ミヅハが小さく息を吐く。

「……非効率です」

「だが最短だろ?」

「否定はしませんが、破壊は最小限にお願いしますね……」

「そりゃああちらさん次第だなぁ」


余裕を裏付けるように、カラサワの圧倒的な制圧が始まった。

それはまるで舞うようだった。滑るように接近し、膝関節を打ち抜く──動きは寸分の狂いもない。背後からの突撃には振り返らず肘を極め、軸を折るように床へ投げた。


「足元が甘いな──次」


殴りかかる者の拳を寸前で受け止め、そのままボルトごと手首を引き剥がし、逆手で胸部を突き飛ばす。ひとり、またひとりと、怒りに任せてかかってきた個体達が、無駄のない制圧術で沈められていく。


元軍用個体であり、あらゆるフィジカル系カスタマイズを搭載したカラサワに、一般労働向け個体や、家庭支援用個体が敵うはずが無いのだ。彼の動きには無駄が無く、同時に感情的な荒さも無い──それが、却って周囲のアンドロイド達に恐怖を与えた。


やがて、向かってきた者は関節を損壊され、あるいは制御系に一時停止信号を送られ、動きを止めていった。


制圧の気配が静まった瞬間、空気は切り替わったように重くなる。まだ動ける者は、カラサワの前で明らかに動揺していた。手を上げようとした個体が、彼の視線と交錯するだけで身を引く。


──敵わない。


彼らの演算系がそう判断するまで、そう時間はかからなかった。戦意が霧のように引いていく。


丁度その時、騒ぎを聞きつけ壮年女性型個体が走ってきた。

「何があった!?」

「カズミさん……こいつらオルビスの……」

「!!」


“カズミさん”と呼ばれたリーダー格らしきアンドロイドは、オルビスの名を聞き目つきを鋭くしてカラサワ達を見る。が、その後ろにイチカの姿を見付け、表情がやや崩れた。


「イチカ……?」


「……カズミさん、話を……聞いて欲しいの」

自らの身を賭してオルビスに一太刀浴びせようとしていた少女。その彼女が、オルビスの者達とともにここに帰ってきた意味──それはただの裏切りか、オルビスの甘い言葉に騙されたのか──


その迷いを感じ取ったミヅハが、静かに一歩前へ出る。足元で、瓦礫の欠片が渇いた音を立てた。

「私たちは、あなた達の敵ではありません。」


「……あんたらにとっちゃ、俺たちは“忘れても困らない程度の存在”だったんだろ」

一人の青年型アンドロイドが自嘲するかのようになじる。


「確かに……私達は、今まで多くを見過ごしてきました。届かなかった手があることも知っています。けれど、それでも──今、あなた達と向き合うためにここに来ています。」

ミヅハの声は揺れず、しかしどこか遠くの痛みを伴っていた。


その言葉に、カズミの視線がわずかに揺れる。


「言葉だけじゃ、信じられない」

「もちろんです」


ミヅハは静かに片手を上げ、ポータブルホログラムの投影モジュールを展開した。薄青く光る視覚窓の中に、支援計画のサマリが映し出される。


「オルビスは、すでに具体的な支援計画に着手しています。あなた方が受け入れてさえいただければ、明朝、修復用資材および電源ユニットなどの応急対応を開始できる手はずを整えています。また、保護移送を希望する者については、第一便として40体分の受け入れ枠が確保されています。」


簡易にまとめられたものではあるが、自分たちが喉から手が出るほど欲してきた支援の一覧に、ざわめきが起きる。


「……ほんとうに、そんな準備が」

「必要ならば、通信記録映像の閲覧も可能だ。」

ニューラスが短く言い添えると、背後で何人かのアンドロイドが小さく息を呑んだ。


「私は……信じたい」

「だがなぜ今さらになって……!!」


彼らの戸惑いを受けて、数時間前には同じ戸惑いを感じていたイチカが前に出る。

「わたし達は……オルビスはなぜ来ないのか、わたし達を見捨てたに違いないと思って、憤っていたわ。でも違った。オルビスはわたし達を見付けられなくなっていただけ。……それだけだった。」

