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25:

 掃除を終えた座間さんが、教室の前で待っていた。

 秦野と睦美はそれぞれの部活に旅立ったようだ。二人とも運動部所属である(秦野がテニス部、睦美が卓球部)。僕も運動部に入ろうかなあ……いや、三学期終盤からの加入は厳しくないか?


 転校してきてからもう百回くらいは部活どうしよう、と悩み続けている。部活どうしようか問題は、いまだ解決の糸口が見えない。気がついたら、高校生活が終わっていそうだ。そして始まる、大学のサークルどうしようか問題。


「……どう、でしたか?」


 座間さんがおずおずと尋ねてくる。


「三人とも、退学処分になりそうですか?」

「なるよ、間違いなくね」


 問題はそれがいつになるか、だ。

 もうじき、二月が終わる。できれば、この数日中に――二月中にけりをつけたい。

 校長は今すぐにでも動いてくれるだろうか、と僕は考えた。その答えは、明日になればわかるはずだ。

 逮捕された坂本と心折られた里中が、登校してくることはまずあるまい。生徒に手を出した伊藤もまたしかり。問題は、佐伯里奈である。


 彼女のプライドの高さからして、自ずから学校を辞める、という選択肢は存在しないはずだ。今日、意地でも早退しなかったことからも、それは明らかである。

 そんな彼女が明日、学校に来なければ――校長が手を打ったのだ、と判断できる。

 まあ、校長室に押しかけて聞くのが、一番手っ取り早い方法なんだけどさ、そう何度も校長と話したくないじゃない。

 ま、というわけで、明日を待つのみである。


「さてと、帰ろっか」

「あ、その、実は私も部活に……」


 座間さんは申し訳なそうな顔をする。

 部活に行くのなら、僕なんか待たなくてよかったのに。一言、スマホでメッセージでも送ってくれれば、それでよかったのに。最悪、僕のことなぞ放置して、部活に行ってくれてもよかったのに。


「あら、そう。確か文芸部だったよね。楽しく文芸してきてね――じゃ、僕は帰るんで」


 軽く挙げた片手を、座間さんに絡めとられた。彼女の手は白くてすべすべしていた。


「あの……よければ、学前くんも来ませんか?」

「部室に?」

「部室に。できれば、入部もしてほしいのですが」

「文芸部に?」

「文芸部に。運動部と違って緩めでアットホームな部活ですよっ」

「アットホーム?」それって、ブラックな……。

「すみません。アットホームは言い過ぎでした……」


 まだ『イエス』とも『ノー』とも返事をしてないのに、なぜか僕たちは文芸部の部室へと向かっていた。座間さんの歩幅に合わせて歩くのに、慣れてしまっている自分がいる。まるで十年来の親友のような感覚。しかし、実際には彼女と親しくなってから、まだ一か月ほどしか経っていない。


 廊下の窓は換気のためかいくつか開いていて、そこから侵入してきた寒風が僕たちに猛威を振るう。座間さんのスカートがめくれあがるのでは、と心配したが――その心配は杞憂に終わり、僕はひどく複雑な気分になった。

 踊り場にさしかかる。ジョン・トラボルタばりのダンスを披露しようかと思案していると、声をかけられた。


「あ。よっしーとかなみんだ」


 誰が緑色の恐竜だ。キレのあるツッコミを入れたかったが我慢。たまにいるよな、他人との距離感バグってるやつ。彼女がそうだとは言わないが。

 石田さんだった。おともに勢原さんを連れている。


 僕は勢原さんに不器用なウィンクもどきを披露した。能面のような無表情の顔に怪訝色が混じる。最終的に、彼女はゆるゆると首を振った。


「やあ。石田さん、勢原さん」


 何事もなかったかのように言いながら、僕は右手をズボンのポケットに突っ込んだ。


「ねえねえ。二人のクラス、大変なことになってるね」

「やれやれ、本当に。一体、誰の仕業なんだか」


 僕はできるだけ自然な口調で、早口にならないよう丁寧に言った。

 隣の座間さんの視線を感じる。ついでに、勢原さんの視線も感じる。

 不自然かつ早口だったか。石田さんだけ、のんきにクエスチョンマークを浮かべている。


「薬をやっていた坂本さん、パパ活をしていた里中さん、教師と付き合っていた佐伯さん――きっと、三人を恨んでいた人がやったんだろうね」


 石田さんは、僕の犯行と気づいていないようだ。そうだよね、普通は気づかないよね。気づいた奴らがおかしいだけだよね。


「恨んでいた人、というと?」

「たとえば――三人にいじめられていた人、とか」


 ビクッと座間さんが反応する。石田さんと勢原さんには、いじめのことを話していないのだ。話さないでくださいね、と僕に懇願の視線が注がれる。頷いた。言葉を用いなくとも、コミュニケーションはとれるものだ。


「石田さんは身近にいる? いじめとかやってる奴」

「うーん……いない、と信じたいよね」


 タッタッタ、と階段を駆け上ってくる音がする。リズミカルな音につられ、僕たちの視線が階段のほうを向く。体操服姿の秦野だった。阿吽の呼吸で挨拶をする。声など出さない。互いに軽く手を挙げるだけ。


