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 春休みがやってきた。

 ここ最近で、衝撃的な出来事が二つほど立て続けに起きた。


 一つは、石田愛さんが引っ越してしまったこと。両親の仕事の都合で、急遽、引っ越さざるをえなくなったとか。転勤かな、と思ったが、両親が会社を経営しているという話を、前に聞いたような……。


 引っ越し先は教えてくれなかった。

 もしや、友達だと思っていたのは私だけで、石田さんのほうは私のことを知り合い程度にしか思ってなかったのかな、と少し寂しくなった。


 あるいは、なんらかの事情で引っ越し先を教えられなかったのかもしれない。両親が経営者ということは、もしかして会社の倒産、そして夜逃げ――下卑た想像を膨らませるのはよしなさい、と自分を窘める。


 なにはともあれ、私の数少ない友達が一人減ってしまった。

 悲しい。石田さん、いい人だったな……。


 春休みを満喫するぞ、というポジティブな気持ちに急ブレーキがかかる。

 進級という現象に対する恐怖と焦燥感がわきあがってきた。二年生になったら、クラス替えが行われる。人間関係が半分リセットされるのだ。再構築は容易ではない。場合によっては、またぼっちになってしまうかも……。


 クラス内で会話があったのは、学前くんと秦野くんの二人だけ(一応、睦美くんもかなぁ?)。美術の授業で仲良くなった勢原さんを含めると、三人(四人)。彼らのうち、一人でも同じクラスになれる確率は……。


 ああ、駄目だ。どんどんネガティブになっていく。

 いったん考えるのをやめて、今日のデートに着ていく服を鏡の前で見繕う。


 そう、今日は学前くんとのデートである。『デート』というのは私が勝手に言っているだけであって、その実態は……なんだろう? お出かけ?


 一緒に映画を観に行くのである。カップルのデートだったら、甘酸っぱい恋愛映画と相場が決まっているが、私たちが観るのはミステリー映画である。


 十人の男女が絶海の孤島に建つ不気味な館へと招待され、そこで連続殺人事件が発生する――といった感じのよくある内容である。ただし、ハリウッド映画なのでそれなりの予算がかかっていて、内容はともかくとして映像には期待できそうである。


 映画館はショッピングモールの中にあり、鑑賞の前後もいい感じに時間を潰すことができる。映画の上映は一八時からで、二時間ほどなので、二〇時には終了する。映画の鑑賞後は時間があまりないので、ショッピングをするなら鑑賞前である。


 服の上下の組み合わせを決め、着替える。お出かけの準備を終えるのに、普段の三倍以上の時間を要したが、早起きをしたので時間にはまだ余裕がある。

 普段と変わらない人気のないリビング。温かいお茶を飲みながら、終業式の前日の出来事を思い出す――。


 前々からそうなんじゃないか、とは思っていた。確証はないが、確信は持っていた。ごみ捨てのときに二人きりになる機会があったので、だから――思いきって尋ねてみたのだ。


「あのっ、秦野くんの好きな人って……学前くんなの?」

「そうだよ」


 ごまかされるか黙秘されるかと思ったので、あっさり認めたのが意外だった。意外過ぎて、尋ねたこっちがなぜかうろたえてしまった。


「そう、なんだ……」


 確信していたはずなのに、いざ本人の口から聞くとすごくびっくりする。


「やっぱり、座間さんはわかってたんだね」

「うん、その……学前くんを見る目が、なんというか、違ったから」

「うーん、自覚はないんだけど……座間さんがそう言うのなら、そうなんだろうね」


 そう言いながら、秦野くんはごみ袋を投げ入れていく。


「良樹には内緒だよ?」


 私は即座に頷いた。


「座間さんも良樹のことが好きなの?」


 私はぎこちなく頷いた。


「なるほど。つまり、俺たちは恋のライバルってわけだね――まあ、もっとも、俺に勝ち目はないんだけどね」


 秦野くんはいつも通りの爽やかな笑みを浮かべていた――が、どこか寂しげにも見えた。

 もう少し、突っ込んだ質問をしようかとも思ったが、私と秦野くんの関係性でセクシャリティーに関わるような質問をするのはためらわれた。というか、仮に私たちが親友だとしても、親しき中にも礼儀ありと言うし、なかなかそういった質問はできない。


 秦野くんが、男性が好きなのか、それとも好きになった相手がたまたま男性だったのかはわからない。好きになった相手が学前くんでなければ素直に応援できたが、学前くんなので応援はできない。


「恋のライバル、か……」


 お茶をすすりながら、私は呟いた。

『俺に勝ち目はない』と秦野くんは半ば諦めていたが、果たしてそうだろうか?

