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 高校生になったら、今の自分とはおさらばして新しい自分になるんだ! 高校デビューしてやるんだ!


 中学卒業後の春休み、私は固く決意した。そして、いざ高校に入学してみると、私は私のままだった。そう簡単に変わるはずない。そんなことはわかっている。それでも、新しい環境に身を置くことで、自分が根本から変わるんじゃないか、と一縷の望みを抱いていた。そして、それはものの見事に打ち砕かれた。


 受け身の姿勢ではいけない、自分から積極的に話しかけないと。でも、自分から話しかけることがどうしてもできず、優しい誰かが話しかけてくれるのを、私はずっと待っていた。だけど、いざ話しかけられると、キョドってまともに対応できない。見切りをつけられたのか、話しかけられる回数は次第に減っていき、やがてゼロになった。

 そして、時は無慈悲に流れていった。


 高校生活が始まってからおよそ二週間、早くもグループ分けが終了し、私はどのグループにも属せずにいた。俗に言うボッチである。休み時間は読書をするか、あてもなく廊下を徘徊するか、机に突っ伏すか、トイレにこもるか。で、放課後は即座に帰宅する――そんな虚無の日々。


 これはまずい、と思った私は部活に入ることにした。運動部は論外として、文化部でも私がやっていけそうな部活はほとんどなかった。小説や漫画を読むのが好きなので、文芸部と漫画研究部が有力候補となった。

 堂々と見学する勇気はなかったので、部室棟にある両部室を廊下から覗きこみ、雰囲気などを確認してみる。


 漫画研究部は部員が多く、活気と言う名の騒音が廊下に漏れており、それを聞いた私は眩暈と発作を起こした。馴染める気がしない。私には無理だと諦めた。


 対照的に、文芸部はとても静かで、覗いてみると二年生の女子生徒が一人、本を読んでいる。綺麗で物静かそうな、眼鏡をかけた女性だった。読んでいたのは、私も好きなミステリー作家の新作だった。この人とならやっていけるかもしれない、と謎の自信がわいてきた。


 翌日、入部届を持っていった。部長さんは驚いていたが、私を快く歓迎してくれた。

 こうして、文芸部に入部した私だったが、相変わらずクラスでは居場所がない。そのことを部長に相談してみると、「いいじゃない、ひとりぼっちでも」と言われてしまった。いいの……かな? 釈然としない顔の私を見て、部長が問いかけてくる。「座間はさ、みんなでわいわいしたいの?」

「いえ、別にそういうわけでは……」

「じゃあ、いいじゃない。友達なんかいなくてもさ。うん、一人のほうが楽だよ。無駄な会話とかしなくて済むし」

「そう、ですかね……?」

「そうだよ」

「ちなみに、部長さんは友達とかいますか?」

「いるよ、もちろん」


 さらりと言った。『もちろん』だって?

 脳天に雷が直撃した、と錯覚させるような衝撃。あばばばば。仲間だと、同類だと思っていたのに……裏切られた! いつもそうだ。勝手に信じ、勝手に裏切られる。滑稽な女だ、と我ながら思う。


 この私と会話が成立しているのだから、一定以上のコミュ力を有しているのは、火を見るよりも明らかである。よほどの奇人変人でなければ、友達の一人や二人いるに決まっている。それどころか、恋人すらいるかもしれない。


 怖くなった私は、それ以上踏みこむのをやめた。部長がリア充であったら、そのことを知ってしまったら、まともに会話できなくなる恐れがあるからだ。世の中、知らないほうがいいことだってあるのだ。


