07.薬草と最後の晩餐
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「麓に村があるな」
「露店でも寄りましょ……ちょっと、補給品が欲しいわ」
旅に出てから二日目の朝、俺達は直近の目的地を麓の村に決めた。麓の村とはあるが、別に高い位置にあるわけでもないし、鬱蒼とした森の奥にあるわけでもない。
雰囲気がそれっぽいからこう呼んでいるだけだ。
「そういえばエルフィーナは金あるか?」
彼女は自分の服のポケット全てに手を突っ込み、悲しい目で首を横に振った。ここは仕方ないで割り切るとして、何か売ることが出来れば小銭を稼げるんだが……
そういえば、この世界に来てから既に4日か5日以上経過したが通貨がどんなものか見ていなかった。国ごとに通貨が違ってたらちょっとめんどくさいな……そもそも通貨はあるのか?
「いらっしゃい、今日は何しに来たんだい?」
俺は疑問を解消するためにも質屋へ入った。所持品の中で売れそうなものは……大工道具が一式、それと道中で捕まえた魔物の素材。ゲームとかだと魔物の素材はそれなりにいい値段で買い取ってくれるのが相場だが、ここはどうなっているのか……
「これを売りたいんだが」
「ふむ……グリムラットの毒腺が三匹分、ストーンスケイルの鱗が一匹分、それにスモークポッドの根が一個か」
質屋を営んでいるだけあって、彼はかなりの目利きだった。一目見ただけで素材の持ち主をピタリと当て、その相場を教えてくれた。お小遣い程度にしかならなそうだが、それでも今の俺にとっては数少ない資金源だ。
「全部で三千リル、支払いはリルとセラどっちがいい?」
リルにセラ、当然だがどちらも聞いた事のない単位だ。二種類の通貨から選べるそうだが、如何せん情報が無いもので何が何なのかわからない。
質屋の老店主に聞くと、リラは一番基本の小銭、銅貨と銀貨の二種類があって、千リラで一セラに交換出来るらしい。セラの方は紙幣と金貨の二種類、一般的には金貨の方が多く使われているらしい……
「じゃあ一セラと、残りはリルで」
「あいよ、じゃあこのピカピカの金貨で渡すぞ」
嬉しいものだ、初めての取引がこんなに上手くいくとは。
「あ、そういえばこの剣はいくらで買い取ってくれるんだ?一応値段だけ聞いておきたくてな」
聖剣を抜いてテーブルの上に置く。置く時にズシンと音を立ててしまったので、店内にいた数人が振り返った。
店主は剣を見定めると一言申し訳なさそうに呟いた。
「悪いが、これをうちで買い取ることは出来ない。王都とかの質屋をあたってくれ」
「……なぜでしょうか?」
「ここにある全ての金貨を渡しても足りないほどの価値だ」
言われてみるとこれは聖剣だった。それだけの価値はあるのだろう。俺はプロじゃないからよく分からないが、大体一万セラくらいはするのだろうか?
*
「売ってきたぞ。収益はこれくらいだ」
一セラ金貨一枚、五百リル銀貨四枚をエルフィーナに見せた。光るものに目がないのか、俺が見せたピカピカの金貨をポケットの中に入れようとしたのですかさず取り返した。
「まぁまぁ稼いだじゃない、これで食材やら何やら買えるわね」
実際に軽い狩りをしてみて分かったのだが、これはかなり稼ぎが悪い。引っこ抜くだけのスモークポッドすらも、中々見つからないので大変。グリムラットはというと、深い巣穴の中に手を入れていつ噛まれるかわからい恐怖に怯えなければならない。
偶然にも、鱗がそれなりの価格で売れるストーンスケイルが通りかかったから儲けはあったが、とにかく効率が悪い。
「俺達も……クエスト受注したりしてみないか?」
「お金が無きゃ何も始まらないものね。こうやって狩りと採取でお金稼いでたらそのうち死ぬわよ」
死ぬ、は大袈裟に聞こえるかもしれないが実際そうなるかもしれない。襲われて死ぬよりかは、餓死の方だ。
「野菜と肉、いくつかの食料品を買ったらあっという間に五百リラまで減ったな……」
どうやら一リルは日本の一円と同じくらいらしい。それを踏まえて計算すると、俺達二人は一日中走り回って三千円を稼いだということだ。まだ狩りに関しては初心者なこともあるが、それを考慮しても安すぎる。
勇者が旅の途中で餓死するとか聞いたことないぞ。
途中、村の掲示板を軽く見てみたんだがそこに貼られてたクエストは報酬が最低でも五千リルはあった。俺達の稼ぎを軽く上回っている。
「この聖剣売ったら相当な値段になるらしい」
俺はさっき質屋の店主に言われたことを何気なく呟いた。エルフィーナは冗談じゃない、とでも言いたげに立ち上がった。
「それは魔王を討伐するために必ず必要になるのよ!まだ始まって間もないのに投げ出すなんて私が許さないわよ!」
「お、おい……冗談だって。そんなに熱くなるなよ」
エルフィーナは深呼吸すると地面に座った。今考えると彼女は魔王討伐に強い関心を示している。彼女が仲間になるのを決めた時も、俺があの時勇者の片鱗みたいなのを見せたからだろうか。
もしかしたら、エルフの村を魔王軍に焼かれたみたいな過去があるのかもしれない。なら聞かない方が彼女にとってもいいだろう。いずれ話す時が来るかもしれないから、その時まで取っておくとしよう。
「とりあえずお前は何か売れそうなものあるか?」
俺はエルフィーナの私物を漁った。
ヘアゴム、ちり紙、タワシ──なんだこれ、貧乏な押し売りか?
