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世の中そんなに甘くない

 ――ミーン、ミーン。

 ――ジジジジジ……。


 不思議な声で鳴くのは、だぁれ?

 あなたはどこにいるの?



 しばらく歩いていると、そこは木々の間というよりはすでに森のなかと呼べる場所になっていて、白の皇帝も《()(かみ)もあっという間に虫たちの不思議な鳴き声に四方八方から包まれていた。

 どの木の幹を見ても先ほどの虫たちが止まり、大合唱をしている。


 ――ミーン、ミーン。

 ――ジジジジジ……。


 ここまで聞かされると、にぎやかさを通り越して少々やかましくも感じる。

 けれども、こうやって知らぬ間に新たな種族が誕生し、生命が根付いてくれることは、大地主神である《地》神には喜ばしいことだった。

 それを思うと、やかましくても生命の喜びの声、歌にも聞こえてくるものだから不思議だ。

 その一方で、白の皇帝は目をかがやかせながら、


「これならもう、取り放題だね」


 などと言うものだから、


「恐れながら、何事にも適宜という言葉があるのをお忘れにならないでください」


 すでに白の皇帝の行動に半ばあきらめもついたが、伝えるべきものは伝えないと、と加える。

 白の皇帝は「わかっている」と返事はしたものの、そっと木の幹に近づいては布袋の棒をそっと虫に近づけ、「いまだ!」と振ってみたり、手ごたえはあったものの、布袋をのぞくと寸前のところで逃げられていたりと、なかなか思うようにはいっていないようすだった。

 それでも、どうしても捕まえるのだ、という意識より、捕まえようとする行為を楽しんでいるようなので、《地》神はほっとする。


 ――それにしても、上手く取れないなぁ。


 鳥にはあるていど言葉が通じるので、寄ってきて、と語れば鳥たちはそのように近づいてはくれるが、虫にはそれは通じないみたいだった。


「ねぇ、苛めたりなんかしないから。ちょっとでいいの、どんな姿なのか、よく見せて」


 虫たちに向かって語るが、白の皇帝に従うようすの虫は一匹もいない。

 もうッ、と次第に不満を募らせてしまうが、虫とはそういう種族なのだろう。


「ねぇ、《地》神だったら簡単に掴めるよね?」


 ふと、白の皇帝は思う。

《地》神は「竜の五神」のなかではもっとも年若く、背丈も小柄だ。それはかなりの上背がある竜族のなかでもやはりそうで、半人半竜の雄よりも小柄の雌……女官たちとほとんど変わらない。

 本人はこれを相当気にしているが、まったく種族が異なるハイエルフの少年からすれば一八五センチもある《地》神の背丈が低いとは思えない。自分よりも三〇センチ以上上背があるのだから、彼なら手を伸ばせば簡単に虫を掴めるのではと思う。

 それを差し引いても、地上において《地》神の命令に従わぬものなどいない。ひと言、おいで、と言えば、虫たちも従うにちがいない。

 そう思って声をかけたのだが、《地》神の返答は思いのほか反し、


「かもしれませんが、これは白の皇帝がはじめられた物事です。ぜひ、ご自身で達成してみてください」


 なとど、ある意味手厳しいことを言う。

《地》神は基本的には白の皇帝を甘やかしてくれる。けれども、何か目標のようなものがあったり、学びのような事柄があると、途端に手を引っ込めて、まずはご自身で、と体験を促すことも多いのだ。


「ええ~」

「せっかく捕獲用の道具も作られたのですから、活用しないと」

「それはそうだけど……」


 口ではそういうものの、やはり大地主神としては遊びでもこちらの勝手な意思で小さな種族を、掴む、捕える、というのは何か心情に反するのかもしれない。

 何となくそう思えたので、白の皇帝もそれ以上はねだらなかった。


 ――やっぱり、自分でやらないとおもしろくないか。


 せっかく思いついて布袋の棒を作ったのだから、せめて一匹くらいは……と考えこむ。

 木の幹に止まっている虫を見つけて、こちらの気配に勘づかれて飛んで逃げる前に布袋を用いて捕まえる。きわめて単純な作業なのに、これがなかなかうまくいかない。

 しまいにはこちらが息を殺しながらそっと近づき、慎重に布袋の棒を近づけるのだが、刹那の差で虫のほうが、ジジジジッ、と鳴いて逃げてしまう。


「もうッ、どこに目がついているんだろうッ、これだけそっと近づいているのにわかるなんて!」


 捕まえたら絶対に見分するんだから、と白の皇帝は地団駄を踏むが、このままではいつ成功するのかわからない。

 唇を尖らせながら、ちらり、と《地》神を見やるが、「(りゅう)五神(ごしん)」はただ、にこり、と微笑むだけ。こういうときの《地》神は絶対に情けに流されないため、救いの手としてはもう不向きだ。


 ――せめて、一匹。せめて、一匹。


 絶対に捕まえて、《地》神に褒めてもらうんだから。

 そう、どんどん趣旨が変わってきたが、そもそも最初は何を目的に不思議な鳴き声をする虫を捕まえようと思ったのか。それさえわからなくなってきたときだった。


「しろの、こ~てい!」


 背後から突如、自分の名を呼ぶ声がしたかと思うと、白の皇帝は《地》神よりも年上の青年に背中から抱きしめられてしまう。

 声は明るく陽気だったが、何せ突然のことだったので、おどろいた白の皇帝はびくりと身体を震わせ、思いきり声を上げてしまった。


「ひゃあッ!」


 この声におどろいた虫たちが、ジジジジッ、と鳴きながら木の幹から離れたのは、もはや言うまでもない。

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