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ポンコツ令嬢に転生したら、もふもふから王子のメシウマ嫁に任命されました  作者: 江本マシメサ
第二話 勝負の『ウサギの絶品サクサクスープパイ』
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メシウマ嫁の初仕事

 ぷにぷに、ぷにぷにと、手触りのよい何かで頰を突かれていた。

 表面はすべすべしていて、かつなめらかで、ほどよい弾力がある。


「うう……ぷにぷにで、気持ちがいい……!」

『当たり前だ。きちんと、肉球クリームで毎日手入れをしているからな!』

「毎日お手入れって、乙女か!」


 突っ込んだあと、ハッと目覚める。


「あれ? リュカオン?」

『そうだ! ポンコツ王子のメシウマ嫁よ。我のごはんを作ってくれ。腹が減ったぞ』

「ううん」


 幼い子どものような声が聞こえ、身じろぐ。


『おい、ポンコツ王子は、朝食も食べずに研究室にこもったぞ?』


 ぐっと、強めに頰を突かれる。


『いいのか、メシウマ嫁!?』

「よ、よくな~い!!」


 目をカッと見開き、一気に起き上がる。


『おお、起きたか。ポンコツ王子のメシウマ嫁よ』

「嫁じゃないから!!」

『まだ、婚約中だったな。すまぬ』

「そういう問題でもなく!」


 可愛らしく小首を傾げるのは、モコモコふわふわの白い毛並みを持つ犬――ではなく、国を厄災から守護するオオカミの姿をした聖獣リュカオンだ。

 昨日、守護の力を使ったので、子犬の姿に戻っている。

 リュカオンはおいしい食事を対価に、スタンピートを防ぐことを約束し召喚されたようだ。だが、第三王子イクシオン殿下が用意した食事が口に合わず、『このままでは空腹で、守護もままならない!』と駄々(だだ)を捏ねていたらしい。

 国中のどんな料理人の料理を食べても、『クソ不味い!』としか言わず、『おいしい物が食べられないのであれば、帰るしかない』と宣言していたのだとか。

 そんな中で、現代日本で料理人をしていた記憶をのぞき見たリュカオンは、私にオムライスを作るように命じた。

 リュカオンを聖獣と知らなかった私は、「お腹を空かせて可哀想」という憐れみの気持ちでオムライスを作った。結果、リュカオンは私の料理を気に入り、未来永劫(みらいえいごう)厄災から守る『守護の紋章』を手の甲に宿してくれたのだ。

 イクシオン殿下はリュカオンの召喚には成功していたものの、『守護の紋章』はもらっていなかったので大喜び。

 無事、リュカオンのお披露目もできて、めでたしめでたし――ではなかった。

 驚くべきことに、イクシオン殿下はお披露目の場で、私を婚約者だと紹介したのだ。

 突然すぎて、混乱状態となる。

 宮殿に戻った私は、即座にイクシオン殿下に抗議した。「なんてことを言いやがりますのか!?」と。

 イクシオン殿下は今回の舞踏会で、婚約者を指名するように命じられていたらしい。けれど、決めるのは面倒だし、だからと言って周囲の者が決めた女性とは結婚したくない。そんな中で、聖獣の乙女として選ばれた私は、風避けとして都合がいい存在だったようだ。私を仮の婚約者として立てておいたら、結婚についてうるさく言われないだろう。そういう目論見(もくろみ)があったらしい。

 昨日は呆れて、言葉もでなかった。今日は、きちんと抗議しなければ。


『おい、メシウマ嫁! 起きたか?』

「嫁じゃなくて、アステリアよ」

『アステリア、早く、ごはんを作れ!』

「はいはい」


 寝台のそばにある円卓に、ラッピングされた箱が山積みになっていた。昨晩、誰かが持ってきてくれたのか。爆睡していて、気づかなかった。

 カードには、『アステリア嬢へ』と書かれてある。送り主は、イクシオン殿下だ。早速開けてみたら、ドレスが数着と、髪を結ぶリボンに下着、ストッキングなどの小物から化粧品、香水まで入っていた。