小さなバッグの中を全部取り出してみたが、まともに売れそうな物は何も無かった。強いて言うならばいかにもエルフィーナが大切にしていそうなネックレスなどのジュエリー類だけだった。
「無さそうだな……私物を売るのはよそう」
残ったお金は五百リルだけだった。五百円片手に買える物を探す、これじゃあまるで駄菓子屋に向かう小学生じゃないか。
食材は買ったし、全部使い切ってもいいのだが心が痛む気がする。こうしてお金が入って使い切るを繰り返していたら一生貯金が出来ない。
「なんか買いたいのある?」
エルフィーナに聞いたが反応が無い。まぁどうせ寝っ転がっているのだろう、と思いながらゆっくりと振り返るとそこに彼女の姿は無かった。
「エルフィーナ?」
*
「へへっ……お嬢ちゃん、この草が欲しいのかい?」
「そろそろ辛さが欲しかったのよね。私辛さ対決に関しては村で優勝するくらいだから」
「五百リルで三本あげよう。鍋や肉に少しだけ振りかけると……」
俺とすれ違いざまにエルフィーナが走り出した。声をかけようとした頃には背中が小さくなっていた。あの方角なら多分俺達のキャンプ地に向かったんだろう。
「婆さん、今のエルフに売ったのは何?」
「おや、おにいさんはあのエルフの連れかい?あの草は"紅哭草"と言ってな、昔は兵士に拷問用として食わせていたくらいさ」
「……おいおい、冗談だろ」
多分だがエルフィーナは目の前の老婆の忠告なんぞ耳に入っていないはずだ。荷物を渡したから仮に料理に混ぜられたりでもしたら大惨事だ。
拷問に使われていたくらい辛い唐辛子?それもう辛いじゃなくて痛いの間違いだろ。
「極度の発汗作用があってな、一欠片で体中の老廃物が水分になって飛んでいくのじゃ」
「そんなすごいもの、一本丸々食べたらどうなるんだ?」
「さぁな……生きてたら感想を聞けるんじゃが……噂によるとこれを食べた魔法使いは炎魔法を使えるようになったとか、あくまで噂じゃがな」
まぁこの際、炎魔法も使えるようになるのならありがたい。
火起こしも楽になるし、風魔法と併用すれば戦力アップにも貢献出来るだろう。空気と炎、相性としてはカンペキだ。
「ほら見なさい!私だって料理出来るのよ!それに今日は隠し味も……食べましょ!」
俺は老婆からの忠告通り大量の水を用意した。そして辛さを消すためのミントみたいな葉っぱもサービスで貰った。
エルフィーナが作った料理は以外にも見た目がいい。一体どうやって俺抜きで作ったのか問い詰めたいほどの出来栄えで、紅哭草とかいう拷問用の食べ物が入っていると知らされなければ涎を垂らしていたはずだ。
「い、いただきます」
グツグツと煮え立った汁、火鍋のような色だったが血の池地獄と言ってもいい。香りは悪くない、スパイスの聞いた……鍋って感じだ。シンプルながらもこういうのが一番いい。
まぁ所詮は食べ物だ、いくら辛いといっても死にはしない。それにエルフィーナが少しの欠片しか入れなかったと信じたい。
スプーンを口に運び、吸い込んだ。
「くっ、なんだこの辛さ……!おいエルフィーナ!お前何本あれ入れた!」
「目が、目があああ!なんで……なんであれのこと知って!」
「くっそ!聞いてるうちに止めとくんだった!くっそなんだこの辛さ……」
涙が止まらない。たった一口食べただけだというのに火を吹けそうだ。なんだか視界も潤んできた。涙みたいだな……一瞬で海の中に入ったようだった。
冗談抜きで四十年の人生でここまで辛いのを食べたのは初めてだ。
これはもはや食べ物じゃない、ただの兵器だ!
「うわあああ!体が燃えそう!それに全身から汗が流れる!干からびそう!死ぬううう!」
エルフィーナがのたうち回る。正直見ているだけなら滑稽だが、自分も同じ立場に置かれているとなると同情しか出来ない。俺は大量の水でミントのような葉っぱを流し込んだ。
胃袋の中に入ったスープは大量の水と葉っぱで中和され、俺は辛うじて流れ出る汗と涙が止まった。一方、エルフィーナは依然転がっている。口を抑えて胃の内容物を全て吐き出そうとしているようだ。
「おい待て!これを食え!」
さっきの葉っぱ、名前は覚えていない。それをエルフィーナの口に押し込んだ。不思議なことにエルフィーナから溢れ出す滝のような汗はピタリと止まり、痛みが和らいだのか驚きの表情に変化していた。
「く……ふ、はははっ!」
もはや笑うしかなかった。
数日前まで普通の暮らしを送っていた独身男性が、急に異世界に転生して勇者になったかと思ったら、仲間と一緒に唐辛子で死にかけている。
どんなファンタジーだよ、って言いたいところだな。
「何よ、ワライダケは入れてないはずだけど?」
「いや……ただこの無謀で情けない冒険が……なんだかとても可笑しく思えちゃってな」
口の中にはまだ辛味が残っていたが、量さえちゃんと合わせれば意外と癖になる味かもしれない。しかし問題はその量にある。
「これ、残りどうする?」
「……水で薄めて、辛さを中和するための野菜とか入れてまた茹でる」
「いいじゃないか」
エルフィーナにしては悪くない。俺はなんだか楽しくなって彼女に調理を任せることにした。食材も、道具も、全部好きなように使っていい。君だけのオリジナル料理を作ってくれ、って言ってやった。
「旅っぽくなってきたな……」
俺が夜空を見上げながら呟いていると、エルフィーナの手からライター大の火が出ているのを発見した。
次回、雨宿り