05.討伐、そして信頼への一歩
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随分と空が遠い。疲れ果てて仰向けに倒れながら俺はそんなことを考えた。隣ではエルフィーナが寝息を立てながらぐっすりと眠って……いやこれはほとんど気絶しているな。
今から一時間ほど遡ると、俺は謎に覚醒した聖剣を使ってオークゴブリンの大軍を薙ぎ払った。数える暇もなかったので戦績はわからないが、優に百は超えるだろう。
援軍を呼ばれて危機一髪!という状況でエルフィーナが立ち上がり、再びシルフレイドを放った。魔法による爆風──爆発要素は無くほとんど風だが──は援軍の本隊を大将ごと吹っ飛ばした。
恐れを生したオークたちはそのまま退散し、俺たち二人は無事に村を守りきった。満身創痍ではあったが。
「無事か?エルフィーナ」
「べ、別に?それにアンタこそ怪我してたら許さないわよ!」
エルフィーナの尊大な態度とは裏腹に、声には申し訳なさがあった。
なんだいつも通りか、と思いながら空を見上げる。もう日が暮れて辺りは常闇に包まれそうだ。
「アンタ、少しは見直したわよ」
「俺が何か?」
特にエルフィーナに認められるようなことをした覚えはないが、まぁ聞いてみるくらいならいいか。
「あのオークゴブリン達、今日はボスを連れてきたの」
ボス……多分デカイ甲冑つけてたあれだな。他は比較的軽装だったのに対して、一回りデカイボスだけ鎧で固めていた。大将が防具で固めるのは当たり前だが、ろくな防具すらも味方に着せないのはどうかと思う。
「アンタが大将を討ち取った」
恐らくだが適当に剣を振り回してた、もしくは剣に操作されるがままにしていたら大将の首を刎ねただけであって決して俺の実力じゃない。
しかしまぁ、人間というのは不思議なもので、偶然だとしても手柄を挙げたら少なからずそれをひけらかしたいものだ。当然俺も例外ではなく、チャンスだと悟った。
「俺は剣に選ばれた勇者候補だ。この程度の魔物、いつだって討伐してやるぜ」
我ながら中々カッコイイ決めゼリフじゃないだろうか。これでツンツンしてばかりのエルフィーナも少しはデレデレしてくれるんじゃないだろうか?
あわよくばベストパートナーになって冒険者みたいになってもいいな。
「勇者様……先程のお誘い、快く引き受けます」
先程のお誘い……仲間の勧誘の話か、確かに返事を聞く前に魔物を討伐しに行ったからな。こうやって改めて仲間になれて良かったと思うよ。
「私と共に、魔王軍の討伐をお願いします!」
覚悟が決まった目で語りかける。無論俺は首を縦に振った。ここから俺たちの冒険が始まる───!
いや待てよ、今魔王軍の討伐って言ったか?
スローライフな冒険じゃなくて命懸けの魔王軍討伐?
「ま、任せろよ……」
もう引き返せないことが確定した。
*
「エルフィーナ様、貴方様がいなくなると村が寂しくなります」
翌朝──熟睡したのでほとんど正午──俺たちは村を旅立つことになり、村の人達からお別れの挨拶をされた。
一度ならず二度も村を救ってくれた英雄は僅か二日で村を離れてしまう。村民たちは阿鼻叫喚だったが、暖かく送り出してくれそうだ。
「タクミさん、あんたがいなかったら俺たちは不安定な橋をずっと使っていたところだ」
「本当にありがとう」
職人達が俺を囲んで感謝の言葉を述べてくれた。ここまで感謝されると、俺が十数年間勉強してきたこともどうやら無駄にはならなかったようだと改めて実感する。
スキンヘッドの彼が俺の前に立つと、袋にいくつかの木の実を入れてくれた。ビー玉とほとんど同じ大きさで、紫や赤など色とりどりで美味しそうな木の実だ。
「この木の実、アンタらが戦っていた時に俺たちが栄養源としてかき集めたものだ。少ししか取れなかったが栄養満点だ。旅の途中、俺たちの顔を思い浮かべながら食ってくれると嬉しい」
いや可愛いかよ。
いい歳したおじさん達が森の中で木の実採取とかギャップ萌えにも程がある。SNSでおじさん可愛い〜ってやってた人達の心情がようやく理解出来そうだよ……
「有難く頂戴するよ。魔王を倒した暁には、また頂きにくるとしようか」
「はっはっは!言ってくれるじゃないかタクミ、必ず待っているからな。次来る時はもっと立派な橋を作っておくとしよう」
俺とスキンヘッドのおじさんは腕組みをして約束をした。男同士の約束はこうすることで結束力が強まる。次来る時はどんな橋が出来上がっているのか、期待に胸を膨らませながら俺は彼らと別れた。
「別にアンタたちのことなんて気にしてないんだからね!」
「元気そうだな」
「誰かが村を出る時はいつもああしてる。ただの照れ隠しさ」
一体何が入っているのか気になる巨大なバッグ、それを背負ったエルフィーナは手を振りながら必死に叫ぶ。生まれてから三百年もこの村にいたのだ。別れがどれほど悲しいものか。
「一週間に一回しか手紙送らないからねー!」
律儀なおば……娘だな。いややっぱり娘ではないな。いくら長命ということを考慮してもジェネレーションギャップが起こるほどだ。おじさんとおばあさんの二人組でいくとしよう。
「それじゃあ村長、二日間でしたがお世話になりました」
「宴でもやろうと思ったのですが、もう発たれるのですね」
「まぁ……俺達には『魔王を倒す』っていう目的があるので」
魔王討伐、世界の命運をかけた過酷な旅になるだろう。その旅の中で無数の強力なライバルと出会い、頼りになる仲間を集めて、いずれは大きな別れも経験することになるだろう。
「では勇者様、こちら……我々が勇者様のために用意したものになります。旅の途中できっと役に立つでしょう」
「いえ……気持ちだけでも」
俺は村長が渡してきた袋を受け取ることを拒否した。こういうのは大抵、村中からかき集めた金貨だったりで、勇者様のためなら〜とか言うんだ。いくら俺が村を二度救ったからといって、受け取る訳にはいかない。
「こちら、私達が二百年近くかけて完成させた……『エルフィーナ取り扱い説明書』になります。あの方が気づかれないように持ち歩いているツンドラ語録ノートの写しも抜粋してあります」
「どう感謝すればいいかわかりません」
手のひら返しが滑稽なほどに早すぎる。
しかしそうしてでも受け取る価値はあるはずだ。
「タクミ!速く来ないと置いていくわよ!!」
なんだかもうこの世界が懐かしく感じる。不思議な感覚だが、体が異世界に順応してきたからだろう。草の香り、木の隙間から吹く風、どれもが昔から傍にあったように思える。
俺たちはこのまま前へと進む。駆け出しの勇者と、どこか遅れてる魔法使いの二人組、中々に癖のあるパーティーじゃないか。
「今行く」