王都にドナドナされる伯爵令嬢
死因――過労死。
無茶が原因で死んだ私は、魔法が存在する異世界に転生した。
前世は平々凡々の家庭で生まれ育ったが、今世は毎日ドレスで暮らす貴族の家庭だった。
透けるような白い肌に、アーモンド型の目はウサギのような赤い瞳。アストライヤー家の者に遺伝するコーラルピンクの波打った髪は艶やかで、手足はすらりと長い。
私は前世の地味な面影なんて欠片も見つからない、美少女に生まれ変わっていた。
名を、アステリア・ラ・アストライヤーという。
歴史だけは無駄に長く、無駄に裕福な、アストライヤー伯爵家の三女として生を受ける。金がありあまっているからか、両親は夜な夜なパーティーを開いたり、商人を招いて買い物三昧していたりという、贅沢な暮らしをしていた。
まるで、没落への道が決まっているような暮らしぶりであったが、それを十何年と続けてもアストライヤー伯爵家は傾くことはなかった。
というのも、アストライヤー伯爵家の領地は山岳地帯にあり、そのほとんどが鉱山。金銀財宝がザックザックと採れるので、金の心配は無用なのだ。
そんなアストライヤー伯爵家の一員として生まれた私には、目が『金』になった求婚者が大勢押しかけてくる。
求婚を軒並みザックザックと断っていた十六歳の冬に――父から一通の手紙を手渡された。
それは、国王主催の舞踏会の招待状だったのだ。
「うげっ!」
「うげっとはなんだ、うげっとは!」
恰幅がよく、トランプのキングの絵柄に似た父は憤る。
「だって、国中から大勢の貴族が集まる催しでしょう? 私が行っても、浮くに決まっているじゃない」
私の言葉に、溜息を返したのは、トランプのクイーンの絵柄に似た母。
「上ふたりは実にアストライヤー家の令嬢らしい娘に育ったのに、お前はどうしてそう、変わっているのかしら?」
アストライヤー家らしいというのは、浪費家で派手好き、交友関係が無駄に広いということ。
前世で庶民的な家庭に生まれた私は、節約家で慎ましく、交友関係は最低限、という環境を好む。
贅沢三昧をし、常に人に囲まれている家族に合わせようとせず、自由気ままに暮らしていた。
イヤなことはイヤと言い、したくないことはしなかった。それが許される環境だったからだ。
前世では、イヤなことはイヤと言えず、したくないのに自分がしないとどうにもならないと思い込んでいた。その結果、過労死してしまったのだ。
死んでから、気づいた。私を守れるのは、私自身しかいないという事実に。
だから今世では幸せになるため、周囲に嫌われてもいいから、私の中にある尊厳を守ることにしたのだ。
自由に生きた結果、両親から呆れられ、ふたりの姉からは虫を見るような目を向けられることもある。
そんなの、過労死するような状況よりマシだし、大して気にしていない。
料理に関しては、今世では不要の産物だろう。なんせ、実家には料理人がいる。絶品とは言わないが、そこそこおいしい。
家族のために料理を、なんて一度も思わなかった。作ったとしても、なぜ料理人の仕事を奪うのかと、怒られることは目に見えていたからだ。
「アステリア、聞いているのか?」
「あ、ごめんなさい。まったく聞いていなかったわ」
「お前という奴は!!」
父は怒り、母は溜息をつく。いつもの光景だった。
生まれ変わった私は、のらり、くらりと生きている。悪口ばかりの茶会には参加せず、ダンスのレッスンはサボり、夜会には姿を現さない。
そんな貴族令嬢として突飛な行動を繰り返していた私は、アストライヤー伯爵家の『ポンコツ令嬢』として、名を馳せている。
それでもいい。私は、私を裏切ることをしていないのだから。
◇◇◇
一週間後――私は王都へ向かう馬車の中に腰掛けていた。
