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ポンコツ令嬢に転生したら、もふもふから王子のメシウマ嫁に任命されました  作者: 江本マシメサ
第五話 みんな大好き『皮はパリパリ、中はジューシーなからあげ』

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想像もしていなかった救世主

「いいじゃないか、認めておやりよ」


 部屋に入ってきたのは、豪奢なドレスをまとった白髪頭のお婆ちゃん。

 彼女はたしか、三ケ月前の舞踏会で付添人をしてくれた女性だ。


「あ、あなたは――!」

「久しぶりだね。この前は、大変世話になった」


 コルセットをきつく締めすぎていたため、気分が悪くなっていたところを助けたのだ。


「お元気そうで、何よりだわ」

「おかげさまでね。お礼をしようとしていたんだけどね、ちょっとバタバタと忙しくて。すまなかった」

「いえいえ」


 そういえば、お婆ちゃんの名前を聞いていなかった。


「私も安否を確認しようとしたんだけれど、名前がわからなくて」

「ああ、名乗っていなかったね。私は――」

「母さん!!」


 国王陛下の呼びかけに、表情が凍り付く。国王陛下の母親といったら、王太后しか該当しない。

 いったいなぜ、王太后様が舞踏会で私の付添人なんかしていたのか。

 訳がわからず、頭を抱え込んだ。


「アステリア、お祖母様に会うのは初めてではないのだな?」

「え、うん。一回、舞踏会で会って……」


 なぜ、私は王太后様を付添人と勘違いしたのか。時間を巻き戻して、もう一度人生をやり直したい。

 そしたら、私は三か月前の舞踏会には行かなかっただろう。アストライヤー家の領地に求婚しにきた誰かと、さっさと結婚していたに違いない。


「あ、あの、王太后様は、あの日、エントランスで、何をされていたのですか?」

「決まっているじゃない。孫の結婚相手を見繕っていたんだよ」

「なぜ、エントランスで?」

「皆、会場内では自分を取り繕うだろう? もっとも素の状態を見ることができるのが、エントランスだったって訳さ。息子の結婚相手も、すべてエントランスでピンときた女性に決めたんだ」


 国王陛下と結婚した王妃様も、エントランスで発見したらしい。


「あんたも、イクシオンの結婚相手にちょうどいいと思って声をかけたんだが、腰の調子がよくなくて、逃がしてしまった。でも、うまい具合に転がって、今、ここにいる。神様に感謝しなければならないね」

「は、はあ」


 まさか、フラグがそんな最初から立っていたとは。王太后様、恐るべし、である。


「私たちの偶然の出会いはさておいて。先ほどの話、聞かせてもらったよ。今すぐ、行くといい」

「母さん!」

「可愛い子にはね、旅をさせなければいけないんだ。子どもの成長の機会を奪うんじゃないよ」

「しかし」

「この問題は、イクシオンに任せるんだ。いいね?」

「護衛をすぐに用意するのは――」

「私の親衛隊を貸してやるから」


 なんと、王太后様の親衛隊を付けてくれるらしい。これで、心配事はなくなる。


「どうか、私とアステリアに、任せてください」


 イクシオン殿下が頭を下げると、国王陛下はしぶしぶといった表情で、「わかった」と頷いた。


「このような無茶、二回目は許可できないからな」

「陛下、ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 王太后様にお礼を言い、すぐに準備に取りかかった。