 ネットで調べてみると、LGBTの割合は一〇パーセント弱なんだとか。十数人に一人。同性愛者の割合はもう少し低いかもしれない。しかし、確率的に学前くんが同性愛者である可能性は十分に考えられる。


 もしも、学前くんが同性愛者だったら、私が告白したところで間違いなく振られる。

 ……告白したところで?

 いや、告白したよね、私。


 夏目漱石が『I love you』を『月が綺麗ですね』と訳したエピソードは、けっこう有名だと思う。文学少年である学前くんなら知っているだろうとふんだのだが、彼は知らなかったようだ。しかし、調べればすぐに出てくるはずで。


『さっきの「月が綺麗ですね」って、あれどういう意味?』


 それなのに、あの発言――どういう意味?

 私の婉曲的な告白を、同じく婉曲的に断ったということだろうか? 私が傷つかないように配慮してくれたのだろうか?


「うう、わからない……」


 いつの間にか、飲みかけのお茶がぬるくなっていた。


 ◇


 学前くんとの『デート』は楽しかった。肝心の映画はつまらなかった。

 映画の鑑賞後、ショッピングモール内のレストランで夕食をとった。話題は当然、先ほど観た映画である。学前くんと意見が食い違ったらどうしようか、と心配したが見事に一致し、ほっと胸を撫で下ろした。

 夏目漱石の話もしようと試みたが、それは失敗に終わった。ミステリー映画から夏目漱石へと話題を移行させる方法が思いつかなかったのだ。


 夕食を終えると、健全な高校生である私たちは、夜遊びすることなく帰宅した。

 最寄り駅から自宅まで、学前くんが送ってくれる。前にも同じようなシチュエーションがあったな、と思い出す。夜中、学校に『ビラ配り』した帰りだった。あのとき、私は何を血迷ったか、『うち泊まっていきます?』と学前くんに聞いたのだった。

 純粋な意味であって、決して不純な意味ではない。私の申し出を学前くんは断った。それが嬉しくもあり、同時になぜか残念でもあった。


「そういえば、石田さん引っ越したらしいね」


 白々しさを感じさせる口調で、学前くんは言った。


「寂しい?」

「ええ、まあ……友達だったから」


 一瞬、学前くんの顔がひどく歪んだような気がした。

『友達』という言葉が引っかかったのだろうか? 彼には、私たちの関係が友達には見えなかったのだろうか?


「どうして引っ越したのか、どこへ引っ越したのか――聞いた?」

「両親の仕事の都合で、引っ越さざるをえなくなったとか。引っ越し先は――教えてくれませんでした」

「そっか」


 興味がありそうにも、なさそうにも見えた。不思議な表情だ。


「どうして、石田さんのこと聞くんです? ……あ。も、も、もしかして学前くん、石田さんのことが好きだったり――」

「まさか」


 ――嫌いだよ、あんな奴。


「え? 今、なんて――」

「いや、なんでもない。なんにも言ってないよ。気にしないで」


 石田さんの話はこれで終わり、と学前くんは両手を振った。

 何事もなかったかのように、わざとらしく話題を変えた。クラス替えについて話す。どのような基準でクラスの割り振りを行っているのか。噂によると、成績順なんだとか。本当かな? 海老名先生に頼みこめば、学前くんと一緒のクラスにしてくれるだろうか。先生にそんな権限はないか。神社にお参りしてこようかな。困ったときは神頼み。


「一緒のクラスになれるといいね」


 学前くんは言った。猛烈な勢いで私は頷いた。

 マンションの前に到着する。今日も両親はいない。しかも、今は春休み。チャンスだ――って、私は一体何を考えているんだ?

 夜空を見上げると、丸い月が輝いていた。満月。綺麗だ、とシンプルに私は思った。


「今日は、月が綺麗ですね」


 意図してではなく、思わず口を衝いて出てしまった。

 赤面する私に、学前くんは微笑んだ。そして、言った。


「うん――月が綺麗ですね」


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