 まさか、下着まであるなんて……。


『変態か?』

「!」


 考えていたことを読まれたと思い、リュカオンをジロリとにらむ。


『なあ、お主もそう思うだろう?』

「ええ、まあ」


 どうやら、脳内をのぞかれたのではないようだ。リュカオンは私の記憶の中にある料理を、〝視る〟ことができる。かと言って、心の声が常に聞こえているわけではないようだ。

 のぞきたいと思ったときにのみ、聞こえるらしい。なんて恐ろしい能力なのか。


『しかし、この用意周到さ。お主を囲い込んで、実家に帰らせるつもりはないのだな』

「それは、困るんだけど」


 リュカオンのごはん係をするのはいい。私の作る料理を望んでくれるなんて、嬉しいことだから。でも、一度家に戻って両親に事情を話したい。

 このあとイクシオン殿下に拝謁(はいえつ)して、抗議活動をしなければ。

 着替えをするため、リュカオンにシーツを被せた。空気を読んで、おとなしくしてくれている。

 どこからともなくメルヴが現れ、身支度を手伝ってくれるという。

 まずはたらいに張った水を持ってきてくれた。それで、顔を洗う。歯を磨いたら、すっきり目が覚めたような気がした。

 続いて、着替えをする。贈り物の中から比較的動きやすそうなプリンセスラインのドレスを選んだ。襟にはレースがふんだんに使われ、胸のリボンはベルベット。非常に手が込んだ、高価な一品であることが分かる。そして、サイズは恐ろしくぴったりだった。

 本当に、どうやって一晩でこの贈り物を用意したのか。王族のコネクションは謎が多い。

 化粧は薄くていいだろう。ささっと十分くらいで終わらせる。

 髪は、侍女がやってくれるように手が込んだものはできない。前世でやっていたように、ひとつにまとめてシニヨンにし、リボンで結んでおいた。

 エプロンもあったので、ありがたいと思いつつかける。葉っぱ精霊メルヴとおそろいの、フリフリエプロンだ。


「リュカオン、もう、出てきていいよ」


 聖獣様なので、「リュカオン様」と呼んでいたが、『敬語と様は堅苦しいから、必要ない!』と抗議されたので、お言葉に甘える形になっている。ついでにイクシオン殿下も「私も敬語と敬称はいらない」とおっしゃっていたが、それはどうなんだと考えていた。


