第9話 傷薬
昼食を食べ終わった後は、店を開いた。
私が営んでいる店、イースブライトは不定期営業だ。正確には、頼まれた分しか作らないので、依頼人が受け取りに来たときぐらいしか店を開ける必要がない。もちろん引き渡すとき以外にも店を開けるときはあるが。それでも私の仕事は成り立っている。「薬」というものが非常に高価だからだ。
本当は、庶民でも簡単に手に入る物にしたい。というか、私の作り方ならできる。市場との兼ね合いでできないだけで。いつか、何百年後になってもいいから、街の薬屋さんができるような世の中になったなら。作られた薬はほとんど軍が使うような現状から、あと、何年で抜け出せるのか。
…さて。いい加減店を開こう。
今日の客は…狩人のトレヴァーか。傷薬が3本。普段通りの注文だ。
薬を調合しながら小一時間待っていると、ドアにつけてあるベルが鳴った。
「よう。薬、取りに来たぞ」
「久しぶりだな。ほら、傷薬三本。いつも買ってくれてるからな。軟膏もつけとく」
机の上に傷薬を置く。瓶の中で緑色の透明な液体が揺れる。隣には白い紙で包まれた軟膏がある。
「おう、ありがとさん…って、お前さん、紙を使ってるのかよ」
軟膏を包んでいる紙のことを言っているようだ。
「材料の計量に必要だろ。植物紙は羊皮紙と比べたら安価だしな」
羊皮紙は流石に高価すぎて使えない。ただ専門書なんかは羊皮紙のものを買うしかないことがある。これを買うのがかなりの出費になる。材料費が安価な植物紙のほうが一般に普及しやすいと思うのだが、それでも今は高級品だからな。いつになるのやら。
「じゃあ、しめて銀貨15枚。…普段から薬を買ってくれてるから、銀貨10枚でいい」
「助かる。ほい」
トレヴァーは袋からキラキラした銀貨を取り出した。
「相変わらず稼いでるのか?」
「狩り場を知ってるだけさ。別に大したことじゃない」
彼はそう言うが、一度だけ彼の狩りについて行ったときに見た彼の狩りの技術は惚れ惚れするものだった。相当な研鑽を積んだのだろう。獲物が遠くに霞んで見えるほどの距離から放った矢の命中率は100%。あれでは避けようがない。いつか弓矢の扱いについて学んでみたいものだ。
トレヴァーが何かを思い出したように拳で手を叩く。
「そういえば、もう少しで魔力測定試験じゃねぇか。あれは…気持ちのいいもんじゃねえな」
「…あっ」
魔力測定試験。5歳から12歳までの間、毎年受けなければならない試験だ。魔力測定具で魔力量を測定する。規定値を超えたら、処刑か、一生国家の奴隷として生きるしか道はない。
完全に忘れていたが、アリスとヒューゴは今年受験したのか?一年でも受けていなかったら魔力の隠蔽とみなされ、一家共々処刑される決まりになっている。まずい、かもしれない。もし受けていなかった場合は、人脈とコネを使ってなんとかするしかないか。
「トレヴァー。試験会場はどこだ?」
「なんだ、また子供を拾ったのか?変わらねえな、お前も。今年は…ここから近いところだと、ブーフ初等学校でやってるぜ」
ブーフ初等学校は、街中にある。ここからはかなり距離があるが、行くしかないか。
「わかった。ありがとう」
「じゃあ、そろそろ帰る。また薬、頼んだ」
「おう」
扉から出ていくトレヴァーを見送った後、私は家とつながる扉の方を振り返った。
「聞いてたんだろ?」
ほんの少しだけ開いていたドアから出てきたのは、アリスとヒューゴ。盗み聞きしていたようだ。気配がするなぁと思っていたから、まあいただろうな、というぐらいしか感想はない。
「すみませ、ん…」
「言ってくれたら一緒に店番やったのに。わざわざこっそり話を聞かないでもさ。多分トレヴァーも気づいてたよ」
「…そう、なんですか?」
「たぶんね」
彼の生き物の気配を察知する力は本物だ。野生動物並みの勘の鋭さと観察力を持つ彼はおそらくどんなに小さい動物でも見つけ出すだろう。
「で、君たちは今年、魔力測定試験を受験した?」
「してないです」
「…僕も、やってないです。だけど、家出するちょっと前に、親が『もう少しで魔力測定試験だな』………って、話をしていた気がします」
なるほど。家出したのがいつなのかわからないが、一週間以内だったらまず心配ないだろう。
「了解。ギリギリセーフかな。じゃあ急だけど、明日街に行ってもいいかい?」
「はい!」




