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ポンコツ令嬢に転生したら、もふもふから王子のメシウマ嫁に任命されました  作者: 江本マシメサ
第四話 心も身体も温かくなる『ほかほか肉まん』

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選ばれたのは……

 まず、生地を作る。自動調理器があるので、時間はそうかからない。

 次に、ひき肉のあんを用意する。豚ひき肉にキノコとネギ、ショウガ汁、酒、牡蠣ソース、ゴマ油を垂らし、粘りがでるまで混ぜ合わせる。

 自動調理器を使って発酵させた生地をカットし、丸めたあと平たく伸ばす。中心にひき肉あんを入れ、包み込むのだ。

 これを、十五分ほど蒸したら、肉まんの完成となる。

 蓋を開くと、もくもくと湯気が漂った。リュカオンとイクシオン殿下がのぞき込む。「見た目は、〝まんじゅう〟と似ているな」


『匂いは違うぞ』


 アツアツの肉まんをふたつに割ると、じゅわ~~っと肉汁があふれてくる。こぼれる前に、リュカオンに食べさせた。


『アツ、アツ! ハフ、ハフ!』


 耳はピンと立ち、尻尾はふるふると高速で左右に揺れていた。


「リュカオン、どう?」

『すごくおいしいぞ!!』


 基本、私の料理は何を食べてもおいしいと言ってくれるが、今回はひときわテンションが高かった。問題は、イクシオン殿下である。先ほどの寿司が口に合わなかったので、妙に緊張する。

 肉まんを手に取り、ひと口大にちぎって口の中へと押し込んだ。


「う、むっ!」


 イクシオン殿下は口元を押さえ、顔を赤く染める。


「あ、ごめんなさい。熱かった?」

「いや……そうではない」


 水を飲ませてから、ふた口目はふーふーしてから与えた。

 またしても、イクシオン殿下は口元に手を当てた上に、今度は私から目を逸らす。


「もしかして、また、おいしくなかった?」

「違う。そ、そなたが直接食べさせるから、恥ずかしくなっただけだ。ちなみに、これをしたのは、二回目だからな」

「そう、だったわね」


 リュカオンからの流れで、イクシオン殿下にまで「あ~ん」をしてしまったのだ。以前はきちんと心の中で反省したのに、今回は早く感想を聞こうと焦っていたのだろう。


「ごめんなさい。イヤだった?」

「イヤではないが」

「よかった」


 あ~んが特にイヤではないとわかったものの、まだホッとできない。肉まんの感想を聞かなければ。


「それで、肉まんはどうだったの?」

「丸呑みしてしまった」

「なんでよ」

「そなたが変なことをするからだ」

「ごめんなさいね」


 もう一個食べるよう、今度はまるごと手渡した。イクシオン殿下は、そのまま肉まんにかぶりつく。


「むっ、これは――」

「これは!?」

「ふかふかの生地の中に、肉汁たっぷりのあんが入っていて、刻まれたキノコやネギの豊かな風味が口いっぱいに広がる。まるで、一杯のスープを飲んだような味の濃さを感じた」

「つまり、それっておいしいって意味?」

「そうだ。食べていると、体がほかほかと温まる。正に、寒い日にぴったりの軽食だろう」


 胸に手を当て、はーと息をはく。ようやく、胸をなで下ろすことができた。


「でもこれ、パーティーに相応しい料理だと思う?」

「よいのではないか? 客人は、新しいもの好きらしいから」

「イクシオン殿下がそう言うのならば、肉まんを候補にあげておくわ」

『イクシオン、〝肉まん〟専用の保温器も作ってくれ。いつでも、アツアツが食べられるぞ』

「〝肉まん〟専用の保温器、だと? どのような形状をしている?」

『これだぞ!』


 リュカオンはそう言ってイクシオン殿下に飛びつき、頭突きした。


『えいっ!』

「うっ!!」


 ゴツン!と、ものすごい音が鳴った。イクシオン殿下は額を押さえ、片膝を突く。リュカオンも

『痛いのだー!!』と叫んでいた。

 今の頭突きはいったい……?