『ぷはー!』


 シーツからひょっこり顔を出したリュカオンに、質問する。


「朝ご飯は何を食べたい?」

『〝たまごやき〟、とやらが、おいしそうだ』

「リュカオンは、卵が好きなんだね」

『うむ、好きだ!』


 リュカオンが転移魔法で、厨房まで連れて行ってくれる。

 昨晩の後始末はメルヴたちがやってくれたようで、ピカピカな状態を保っていた。


「そういえば、ここって侍女や侍従がいないのね」

『ポンコツ王子は、使用人は煩わしいと遠ざけているようだ。代わりに、メルヴを使役し、身辺の世話をさせている』

「ふうん。そうなのね」


 そんなことを話していたら、メルヴたちがてててーと走ってきた。


『オ待タセ!』

『メルヴダヨ!』


 今日も、メルヴたちが調理を手伝ってくれるようだ。昨日に引き続き、フリフリエプロン姿が愛らしい。


『材料、持ッテクル?』

「うん。お願い。今日は卵と――」


 日本風の朝食なら、ほかほかご飯に()()(しる)、焼き魚に卵焼きという感じだけれど、さすがに味噌はないだろう。大豆っぽい豆はあるので、手作りできるかもしれない。


「あ、昨日のトマトスープで炊いたご飯が余っているのね。じゃあ、これをリゾット風にして、あとは卵焼きとスープでも作ろうかしら」


 すばやく献立を組み立て、腕をまくって調理を始める。

 まずは、窯に火を点した。

 リュカオンは今日も調理風景が気になるようで、メルヴのツルを体に巻き付け、宙に浮かんだ状態でこちらを見つめていた。

 笑ってしまうので、なるべく視界に入れないようにし、調理に集中する。

 一品目は残りものリゾットから作る。昨日のトマトスープで炊いたご飯に、イクシオン殿下の自動調理器で作ったコンソメスープを加え、食感を出すためにキノコを刻んで混ぜる。あとは、水分がなくなるまでコトコト煮込むのみ。

 二品目。コンソメスープにベーコン、ニンジン、タマネギを入れて火にかけた。

 イクシオン殿下の自動調理器はかなり便利だ。スープの出汁取りを一瞬で終わらせることができるので、優秀である。

 材料を切っただけの、手抜きスープはすぐに完成した。

 最後に、卵焼きを作る。自動調理器で魚介系の出汁を作成し、溶いた卵と混ぜた。

 醤油(しょうゆ)とみりんが欲しいところだが、残念ながら存在しない。塩をほんのちょっぴり、砂糖をひとつまみ入れる。

 一回漉()すと、焼き上がりがきれいになる。日本ではおなじみのザルはないので、清潔な布で漉した。

 鍋に油を引いて、温度を見定め、卵を流す。じゅわ~と卵が焼けるいい匂いがふんわり漂った。火加減に注意し、丁寧に卵をくるくると巻いていった。


「よし、できた!」


 焦げ目のない、きれいな出汁巻き卵焼きの完成だ。

 個人的には、これに大根おろしをのせて、醤油をちょびっとかけるのが大好物だ。


『アステリア! 我も、〝だいこんおろし〟をのせ、〝ショウユ〟とやらをかけたものを食べたい!』

「あっ、脳内を勝手にのぞいたわね!」

『アステリアがおいしそうな記憶を思い出したら、勝手に我の脳内に流れてくるようになっているだけだ!』

「どういう仕組みなの、それ?」


 まあ、いい。いちいちリュカオンに突っ込んでいたら、疲れてしまう。


「残念だけど、醤油はないの」


 リュカオンはしょんぼりする。さすがの私でも、醤油は作れない。

 でも、ここの世界は地球と同じような食材がほとんどだし、どこかに醤油を作る技術を持っている国があるかもしれない。


「イクシオン殿下に、醤油がどこかの国にないか、聞いてみるから」

『承知した!』


 リゾットもどきは水分がなくなっている。これに、チーズを入れ、トロトロになるまで煮込んだ。

 深皿に盛り付け、黒コショウを少量振りかける。

 トマトのリゾットもどきと、ベーコンと野菜のスープ、だし巻き卵焼き。以上の三品で朝食は完成だ。三人分用意し、ワゴンに載せておく。

『よし、では、ポンコツ王子のもとへゆくぞ!』

「ちょっ、食堂で食べるんじゃないの!?」

『移動させるのが面倒だ!』

 ワゴンごと転移し、イクシオン殿下の研究室に降り立った。

 朝から研究に没頭していたイクシオン殿下は、転移してきた私たちを見て、椅子から転げ落ちて驚いていた。


「うわーっ!!」

「あの、イクシオン殿下、大丈夫、ですか?」

「敬称と敬語は必要ないと申しておっただろうが」


 転がった姿勢のまま、イクシオン殿下は私に指摘する。尊大な様子で言うのならば、せめて立ち上がってから発言してほしかった。

 溜息をひとつこぼし、イクシオン殿下から視線を逸らす。

 研究室は学者向けレベルの難しい本が並び、だだっ広い空間にテーブルが置かれただけの部屋だった。イクシオン殿下の周囲だけ、書類が落ちていたり、ガラクタのような部品が散らばっていたりする。