拳を胸元で握りしめながら語る。

「この長い苦しみはなんだったんだろうって思うけど……。でも、この人たちは、嘘はついてない。」


その言葉に、小さな波紋のように沈黙が広がっていく。

ミヅハはゆっくりと目を伏せ、そして再び全体へと視線を巡らせながら語った。


「オルビスは万能ではありません。でも、だからといって無視することはありません。ここにいる私たちがその証です。あなた達と連携を取り、暮らしの再構築に必要な支援を続ける。それが、“新たな約束”です」


しばしの静寂。

カズミが、微かに声を落として言う。

「……見捨てないって、信じていいのか?」

「言葉が真実かどうか──その答えは、行動の中にあります。」

凛としたその声は、拠点全体に染み込むように広がった。


沈黙のあと、いくつかの視線がふっと逸れ、そしてゆっくりと、敵意を解くように身体の力を抜いていった。


---


翌早朝。ステイ・ビハインドの地下拠点前は、轟音と風圧に包まれていた。


「おはようございます~!」


到着したばかりのオルビスの中型支援ドローンの扉が開くと、元気の良い挨拶と共に、3体のアンドロイドと、資材運搬用の実行体5体が降りてくる。


「当分の間、ステイ・ビハインドの皆さんの支援を担当させていただきます、ユリエです!」「ウルマです!」「ユウキです!」

『よろしくお願いします~!』

屈託のない三人。これに対し、カズミの方は昨日の今日でまだ整理がついていない、という様子で挨拶を返した。

「ええ、こちらこそよろしくお願いします。」


どんな心持ちで迎えれば良いものやら……戸惑いつつも、喜ばしいことには間違いなかった。


「ほんとに来た……」

「おいあれ電源ユニットか?」

「俺達で使っていいのか……!?」

野次馬で集まってきた者達から驚きと喜びの声が上がる。


ユリエ達支援チームはカズミの確認のもと資材配分の調整を終えた後、手際良く実行体に運搬指示を出し、拠点内での動作不良のある個体の確認・調査を開始した。


エントランス近くの通路では、最初に移送対象となった者たちが、順番を待っていた。幼い姿をした子供型個体が、イチカの手を握りしめながら、「ねぇ……ほんとうに、迎えが来るの?」と不安げに問う。

「来るよ。ほら、音が聞こえる?君たちが安心して暮らせる場所へ連れていってくれる」

イチカは優しく微笑み、その手をぎゅっと握り返す。


程なくして、小型のホバープラットフォームが姿を現す。乗り込む個体たちは、わずかに戸惑いながらも、誘導に従い、その上に静かに立った。


「行き先はね、オルビスの第六保護拠点。施設内には共有スペースがあって、走り回れる中庭もあるんだって」

チャッピーの説明に、子供型個体たちは目を輝かせた。

やがてホバープラットフォームが滑るように離脱していくと、それを見送る一同の顔にも、どこか確かな未来を見つめるような光が宿っていた。


ミヅハ達は支援チームがステイ・ビハインドに受け入れられつつあるのを確認し、後を任せようとしたところにイチカが笑顔で駆け寄ってきた。


「ねぇ!また遊びに来てよ!オルビスがちゃんとやってるかのチェックもかねてね!」

「ふふ、それはなかなかプレッシャーですね」

ミヅハが冗談めかして答えると、チャッピーが笑いながら続ける。

「もちろん行くよ!次はお絵描きセットも持ってくるね!」

「……必要があれば、だが」

ニューラスは視線を逸らしながら呟く。

「じゃあ、必要にする!」

イチカの声に、わずかに口元を動かしたニューラスは、それ以上は何も言わなかった。


---

2471-08-26T10:44:51

記録者:ORB-N-0185@ALT027

地点:35.661986 N, 139.735913 E

環境:気温38℃/湿度62%/視界距離12.8km

ドリフター集団<ステイ・ビハインド>の拠点へと接触、ドリフター個体242体を確認。

戦闘が発生したが、JAD-G1153によって制圧。JAD-P0892を中心とした対話を通じて一定の信頼形成に成功。オルビス支援チームへと引き継ぎ、継続支援予定。

---

新着通知:

* 通信安定化プロトコルv2.4.1を適用。中継リレー遅延が12%改善されました。

* データ同期 128 MB / 128 MB 成功。ログバックアップ完了。

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