『これが、〝肉まん〟専用の保温器だぞ!』

「あ、頭の中に、映像が……!」


 頭突きをして、直接脳に映像を送り込むとは。なんて直接的な映像送信方法なのか。絵を描いて伝えることもできたのに。


「なるほど。理解した。アステリアがいた世界には、〝肉まん〟専用の保温器なるものがあるのだな」

「ええ、まあ」

「わかった。作ってみよう」


 どうやら、映像を見ただけで作れるらしい。さすが、引きこもって魔道具ばかり作っていただけある。


「三日ほど、時間をもらう」

「あ、イクシオン殿下! 肉まんを蒸す機能も、一緒に付けてほしいのだけれど」

「そういえば、おもしろい加熱方法だったな。どのような構造になっている?」

「えーっと、水を張った鍋にもうひとつ鍋を重ねて、蒸気で加熱する物なんだけれど」

「わかった。では、保温器に蒸す機能も付けてみよう」


 三日後――イクシオン殿下は蒸籠機能付きの肉まん用保温器を作ってくれた。

 コンビニにある、保温器そのままである。


「すごい! 本当に、作れたのね」

「まあ、これくらい、朝飯前だ」

「ありがとう!」


 なんだか、懐かしさと切なさが同時に浮かんできて、(まなじり)に涙がにじむ。

 学生時代から、コンビニの肉まんを食べていたので、ホームシックになってしまったのだろうか。

 寒い日に、コンビニに立ち寄って食べる肉まんは本当においしかった。あの生活には、二度と戻れない。


「アステリア、大丈夫か?」

「ええ、平気。ごめんなさい。前世の暮らしを、思い出してしまって」

「アステリアがつらいのならば、作らないほうがよかったか?」

「いいえ、大丈夫。イクシオン殿下の保温器があったら、きっと、おいしい肉まんが作れるはずだわ」

「そうか」


 イクシオン殿下の手を握り、心からの感謝の気持ちを伝えた。


「ありがとう」


 そして、瞬く間にコンペティションの当日となる。ドキドキしながら、肉まんを保温器ごと会場へ持って行った。

 大広間に長方形のテーブルが置かれ、その奥に料理人が待機している。

 参加者は二十名ほど。皆、自慢の軽食を持ってきているようだ。

 肉まん専用の保温器は、ここ数日で進化を遂げていた。ガラスケースは曇らないように小さな煙突がつき、もくもく湯気を立ち上らせながら内部の熱を逃がしている。ほかの参加者はただ料理を並べているだけなのに、私たちだけ異様な空気を放っていた。


「アステリア、見よ。皆、私が作成した〝肉まん〟専用保温器に、驚いているぞ」

「いや、保温器というより、公の場に顔を出したイクシオン殿下に対してびっくりしているのでは?」


 少数ではあるものの、イクシオン殿下が抱いているリュカオンを見て、「なんで犬をコンペティションに連れ込んでいるんだ?」という疑問の視線を投げかけている人もいる。

 イクシオン殿下は自信満々だったが、参加している料理人が作る軽食のレベルの高さに、戦々恐々としていた。

 白鳥の飴細工をクラッカーに載せたものだったり、彩りが美しい野菜のジュレだったり、スノウベリーの国旗を模したムースだったり。皆、工夫を凝らし、歓迎に相応しい料理を用意している。

 一方、私の作った肉まんは、料理自体の見た目は地味。しかし、肉まん用保温器とイクシオン殿下、リュカオンの存在感は抜群にある。蒸気によって漂う匂いも、そそられるだろう。まあ、これらの要素は、加点にならないかもしれないけれど。