 そして、クラス内ボッチのまま、四月が終わろうとしていた。四月の収穫と言えば、部活に入部できたこと、部長という知人ができたことくらいか。

 そう――知人。部長は先輩だし、友人と表現するのは違うと思う。勝手に友達面して、馬鹿を見るのはもうこりごりだ。


 はあ、と私はため息をつく。

 これから三年間、大学に進学すればさらに四年間、就職すればその後およそ四〇年間、私のボッチライフが続くのだ――。


 ネガティブ思考に陥り、鬱々とする。夕暮れが眩しい放課後。

 ほうきで集めたゴミをちりとりで回収してゴミ箱に捨てていると、「座間さん、ちょっといいかな?」と秦野くんの爽やかな声がした。


 一年一組に座間という名字の生徒は私しかいない、よって私に話しかけていることは一〇〇パーセント間違いないのだが、にわかに信じがたく私は自分の耳を疑った。これは水分不足による脱水症状から引き起こされた幻聴なのではないか、と。


「おーい、座間さん」

「は、はいっ。なんでしょう!?」


 幻聴ではなかった。

 直立不動で用件を伺うと、秦野くんが一冊のノートを差し出してきた。

 水色のノートである。表紙には油性ペンでBLとだけ書かれている、とくに変わったところはない、ごくごく普通のノート――ん、B……L?


「これ、数学のノートじゃないよね?」


 教卓の上には、三十数冊の数学Aノート。これから提出しに行くのだ。その前に、全員分そろっているか確認したのだろう。で、名無しのBLノートを発見した、と。私の名が記されたノートがなかったことと照らし合わせれば、自ずと答えは見えてくる。このノートの持ち主が誰か見えてくる。


「すすすすすみません。間違えましたっ」


 瞬足で数学Aのノートを持ってくると、瞬時に自作BL小説ノートと取り替えた。同じ色のノートを使っていたことが裏目に出たか。

 顔を上げると、秦野くんが意味深に微笑みかけてきた。ま、まさか……読まれた? いや、紳士的な秦野くんがそんなことするはず、ないよね――。


「面白かったよ」


 三十数冊の数学Aノートを抱えながら、秦野くんは何気ない口調で言った。あまりにも自然だったから、私は聞き流しそうになった。聞き流せばよかった。聞き流せなかったので、顎が外れそうなほどに驚き、叫びそうになった。


「続き書いたら、読ませてね」


 私のノートを一番上に載せると、秦野くんは教室を出て行った。

 勝手に読んだのだ、私の小説を! だけど、不思議と不快感や怒りはわいてこなかった。面白かった、と褒めてくれたからだろうか? だとしたら、私は実にちょろい人間だ。お世辞を真に受けるなっての。


 それから、私はBL小説を書くと、秦野くんのもとへと持って行くようになった。私はBL小説を書いていることを他人に知られたくなかったし、秦野くんもBL小説を読んでいることを他人に知られたくないだろうから、放課後など人目を忍んでノートを渡した。


 そのうち、部長と海老名先生にも自作BL小説を読んでもらうようになった。

 たかが三人、されど三人。少ないとはいえ、読者ができたことは嬉しかった。

 高校一年生の四月、友人はつくれなかったが、知人をつくることには成功した。小さくも大きな一歩だった。


 ◇


 この調子で友達もつくっちゃおう、と考えるほど思いあがってはいない。そううまく事は運ばないものだと私は経験則から学んでいるのだ。だから、またしても知人ができたことは、私の想像の範疇を遥かに超越していた。


 五月に入ると、四月上旬みたいにクラスメイトに話しかけられる機会がたびたび訪れた。一体全体、どういう理屈なのだろう、何かの陰謀だろうか、と訝っていた私だったが、彼女らの話をよく聞いてみると、どうやら私が秦野くんと親しくしていることが気になっているのだと判明した。


 親しい関係性に思われるほど、私は秦野くんと会話をしていない。だけど、会話の母数が果てしなく少ない私は、ただお喋りするだけで目立ってしまう。目をつけられている、といっても過言ではない。


 私は誤解を解こうと奮闘した。キョドってどもったからか、ほとんど何も伝わらなかったが、無事に誤解は解けたようだ。


 博愛主義者の秦野くんは親切心から座間に話しかけているのだ、と彼女らは勝手にストーリーを作った。綺羅星のように輝く秦野くんと空気のように希薄な座間が交際しているはずがない、と。


 その通りである。交際なんてしていない。恋人未満、どころか友人未満、せいぜい知人程度――つまり、ただのクラスメイトである。

 秦野くんは私に恋愛感情を抱いていないし、逆もまたしかりである。

 秦野くんと親しくなりたい――友達になりたい、という思いはなくはないけれど、それは恋愛感情とはかけ離れたまったく別種の感情である。


 私は友達がほしいんだ。

 友達って、どうすればつくれるんだろう?


