表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

引きニート俺、異世界転生を試みる件

作者: 華小雪

 俺は狩野英孝と同い年の引きニート。

 学生のころから部屋に引きこもっている。


 最近の趣味は「異世界転生」というジャンルの小説を読むこと。


 トラックにひかれて目覚めたら美少年として異世界での人生を歩む?

 最高じゃあないか。


 しかしトラックにひかれるのは御免だ。

 どうせならトラックが通ったと思ったら異世界にいた

 とかが良い。


 思い立ったが吉日。

 外に行ってみよう。


 まさか

 こんなことをするために外に出るとは。


 リビングで眠っている母も

 母と喧嘩して老人ホーム送りになった父も

 思うだろうか?


 母が起きないように静かに父の靴を履き

 鍵を開ける。


 まぶしい

 そして暑い。

 遮光カーテン付きの部屋に何年もいたらこうなるだろう。

 ああ。

 くらくらしてきた。


 とりあえず一歩踏み出そう。


 するとクラクションが鳴った。

 どうやら目の前をトラックが通ったようだ。


 気ぃ付けろ!

 運転席からそう聞こえた。


 よし

 外出はまた次の機会にしよう。


 轢かれたりしたら知ったこっちゃない。


 右回りをして帰ろうと思ったとき

 青い箱が見えた。

 ここから一ブロック先だ。

 そのくらいの距離なら行ってみるか。


 おぼつかない足取りで俺は信号のない横断歩道を渡り終える。


 家とは思えない豆腐のような大きい青の建物。

 目の前に青い看板がある。


 “ろわそん”

 しらんな、外国の家か?


 お、人が吸い込まれていったぞ。

 玄関が自動で開いて

 入れるのか。

 魔法みたいだな。


 俺も入ってみようじゃないか。

 謎の箱に。


 前まで行くと自動で開く。

 よかった、魔力ないから入れないかと思ったぞ。


 ぴろぴろぴーん

 俺が入るとともにピアノのような高い音が鳴る。

 なんだ、勇者にでもなれたのか?


 いらっしゃいませー


 人がいる。

 久しぶりに他人にあった喜びと

 なんで俺なんかに声をかけたのかの疑問がこみあげる。


 ゲームマスターみたいなやつか?

 とりあえずここはどこか聞いてみるか。


 あっ、あの、

 はいどうされました?

 ここっ、って。何の建物なんでしょう。

 ここはコンビニです、何の商品をお探しでしょう?


 質問を質問で返された。


 あっ、いや。見に来ただけで。

 そうでしたか。失礼しました。


 会話が終わる。


 女性がカウンターの真ん中に戻る。

 彼女の名札にはキイコと書いてある。

 名前だろう。学校みたいだな。


 ってかめちゃめちゃ異世界な名前だな!

 夢が広がる。


 とりあえずここを見て回るか。

 ちょっと気になるしな。


 よく見るとここは一階建てのようだ。

 靴下から冷やされたフルーツまで売っている。

 なんなんだここ。


 めちゃめちゃ異世界だな!


 よし、ここに住もう。


 家の扉がどこでもドアのようになっているだけだと思うし

 家が消えることはないだろう。


 つまり、俺がここにいても困ることはない。


 あ、の、ここに、住んでも問題ないですか?

 え? 住む……?


 彼女はあからさまに迷惑そうな顔をしている。

 言葉が足りなかったか。


 はい。だめですか?

 え、え? ちょっとお待ちください。


 彼女は俺がぎりぎり乗りあがれないカウンターの奥の扉から出て行ってしまった。

 あの扉は自動じゃないらしい。

 何の差があるというのか。


 五分もしないうちにおっさんが出て来た。いや、俺といい勝負になりそうなおっさんだ。

 清潔感があるだけ彼の方が上。

 さきほどの彼女はというとおっさんの後ろにいる。


 住む、ということは住み込みで働くということでしょうか?

 働く? ここにいれるんですか?

 はい、ここで働くのですから。

 ではここで働かせてください、今日から。

 本当ですか! ではこちらへ。


 俺はおっさんたちが出て来た裏の扉へ連れていかれた。


 そこでは俺の名前

 学歴

 年齢

 いままでの仕事

 を聞かれた。


 学歴は高校名。

 年齢は狩野英孝とサンシャイン池崎と同じ。

 いままでは母親の手伝いをしていたと言った。


 おっさんはすぐに俺をここに入れてくれた。

 どうやら異世界でも人手に困ることがあるらしい。


 あの、母に就職したことを言いたいんですけど

 ここは何というところですか?