 定刻ぴったりに、国王夫妻がやってくる。料理人が料理を持っていくのではなく、歓迎パーティー当日と同じように、立食形式で行われるようだ。

 まず最初に、もっとも美しいとされる白鳥のクラッカー載せに手が伸ばされる。


「見た目はきれいだが、(くちばし)が口内に刺さる。食べにくいぞ」

「これ、お菓子よねえ? 軽食じゃないわ」


 国王夫妻は辛口コメントを残しつつ、次の料理へ向かった。

 私たちの順番は最後だ。国王夫妻はお腹いっぱいという、ハンデがある。加えて、この地味な感じ。勝てる要素が見当たらない。

 三十分後、ようやく私たちの番が回ってきた。果たして、どういう反応が返されるのか。まったく想像がつかなかった。


「な、なんだ、この、もくもくと漂う湯気は!? それに、食欲がそそるような匂いがするぞ!」

「本当ね。あら、お饅頭が、ガラスケースの中に並べられているわ!」


 国王夫妻は肉まん用保温器に全力で食いついてきた。イクシオン殿下はドヤ顔で、説明を始める。


「国王陛下、妃殿下、こちらは、〝肉まん〟用保温器といいまして、私が作った肉まん専用器を使い、婚約者であるアステリアが作った料理になります」

「むう! 引きこもりと名高い我が息子イクシオンが、公の場に出てきて立派にしゃべっているとは!」

「イッくん、アステリアちゃんの紹介までして、お母さん、嬉しいわ!」


 なんか、イクシオン殿下の頑張りが高く評価されている。これは、よかったと言っていいものなのか。


『我も、応援しているぞ!』

「おお! 聖獣リュカオンも、支持しているとは!」

「なんてすばらしいのでしょう!」


 リュカオンの応援までも、高く評価される。ズルのような気がしてならない。


「アステリア嬢、よくぞ、引きこもりの息子をここまで更生させてくれた。聖獣リュカオンも、召還後は姿を見せたくないと、公の場に出てくることを拒絶していたのに、ふたりをコンペティションに参加するよう奮い立たせてくれて、心から感謝する」

「今まで、いくら言っても聞かなかったのに。アステリアちゃん、あなたは本当にすばらしいわ」


 引きこもりの息子と犬を引っ張ってきた私までも、高く評価された。まだ、肉まんはひと口も食べていないのに。

 周囲の料理人からは「なんだ、この茶番は」という視線が集まった。


「えーでは、そろそろ、肉まんの試食をしていただきますね」


 ここで、以前お饅頭を毒味した侍従が前に出てきた。今回も、国王陛下が食べる前に毒味を実施するらしい。

 ほかほかの肉まんを取り出し、紙袋に入れて差し出した。


「うわっ、けっこう温かいのですね」

「ええ。口の中を火傷しないように、ふーふー冷ましてから召し上がれ」

「ふーふー……!」


 イクシオン殿下の「ふーふー」という呟きを聞いて、振り返る。目が合うと、パッと逸らされてしまった。もしかして、この前肉まんをふーふーして食べさせてあげたことを思い出したのか。思春期の男子かと突っ込みを入れたい。