「あっ、開成くんっ!」


 石田さんの表情がお日様のように明るくなる。一方、秦野の表情はとくに変わらない。


「こんにちは……石田さん」

「あれ? 開成くん、部活じゃないの?」

「え? うん、まあ、そうなんだけど……ちょっと、教室に忘れ物を取りにね……」


 歯切れの悪い秦野は、救いを求めるように僕を見つめた。僕はさりげなく立ち位置を移動し、秦野のすぐ隣に立った。そして、肘で彼を小突きながら、


「なあ、秦野。お前、バレンタインにチョコ百個もらったんだって?」

「……えっ?」


 なにその質問、みたいな顔をする秦野。


「いや、そんな……百個ももらってないよ。せいぜい、その半分くらいだよ」

「じゃあさ、その五〇個の中に秦野の好きな人からのチョコはあった?」

「それは……」


 言い淀む。なかったんだね。

 ちなみに、この中で秦野にチョコを渡したのは石田さんだけである。


「良樹、その……どうして、今、バレンタインの話?」

「ぶっちゃけ、この中に秦野の好きな人っている?」


 僕は質問と同時に、秦野の背中を親指でつついた。否定の言葉を口にしようとした秦野は、不意を突かれて跳びあが――らなかった。が、傍から見れば、動揺したように見えただろう。秦野のぱっちり二重の瞳が、僕に説明を求めてくる。


「ま、まさか……僕のことが好きなのかい?」

「そんなわけないだろう」


 冗談に真顔で返されると、いたたまれない気持ちになる。

 微妙な空気になってしまったので、「ありがとう。忘れ物を取りに行ってくれたまえ」と秦野を送り出した。後で非礼を詫びよう。


 秦野の残り香と残像でも味わっているのか、石田さんは心ここにあらずといった感じだ。勢原さんは何を考えているのかよくわからない、無我の境地に達しているのかもしれない。そして、座間さんは――。


「……やっぱ、そうなんだ」


 井戸端会議はいまいち盛り上がりに欠け、めんどくさくなったので適当に別れの挨拶を述べると、僕たちは再び部室棟への道のりを歩み始めた。


 文芸部の部室は部室棟三階の突き当たりにあった。比較的小さめの部室で、しかし一人で占有するにはいささか広すぎる気がする。壁面は主に本棚で覆われ、本棚ごとにジャンル分けされている。部屋の中央には長机が鎮座しており、その周りに四脚のパイプ椅子が置いてある。四人中二人が幽霊部員で、実質的には部長と座間さんの二人だけ。居心地は――なかなかどうして悪くなさそうだ。


「いらっしゃい。久しぶりだね、座間」


 部長さんは言った。文学少女という形容がよく似合う、眼鏡をかけた色白の女性だ。


「すみません。長々と休んでしまって」

「いや、別にかまわないよ」


 彼女は読んでいた本に栞を挟むと、ぽんと音を立てて閉じた。


「それで、問題とやらは解決したの?」

「え、ええ……」

「ふうん。まあいいや」


 触れられたくなさそうな座間さんに配慮したのか、シンプルに興味がないのか――座間さんの抱えていた問題について、彼女がこれ以上尋ねることはなかった。代わりに、棒立ち男について尋ねる。


「彼は――入部希望者かな?」

「はい、そうです。同じクラスの学前良樹くんです」

 はい、そうです??? まあいいや。「はじめまして。学前です」

「君は本をよく読むの?」

「ええ、まあ、ぼちぼち」

「好きなジャンルは?」

「一番よく読むのはミステリーですかね」

「好きな小説家は?」

「たくさんいますけど……一人名前をあげるとすれば、村上春樹ですかね」

「村上春樹はミステリー作家じゃないが」

「純文学も読むのです」


 それから、三人で村上春樹作品の話をし、適度に盛り上がった。

 そして、気づくと僕の右手が入部届を書いていた。部員が増えると予算が増えるのか、部長さんはえらく喜んでいた。座間さんも喜んでいる。僕はクソ高い絵画を買わされたような気分になった。


 部長曰く、『ぶんげいぶっ!』はゆるふわな部活である。来たいときに来て、休みたいときに休む。活動内容は読書と執筆。小説の執筆はやりたくなければ、やらなくてもよいとのこと。はて。はたして、これは部活と言えるのだろうか?


 早速、一時間ほどの読書を行い、入部初日の活動が終わった。

 部活をした気分になれず、僕は首を傾げた。最近、やたらと首を傾げているので、首を痛めがちである。慢性的な寝違え状態。


 部長さんは自転車通学とのことで、帰りは僕と座間さんの二人である。女の子と二人で帰るのにも慣れたな、と言うとなんだかモテ男みたいだな。


「明日、佐伯さんが学校に来たらどうしよう……」

「来たとしても、座間さんのことは疑ってないから大丈夫だって」


 佐伯が疑っているのは僕である。けっこう――いや、めちゃくちゃ疑われている。

 我慢しきれずに、馬脚を露してしまったのがまずかったか……まずかったよなあ(溜息)。


「佐伯が突っかかってきたら、僕が助けるから。だから、安心して。ねっ?」

「う、うん……」


 頷いた座間さんは不安そうな顔で空を見上げる。

 今にも雨が降り出しそうな、どんよりと曇った黒々とした空。それが、不吉の前触れのように思えて仕方なかった――。


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