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むし、って、あいつらか?

 ――ミーン、ミーン。

 ――ジジジジジ……。


 いまも変わらず声は聞こえるけれど、だからといって簡単には捕まえることもできない。さて、どうしよう? ではなく、どうしてくれよう? という気持ちにもなりかけたが、こうして《(ふう)(じん)に抱っこされながら、《()(かみ)と他愛ない会話をしながら歩くのは何だか散歩のようにも思えて、白の皇帝はこれでもいいかなと思いかけていた。

 森のなかを気ままに歩くのはいいが、じつは《風》神にとっては自由な足どりとはいえない。彼にはかなりの上背がある。二二六センチの《風》神では木々の枝や葉が簡単に顔元に来る。とくにいまは抱き上げている白の皇帝もおなじような高さに顔があるので、木の幹に止まる虫を求めて近づくにしても少々障りもある。

 けれども、それを感じさせないのが《風》神だ。

 何食わぬ顔で、つぎはこっち、やっぱりあっち、と指差す白の皇帝の気の向くまま歩いてしまう。


「みんなでこうやって歩くと、何だかピクニックみたい。お菓子とか、お茶とか持ってくればよかったね」


 そう話すと、《地》神が小さく笑う。


「でしたら、何か用意させますか?」


 傍らに女官たちを従えてはいないが、些細なことでも合図を送ればすぐにそれが女官たちに伝わり、手配はととのう。

 白の皇帝もそれにうなずきかけたが、いまも手にしている虫の捕獲用に作ってみた布袋の棒を見て頭を振る。

 このままピクニックに変更するのも楽しそうだが、やはりいまは虫を捕まえることを優先したい。そのあとでおいしいものを食べたら、きっとさらにおいしく感じるはずだ。


「大丈夫。俺、虫を捕まえたらね、女官のお姉さんたちにも見せるんだ。この子が不思議な鳴き声をしていた子だよって、教えてね。そんな話をしながらお菓子を食べたほうがおいしいと思うの」

「それは楽しいお茶の時間になりますね」

「女官のお姉さんたち、喜んでくれるかな?」

「もちろんです。――では、本腰を入れて探すとしますか」

「うん!」


 そうは言ったものの、《地》神は心中でため息をついた。


 ――やはり、観賞だけには止まらないか。


 本音を言えば、いまも聞こえる鳴き声の主に興味を持ってもらえるのは嬉しいが、こうやって森のなかを歩く目的が「捕獲」だと思うと、大地主神としてはあまり気が乗らない。

 これは大地にあるすべてのものを慈しみ護るという《地》神の本能が、そう思えているのだろう。

 もちろん、白の皇帝が喜び、楽しんでくれる事柄は進んで与えたいが、何事も自然にあるがまま、それを楽しんでほしいと思うのは好奇心旺盛な少年にはまだ難しいのかもしれない。


 ――でもそれは、俺の価値観であって……。


 白の皇帝は何も虫を捕えて、苛めようとしているわけではないのだ。

 ただ、見たことがない虫の姿をじっくり眺めたいだけなのだから、自分の観念で測るのはよくないことかもしれない。


 ――ああ、俺ってすぐこんなふうに考えてしまう。


 途中から何となく無口になりはじめた《地》神は、そんなふうに堂々巡りをはじめていた。何事も真面目に捉えすぎてしまう癖があるのだ。自分は。

 ここまで自分を理解しておきながら、なら改善策は? となると浮かばないものだから、性格というのは困ったものだ。

 そんな《地》神を後ろで見ていた《風》神が、ふと、気がついて何となく手元にあった《地》神の頭を、ぺし、と叩いてくる。


「――ッ」


 突然のことに、《地》神は歩くバランスをわずかに崩してしまった。


「何するんですかッ」

「べっつにぃ」


 つい声を上げる《地》神に、《風》神はしれっとする。

 そのまま自分の取った行動を流すように、《風》神がつづける。


「――それよりも、《()(チビ)