「ふーふーふーふー、これくらいでいいかな。では、先にいただきます」


 そう言って、侍従は肉まんにかぶりつく。


「んぐうっ!?」

「ど、どうした!?」


 うめき声を上げながら食べるので、国王陛下がギョッとしつつ尋ねる。


「に、肉汁が口の中にあふれたことに驚いて、一瞬息が止まりそうになって」

「紛らわしい奴めッ!!」


 問題ないようなので、肉まんを国王夫妻に差し出した。


「おお……! 思っていた以上に温かいな」

「こんなに温かい料理、久しぶりね」


 毒味をしてから料理を食べるので、毎日冷えたものを口にしているのだろう。なんだか気の毒になってくる。

 同時に肉まんを頰張った国王夫妻は、カッと目を見開いた。


「なんだ、この、肉汁の洪水は!? 肉だけではない食材の旨味が生地に包まれて、余の生命につながる川へと流れ込んでくる!」


 何を言っているのかよくわからないけれど、とりあえずおいしかったというのは伝わった。

 一方、王妃様はひと口食べたきり、首を傾げている。


「不思議ね。シンプルな見た目なのに、味わい深いの」


 それはそうだろう。肉まんは、四千年以上歴史がある国で作られた料理だ。たったひと口食べた程度では、理解できないだろう。


「久々の温かい料理、身体に染み入るようだった。おいしかった」

「本当に、おいしかったわ。ごちそうさま」


 国王夫妻はにっこり微笑んで、去って行った。結果発表は一時間後らしい。

 用意された客室で、待機する。イクシオン殿下はリュカオンを胸に抱き、ガクガクと震えていた。

 もふもふの毛並みに顔を埋め、平静を取り戻そうとしている。リュカオンの迷惑そうな顔が、なんとも言えない。


「あれはアステリアの料理と、私の英知が組み合わさった、世界最高・最強の作品だ。ほかの料理人のありふれた料理なんかに、負ける訳がない」


 何やら、おかしなことをブツブツ呟いている。リュカオンも、何やらブツブツ呟いていた。


『正直な話、残りの肉まんは、すべて我のものだと思っていた。まさか、国王の従者にすべて配られるなんて……!』

「リュカオン、帰ったら、肉まんを作ってあげるから」

『ほ、本当か!? アステリアよ、疲れていないのか?』

「平気よ、これくらい」


 過労死してしまった前世に比べたら、リュカオンのごはん係のお仕事なんてたいした労働ではない。三食昼寝付きで今の待遇を受けるなど、夢のような仕事だ。


『では、肉まんを作ったあとは、イクシオンと共に〝ばかんす〟とやらを取って、〝こんぶ〟でも獲りに行くとよい!』


 なぜ、せっかくのバカンスを昆布獲りで消費しなければならないのか。

 イクシオン殿下と私が昆布獲りに行く様子を想像したら――不覚にも、ちょっとだけ楽しそうだと思ってしまった。


「アステリア、すまぬ。まだ、〝こんぶ〟獲りの魔道具は、完成していない」

「いえ、大丈夫。急いで行くようなものでもないし」


 それに今は、王族がバカンスを取っている場合ではないだろう。スタンピートの被害で壊滅寸前の村や町が数多くあるという。時間があったら、復興支援をしなければならない。


「それよりも、いい魔道具を思いついたんだけれど」

「何を思いついた?」

「保温器の技術を応用した、料理が冷めないお皿、ってのはどう? 国王夫妻が、毒味を待ったあとの、冷えた料理を食べていたと聞いて、(ひらめ)いたの。料理が冷えない保温皿があったら、きっと、国王夫妻も喜ぶわ」

「そうだな。いいかも、しれない」

「早く作って、贈りましょうよ」

「しかし、その前に、〝こんぶ〟獲りを作らなければならない」

「昆布獲りはあとでもいいし、いっそ作らなくてもいいから、保温皿のほうをお願い。保温皿は国王夫妻だけでなく、料理が冷えない鍋とかにしたら、ほかにも需要があると思うの」


