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 一限目の授業中、佐伯の視線を百回ほど感じた。

 疑っているのだ、この僕を。つまりそれは、学前良樹ならばこのような行為をやりかねない、と――そう思われているわけで。


 心外である。誠に遺憾である。抗議したい気持ちはエベレスト級にやまやまなのだが、実際に僕がやったわけで抗議などできるはずもない。


 心当たりというか、怪しい人物は何人かピックアップしているはずだ。どう考えても、複数人から恨みを買っているのは間違いないわけだし。当人も、まさか自分が万人から好かれているだなんて思ってはないはずだ……思ってないよね?


 だが、一年一組に限れば、ぶっちぎりで怪しいのがこの僕であるわけだ。解せぬ。他にも犯人候補はたくさんいるはずなのに。猜疑の目が座間さんに向かうのでは、と心配したものだが、それは杞憂に終わったようだ。嬉しい。


 このクラスで、佐伯と里中を一番恨んでいるのは――一番の動機を持つのはおそらく座間さんで。佐伯里中連続殺害事件が発生したら、警察が真っ先にマークするのはやっぱり座間さんで。

 だから、佐伯が座間さんを疑わないのが、僕には不思議で仕方がない。


 一限を捨てて、授業の代わりに佐伯の思考をトレースしようと試みる。無謀であり、無駄な試みであることは間違いない。

 そして、思索の果てにたどり着いた結論――それは『座間に復讐などできるはずがない』というものだった。


 佐伯は座間さんのことを下に見ているのだ。もっと下衆な言い方をすれば、舐め腐っている。歯向かってくることが決してないからこそ、座間さんをいじめていたわけで。そんな彼女が自分に復讐するわけがない。


 それは正しい。

 僕という存在がいなければ、復讐することは決してなかったのだから。


 この俺が詩頓高校に転校してきたのが運の尽きだったな、と決め台詞を吐きながら、睨みつけてくる佐伯にウィンクした。

 キモがられたのか、それ以降、佐伯の視線を感じなくなった。


 一限後の休み時間に、ちょっとした事件が起こった。

 鬼の形相をした男子生徒が、我が教室に怒鳴り込んできたのである。佐伯の彼氏はイトセンなので、必然的に里中の彼氏ということになる。少しチャラめだが、別にヤンキーってわけじゃない。意外と普通っぽいやつと付き合ってるんだな、というのが傍観者学前の感想だった。

 体調不良により早退しようとしていた里中に詰め寄ると、彼は例の写真を押しつけ、


「おいっ、これは一体どういうことなんだよ! なあ、説明してくれよ、美優!」

「ち、違うの……これは、その……」

「違うだって? 一体、何が違うっていうんだよ?」


 彼の声が震え出した。怒と哀がごっちゃになった声で、


「本当はパパ活なんて……してないのか? してないんだろ? そうだよな? なあ?」

「う、うん――」

「嘘つくんじゃねえよ、このアバズレがっ!」


 右ストレートが炸裂した。え、マジで? ぶん殴っちゃうの? 

 強かに殴られた里中は、背後の机を巻き込み倒れこんだ。誰のか知らない教科書たちが、床にばらまかれる。机に突っ伏し仮眠をとっていた生徒が、騒音被害によって叩き起こされていた。


 頭を押さえながら呻く里中の上に馬乗りになると、彼氏は二撃目を叩きこもうと右手を振り上げる。

 びっくりするほど唐突な暴力シーンに、あんぐりと馬鹿みたいに口を開いて傍観していた僕たちだったが、見るに見かねて彼氏を止めに入った――秦野が。


「やめろっ!」


 さすがは心までイケメンの正義漢。体育の授業で習った――かどうかは定かではない――柔術でもって、里中の彼氏を組み伏せる。しかし、それでも暴れるので、秦野はヘルプを求める――「良樹!」僕かよっ!


 たまたま睦美と目が合ったので、頷きかけると彼も参加してくれた。男三人で名前も知らない上級生を押さえつける。その間に、クラスメイトが先生を呼びに行った。召喚されたのは海老名先生だった。


「勘弁してくれ……」


 彼女はほとほと疲れきった様子で、里中を保健室へと連れていった。

 あれ? 海老名先生……?「はなせぇ!」あの……こいつは?「あのクソ女、ぶっ殺してやるっ!」目が血走ってて怖いよ、この人……。

 続いて召喚された体育の国枝先生が、そのマッチョな肉体でもって暴れる彼氏を制圧&一喝し、どこかへ連行していった。


 突如として到来した暴風雨は一瞬にして過ぎ去り、後には静寂が残された。まだ一限が終わっただけだというのに、追加で補習を受けたくらいの疲れがどっと押し寄せてきた。先生、僕も早退していいですか?