 メルヴの手を借りて、鞄に必要最低限の物を詰め込む。その後、一時間ほどで身支度を調えた。

 メルヴたちが、野菜や肉を馬車に持ち込んでいる。


「あれ、それもしかして、ヘルアーム子爵領へ持ち込む食料?」

『ソウダヨ!』


 イクシオン殿下が、ありったけの食料を持っていくように命じたらしい。

 肉や魚はイクシオン殿下が作った魔道具、保冷庫の中に詰め込まれる。

 ちなみに保冷庫は私の要望をもとにイクシオン殿下が作ったもので、製品化も検討されているらしい。


「と、食料はこんなものかしら?」


 ほかに、保温毛布や保温布団など、新しく製作した魔道具も、支援品として一緒に運ぶようだ。

 準備が終わると、すぐに出発する。六頭立ての馬車が走り出す。周囲を取り囲むのは、王太后様の護衛部隊の騎士たちだった。全員で、二十名ほどいるらしい。

 布がかけられたカゴからひょっこり顔を出したのは、リュカオンだ。


『う~~、お腹空いたぞ!』

「そう言うと思って、昼食を作ってきたわ」

『やったー!』


 ぴょんぴょん跳ねて喜ぶ様子は、ただの子犬にしか見えない。

 お披露目の日以降、リュカオンはほとんど子犬の姿のままでいる。大きな姿は、力の消費が激しいらしい。


『何を作ってきたのだ?』


 二段重ねのお弁当箱の蓋を開いて見せてあげる。

 一段目に卵サンド、二段目にミートボール、卵焼き、タコさんウィンナー、からあげと、お弁当の定番ばかり詰めてきた。


『こ、こんなに、たくさん……! こ、これが、アステリアの前世に伝わる伝説の〝たまてばこ〟なのか!?』

「たぶん、違うと思う」

『ああ、なるほど。〝たまてばこ〟の中身は――大変なものだったのだな』


 リュカオンは私の記憶から、玉手箱についての情報を抜き出したらしい。相変わらず、私の前世の記憶を検索機能として使っているようだ。


「アステリア、〝たまてばこ〟とはなんなのだ?」


 ひと言で説明するのは難しい。腕を組んでいると、リュカオンが提案した。


『アステリア、我がイクシオンに頭突きして、情報を一瞬にして送り込もうか?』

「可哀想だから、止めてあげて」


 軽く、浦島(うらしま)太郎(たろう)について語って聞かせた。


「ある年若い漁師が、いじめられていた亀を助け――」

「アステリア、〝かめ〟とはなんだ?」

『アステリア、頭突きで〝かめ〟をイクシオンに教えようか?』

「待って、説明するから。亀というのは、自分の体よりも大きな甲羅に姿を隠した生き物なの。一生甲羅を背負って、生きていくのよ」

「珍妙な生き物だな。甲羅の中身は、どのような構造になっている?」

「それは、亀のみぞ知るってやつよ」


 甲羅を外した亀の体の構造なんて、知る訳がない。


「亀のことはいいから、食事にしましょう?」

「おい、アステリア。〝たまてばこ〟の説明はどうした?」


 めんどくさいが、ざっくり説明してあげることにした。


「……亀を助けた浦島太郎は、海中の竜宮城に招かれるの」

「海中に城が建っているだと? どこの職人に頼めば、そのような城が造れる? 具体的に、どういう技術を使っているのだろうか?」

「竜宮城は、魚たちがせっせと魔法の力で造ったのよ。こういう昔話はね、細かいことを気にしたら負けなのよ。続きを話すわ。亀に乗って竜宮城へ向かった浦島太郎は――」

「人が、亀に乗って海中を移動するだと? 呼吸はどうしている?」

「何か、結界みたいなのが、張ってあるのよ」

「結界を使えるのならば、なぜ〝かめ〟とやらは、いじめられているときに結界を発動させない?」


 またまた、イクシオン殿下は物語の穴を的確に突いてくる。悔しく思いつつも、適当に説明しておいた。


「海の中限定で使えるのよ」

「なるほど」

「続きを、話してもいい?」

「ああ」

「竜宮城にたどり着いた浦島太郎は、美しい乙姫(おとひめ)に出迎えられ、おもてなしを受けるの。見たことがないほどのごちそうが並べられていて、浦島太郎は大感激」

「海の中で、どのようにしてごちそうを並べる? そして、どうやって海中で食事をするというのだ?」

「それは――」


 言葉が途切れた瞬間に、リュカオンのお腹がぐーっと鳴った。


「リュカオン、頭突きで浦島太郎の物語について教えてあげて」

『承知した』


 私の前世の記憶を、リュカオンがイクシオン殿下に頭突きすることによって伝達する。

 リュカオンは勢いよく跳び上がり、イクシオン殿下の額に頭突きした。


『えい!』

「ぐうっ!」


 ゴッ!!というすさまじい音がした。イクシオン殿下は眉間に皺を寄せるばかりで、そこまで痛がらない。一方、リュカオンは『石頭めー!』とのたうち回って痛がっていた。


「こ、これが、〝うらしまたろう〟にでてくる〝たまてばこ〟か……!」


 一瞬で理解いただけて、ホッとする。


「アステリア、どうして姫は開けてはならぬ宝を寄越したのだ?」


 続けて、イクシオン殿下は疑問をぶつけてくる。


「なぜ、〝たまてばこ〟の中身は、老人になってしまう呪いがかかっていた? たろうは、城で何か悪いことをしたのか?」

「していないと思うけれど」

「だったら、なんで姫はこのようなひどい仕打ちをする?」

「さ、さあ?」


 幼い頃に聞いたときには、そのような疑問など思わなかった。ただ、浦島太郎という物語は、助けた亀に竜宮城へ連れて行ってもらい、もてなされ、最後に玉手箱をもらう。中身は、おじいさんの姿になってしまうものだった。としか認識していない。