ガタゴトと進む馬車の座席に腰掛けていると、市場に売られていくような仔牛の気分になる。
せっかくなので、牛の気分になって現状の嘆きを表現してみた。
「もー!」
「アステリア、怒らないの」
窘めるのは、従姉でひとつ年上のエリス。急遽、私の王都デビューに付き添う人として選ばれた、哀れな娘だ。
とは言っても、彼女もアストライヤー家の血が流れている。思いがけず社交界デビューができるので、ウキウキソワソワを隠しきれていない。
「ねえ、アステリア。あなたは、どうしてそんなに憂鬱そうなの?」
「だって、私、いかにもアストライヤー家って感じの見た目だし、恥ずかしいわ」
「あら、そのコーラルピンクの髪、素敵じゃない」
エリスは金髪に澄んだ青い目の持ち主である。顔立ちは可愛い系で、羨ましくなる。
私はド派手なピンクの髪に、赤い目を持ち、加えてつり上がった目はキツそうに見えるのだ。見た目だけで、大変な威圧感がある。
さらに、本日まとっている目が痛くなるような黄色いドレスも、ゴージャスすぎて落ちつかない。
「何はともあれ、この髪がイヤなのよ。ひと目で、アストライヤー家って分かる、この髪が」
金持ちアピールが半端ないアストライヤー家の社交界での評判は、あまりよくない。彼らは悪びれもせず、金を持っているとひけらかしているから。
一応、かなりの額を慈善活動に費やしているが、貧しい者に施しをすることは恥ずかしいと思っているようで、ほとんど表沙汰になっていない。
おいおい、父よ、主張するのは逆だよ、逆、と言いたい。まあ、聞かないだろうけれど。
「それに、アストライヤー家の者ってだけで、誘拐に遭うし!」
一番上の姉は三回、二番目の姉は五回、私は十七回と、何度も何度も誘拐された。
両親はあっさり身の代金を払うので、余計に誘拐されてしまうのだろう。
あまりにも誘拐されるので、ふたりの姉には金ぴかな鎧がトレードマークの私設騎士隊が護衛に付いている。私は金ぴか鎧の騎士なんて超絶恥ずかしいので、絶対に付けないでくれと断った。おかげさまで、姉妹の中でもぶっちぎりに誘拐されているわけだけれど。
護身術を習ったが、武術の才能はからっきし。魔法も囓ってみたが、雇った魔法使いから「向いていない」と言われてしまう。
最終的に、誘拐されても父が必ず助けてくれると、開き直るしかなかった。
まあ、実際助けてくれるわけだし、隠密と呼ばれる目には見えない護衛を付けているので、以前よりは誘拐されることもなくなった。
そんな私が、生まれ育った領地を飛びだし、初めて王都へ向かう。
わくわく、ドキドキという感情はなく、ひたすら面倒だと思うばかりだ。
「アステリア、あなたも変わっているわね。王都の夜会にイヤイヤ参加するなんて」
「誰もが憧れると、勘違いしてもらっては困るわ」
アストライヤー伯爵家の領地は国境近くにあり、その地を守るよう国王に命じられている。山脈を越えた先は、隣国なのだ。
ゆえに、アストライヤー家の者たちは滅多に領地を離れない。結婚相手も、領地まではるばる求婚にやって来た者の中から選ぶのだ。
私みたいに、求婚者をもれなく全員一刀両断する娘は歴史上初めてだという。
そんな訳で、父から「結婚相手は王都で見繕ってこい!」と言われてしまったのだけれど。
「アステリアは、どんな人だったら結婚したい?」
「うーん。わかんない」
物心ついたときから、アストライヤー伯爵家の財産目当てにありとあらゆるタイプの男性が大勢押しかけたものだから、いまいちピンとこないのだ。
「でも、何かあるでしょう? 優しかったり、真面目だったり、寛大だったり」