 俺は思い切って聞いてみた。

 おっさんは女性を見る。


 ここは、コンビニです。


 彼女はハキハキと歌うように教えてくれた。



 コンビニエンスストアの店員。

 それが俺の異世界での役職。


 勇者や魔法使いがいればコンビニの店員がいる。

 俺は引きニートから異世界を支える一員へとランクアップしたんだ。


 その日からいろんなことを教えられた。

 主にレジ打ちと商品の事。


 あっという間に時間が過ぎた。

 一カ月。

 もうあの日から一カ月も経った。


 はい、これお給料ね。

 え? お給料?


 店員としての業務が終わるや否やおっさんから茶色い封筒を手渡される。


 君、ここで働いて一ヶ月になったでしょ? 人手不足だから明日からも頼むよ。

 えっ、ちょっと、待ってください、


 俺は封筒の中身を見て唖然とする。


 なんなんですか、これ


 紙切れだ。

 封筒には紙切れが十数枚入っているのだ。

 ここに来る勇者たちがよく使う。


 なに、って、お金、だけど?


 お金

 俺が持っているのは異世界での一般的な通貨だったのだ。

 まさか俺も貰えるなんて。

 勇者たちだけが使える、紙切れかと思っていた。


 お金……! ありがとうございます!

 いやいや、普通だよ。じゃ、明日も。

 はい! 一生ついて行きます!


 俺は帰る支度をしながらおっさんに聞いてみる。


 これって、どこで使えるんですか?

 どこ、って、どこでも。

 え、どこでも!?


 おっさんは俺に頼られるのが嬉しいのか

 なんでも答えてくれる。


 例えば、駅前のショッピングモール。あそこはいいぞ〜? 欲しいものなんでも帰るからな。

 なんでも?

 あぁ、なんでも。まさか行ったことないのか?

 はい。ありません。


 おっさんは驚いた顔で俺の肩に手を置いた。


 今から行ってみたらどうだ?



 まさか、異世界にも駅らしきものがあるなんて。

 ここからダンジョンに行けるのかー。すげえな、異世界。


 えーっと、駅の前の、ショッピングモール。

 どこだ?


 あぁ、すぐここにあるじゃあないか。

 俺は早速入ってみることにする。

 またまた自動で扉が開く。


 おぉ、これはすごい。


 オブジェだ。異世界芸術だこれは。

 金属のようなものが水のように流れていくように見える。

 やべえぜ、異世界!!


 だが人が多い。めまいがする。


 流れに身を任せ、人々が行く方向へと向かっていく。


 動く、階段だ。


 なんなんだ、動いている。階段が、動いている。

 階段の前まで来た。


 ダメかもしれない。

 怖いぞ、これは!


 俺が動く階段の前で心を沈めていると、後ろから怒鳴り声がした。


 早くしろよ、おい!


 怒鳴り声の主を見てみると金髪の若い男がいた。その隣には明らかに夜職の女がいる。


 くぅ、ここにいるということは少なくともあいつは勇者だ。何も言い返せねえ!


 おっせえんだよ!


 まさか、また怒鳴ってくるとは思わなかった。

 声に反応して俺の体は踏み出してしまった。

 ガラの悪い勇者も役に立つぜ!


 動く階段は俺の体をどんどん上りへと運んでいく。

 あぁ、怖い、怖いぞ。


 どんどん足場がなくなってくる恐怖がジャンプする力に変わった。


 あぶなかったぜ。


 降りたところは人の形をした人ではないものが服を着ている奇妙な空間だった。

 ここはダンジョンだったのか?

 いや、動かないし敵ではないみたいだ。


 一つの人形の前で立ち止まっていると声をかけられた。


 こちら、ゴルフウェアとなっております。

 ゴルフフェア?


 異世界の単語だろうか。


 ゴルフをするときの服となっていまして、汗を吸収しやすいんです。


 おおぉ、異世界のスポーツ服か。

 一式買っておくのもいいかもな。


 ゴルフとかされてます?

 あっ、いや。


 会話が終わった。

 気まずいのでさっさと他のところへ行く。

 普段着とかないか?


 異世界に何十年も前の高校のジャージはダサい。どうせなら勇者っぽい服にしよう。


 それにしてもここ広いなあ。


 他を見て回っているとくまがプリントされたシャツを見つけた。


 おしゃれな服を着た愛らしいくまだ。

 勇者は形から入るのもいいかもな。


 俺は受付の人に話しかける。


 あのくまのシャツ、一枚ください。


 受付の人はくまのシャツを取る。


 こちらですか?

 はい、お願いします。


 プレゼント用ですか?

 いえ、俺のです。

 こちら一点で一万六千円となります。お支払い方法は?

 これで。


 俺はおっさんにもらった封筒を受付に置く。


 受付は困った顔で封筒から紙を二枚取り出し、別の紙を四枚くれた。

 その四枚を封筒にしまい、くまシャツが入った紙袋を受け取る。


 え、服ももらえて、四枚おまけしてくれた?

 それも二枚しか取られなかったから、得してる!