「おい、アステリア。私の話を聞いていたのか?」

「聞いていましたよ。しかし、王族相手に、敬語と敬称禁止はきついです」

「昨晩は、普通にしゃべっていたではないか」

「昨日は、いろいろ混乱していまして……。まさか、王族がこんなにも身近にいるとは思わなかったものですから。大変な失礼を働いてしまいました」

「気にしておらぬと申しているだろうが」

「しかし」

「言うことを聞かないと、立ち上がらんぞ」

 そこまで主張するのならばと、態度を改める。

「立て、イクシオン!」

「いきなり偉そうになったな!」


 そう叫んで、イクシオン殿下は立ち上がった。

 むしゃくしゃした気持ちが高まり、ついつい言葉が悪くなってしまった。しかし、後悔はしていない。

 不敬罪で罰せられるかもしれないが、ついでに婚約破棄もできて一石二鳥だろう。しばしの獄中生活くらい、耐えてみせる。

 そんな心積もりでいたが――。


「まあ、よい」


 いいんかーい。

 落胆と同時に、ガクッと肩を落としてしまった。

『もう、〝夫婦漫才〟は終わったか? 早く、朝食を食べたい!』

 リュカオンは私の脳内にある語彙を使い、突っ込んでくる。イクシオン殿下は「めおとまんざい?」と首を傾げていたが、面倒なので説明したくない。無視を決め込む。


『おい、ポンコツ王子! アステリアが朝食を作ってきてくれたぞ』

「助かる。ちょうど、空腹だった」

『ありがたく、食せ!』


 部屋の端に、椅子があったのでテーブルに持っていく。イクシオン殿下も、運んでくれた。お手伝いができるいい子である。

 テーブルの書類や部品を片付け、料理を並べていく。


「アステリア、この赤い料理はなんだ?」

「昨日の残りもので作ったリゾットもどきです」

「残りもので料理を? 賢いな」


 前世は庶民なので、標準装備の知識です。なんてことは言わずに、ニッコリと笑顔を返した。

 イクシオン殿下は、出汁巻き卵にも食いつく。


「こちらはなんだ? 四角い、オムレツか?」

「出汁巻き卵焼きです」

「初めて見たな」


 言われてみたら、この世界の朝食で出る卵料理といったら、ゆで卵にスクランブルエッグ、それからオムレツの三種類くらいしかない。


「オムレツに似ていますが、食感はぜんぜん違いますね。薄焼きにした卵を巻いたものです」

「ふむ。なるほどな。いただく前に、敬語は禁止する。わかったな」


 仕方がない。ふーと息をはき、腹をくくった。


「なんだ、不満そうな顔だな?」


 不満はおおいにある。けれど、今は食事に集中しよう。

 食前の祈りを捧げたのちに、食事を始める。リュカオンとイクシオン殿下は、出汁巻き卵焼きを食べていた。


『こ、これは!?』


 リュカオンのフワフワの尻尾がピンと立つ。驚きで、いつも以上に尻尾の毛並みがボリュームアップしていた。

 続けて、イクシオン殿下も反応を示す。


「初めて食した味だ!!」


 日本には古くからある家庭的な一品であるが、異世界では珍しいもののようだ。


『なんと表現すればいいのやら。とにかく、おいしい!』

「卵の折り重なった層から、じゅわっと深みのあるスープがあふれでてくる。なんだ、この旨味が圧縮された、卵の層は!?」


 なんだと聞かれましても。でも、おいしそうに食べてくれるのは、心から嬉しいと思う。


「出汁――スープはイクシオン殿下の自動調理器で作ったものよ」

「そ、そうなのか!?」

『あの魔道具は、制作者が使い方をわかっていないだけだったのだな』

「みたいだ」


 イクシオン殿下は素直に認めるので、笑いそうになった。

 リゾットもどきと手抜きスープもお気に召していただけたようで、ホッと胸をなで下ろす。

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