前世でも、何度かお付き合いしたが、仕事がもっとも大切で、デートの約束をしていたのに、急遽出勤してくれと頼まれたら彼氏よりも仕事を選んだ。「仕事と俺、どっちが大事なんだよ」と詰め寄られた日もあった気がする。私は迷わず、「仕事」と答えていたような……。あまりはっきりと覚えている訳ではないけれど。
結婚したら、家庭に縛られてしまう。子どもが生まれたら、これまでと同じように働けないことがわかりきっていたからだ。
前世の私にとって、料理人の仕事が恋人であり、人生の伴侶だったのだろう。そう言えば、しっくりくる。
そのおかげで見事に婚期を逃し、過労死してしまった訳だけれど。
「強いて言うなら、私の人生を邪魔しない人」
「空気みたいな人ってこと?」
「まー、突き詰めればそうかも」
「なんでまた、そんな人を?」
「私の人生は、私のものだから。絶対に、誰にも干渉なんてさせないわ」
はっきり宣言したものの、夢や目標がある訳ではない。
生まれ変わった十六年間、アストライヤー家の事情に振り回されっぱなしだった。
「私、王都で暮らしたいわ。家族のせいでいろんな事件に巻き込まれるのは、うんざりよ」
そう答えたら、エリスはポンと手を叩き、嬉しそうに言った。
「だったら、王都に領地を持つお方と結婚しないといけないわね」
「あのね、エリス。王都が領地って、王族しかいないじゃない。王族と結婚だなんて、ありえないから」
エリスは王族について、嬉々(きき)とした様子で語る。
一番人気は王太子カイロス、二十五歳。太陽のように朗らかな人物で、輝く美貌は貴族令嬢をメロメロにしているらしい。
二番人気は王弟ヘクトル、三十一歳。騎士隊を取りまとめる隊長で、筋骨隆々な身体つきが逞しく、大変魅力的な人物だという。
三番人気は第二王子アイオーン、二十二歳。女性に見まがうほどの華やかな容貌で、神官として神殿勤めをしている。俗世には興味がないという敬虔な様子が逆に色っぽいと囁かれているらしい。
エリスはカイロス殿下のファンで、先ほど土産屋でカイロス殿下の顔が描かれたマグカップを買ったようだ。嬉しそうに取り出して私の目の前に差し出してきた。少女漫画のヒーローのような、キラキラのイケメンだった。
「そうそう。最近は、第三王子イクシオン様も、人気が急上昇なのよ。魔法省にお勤めになっているのだけれど、今までほとんど公式の場にお顔を見せないから、どんなお方かわからなかったの。でも、聖獣召喚に成功されてから、ちらほら顔を見せるようになって。美貌の王族の一員だから、もちろんお美しくて」
「聖獣って?」
「アステリア、食いつくのはそっちなの? っていうか、聖獣召喚のニュースを知らないって、どういうことなの?」
「聖獣召喚って、いつの話?」
「三日前よ」
「私、出発まで部屋に閉じ込められていたの。外の情報も、まったく入ってこなかったわ」
「アステリア、なんでそんな状況にいたの?」
「お父様に言われるがまま、王都に行くのがイヤだったから」
「あなたね」
「今、反抗期なのよ、私は」
脱走を三回ほどしたけれど、アストライヤー家の金ぴか騎士たちが部屋の周囲を四方八方塞いでいて、逃げることは不可能だった。
「で、聖獣召喚って?」
「ここ数年、各地でスタンピードが起こっているでしょう?」
スタンピード――それは、魔物の集団暴走だ。世界各国で発生し、対策に追われている。
「騎士隊は各地に遠征し、魔物との戦闘に明け暮れていたのだけれど、第三王子イクシオン殿下が聖獣の召喚に成功して、スタンピードが起こらないよう、奇跡の力を揮ってくれたの。以降、スタンピードは収まったらしいわ」
「へー。そんなことがあったのね」
アストライヤー伯爵家の領地でも、半年前にスタンピードが発生した。
