第8話 ソテー
解体した鹿を使って、ソテーを作ることにした。
鹿のもも肉のスジを取り、ちょうどいい大きさにカットする。切ったにんにくと黒胡椒をかけて少しの間寝かせる。この間に玉ねぎを切っておく。目がしみた。
「うぅ…」
涙が出る。痛いわけではない不思議な感覚。あまり慣れない。玉ねぎはこのあたりの土には合わないらしく、畑で作れない。そのため、市場で買うしか手に入れる方法がなく、あまり調理に慣れていないのだ。市場で買うと持って帰れる量にしないといけないのがネックなんだよな。もう少し街に近い土地を買えば楽だっただろうか。
「玉ねぎを切ると目がしみますよね。水に晒すと多少しみなくなるらしいですよ?」
「そうなんだ。初めて知った。良い知識をありがとう」
今度からは時間があるときは玉ねぎは水にさらしてから切るようにしよう。…よし、覚えた。
先ほど肉に刷り込んだにんにくをフライパンに入れ、オリーブオイルを加えて油に香りをつける。いい具合になったらにんにくを別の皿に取っておく。
寝かせ終わった肉を香りをつけたオリーブオイルでソテーする。この時間がかなり長い。作る料理を間違えたかな、と思った。時間もないし、もう少し手間のかからない料理にすればよかった。
肉を焼き終わったら、容器に入れて、タオルで包んで再び寝かせる。食欲をそそる匂いが台所に充満する。この匂いを嗅いでいると腹が減ってくる。
切った玉ねぎを炒め、火が通ってきたら貰い物のワインとハーブソルト、にんにくを加える。軽く煮詰めてアルコールを飛ばす。以前だったら多少アルコールが残っていても気にしないが、そういうわけにも行かなくなったからな。しっかりとアルコールを飛ばす。
アルコールが飛んだらバターを加えて更に煮詰める。少しどろっとしてきたらソースの完成だ。肉を切ってさらに盛り付け、ソースをかける。別の皿に堅パンも載せておく。
「完成だ!」
「おいしそうです!」
アリスの目は完全に肉に釘付けになっている。昼飯の時間が遅くなってしまったのは反省だ。普段はこんなに凝った料理はしないのだが、今日はせっかく鹿肉があるし挑戦してみることにした。ただ、どうせやるなら時間に余裕がある日にするべきだったな。
「じゃあ、ヒューゴの部屋に持っていってくれる?様子も見に行ってくれ」
「了解です」
アリスはお盆に乗った皿を持っていった。調子は…多分良くなっているだろう。
予想通り、すぐに部屋からヒューゴが出てきた。
「あ、体調はもう大丈夫…です」
「熱も下がってました。すごいですね、こんなにすぐに熱が下がる薬なんて」
体調が良くなって何よりだ。熱も思っていたよりもすぐに下がってくれた。
「本業は薬屋だからね。素材もそこそこいいものを使っているんだよ」
巷の薬はあまり素材がいいものではないのだ。薬屋はみな自分で素材を採ってくるべきだと思う。市場で買えば高額な素材だろうと、自分の山から採ってくればタダだ。新鮮なものを使えるのに、なぜそうしないのか疑問に思う。薬屋の収入ならば山程度買えるだろうに。
「薬…ありがとうございました」
ヒューゴが頭を下げる。
「良くなってよかった。…時間も時間だし、ご飯を食べよう」
二人に食卓に行くよう促す。
席についた二人の前にソテーを出した。目がキラキラしている。二人とも丁寧な手つきでソテーを口へ運ぶ。にしても、やはり街の子供にしては妙にカトラリーの扱いが手慣れているな。後々面倒なことにならないといいが。
「すごくおいしいです!お肉が柔らかいし、ソースも味に深みがあって絶品です」
「…おいしい、です」
「ふふふ。良かった」
鹿肉独特の臭みを感じるかと思ったら、思った以上にクセのない肉だった。魔獣だからだろうか。いつか魔獣の肉体についても研究してみたいものだ。拘束具を作るのに苦労する予感がするが。
「うん。悪くない」
考え事をしていたら、いつの間にか子どもたちの皿は空になっていた。顔をじっと見られている。
「おかわりするかい?」
そう言うと子どもたちの顔がぱああっと明るくなった。
「よろしくお願い、します」
「ぜひ!」
「じゃあ、持ってくるね」
子どもたちはおかわりの分もすぐに食べきってしまった。食費、大丈夫だろうか。
「おいしかったです!」
アリスのその言葉に、ヒューゴもこくり、と頷く。この顔が見れるのであれば、多少食費がかさむ程度はどうとでもないか。