 こうして、ノックアウト(物理)された里中は早退した。

 一方、佐伯は早退などせずに、その鋼のメンタルでもって授業を受け続けた。昼休みになると、教室から出て行こうとしたが、他クラスの生徒の目に怯えてか(鋼かと思いきやメッキだったようだ)、結局は自分の席でひとりぼっちで飯を食べ始めた。


 スマートフォンを持つ手が小刻みに震える。屈辱に耐えるような苦悶の表情。舌打ち、ため息、貧乏ゆすりのローテーション。


 普段、昼休みはもっとも賑やか時間の一つだと思うが、今日に限ってはその限りではない。佐伯に気をつかって――というか、目をつけられないように、声のトーンを落とした会話が繰り広げられる。が、逆にそれが癇に障ったのか、彼女は苛立たしげに机を叩き、勢いよく立ち上がった。


「お前ら、なんなんだよっ!? さっきから、ちらちらちらちら見やがってよっ!  言いたいことがあんなら、はっきり言えやっ!」


 しかし、誰も口を開かない。

 折れんばかりに歯を食いしばると、佐伯はドスンと着席した。針のむしろ。早退したほうが、(佐伯も含めて)全員の精神衛生上いいと思うんだけど、彼女のプライドがそれを許さないのだろう。早退=負けを認めた、という方程式が成り立ってしまうのだ。


 結局、佐伯は放課後まで居続け、帰りのホームルームが終わると、掃除当番なのにそれを無視して、即帰宅してしまった。


 佐伯がいなくなった瞬間、教室の雰囲気が目に見えて和らいだ。声のトーンとボリュームが普段通りに戻り、和気藹々とした会話が繰り広げられる。いなくなった三人の悪口も、四方八方から聞こえてくる。めちゃくちゃヘイト買ってたんだな。


 暇だったので、教室掃除を手伝う。ここ最近、僕と座間さんが親しくしているのは周知の事実であるが、恋愛関係にあるとは思われていないようだ。だったら、どういう関係だと思われてるんだろう?

 ほうきで床を掃いていた座間さんが、同じくほうきで床を掃いていた僕に接近してくる。ついでに、ちりとりを持った秦野と手持ち無沙汰の睦美も接近してくる。


「あの……私、とてもすっきりしました」


 座間さんは晴れやかな表情で、その眩しさに僕は目を眇めた。


「そう? ならいいんだけど……僕はまだすっきりしてないんだよね」

「里中はあの様子だと十中八九、学校やめるだろうけどよ」睦美は言った。「佐伯はあの感じだと、やめねえんじゃねえの?」

「まあ、自発的にはやめないだろうね」

「校長は佐伯を退学処分にするのかな?」


 秦野が尋ねてきた。僕たちが集めたゴミを、ちりとりで回収していく。


「うーん、どうだろうね……」


 僕はほうきの柄に顎をのせる。


「イトセンはクビになると思うけど、佐伯は微妙だよねえ。教師が生徒と付き合うのは犯罪になるけど、生徒が教師と付き合うのは別に犯罪じゃないし」

「主犯格の佐伯が退学にならないんじゃ、意味ないじゃないか――」

「話は最後まで聞きなさいな」


 僕は秦野の肩に手を置いた。


「でもね、ここまで大事になったんだから、三人――イトセンも含めれば四人か――まとめて校長は切り捨てると思うよ」


 彼らを庇う理由などない。

 膿は出し切ってしまうのがベストである、と校長なら判断しそうだ。


「おい、学前」睦美が小声で言った。「あれは使わないのかよ?」

「あれ?」

「校長のパパ活写真だよ。データ、とってあるんだろ?」

「もちろん」


 睦美にほうきを押しつけると、僕はカバンから写真を一枚取り出した。

 校長と里中がホテルから出てきた瞬間をとらえた写真。これを見せれば、校長はどんな無理難題だろうと、僕の言うことを聞いてくれるはずだ。


「念押し、しておいたほうがいいんじゃねえの?」

「つまり、君はこう言いたいんだね――『三人を確実に退学処分するように、校長に話しをつけてこい』と」

「その通り」

「わかったよ。行ってくる」


 スクールバッグを肩にかけると、僕は教室を後にした。

 校長室は一階にあったと記憶している。階段下りるのめんどくさいな、エレベーターとか作ってくれないかな、と若者らしからぬことを考えていると、ほうきを手に持った魔女みたいな座間さんが追いかけてきた。


「私も行きます」

「僕一人で大丈夫だよ」

「でも、学前くん一人に汚れ仕事を押しつけるわけには……手を汚させるわけには……」

「いや、別に手を汚すってわけじゃないんだけど……まあ、汚れ仕事かもしれないけどさ」

「だったら――」

「座間さんには、清らかなままでいてほしいんだ」


 僕は秦野にやったように、座間さんの肩に手を置こうとしてやめた。


「悪いことっていうか、汚いことっていうか――そういうことしてほしくないんだ」


 それは僕の率直な思いだった。


「多分だけど、座間さんってけっこう罪悪感とか覚えちゃうタイプでしょ? 僕はそういうのないからさ。適材適所ってものがあるわけで。だから、校長のことは僕に任せて、君は教室をぴかぴかにしててよ」

「……わかりました」


 座間さんにしては珍しく、拗ねたような不機嫌な言い方だった。


「教室掃除して待ってます」


 くるりと身を翻すと、ほうきを引きずりながら座間さんは教室に戻っていく。

 悪いこと、したかな……。でも、座間さんが同伴したところで、ポジティブな要素が加わるわけでもないしな。もし仮に校長が激怒したら、座間さん泣いちゃいそうだし。だから、僕一人で十分なのだ。


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