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ポンコツ令嬢に転生したら、もふもふから王子のメシウマ嫁に任命されました  作者: 江本マシメサ
第三話 追跡の『鯖(さば)サンド』

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10/21

気まずい再会

 せっかくなので、イクシオン殿下に賜ったドレスを着てみる。ひとりでまとうことはできないので、メルヴたちに手伝ってもらった。

 メルヴたちは頭から生やしたツルを器用に操り、背中のボタンを留めたり、髪を結んでくれたりした。

 ドレスは袖にほどこされた二重のレースが美しい深い青のアフタヌーン・ドレスに決めた。髪型は四つ編みに結ってもらい、真珠が連なったカチューシャを差す。

 化粧までも、メルヴが施してくれた。

 メルヴの葉っぱから作った化粧品を塗ったら、驚くほど肌がもっちりツルツルになった。売って欲しいと強く思う。

 たくさんのメルヴが手伝ってくれたおかげで、身支度は一時間ほどで調った。

 鯖サンド入りのカゴを持つメルヴたち、リュカオンと合流し、イクシオン殿下の部屋へ魔法で転移する。


「なっ、うわっ!!」


 半裸のイクシオン殿下が、ぎょっとした様子で転移してきた私とリュカオンを見る。どうやら、お着替え中だったようだ。私と同じように、メルヴたちが手伝っている模様。


『なんだ、お主はまだ、身支度が調っていなかったのか』

「髪を()かすのに、思いのほか時間がかかってしまったのだ」


 お前はドッグコンテスト出場前のアフガン・ハウンドか。なんて突っ込みは伝わらないため、喉から出る寸前でゴクンと呑み込んでおく。


「アステリアは、もう終わったのだな」

「私も、メルヴが手伝ってくれたから」

「そうか。そのドレス、なかなか似合っている」


 半裸で褒められても、「早く服を着ろ」としか思えない。非常に残念な気持ちになった。

 イクシオン殿下はカイロス殿下と会うからか、いつも以上に服装に気合が入っていた。悔しいけれど、見た目だけは最高のイケメンである。


 リュカオンの転移魔法で、カイロス殿下の私室へ移動した。

 部屋の前辺りに着地するのかと思いきや、いきなり部屋に降り立ってしまう。

 小さな悲鳴がいくつか上がった。カイロス殿下が弾かれたように立ち上がるが、イクシオン殿下の姿を確認し、ホッと息をはく。


「イクシオンだったか」

「兄上、すまない。まさか、ここに直接降り立つとは、想定外だった」

「聖獣の力だな?」


 カイロス殿下は、私が抱き上げる子犬の姿のリュカオンを見て、驚いていた。


「その小さき犬が、聖獣リュカオンか?」

「普段は、このように小さな姿でいる」

「そうだったのだな」


 部屋にはすでに、先客が座っていた。

 十六歳くらいの金髪碧眼(へきがん)の美少女に、舞踏会の夜に見かけた人妻らしき美しい女性。それから、なぜかエレクトラも腰かけている。

 女性陣の空気は重たく、どこか気まずげであった。

 戦々恐々としつつ、椅子に腰かける。膝に置いたリュカオンは尻尾をくるりと巻き、おまんじゅうのように丸くなっていた。イクシオン殿下は私の隣に座る。

 カイロス殿下より、紹介がなされた。


「こちらは、テティス国のセレネ姫だ。隣は、ハルピュイア公爵家のエレクトラ嬢。そして、彼女は私の元乳母で、シールドライト伯爵夫人だ」


 舞踏会の晩、一緒に過ごしていたのは元乳母だったのか。あまりにも若すぎると思ったが、十六で子どもを産み、乳母に指名されたらしい。カイロス殿下と同じ年の息子を持つ女性には、とても見えない。美魔女と言えばいいのか。ちなみに年齢は、四十一歳らしい。