 料理を温めるために夫の帰りを夜遅くまで待つ妻の負担が減ったり、露店で買ったスープを温かいまま持って帰れたり。利点は挙げたらキリがないだろう。


「本当に、昆布獲りはいいから、保温皿作りを優先してほしいわ」

「アステリアは、優しいのだな」

「優しいというか……その……まあ……そうね」


 そういうことにしておいた。


 一時間後――ついに結果発表となる。参加者は大広間に集まり、ドキドキしつつ発表を待った。

 国王陛下が登場し、紙に書かれた結果を読み上げる。


「歓迎パーティーにふさわしい軽食は、アステリア嬢の〝肉まん〟とする!」


 わあっ!という歓声に包まれる。皆、私たちの肉まんに決定したことを、祝福してくれた。

 試食前から百点満点中、一億点加点されていたので、約束された勝利だったか。

 国王陛下は私たちの前にやってきて、歓迎パーティーの料理係任命証を手渡してくれた。


「本当に、おいしかった」

「スノウベリー国の王太子夫妻も、喜んでくれると思うわ」

「ありがとうございます」


 私が任命証を受け取ったあと、国王夫妻はイクシオン殿下へ声をかける。


「お前はいつも、訳がわからない魔道具ばかり作っていると思っていたが、今回の〝肉まん〟用保温器はすばらしかった」

「次も、役に立つ魔道具を、考えてくれたら嬉しいわ」

「――ッ、はい!」


 国王夫妻が去ったあと、イクシオン殿下は満面の笑みを浮かべている。

 ようやく、イクシオン殿下の魔道具が国王夫妻に認められたのだ。喜びもひとしおだろう。


「アステリア、よくやった!」


 イクシオン殿下は年甲斐もなくはしゃいでいる。リュカオンも、ただの子犬のように尻尾を振っていた。

 イクシオン殿下は歓喜のあまり、私をお姫様抱っこした。


「自慢の婚約者だ!」


 そう叫んでいたのは恥ずかしかった。いいや、修正する。

 とても、嬉しかった。


 ◇◇◇


 スノウベリー国の王太子夫妻がやって来る日は、あっという間に訪れる。

 初めての国交ということで、王宮内はピリピリしていた。

 私はひたすら、肉まんを作るだけである。ただ、自動調理器があるので、材料を装置の中にいれるだけの簡単なお仕事を繰り返していた。

 歓迎パーティーは到着してすぐ行われる、一時間程度の短い催しだ。果たして、肉まんを気に入ってもらえるのか。

 スノウベリー国の王太子夫妻を歓迎するかのように、昨日から雪が降り積もり、王都の町並みは真っ白に染まっている。

 いい感じに、肉まんがおいしいと思える日に迎えることとなったのだ。

 夕方、王太子夫妻の到着が知らされた。会場にはすでに肉まん用保温器が設置されていて、約五十個の肉まんが蒸し上がっている。

 雪が積もっていたため、到着は一時間遅れだった。広間に集まった人々が待ちわびた頃に王太子夫妻はやって来る。

 王太子夫妻は新しいもの好きだと聞いていたので、若いのかと思っていた。しかし、姿を現したのは、国王夫妻と変わらない五十代くらいのご夫婦だった。王宮内も寒かったからか、毛皮の外套(がいとう)を脱げずにいるらしい。

 厳格そうな雰囲気で、庶民ソウルを胸に抱く私は膝がぶるぶると震えてしまう。


「いやー、冷えるねえ。我が国がもっとも寒いと決めつけていたが、この国もなかなかですな」


 しゃべると、案外気さくそうに思えるから不思議だ。

 それにしても、雪国出身なので寒さに強いと思っていたが、そんなことはないようだ。すぐさま出迎えた、王太子カイロス殿下が肉まんを勧めている。

 思い返したら、カイロス殿下が国王夫妻に私の料理を絶賛したために、こうやって料理をふるまう事態になったのだ。

 諸悪の根源だとばかりにジッと見つめていたら、カイロス殿下と目が合ってしまった。あろうことか、カイロス殿下は私にウィンクを飛ばしてくる。それに気づいたイクシオン殿下が私の肩を引き、一歩前に出てきて背中に隠してくれた。

 イクシオン殿下が、両殿下に肉まんについて説明してくれる。


「こちらが、特別にご用意いたしました〝肉まん〟という料理です」

「肉まん、か。初めて聞くな」

「見た目からは、どんな料理かまったく想像もできない。これは、この国の料理なのか?」

「いえ、こちらは私の婚約者アステリア・ラ・アストライヤーの実家に古くから伝わる食の書物に書かれてある、古代人の料理から着想を得て作ったものです」


 前世で覚えた料理がおいしいのは、私の手柄ではない。私が考えたように扱われるのはおこがましい。そのため、以前から料理について聞かれたら、実家にあった古い書物から調べたものだと答えるようにしていた。

 まずは、毒味から。スノウベリー国の毒味は、やたら顔がいい護衛騎士が担当する。ごくごく普通に食べ「問題ないです」と返してくれた。なんだか物足りないと思いつつも、我が国の国王陛下の毒味係がオーバーリアクションなだけなのだろう。

