第1話 とある春の日に 前編
「リムちゃん?大丈夫?起きてる?」
その声を聞いて、私はハッとした。
どうやらうとうとして昔の夢を見ていたようだ。今の私は、28歳、薬屋を営んでいる女性のリマイス・エイベル。戸籍上、そういうことになっている。
それにしても、あんな昔の夢を見るのはいつぶりだろうか。捨て去ったはずの過去なのに、どこまでも鬱陶しくついてくる。
「すみません。ぼーっとしてました」
「あらあら、リムちゃんらしくないわね。いつもはそんなことないのに」
「いえ、私ももう28になるので。ちょっとずつ衰えてます」
「まだまだ若いじゃない。私なんてもう60になるのよ?体の至る所にガタが来てるわ」
自分の体の衰えようには困っている。薬草採取をしようとかがむと、1日だけで腰が痛くなってしまうのである。目の前の女性、孤児院長をやっているナリスさんも今日は腰痛が原因でのお越しだ。
「子供達の世話するだけでも大変になってきちゃってねえ。そろそろお手伝いでも雇おうかしら」
「いいんじゃないですかね。ご飯作りとか、人手があると捗りますよ」
「そうねえ。検討してみる。…あら、そろそろ時間だわ。世間話まで聞いてもらっちゃって、ありがとね」
「いえいえ、私も話聞くの好きなので」
「そうは言っても、悪いわ。今度来る時はアップルパイ作ってくるから」
嬉しい一言だ。ナリスさんが作るアップルパイはとても美味しい。しかもそれなりに量もあるので、一度もらうとかなり長く食べられるのである。
「ありがとうございます。ナリスさんのアップルパイ、とても美味しいので嬉しいです」
「彼氏くんと分けて食べるのよ?」
「違っ・・・。ナリスさん!あいつはただの親戚です!!あの時家に来てたのも偶然ですよ!恋愛感情なんて一切ないですから!」
なぜ私があんな奴と付き合わなくてはいけないのだ。軽薄、無神経を詰め込んだような男だぞ。あいつに恋愛感情を抱くことなんて絶対にない。絶対ない。ありえない。私が嫌いなタイプランキングの表彰台に乗れるぞ、あいつ。
そう怒っていると、ナリスさんは口元をにやけさせながら、
「そうは思えないのよねぇ」
とか言い始めた。ナリスさんに対してキレたのは初めてかもしれない。・・・あの野郎、今度来たら絶対吊るす。天井からロープで縛りつけてやる。絶対に逃げられないようにしっかりと。
「そんなわけないです。・・・ところで、時間大丈夫ですか?結構日没近いですよ」
この店は街からかなり遠い山際にある。なので、日没よりも遅くなってしまいとまずいのだが、すでに日没ギリギリの時間である。
「え?あら、本当だわ。まずいわね。急いで帰らないと。教えてくれてありがとうね、リムちゃん」
「とりあえず早く帰らないと、子供達が心配しますよ」
「それもそうね。じゃあ、また今度」
薬を調合していると、いつの間にか月が高く登っていた。
「もう、こんな時間かぁ・・・」
そういえば腹が空いてきた。そろそろ夕食にしようか、と思い、席を立つ。
「食糧庫に材料取りに行かないとな」
食糧庫は屋外にある。春とはいえ、まだまだ夜は冷える。外に行くのが億劫だと思いながらも、食事をするためには仕方ない。外套を着て、食材を取りに行こうとした、その時だった。
コンコンコン。ドアをノックする音が聞こえた。こんな時間に誰だろうか。いや、この辺り動物もいるもんな。ひょっとすると、動物かもしれない。そう思いながら、ドアを開けると、そこには。
子供が、いた。
アップルパイ食べたいです。
結構大きいホールのアップルパイくれるんでしょうね。羨ましい。