「兄上、彼女たちは何をしにここに?」


 イクシオン殿下が問いかけた瞬間、空気がピリッと震える。特に、セレネ姫の瞳はギラつき始めた。カイロス殿下は、居心地悪そうに(せき)払いを繰り返す。


「私はここ数日、この靴の持ち主である女性を探していた」


 私のもう片方の靴が、テーブルに置かれた。


「成人女性にしたらかなり小さいようで、見つけ出すヒントになると思っていた」


 前世では二十七センチあった私の足だったが、生まれ変わったら二十二・五しかなかった。二十七センチもあれば主にメンズ用しかサイズが置いてなく、女性用の可愛らしい靴が買えずに何度涙を呑んだかわからない。だが、小さかったら小さかったで、子ども用の靴しかなく、毎回オーダーしていた。小さな足に憧れていたが、極端だったのだ。

 そんなことはさておいて。


「どれだけ探しても、この靴に合う女性は見つからなかったのだが、今日、エレクトラ嬢が名乗り出て、靴もぴったりだった」


 ちらりと、イクシオン殿下を見る。ふるふると首を振っていた。

 どうやら、先触れの手紙に私が靴の持ち主であると書いていなかった、と。詳しい話は対面で話すようだ。


「私は、靴の持ち主に、誤解を解き、証言をしてもらうつもりだった」


 カイロス殿下は、当時の状況を説明する。


「舞踏会の日、シールドライト伯爵夫人と十年ぶりに再会し、久しぶりに話をしたくなった。私室に連れ込むと妙な噂が立つので、庭で話をすることとなったのだが」


 強い風が吹き、カイロス殿下の目にゴミが入ってしまったらしい。それで、シールドライト夫人がゴミを取ってあげようと寄り添っているところを、私に目撃されたようだ。


「きっと誤解されただろう。密着していた事情について、説明しなければ。そう思って、引き留めようとした」


 しかし、私は全力疾走してしまう。


「庭を巡回していた騎士も加わり、思いがけず大騒動になった。そして、責任を感じて落ち込むシールドライト夫人を慰めているところを、セレネ姫の侍女に目撃され――」


 セレネ姫本人の耳に、カイロス殿下がほかの女性を庭に連れ込んでいた話が伝わってしまったようだ。


「私はあの日、たしかにシールドライト夫人と一緒にいたが、証拠はなかった。侍女は、きれいな女性といたという記憶しか残っていなかったらしい。それで、証人としてエレクトラ嬢を呼び出したのだが」


