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16:

「学前くん、ポテト食べますか?」

「え? くれるの?」


 座間さんは控えめに頷き、フライドポテトの載ったトレイを僕の席へとスライドさせた。

 僕はバカップルの片割れのような甘えた口調で、


「できれば、『はい、あーん』って感じで食べさせてほしいなー」

「え? えええ?」座間さんは戸惑いながらも、「は、はひっ、あーん……」


 まさか、本当に『はい、あーん』してくれるとは。ちょっとした冗談だったんだけどな。これ、真摯に頼みこめば、けっこういろんなことしてくれるのでは? 膝枕とか、コスプレとかさ。むくむく夢を膨らませながら、座間さんの人差し指と親指の間に挟みこまれた一本のポティトゥを求め、僕は顔を近づけ――。


「馬鹿野郎」


 後頭部に衝撃が走る。刹那、視界が揺れる。空を裂いた口が、無様に閉じられる。歯と歯の衝突音。叩かれたのだ、と数瞬の後に気づく。左方を仰ぎ見れば、血涙をさめざめと流す、一人の漢の姿が。


「俺の前でいちゃつくな! つーか、お前ら絶対付き合ってるだろ!」

「つつつ付き合ってなどないですよ。ねえっ、学前くん?」

「ツキアッテナイヨ」

「なんでロボットみてえな口調なんだよ」


 座間さんのポテトをつまみながら、窓の外の景色をぼんやりと見る。

 自動ドアは閉ざされたまま、開く気配はなかった。この後、三人が出てきてから、本格的に尾行が始まるわけだ。佐伯のときみたいに、初日で成果が出るとは考えにくい。あれはきわめてラッキーだった。ご都合主義みたいに。


 さらに言えば、佐伯の場合は『イトセンとの交際疑惑』という事前情報があったわけだが、里中と坂本にそういった事前情報はない。弱みを握ろうとしての尾行だが、そもそも弱みがあるかどうかさえわからない。


 なんともまあ、見切り発車である。

 彼女らがスターバックスから出てくるまで、こちらはマクドナルドで粘らないと。平日の夕方ということで、混雑度はほどほど。勉学に励む学生もたくさんいたが、とてもそんな気にはなれない。


 三人だと――奇数だと、微妙に会話しづらい。座間さんと睦美はほとんど喋ったことがないようで(一説によると、座間さんと一定以上のコミュニケーションをとったことがあるという生徒は、学校全体で一パーセント未満なんだとか)、会話は主に『僕と座間さん』か『僕と睦美』の二パターンである。


 睦美大和という男の存在自体が喋るセクシャルハラスメントなので、睦美が座間さんに話しかける――それすなわちセクハラである、という図式が成立するわけで。僕としては、座間さんと睦美を喋らせるわけにはいかない。


 というより単純に、座間さんと睦美では共通項がなさすぎて、話題がないのである。

 三人によるぎこちない会話を試みもしたが、結果は芳しくなかった。座間さんは口数が多いほうではないので(第三者がいるからかも?)、大半は僕と睦美による会話である。その睦美も座間さん(女子)がいるからか、普段よりはだいぶ大人しめである。座間さんに下ネタのオンパレードを聞かれるのは、やはり気まずいのだろうか。睦美くんがTPOをわきまえる人間になってくれて、ボクとっても嬉しいよ(涙)。


 尿意を催し、席を立った。

 そういや石田さんは、と彼女らがいたテーブル席に目を遣ってみる。もぬけの殻だった。

 用を足していると、隣にやってきた睦美が小便小僧の十倍の勢いで放尿し始めた。さながらダムの決壊である。小便器の中に、小さな虹がかかっているかもしれない。まあ、見る気にはなれんが。


「確証とかはないけどよ、座間、お前に惚れてるんじゃねえの?」

「まさか」僕は言った。「惚れられるほど、まだ親しくないよ」

「惚れるのに親しさとか関係ないだろ。一目惚れ、なんて言葉もあるくらいだし」

「一目惚れ、ねえ」僕はチャックをあげる。「僕は一目惚れという概念に、どちらかというと懐疑的な立場なんだけど」

「一目惚れは存在するぜ。現に、俺はもう百回は一目惚れしてる」

「お前の一目惚れ、大安売りだな」


 石鹸で手を洗う。あわあわ。無限に続くかと思われた睦美の放尿が、ついに終焉を迎えた。心なしか、すっきりとした晴れやかな表情のような――うん、どうでもいいな。ハンカチで手を拭いていると、トイレのドアがノックされる。


