お祭りに行こう!
ある日突然、聖獣リュカオンが思いがけないことを言ってくる。
『我も、お祭りとやらに参加してみたいぞ!!』
願望を聞かされた私とイクシオン殿下は呆然としてしまう。
「その、リュカオンよ、奉られたいのか?」
『マツラレ? なんだそれは?』
「民衆から崇められるような儀式だ」
『違う! 我の言うお祭りとは、食べ物を食べたり、踊ったりするアレだぞ!』
「ああ、そちらの祭りか」
急に言われても、と思ったが、都合がいいことに来週、建国祭が行われるようだ。
『我も行くぞ!!』
「ふむ……」
「ねえ、そういうの、王族とか参加できるものなの?」
「わからん」
イクシオン殿下は腕を組み、堂々と答える。
なんでも生まれてこのかた、お祭りというものに参加したことがないらしい。
「人が多く、もみくちゃにされることがわかっているお祭りとやらに、引きこもりであるこの私が参加するわけがないだろうが!」
自分て引きこもりって言っちゃった!
そんなことはいいとして。お祭りについてはお伺いを立てたほうがよさそうだ。
王宮へ問い合わせた結果、お忍びで参加しかつ変装をするならば問題ない、という回答をいただいた。
「変装か。私はどうすればいいのか」
「そうね」
騎士に商人、船乗りに冒険者……だめだ、どれも似合いそうにない。
顔がきれいすぎるのと、育ちのよさが滲み出ているのかよくないのか。
考えた結果、ある名案が浮かんだ。
「女装よ」
「は?」
「女装が似合いそうだわ!」
その美しい顔を活かせる変装は女装しかないと思った。
「アステリアよ、その、他の案はないだろうか?」
「いいえ、ないわ! 女装一択よ!」
ここまで言い切ったら、イクシオン殿下も反対できないと思ったらしい。素直に女装を受け入れてくれた。
「アステリアはなんに変装するのだ?」
「侍女かしら? 美しい女性の近くには傍付きがいるのが当たり前だから」
「私が女装ならば、アステリアは男装するものかと思っていたのだが」
「背が低いし、丸顔だから男装は似合わないわよ」
背が高くてキリリとした顔立ちならば、男装をしてもよかったのだが。
『アステリア、我はなんに変装するのだ?』
リュカオンがわくわくした表情で私を見上げる。
考えずとも、リュカオンが変装するものは決まっていた。
「リュカオンは愛犬よ!」
『あ、愛犬!?』
首輪を装着させ、散歩紐で繋げれば、立派な愛犬である。
『我は気高き聖獣であるのに……!』
「そうでもしないと、聖獣を連れていると知られてしまったら、大騒ぎになるのよ。お祭りを楽しむどころではないわ」
『うぬう、わかった。愛犬設定を受け入れよう』
そんなわけで、変装が決まった。
お針子メルヴにイクシオンのドレスとアクセサリー類、私のメイド服にリュカオンの首輪と散歩紐をお願いしておく。
あとは当日楽しむばかりである。
建国祭当日――私達は変装した状態でお祭り会場へ移動した。馬車の中からお祭り会場の様子を眺める。
「や、やはり人が多いな」
麗しのご令嬢となったイクシオンが人の多さに呆然としながら言う。
『屋台がたくさんあるな!!』
イクシオンが引く散歩紐に繋がれたリュカオンは、尻尾をぶんぶん振りながら窓の外を眺めていた。
「リュカオン、人前では喋ったらダメだからね」
『わかっておる!』
王宮から変装した護衛が数名ついているという。
安心して楽しめるというわけだ。
比較的人が少ない場所で下ろされる。
リュカオンは散歩紐をぐいぐい引いて屋台が並ぶ通りへ走って行った。
「ちょっ、待て!!」
『あっちからいい匂いがするぞ!』
「ふたりとも、走らないでよ!」
リュカオンは勝手に走り回るので、抱いておく。
イクシオンとははぐれないよう、手を繋いでおいた。
まったく、手のかかるふたりである。
それからお祭りの屋台料理を堪能した。
炭で香ばしく焼かれた串焼き肉に、スライムを模したゼリー、雲みたいなふわふわのアイスクリームに皮がパリパリのソーセージ。
どれもおいしくって、夢中で食べた。
リュカオンも大満足したようで、ひとまずホッと胸をなで下ろす。
離宮に戻ってからも、皆、お祭りの話で盛り上がっていた。
『お祭りというのは楽しいな!』
「本当に」
「意外と楽しめた」
イクシオンもお祭りを堪能できたようで、よかったよかった。
こうして屋台を眺めていると、日本のお祭りを思い出してしまった。
『むむ!?』
「リュカオン、どうかしたの?」
『ニホンのお祭りとやらにも、参加してみたいぞ!』
「あ、あなた、また勝手に私の脳内を覗いたわね!?」
『なんだその、ふわふわした綿みたいなお菓子は!?』
「わたあめだけれど、ここでは作るのは無理よ~~~~!!」
私の悲痛な叫びが離宮に響き渡る。
日本のお祭りの再現だけは勘弁してほしい、と心から思ったのだった。