 証言はできなかったのだろう。あの日、ふたりをのぞいていたのは私だから。

 エレクトラにはカイロス殿下の無罪の証明は不可能で、やってきたセレネ姫に噂はデタラメだと示すことができずに気まずい空気になっていたと。

 カイロス殿下は明後日の方向を向き、背中には哀愁を漂わせていた。

 あまりにも、気の毒すぎた。


「兄上、証言はアステリアができます。兄上たちをのぞいてしまったのは、彼女です」

「それは、本当か!?」

「はい。名乗り遅れてしまい、申し訳ありませんでした」

「しかしなぜ、エレクトラ嬢は自分だと名乗り出たのだ?」

「舞踏会の日、私とエレクトラ嬢は()しくも一緒の服装をしていたのです。裾が長くて存じなかったのですが、靴も同じものだったのでしょう」


 まさか、足のサイズまで一緒だったとは。エレクトラ嬢は私が庇うと思っていなかったのか、涙目で見つめていた。


「舞踏会の日の話ですが、間違いなく、カイロス殿下は元乳母である、シールドライト夫人と一緒にいました。聖獣の乙女の名にかけて、嘘は言いません」


 膝の上に座るリュカオンは、ピッと背筋を伸ばす。私の角度から見えないけれど、きっと表情もキリッとしているはずだ。笑ってしまいそうになったが、ぐっと我慢した。


「すべて、わたくしの勘違いでしたのね」

「セレネ姫、このような事態になってしまい、申し訳ありませんでした」

「いえ。あの、カイロス殿下。その、婚約破棄は、撤回できますでしょうか?」

「もちろんだ」

「よかった」


 これにて、めでたしめでたしである。

 誤解が解けたシールドライト夫人は立ち上がり、頭を深々と下げる。


「皆様、ご迷惑をおかけしました」

「もう、いい」

「カイロス殿下……深く、感謝いたします。どうぞ、これからもお元気で」


 再び会釈し、シールドライト夫人はそのまま帰って行く。

 十年ぶりの元乳母との再会は、とんでもない事件になってしまった。もう二度と、会えないだろう。未練などないのか、実にあっさりとした別れだった。

 それにしても、私がうっかりふたりの再会をのぞいてしまったせいで、大変な騒ぎに発展してしまった。反省しなければならないだろう。

 のぞき、ダメ、絶対。それを信条に、今から生きていこう。


『問題は無事解決した! アステリアの作った〝さばさんど〟を食し、親睦を深めよ!』


 リュカオンの言葉に、頭上にハテナを浮かべている人向けに、イクシオン殿下が説明する。


「アステリアが、私が育てている養殖魚を使って、料理を作ってくれた。よかったら、食べてほしい」

「アステリア嬢は、料理ができるのだな。すばらしい」


 その言葉に、エレクトラは瞠目(どうもく)する。

 カイロス殿下は、苦虫をかみつぶしたように語り始めた。


「以前、鳥撃ちにでかけたとき、従者と護衛と三人で、ひと晩野営をしようという話になった。私は鳥を撃ち、食料を得た。けれど、どうやって鳥を解体し、どのように調理すればいいのかわからず――」


 とりあえず羽を(むし)り、肉を解体したらしい。


「ひとまず腹に何か入れるため、肉を焼いて食べたのだが、信じられないくらい不味くて」


 当たり前だ。ジビエは、きちんと血抜きしたあと、臭み消しの薬草をすり込み、濃いめの味付けで調理しないと食べられたものではない。


「一度でも料理を習っていたら、このような事態にはならなかったのだろうな」


 一週間前、料理をバカにしたエレクトラは俯き、恥ずかしそうにする。自らの発言を恥じ、反省しているようなので、見なかった振りをしてあげた。


『話が長い! 早く食べようぞ!』

「すまない。いただこうか」


 フォークとナイフで食べていたイクシオン殿下と違い、カイロス殿下は豪快にかぶりついていた。


「これは、驚いたな。おいしい」

『だろう、だろう!』


 リュカオンはまるで自分の手柄のように、ふんぞり返っていた。子犬の姿では、可愛いとしか言いようがないが。

 セレネ姫とエレクトラには、ひと口大にカットしたものを用意してある。

 ふたりはそれを食べ、大きな瞳をさらに大きくさせていた。


「おいしいですわ」

「本当に」


 お姫様方のお口にも合ったようで、ホッと胸をなで下ろす。


 セレネ姫とエレクトラが帰り、私たちもお暇しようと腰を浮かせたが、カイロス殿下より待ったがかかる。まだ、話があるらしい。


「実は、セレネ姫に説明したのは、すべてが真実ではない」

「兄上、どういうことですか?」

「今から話す」


 シールドライト夫人との再会を、カイロス殿下は喜んでいた。幼い頃の記憶と相違ない美貌に驚いたものの、大好きだった元乳母と昔話に花を咲かせようと思っていたようだ。

 庭の椅子に腰を下ろした瞬間、シールドライト夫人は涙を浮かべて訴えた。夫と離婚したいが、許してくれない。もう、一緒の屋敷にいるなんてまっぴらだと。

 シールドライト夫人の夫は妻に対する執着がひどく、外出すら許可してくれないらしい。


「その日は、珍しく舞踏会とシールドライト伯爵の地方視察が重なったために、参加できたようだ」


 なんとかカイロス殿下と面会までこぎつけ、夫から逃れるためにある願いを訴えたのだ。


「彼女は、私の愛人になりたいと言ってきたのだ」


 公にされることはないが、貴族に愛人はつきものである。意外にも、実家の父は母一筋であるが。世間のイメージでは、金に物を言わせて多くの愛人を囲っていると思われているようだ。父個人としても、愛人は豊かさの象徴と考えているようで、噂話は否定しないらしい。実際には存在しない、エア愛人というわけだ。