「ここのトイレ、個室じゃないですよ」

「学前くん、睦美くん。三人が出てきました! 追いかけましょう!」


 開けゴマ、と呟かずトイレのドアを開ける。座間さんが小さな体で三人分の荷物を抱えている。トレイも片付けてくれたっぽい。感謝感謝。

 僕は荷物を受け取ると、同じく荷物を受け取ろうとする睦美に鋭い口調で言った。


「手、洗えよ」


 ◇


 結論から言おう――不発だった。

 三人の後を追いかけ、電車に飛び乗った僕たち。高校からの付き合いである三人は、それぞれ異なる地区に住んでいるようで、違う駅で下車していった。里中を睦美が尾行し、坂本を僕と座間さんで尾行した。


 自宅の最寄り駅で下車した坂本は、そのまままっすぐに帰宅した。彼女の自宅は築十年前後のこれといって特徴のない一軒家だった。念のため、門扉の表札を確認してみる――目を凝らすと『坂本』と書いてあるのが見えた。


 二〇分ほど待ってみたが、坂本が外出する気配はなく、諦めて僕たちも帰宅した。

 睦美のほうも不発だったみたいで、明日への意気込みが長文で送られてきたので、眠たかった僕は既読無視した。


 以下、尾行二日目から五日目までの簡易的な記録です。


 火曜日。坂本バイト。佐伯・里中、繁華街回遊。

 水曜日。三人でショッピングモール巡り。

 木曜日。上級生男子三人とカラオケ。

 金曜日。坂本バイト。佐伯・里中、カフェ巡り。


 こうして、一週間が無慈悲に過ぎ去った。

 アルバイトにも励む坂本はともかくとして、佐伯と里中は遊びすぎじゃないか? ……いや、バイトも部活も勉強もせずに、探偵ごっこに興じてる奴が言えたことじゃねえよな。


 五日間、毎日尾行するのは思いのほかしんどい。何がしんどいって、三人が青春してる様を間近で観察しなけりゃならんってこと。クソつまらんB級映画を二本立てで観させられるのと同等の疲労感である。


 休日である土曜日と日曜日が、天国のように感じられた――ってことは、月曜日から金曜日までの平日五日間は地獄なのか? 

 いや、座間さんと一緒に尾行をするのは、案外楽しかった。尾行は暇な時間が大半なので、自然とお喋りに興じることとなる。あの座間さんが、自分から話題を提供することもあり――その内容に一同驚愕、涙が止まらない。……うん。だから、BLの話されても、ボクわかんないよ。文学トークとかで頼むよ。


 この一週間の尾行は、徒労に終わったと言い切ってもいいだろう。ポジティブなことと言えば、座間さんに対するいじめがすっかり鳴りを潜めたことくらいか。いや、『くらい』というか、尾行なんかよりもこっちのほうがよほど重大である。


 佐伯に対し言い放った『座間さんをいじめるのをやめてほしい』という僕のお願いが実を結んだのか、あるいは『いじめなんてしたことない』と佐伯の言質を取ったことが功を奏したのか、もしくは単にいじめという行為に飽きたのか、はたまた――。


 要因は――過程はどうだっていいのだ。大事なのは、『座間さんの学園生活に平穏が戻った』という結果なのだ。

 え? 平穏がもたらされたのなら、尾行をしてまで三人の弱みを握る必要なんてないじゃないか、だって?


 確かにそうかもしれない。でも、鳴りを潜めた座間さんいじめが、この先二度と復活することはない、と断言することはできない。何かの拍子に再開される可能性は十分にあるわけで。それならば、後顧の憂いを断っておくべきだ。僕はそう判断した。


 よって、尾行は継続。里中と坂本の弱みを握るまで終われません。二人が大罪を犯していることを、神に祈ろうじゃないか。そんなことを神に祈るのもおかしな話なんだけど。

 そうして、二週目が無慈悲にやってくる。


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