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 高校に入学してから半年が過ぎたある日のこと、学前家の暴君こと我が父君が、なんの前触れもなく唐突に「引っ越すぞ」とおっしゃりやがった。それがいつなのか、どこなのか――そういった説明は何一つとしてなかった。やれやれである。

 父は今日明日にも引っ越さんばかりの勢いだったが、夜逃げじゃないんだから、そう簡単に引っ越せるわけがない。

 大体、僕と姉は高校生なのだ。県外にお引っ越しするのなら、転校しないとじゃないか。その辺りの事情を配慮してもらいたいものなのだが、他人をおもんぱかることなど到底できない人間――それが父なのだ。


 すったもんだの末、一二月の末に引っ越すこととなった。荷造りという作業によって、僕の貴重な冬休みの何日かが、スクラップのようにぺしゃんこに潰れてしまった。遺影の中の母上はいつも通りに微笑んでおられるが、目の前にいる姉上は非常に機嫌が悪いようだった。触らぬ神になんとやら。

 引っ越しはつつがなく終了した。全然広くないマンションから、断然広い一軒家へ。我が家のグレードが二段階くらいアップしたことは僥倖と言えよう。ペットもいない三人暮らしには、もったいない広さの一軒家であった。退職後、犬か猫を買う計画でもあるのだろうか?


 さて。

 冬休み明け――三学期から、僕の新しい高校生活が始まる。

 僕が転入する詩頓高校は、偏差値はそれなりに高いが、進学校と言えるかは微妙なラインの私立高校である。数年に一度、東大に合格する生徒がいるんだとか……でも、それははぐれメタル並みの希少種である。僕がその希少な一人になる可能性は皆無であろう。

 制服はえんじ色のブレザーで、学年によってネクタイの色が異なるようだ。お洒落な制服なのかどうかは、ファッションに無頓着な僕にはよくわからない。まあ、可もなく不可もなく、といったところだろうか。

 ちなみに、姉は名門女子校に通うようである。引っ越しによって悪くなった機嫌が、元通りを通り越して上機嫌になっていた。今ならどんな罪を告白しようが、寛大な心でもって許してもらえる、と確信した僕は、姉が大切にしていたマグカップをうっかり割ってしまったことを笑顔で告白し、無事にジャーマンスープレックスをかけられ、泡を吹いて気絶した。冬休み明け前日のことであった。


 転校初日。

 自己紹介でクラスメイトの心を鷲掴みだ、と意気込んでいた僕だったのだが……。


「あー、転校生が入ったから、一応紹介しておくぞ。学前良樹くんだ」「学前良樹です。えっと――」「時間ないから、自己紹介は一言でよろしく」「え? えっと、三学期だけの短い間ですが、よろ――」「じゃ、一限始めるぞ」「…………(あー、『ただの人間には興味ありません』とか言ってみたかったなー)」


 このようにして、転校生イベントその一『自己紹介』が秒で終わり、何事もなかったかのように授業が始まった。

 担任の伊藤教諭は二〇代とは思えないほど覇気がなく――というか、やる気がなく、教師という職業に対して僕が抱いていたイメージを根底からひっくり返してくれた(むろん、悪い意味で)。ちなみに、伊藤教諭の授業(現国)は味気なく、お世辞にも教え方がうまいとは言えないものだった(なんて、一生徒にすぎない僕が評価するのも、なんだか生意気な話なんだけど)。


 休み時間。

 転校生イベントその二である『質問責め』が幕を開ける――ことはなく、かといって、空気のように扱われることもなく、何人かの生徒に話しかけられ、それに対し、僕は無難な返答をしたのだった。

 こうして、とくに波乱が起こることなく、さざ波すら立つことなく、いたって平穏に時は流れていった――。


 放課後。

 転校初日ということもあり、一人寂しくとぼとぼ帰宅していると、電車の中で姉上を発見した。彼女はかわいらしい女子生徒を二人左右に侍らかせ、本日知り合ったとは思えないほど親しげに会話を弾ませていた。

 く、悔しい……。僕は内心、地団駄と踏んだとか踏まなかったとか……。

 姉に見つからないように、忍び足で隣の車両へと避難した。

 言っておくが、僕は特別、コミュニケーション能力が低いわけではない。ただ特別高いわけでもないので、転校初日からわんさか友達をつくるのは、どだい不可能な話である。親しくなれそうな奴を何人か見つけるので精一杯だった。


 帰宅後、暇を持て余した僕はリビングのソファーに寝転がりながら、のんびりゲームをした。対戦型格闘ゲームだったが、あくまでも暇つぶしなので、勝ち負けにこだわらず適当にプレイ。一方的にボコボコにされながら、バイトでも始めようかなー、部活にでも入ろうかなー、などと考える。

 三学期からの入部というのは、どうなんだろう? 時期的に中途半端ではあるまいか。いやでも、まだ一年生だしなあ……。


 気がつくと、夜になっていた。お腹が空いたけど、晩御飯をつくる気にはなれないよ、助けてアネえもん、と心の奥底で叫びながら、相も変わらずソファーでゲームをしていると、我が麗しき姉上が帰宅。左手にはMマークが描かれた紙袋。

 はて、あれはマックだったかモスだったか……。

 姉と二人でハンバーガーを食べる。マックのバーガーなのか、モスのバーガーなのかは、最後まで不明であった。父は仕事が忙しいのか帰ってこない。彼は自宅にいないことがデフォルトなので、とくに気にはならなかった。大して家にいないのに、なんで一軒家に引っ越したんだろう?


 風呂、歯磨き……などなど、諸々のルーティンを終えるとベッドに潜りこむ。

 これから、僕が詩頓高校で送ることになるのは、薔薇色の学園生活か、灰色の学園生活か、暗黒の学園生活か――。

 ま、いずれにせよ、高望みはしないでおこう。スクールカーストのトップ・オブ・トップ、ピラミッドの頂点に君臨できるだなんて、もちろん思わない。いじめの標的にならなければ、安穏に暮らせれば、それで十分というものだ。

 頭の中で羊を数えるまでもなく、あっという間に僕は眠りについた。

 このようにして、転校初日は終了した。なんとも味気ない一日であった。


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