 異世界、やっべええ!


 この、「お金」とやらがあればどんなものでも手に入る!

 なんていいシステムなんだ!


 異世界バンザイ!!



 俺がコンビニで働き出して、母の様子がおかしい。

「あんた、だいじょうぶなの? 体調悪くない?」と言ったり

「やっぱり、やればできる子なのね! お父さんも喜んでるわ」と言う。


 これまで毎日三食作ってくれているのは変わらないが、俺がコンビニに行く前に毎日

「がんばってね」や、

 帰ってきた時に毎回

「がんばったわね、夜ご飯何がいい?」。


 まるで俺が子どもみたいじゃあないか。


 よくよく考えてみれば母は変わっていないのかもしれない。


 俺が自分の部屋に閉じ籠るのをやめ、リビングにいるようになり、母と接する時間が長いだけかもしれない。

 この間、俺はお金をコンビニからもらった。

 そしてその中の二枚をくまのシャツに使った。


 そのシャツを母にみせ、

「コンビニからもらったお金で買ったよ」

 というと母は泣いた。そして俺を抱きしめた。


 えらいね。がんばったね。よくやったね。


 と言いながら。


 俺はその日の次の日にくまのシャツを着てコンビニに行った。

するとおっさんから


 似合ってんじゃん。


 と言われた。買ってよかったな。


 ってか、ショッピングモールじゃなくてデパートに行ったんだな。


 とも言われた。俺はミスっていたみたいだ。

 それはどおでもよく、俺は今日、おっさんに相談があるのだ。


 あの、これの女性用ってありますかね。


 俺は自分の服のくまを指差す。


 あー、婦人服ならもう一個上の階じゃないか?

 まじすか。帰りに行ってみます。

 なんだ、彼女でもできたか?

 あっ、母に日頃の感謝を、と。

 お母さんにか! えらいなあ!

 はい。


 俺はコンビニの仕事が終わるとともにデパートへと駆け込んだ。


 動く階段を前より一回多く乗る羽目になったが、母の為ならどうということはない。


 探すとたしかにあった。くまのシャツが。

 なんかクマが来ている服が違う気がするが、メンズとレディースの違いだろう。


 そしてまた封筒から二枚出し、別の紙を四枚もらう。


 家に帰り、母に紙袋を渡す。

 母は泣いて喜んでくれた。


 ありがとう、お揃いね。



 俺は異世界に来てから上手くいきすぎている。


 コンビニのおっさんと友達になったし、働いただけでお金がもらえるし、異世界を存分に楽しめている。

 デパートで服も買えた。

 お金があればなんでももらえることに気がついた。

 人ともちゃんと話せた。

 母とショッピングモールに行って、ズボンも買えた。


 俺は毎朝家を出るのが怖かった。

 もしドアを開けて、異世界じゃなかったら。

 もし現実に戻ってしまったら。

 でもそんなこと一度もなかった。毎朝ホッとする。


“俺はまだ異世界ここにいていいんだ”と。


 それと同時にあることに気がついた。


“ここは異世界でもなんでもないんじゃないか”


 って。


 本当は町が開発され、昔のように何もない町じゃなくなったんじゃないか。

 本当は昔と何一つ変わっていないんじゃないか。


 頭の片隅ではわかっていたはずだ。

 駅もどこか見覚えがあって、街並みも、昔通ったことがあったような。


 そりゃそうだ。

 母だって何も言わない。

「異世界にきちゃったわね」なんて。


 でもここは俺にとって、“異世界”だったのだ。


 知らないものがたくさんあって、知らないことをたくさん学んで。

 階段も自動で動くように進化していて。

 ドアだって自動で開くのは魔力とか関係ない。


 人間の進歩だ。


 俺はこれまで何も知らなかった。

 ここまで進化していたなんて。


 俺はこれまで何も知らなかった。

 これまで発展していたなんて。


 俺はこれまで何も知らなかった。

 こんなにも明るかったなんて。



 一歩ドアから踏み出せば、俺の知らない世界が待っている。


 引きこもったままならば、俺は何も知らずに、何もできすに、何も始めずに、終わっていただろう。


 でも勇気を出して踏み出した。

 踏み出せた。


 だからこれからもできるはずだ。

 どんな困難だあろうとも、立ち止まっては無知のままだ。


 人生百年時代、俺はまだ半分も行っていない。


 これからでも遅くはないはずだ。


 まずは学力を取り戻そう。

 このままコンビニで働き、大学受験をしよう。

 もうやりたい分野は見つかった。あとは全力で取り組むだけだ。

 高校時代では嫌いだった勉強が今となっては楽しい。


 今からでも始められる。


 また立ち止まってしいまっても、勇気を出して一歩踏み出そう。


 きっと、自分の知らない世界が待っている。

少しでも面白いと思ったら評価お願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