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2/7

さて、どうやって捕まえようか?

 白の皇帝は最初、足もとの草木を注意深く見やっていたが、やはり虫の鳴き声は頭上からほうがよく聞こえる。


 ――ミーン、ミーン。

 ――ジジジジジ……。


「俺がいた時代では聞かなかった声だから、ひょっとすると竜の神さまたちがいる時代にだけ生息した虫なのかな?」


 だとしたら、初めて見る虫だ。

 どのような形容をしているのだろうか。苛めるつもりはないが、もし触ってもいいのなら直截手に取ってみたい。

 どこにいるのかなぁ、と白の皇帝は顔を上げ、周囲の木々を見やる。


「鳴き声はよく聞こえるのに、どこにいるんだろう?」


 頭上の木々の葉の緑は、かなり濃い。

 さらに頭上の日差しも強いので、上を仰ぐと葉や枝の影が一層濃くなって逆によく見えなくなってしまう。

 でも、声はよく聞こえる。かなり近い。

 さて、これはとんだかくれんぼだな、とくすくす笑いながら木を丹念に見やると、木の幹に疑似色をした不思議な形状の何かが止まっているのが目についた。大きさは少年の指ほどの長さで、顔と思われる部分は黒く、胴は長そうでそこには対となる網目のような羽がついている。


「羽……、蝶々とは全然かたちがちがうなぁ」


 蝶は知っている。

 さまざまに美しい色合いを持つ蝶は、白の皇帝の時代ではよく見かけられた。

 あれらは花をよく好み、その付近でよく見かけたのだが、この木の幹に止まる虫はちがうのだろうか。ただ、手を伸ばせば掴めそうな位置にいる。

 白の皇帝は虫をおどろかせないように、そっと手を伸ばすが、その瞬間だった。


「白の皇帝!」


 と、自分を追っていた《()(がみ)が大きな声で名を呼ぶものだから、虫のほうはかなりおどろいたのだろう。ジジジジ、と声を上げて、飛んで逃げていってしまう。


「ああ!」


 おかげで高く飛ぶことができる虫だというのはわかったが、


「もう! 《地》神のせいで逃げちゃったじゃない!」

「え、あ……、その……」


 あとすこしで手に取れたのに、と抗議の声を上げると、事情がいまひとつつかめない《地》神は困ったように謝るしかなかった。

 白の皇帝はそれに「もう!」ともうひと声怒ってみせたが、


「でも、《地》神が来てくれたから捕まえやすくなったかな?」

「?」

「ほら、木の幹にいるんだけど、俺の背丈だと届きそうで届かないかもしれないから」


 指を伸ばして指すと、そこに鳴き声の正体の虫がいるのが目につく。

 白の皇帝の身長は一五〇センチあるかないかで、けっして幼い背丈ではないものの、虫はそれよりも高いところに止まり、気配に敏感ですぐに飛んでしまう性質のようで、手を伸ばしただけでは簡単に掴むことができない、そんな気がするのだ。

 愛しい少年が何かをしたいというのであれば、際限なくそれは叶えてあげたいと《地》神は思うものの、白の皇帝のいまの興味が虫を捕えることに集中しているとなると、少々事情も異なる。


「掴む、ですか……」


 大地主神として、自然にあるものはあくまでもそのままが好ましく、害を与えるつもりがないにしても、こちらの意思で一方的に掴むのはどうか、と思うところもあるが、


「お願い、ちょっと触ってみたいの。どういう子なのかなぁってわかったら、すぐに離すから」


 お願い、と両手を合わされてはだめとも言えなくなってしまう。

 はぁ……、とため息をつくと《地》神が降参の意思をあらわしたとすでに知る白の皇帝は、やった、とはしゃぐが、それにおどろいたのか、周囲の木々に止まって鳴いていた虫たちが一斉にどこかへと飛んでいってしまう。


「ああッ、待ってよッ」


 白の皇帝はあわてて手を伸ばすが、宙を自在に飛ぶ虫たちの動きは思いのほか変則で、捕まえられるはずもなし。

 もうッ、と白の皇帝はその場で地団駄し、むう、と不機嫌そうに頬を膨らませるのであった。



□ □



 最初はそれを見て「やれやれ」と思った《地》神だが、虫たちの不思議な鳴き声を追いながら木々の間を歩くにつれて、奇妙な案が浮かんだのか、白の皇帝は足もとに落ちている細めの木の枝を集めはじめ、ついにはしゃがんで何かを作りはじめる。

 あるていどの長さの枝を揃えるように並べて、格子のような箱状に組み立てて、即席のかごのようなものを作り上げて、


「よし、これでいっぱい捕まえられるね」


 と言うし、最初は《地》神に抱き上げてもらい、それで高い木の幹に止まる虫を掴もうと考えていたようだが、それでは手順も動作も遅くなってしまうので、つぎは棒の部分が長い二股に分かれている木の枝を捜して見つけ、


「えぇ……と、これでいいか」


 と妙案が浮かんだのか、白の皇帝はかなり丈の短い自身のチュニックを腰元で簡単に結わえて止めていた腰帯を解き、それをどうにかして、不格好ではあるが布袋のような形状に仕立てて、かるく振り、


「よし、これで俺ひとりでも捕まえることができる!」


 そう満足そうに言うものだから、《地》神は思わず額を押さえてしまう。


 ――白の皇帝は、完全にやる気だ。


 どの道具も《地》神にとっては初見なので使用がわからなかったが、白の皇帝の後を歩きながらようすを見ると、ときおり布袋のような棒を振りまわすので、それが何を意味するのかを悟る。

 どうやらあの袋のなかに虫を捕える、そういう道具のようだ。

 自分たち世界創世期の竜族と、「久遠の明日」とも呼べる遥かな時代の彼方で暮らす白の皇帝……ハイエルフ族とでは、総合的な面でも考え方の文化や用途に必要な道具の作りも随分と異なるのだなと思うと同時に、


 ――万が一、虫に害が及ぶようなら、即座に止めさせないと……。


 心の底から愛しい少年の好奇心を満足させるほうが重要か。

 それとも、大地主神として大地にあるすべての生命を平等にあつかうほうが優先か。

《地》神は根が真面目すぎるので、自ら難しい立ち位置に立ってしまう。

 困ったけれども、半死半生で行き倒れ、言葉が通じぬせいで長らく不遇で過ごさせてしまった負い目もあるので、やはり白の皇帝が楽しく笑い、過ごす時間を何より優先することが重要だと、《地》神は複雑な思いをため息にして、


「白の皇帝、ほどほどにしておいてくださいね」


 念のため注意を促すと、


「大丈夫、全部は取りきれないから!」


 そう返してきたので、完全に白き少年の趣旨が変わったなと確信した《地》神は再度、自らの額を押さえて深いため息をつくのだった。

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