 秦野くんにはたくさんの友達がいる。文芸部の部長にも友達がいる。私以外のクラスメイトにも多分友達がいる。なのに、私には友達がいない。こんなの不公平だ、と叫びたくなったが、嘆いたところで仕方がない。諦念するしかあるまい。

 しかし、友達がいない弊害は至るところで生じてくる。


 授業中に寝てしまい、ノートを取り忘れても、見せてもらう相手などいない。毎日、睡魔と戦い、勝利を収めないといけない。敗北はテストでの死を意味する。誰か優しい人に頼めば、ノートを見せてもらうことは可能だと思うが『ノート見せてくれませんか?』と言う勇気は私にはない。


 体育の授業で、二人組になってストレッチなどを行う際、友達のいない私は最後までパートナーが見つからない。生徒が奇数のときは、先生とストレッチをする羽目になることも。その際、先生からはかわいそうなものを労わるかのような生温かい目を向けられる。ああ、なんて惨めなんだ……。


 友達がいない弊害は日に日に増えていく。

 美術の授業でも、体育と同様の事態が発生してしまった。選択科目の美術(他は音楽と書道)は体育と同様に他クラスと合同で行われる。体育は二クラスだが、選択科目は三クラス合同である。顔も名前も知らない人ばかりなのに、二人組でデッサンを行うことになってしまった。組む相手を先生が決めてくれればいいのに、自分たちで適当に組みなさいと自主性を尊重してくれる。教室を見渡し、人数を数えるとなんと奇数である。体育の悪夢が蘇ってくる。


 あせあせしながら、声をかけようと試みるが、声は喉の奥で詰まって一向に出てこない。窒息死寸前みたいな嗚咽を漏らしている間に、二人組がどんどんできあがっていく。最後まで余ったら、先生とデッサンを行うことになるのだろうか? いや、先生の性格的にそれはなさそうだ。とすると、一人でデッサンする羽目に……?


 絶望感を抱きながら、だらだら汗を流していると、「あのぉ」と声をかけられた。顔を上げると、女子生徒が二人立っていた。同じクラスの生徒ではないので、二組か三組である。当然、名前など知らない。


「よかったらさ、私たちと一緒にやらない?」


 燃え尽きたボクサーみたいにうなだれていた私を憐れんで、親切にも声をかけてくれたのだ。二人が天使か菩薩に見えた。

 もう一度、教室を見渡すと、私以外の全員が二人組をつくっていた。ここで断れば晒し者確定である。私は彼女たちの申し出をありがたく引き受けることにした。


 声をかけてくれた人が石田愛さん、もう一人の寡黙そうな人が勢原伊織さん。石田さんは二組、勢原さんは三組らしい。

 デッサンの間、主に石田さんが喋った。コミュニケーション能力が高い人は、コミュ障にもうまく対応できるようだ。心なしか普段よりまともに、饒舌に話せたような気がする。勢原さんは険しい顔をして、デッサンに集中していた。


 その日以降、廊下ですれ違うと、石田さんは挨拶してくれたり話しかけてくれたりした。勢原さんは頷いたり手を軽く挙げたりと無言で挨拶してくれた。今後次第ではあると思うけれど、二人とは友達になれそうな気がした。


 明るい兆しが見え始めた五月上旬。そこから打って変わって五月下旬。

 ――いじめが始まった。





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