「何です?」

「むし、って何だ?」


 ――…………。


「――は?」


 唐突の質問に、《地》神は一瞬、何を問われているのかがわからなかった。

 自分たちがいま、何を目的に森を歩いているのか。先ほど伝え、それを了承して同行していると思われたのに。


「虫、は、虫、ですよ」


《地》神が端的に答えると《風》神も、そうではなくて、と言いたげな表情を浮かべ、


「いや、俺が言いたいのは、名前? を聞いているんじゃない。どういうやつなのかを知りたいって言っているんだ」

「ですから、それを見つけて捕え……いえ、手に取ってみようと探しているんです」


 これは遠回しに言っているわけではない。

 実際、森のあちらこちらから鳴き声は聞こえるが、《地》神も声の主をまじまじと目にしたわけではないので、問われても説明ができない。そのため、不本意ながら正体を掴むため、捕獲というかたちで白の皇帝とこうして出歩いているのだ。

 なので、漠然としか言いようがない。


「いや、だから――」


 どうやら互いに言葉の目的が一致していなかったようで、《風》神がそれに気がつく。


「俺が言いたいのは、むし、そのものが何なのか、俺にはわからない。おまえたち大地神とちがって、俺たち天空神は多様な事柄に富んでいない」


 白の皇帝が不思議な布袋の棒で何かを捕えるようすから、対象が小さな「何か」だというのは推測もつく。

 ただ、この際「何か」を固定的に考えるのはどうでもいい。

 白の皇帝が満足したとき、きっと「何か」は少年の手のなかにあるから、それを見れば理解もできるだろうから。


「《()(チビ)に言うのも癪だが、木はどれだと問われたら、俺は指を差すことができる。鳥はどれだと言われれば、やっぱり指は差せる」


 その要領で考えると、


「でも、むし、が何なのかは俺にはわからない。指を差せと言われても、それが何を示す言葉なのかがわからない。――俺が根本的に聞きたい意味、わかったか?」


 もし、自分が目にしていても対象物だと知らなければ、それを探している白の皇帝に耳打ちしてやることもできない。

 妙に真面目に尋ねてくるので、《地》神もようやく理解ができた。


「すいません、そういうことだったんですね」


 てっきり……と何かを言いかけたが、これ以上口を開けば双方でさら噛み合わない言い合いがはじまってしまう。そう思えたので《地》神は一度黙り、言葉を正す。


「ええとですね、ひと言でいうと多種多形に富んだ種族なんです。どれも小さいというか、細かいというか。あまりにも多様すぎるので、それらすべてを俺たちはひと括りに、虫、と呼んでいます」

「で?」

「虫そのものは、いまもそこら中にいますよ。うようよと」

「うようよ……」


 その瞬間、《風》神に得体の知れない悪寒が全身に走り、彼は知らず鳥肌を立てて足もとから震えた。あまり好めない表現だったのか、ぴたりと足が止まってしまう。

 ゾッとするような身震いに、抱かれている白の皇帝が、ぴくり、と反応し、「どうしたの?」と問うが、《風》神は何でもないというふうに頭を振る。

 だがその顔は、普段の陽気なようすを思えばかなりの緊張を浮かべ、強張っていた。普段は猛禽のような眼光も、いまは恐怖を目前に怯えるような色に変わっている。

 それを見て、《地》神は何かを唐突に思い出す。


 ――そういえば、昔……何かがあったような……。


 そう、昔。

 それもかなりの昔だ。

 自分はまだ小さな子どもで、《風》神もまだまだやんちゃな少年期だった、あのころ……。

 記憶はもう断片的であったが、《風》神が突然、何かにおどろいて悲鳴を上げたのだ。――何か、を見て。


 ――……。


 たしか、あのとき。

《風》神の周囲には何かが飛んでいた。

 敵意も、害意もない、ただ()()()()と。


「あ――」


《地》神は当時を思い出す。

 そして、白の皇帝が「何」を捕まえようとして、布袋の棒を手にしていても《風》神がまったく理解できていなかったことに合点がいった。


 ――何か嫌な予感がする……。


《地》神はやや心配そうに《風》神の袖をつかんだ。


「《(かぜ)》兄さま……、たしか虫が苦手でしたよね?」


 問うた瞬間だった。

《風》神もまた、どうしてこの瞬間に得体の知れない悪寒に支配されたのか、すっかり忘れていた記憶がよみがえり、途端に顔の色を変えた。


「――《()(チビ)……、むし、って、あいつらのことか?」


 奇妙に震えた声で尋ねてくるので、《地》神はたまらず自身の額を押さえてしまう。

 どおりで、先ほどから同行する《風》神に何か違和感があったと思えば。


「ええ。端的に言えば。――これは酷な話ですが、俺と白の皇帝が探している虫は、《風》兄さまが悲鳴を上げたアレよりも見た目が個性的というか、何というか……」

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