 肉まんを紙袋に入れ、王太子夫妻へと差し出した。


「おお、温かい。これは、そのまま食すのか?」

「がぶりと、噛みつくと?」

「はい、それが正解の食べ方です」


 普段はパンをちぎり、料理はナイフとフォークで切り分けてから上品に食べる人たちなので、かぶりつくのは抵抗があるのだろう。

 そう思っていたが、王太子夫妻は躊躇(ちゅうちょ)することなく、豪快に肉まんにかぶりついていた。


「なんだ、これは! おいしすぎるぞ!」

「ええ、本当に!」


 あっという間にペロリと平らげ、ふたつめを所望される。お腹が空いていたのだろうか。ふたつめもすぐに胃の中に収まっていく。三つめを食べる前に、外套を脱いでいた。ショウガが入っているので、身体が温まってきたのかもしれない。

 スノウベリー国の従者や侍女にも肉まんを配る。みんな笑顔で肉まんを食べていた。


「アステリア、思っていた以上の反響だな」

「ええ、こんなに喜んでもらえるなんて」


 五十個以上用意していた肉まんは、瞬く間になくなっていった。

 反響は、それだけでは終わらなかった。

 スノウベリー国の王太子夫妻が、肉まんを作る技術と肉まん用保温器を買い取らせてほしいと、国王夫妻に頭を下げたらしい。

 スノウベリー国は寒すぎるがゆえに、温かいものを作ってもすぐに冷えてしまうようだ。肉まん工場を建設し、大々的に売り出したいと。

 つまり、イクシオン殿下の魔道具が商品として初めて取引されるということだ。

 肉まん用保温器の設計図はすでにあり、魔法省が管轄する魔道具工房に頼めば量産も可能だ。

 私が以前、コストについて話をしたので、製作費もそこまで高くないらしい。

 とりあえず、スノウベリー国は肉まん用保温器を、百個単位で注文してくれるようだ。国庫が潤う結果となり、スノウベリー国との一回目の外交は大成功となった。

 それから、イクシオン殿下は忙しい日々を過ごしている。

 肉まん用保温器についての事業の中心的メンバーに抜擢(ばってき)され、毎日魔法省と王宮に顔を出している。

 国王夫妻は働くイクシオン殿下を見て、本当に立派に育ったと涙を浮かべているらしい。

 お饅頭をふるまってから、私はなぜか国王夫妻のお茶会に呼び出されることが多くなった。ひとりでは気まずいので、嫌がるイクシオン殿下を引きずって連れて行っている。

 国王夫妻はイクシオン殿下を毎回連れてくる私を、頼もしいと評価してくれた。


「アステリア嬢はイクシオンにはもったいない、できた女性だ」

「本当に。イッくんとは今まで、一年に一度か二度、会える程度だったのに。最近は頻繁にお茶ができて、とっても嬉しいわ」

「カイロスが婚約していなければ、王太子妃にしたいくらいだ」


 国王陛下がそう発言した瞬間、イクシオン殿下は私を抱きしめ叫んだ。


「父上、アステリアは私が見つけた婚約者です! 兄上になんか、渡したくありません!」

 イクシオン殿下の執着心は、どこからやってきたのか。謎すぎる。

「しかし、カイロスも不安なところがあってな。そこを矯正してもらったら、どんなによいか」

「陛下、ダメよ。イッくんの婚約者をカイロスにあげたら。このふたりは、協力することによって、偉業を成し遂げるタイプなんだから」


「そうだったな。しかし、カイロスとアイオーンが結婚せねば、お前たちは夫婦となれない。二年以内にどうにかするから、しばし我慢してほしい。ふたりの結婚式を、楽しみにしている」


 私とイクシオン殿下の婚約が、国王夫妻公認となってしまった。

 心のどこかで、いつか婚約は破談にするのだと考えていたのに。

 どうしてこうなったのだと、心の中で叫んだ。(※二ケ月ぶり、四回目)

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