「話を聞いていたら、シールドライト夫人に同情してしまった。ただ、セレネ姫との婚約が決まったばかりで、愛人なんか迎えたら不興を買うだろう。そう思って、最初は断った」


 しかし、シールドライト夫人は諦めなかった。よほど、夫の束縛が鬱陶しかったのか、渋るカイロス殿下相手に食い下がったようである。


「彼女は私にすがりつき、そして、涙を流しながら口づけをした。そこまでされたら――愛人として迎えるしかないと、考えを変えてしまった」


 思いっきり、流されとるやんけ!

 心の中で盛大に突っ込んでしまう。


「二回目の口づけは、私からした。その場を、アステリア嬢に見られてしまったようだ」

「やっぱり、そういうことをしてましたか」


 もう十日以上前の記憶なので、曖昧になっていたのだ。目撃したのは一瞬だったし。


「とんでもないものを見せてしまい、本当に、申し訳なかった」

「いえ。こちらこそ、のぞいてしまって、すみません」

「いや、騒ぎになって、よかったのだ」

「どういうことですか?」


 カイロス殿下は騒動後、シールドライト伯爵家について調査をしたようだ。

 夫の拘束が激しいという話だったが、夫婦の仲は冷め切っているという証言がでてきた。加えて、夫人の浪費のせいで、シールドライト伯爵家は傾きかけているらしい。

 夫人は、夫より離縁を提案されていたが、頷かなかったと。

 離婚を望んでいたのは夫人ではなく、夫のほうだったようだ。

 夫に捨てられる前に、カイロス殿下に乗り換える予定だったと。思い切った鞍替えを思いついたものだ。

 だから最後、シールドライト夫人はあっさり去っていったのだろう。


「危うく、引っかかるところだった」

「兄上……」


 尊敬していた兄の姿を前に、イクシオン殿下は落胆を隠せない様子だった。

 人はそうやって、大人になる。イクシオン殿下、頑張れと心の中で応援した。


「アステリア嬢のおかげで、私は助かったのだ。ありがとう」

「い、いえ」

「そして私は、愛人を迎えたらどんな事態になるのか、結婚を前に学べた。妻以外の女性を迎えるという愚かな行為は、この先しないだろう。私の不貞が、国の平和をゆるがすのだ」

「ソウデスネ」


 呆れるあまり、返答が片言になってしまう。一応、学習しているようだが、こういうことは失敗するまえに浅はかな行為だと気づいてほしい。この国の行く末が心配になる。リュカオンが、カイロス殿下に(くぎ)を刺した。


『さすがの我も、男女間の関係は浄化できないからな』


 カイロス殿下はリュカオンの言葉に深々と頷き、険しい顔をしながら呟いた。


「男女の(いさか)いは、聖獣の手にも負えぬ。心に刻んでおこう」


 なんかカッコイイ感じにまとめているけれど、女性に(だま)されそうになった人の言葉なので。


「イクシオン。お前は、いい娘を見つけたようだな。聖獣も認めている、救世の乙女だ。本当に、救われた」

「私も、彼女に救われた」


 いったいイクシオン殿下の何を救ったのか。覚えがまったくないが、兄弟の会話に口を挟むのは野暮(やぼ)だろう。

カイロス殿下は微笑みながら頷く。


「そうか。私のように裏切りの行為を働くことなく、大事にしてくれ」

「もちろん、そのつもりです」


 最後に、カイロス殿下は私を見て、あるお願いを乞う。


「アステリア嬢、どうか、弟を頼む。末永く、支えてくれ」


 王太子が私ごときに頼みごとをするなど、ありえないだろう。

 どうしてこうなったのか。頭を抱え、心の中で絶叫した。(※約十日ぶり、三回目)

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