金ぴか騎士隊が半日で魔物を討伐していたので、さほど脅威ではないと思っていた。だが、世界的には十分な脅威だったようだ。
「金ぴか騎士隊って、有能だったのね」
「それはそうよ。世界各国から、優秀な騎士を引き抜いて結成したのだから」
「金に物を言わせて引き抜きをしたせいで、いろんな人から恨まれているって話しか耳にしていなかったわ」
金ぴか騎士隊の奮闘はさておいて。
スタンピードの騒ぎを一瞬にして収めたイクシオン殿下は、大英雄として国民から敬われているらしい。
舞踏会の開催期間中、聖獣お披露目の予定もあるという。
「聖獣は、それはそれは神々しい存在なんだそうよ」
「ふーん」
「アステリア、舞踏会の最中に聖獣の話を聞いたら、興味ある振りをしなきゃダメよ?」
「ごめん。あまり自信がない」
エリスに、一緒に行動したくないと言われてしまった。
さすが、人付き合いを重要視するアストライヤー家の者だ。外面を守るためだったら、身内すら捨てる。
一応、エリスを連れていくよう命じられていたが、付添人は現地で雇って別行動しようという話になった。
せっかくの機会なので、自由気ままに過ごしたい。エリスもいいアイデアだと同意してくれた。
三日間の移動期間を経て、王都に到着する。
周囲を城塞で囲まれた街は、外から眺めると物々しく見える。しかし、一歩中に入ったら、賑やかで華やかな大都市であった。
果てしなく続く石畳に、天まで届くのではと思えるほどの時計塔、活気ある市場など、四方八方、どこを見ても飽きることはない。
私たちがお世話になるのは、エリスの母方の実家だ。そこで一晩過ごし、翌日は舞踏会へ参加するという、なかなかのハードスケジュールだった。
エリスの母方の実家は、私を預かるにあたってアストライヤー伯爵家から世話賃を多くもらっているのだろう。その証拠にまるで姫君がやってきたような歓迎を受けた。
私と同じ年のひとり息子がいるようで、〝金〟の瞳をしながらアタックしてくるが、無視を決め込んだ。
翌日、ついに舞踏会当日となる。朝から身支度を調えることに時間を費やしてしまった。両親が持たせてくれたダイヤモンドのティアラとネックレス、イヤリングはすべて重たく、ギラギラしていて趣味がいいとは言えない。そのため、エリスの真珠のネックレスとイヤリングを交換した。私はシンプルな装いでいい。
そう思っていたが、両親が用意してくれたドレスは真っ赤なドレスで、スカートにダイヤモンドが星屑のようにちりばめられていた。どこからどう見ても、「私が主役!」と主張しているようなものだった。
勘弁してくれと叫びたかったが、私の体型に合わせて作られたドレスなので、こればかりはエリスのものと交換できない。
私はしぶしぶと、派手なドレスで舞踏会に参加することとなった。
「アステリア、緊張するわね」
「そうねー」
「絶対緊張していないでしょう?」
「しているって。これでも」
アストライヤー家の者が来たと、非難めいた視線を受けるかもしれないとか、うっかり空気が読めなくて顰蹙を買わないかとか、こんな私でも心配は多々あるのだ。
新しく雇った付添人は、エントランスで待ち合わせをするよう話をつけているらしい。うまい具合に合流できたらいいけれど。
そんなことを考えていたが、某有名テーマパークの新作アトラクションが始まる日のような入場列に並ぶ人々を見て、合流は無理だと悟った。
あまりにも、人が多い。こんな規模だなんて、想像もしていなかった。
人込みの中馬車を降り、三歩ほど進んだだけでエリスと離ればなれとなってしまった。まあ、帰る家は一緒だ。そのうち再会できるだろう。
私は受付の列に辛抱強く並び、二時間かかって中へと入れた。