「幼い子どもへ聞かせる物語というのは、かならず教訓が書かれている。この話は、善良な男が老人になるだけで、教訓も何もないのでは?」

「ちょっと待って。何か、何かあったはずだから」


 今一度、浦島太郎という物語を思い出してみる。たしか、浦島太郎は乙姫から「この箱は決して開けてはなりません」という忠告を受け、受け取ったはずだ。それなのに、約束を破って、浦島太郎は玉手箱を開けてしまったのだ。


「その、だから……約束を破ったら大変なことになるのよ、というのが、浦島太郎という物語の教訓だと思う」

「納得いかんな」

「たしかに、深く考えたら、救われない終わり方よね」


 浦島太郎について、今までそんなに深く考えていなかった。


『まだ、〝モモタロウ〟のほうが、わかりやすいのではないか?』

「たろうシリーズが、いくつかあるのか?」

「待って。その前に、食事にしましょう」

『む、そうだった。我は、ペコペコなり!』


 なんだか疲れてしまった。ぐったりとうなだれてしまう。二度と、イクシオン殿下の前で日本のお伽話の話をしないと決意した。

 まず、イクシオン殿下の分を取りわける。お皿を持ってくるのを忘れたので、お弁当箱の蓋に置いた。文句を言わずに受け取ってくれたので、ひとまずホッ。

 リュカオンは、わくわくといった感じで、お弁当箱をのぞき込んでいる。

 フォークにからあげを刺して食べさせてあげた。


「はい、あーん」

『あーん』


 ゆらゆら揺れていた尻尾が、ぶんぶんと高速になった。


『な、なんだ、この料理はー!』

「からあげよ」

『噛んだら、肉の旨味がじゅわーと流れてきたぞ! 大変だ! 肉汁が、口の中で氾濫をおこしておる!』


 しっかり下味を付け、カラッと揚げたからあげは、子ども受けがいい。

 リュカオンは尻尾を高速で振りつつ、からあげを食べていた。実体は五メートルほどの巨大なオオカミであるが、イメージは子犬で固定されている。

 言葉遣いに威厳はあるものの、発言内容は子どもっぽい。愛らしい聖獣様なのだ。


「アステリアよ。〝からあげ〟とやらは、本当にうまいな」

 前言撤回。イクシオン殿下にも、からあげは受けがよかった。


 お弁当を食べているときは和気藹々(わきあいあい)としていたが、スタンピートの被害を受けた村を通り過ぎると、イクシオン殿下の表情が一変する。

 森の木々は枯れ、湖は水が尽き、大地はえぐられている。

 村の家屋は倒され、焼かれ、壊滅状態だった。村の前に盛り上がっている土は、亡くなった人たちのお墓だろう。花を()()け、祈りを捧げる村人の後ろ姿が見えた。

 見えたのは、それだけではなかった。

 運ばれてきた木々が積み上げられ、物資と思われる木箱が置かれていた。

 村があった場所とは少し離れた位置に、新しい家が造られているようだった。

 少しずつ、少しずつ、村は再生していくのだろう。


「この村は、きちんと復興が進んでいるようね」

「ああ、そうだな」


 村の周囲にはテントが張られ、炊き出しが行われていた。騎士たちが慣れない料理をしているようだった。

 村人たちは、ホッとした様子で配られた料理を食べていた。


「アステリア。国民たちがこのような状況なのに、貴族はよく、毎夜毎夜と暢気(のんき)に夜会を開いていたものだな。恥ずかしくなる」

「仕方がないわ。貴族が経済を回さなかったら、人々の暮らしが成り立たないのだから」

「それは、そうだが……私は、何も見えていなかったのだな」

「誰だってそうよ。すべて、見えている人なんて、いないわ」

「恥ずかしいのは貴族たちでなく、私だったのかもしれない」


 それに気づいただけでも、大きな一歩だ。きっとこれから、できることが増えるはずだ。

 今回の旅を経て、イクシオン殿下は大きく成長するだろう。そう、確信していた。


「アステリア、願いがある。ヘルアーム子爵領から王都に戻ったら、共に各地を慰問してくれないか? 料理を、ふるまいたい。きっと、今が一番つらいだろうから」

「もちろん、一緒についていくわ」

「ありがとう」

 馬車は走る。平和になったけれど、平和ではない道を。

 そして、嘆く人々がいる街を目指した。

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