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「エミリー様。準備はよろしいでしょうか」
鏡に向かって最後のチェック。
最後の願いだからと選ばせてもらった、純白のドレス。たっぷりとフリルとレースをあしらった、自分には勿体ない位精巧な作りのものだ。
そんなドレスを見に纏っている人物の方に問題があった。他の王族とは違う茶髪に、雀斑が目立つ顔。身体もどちらかというと貧相で、とてもじゃないが王族らしいカリスマ性なんかは見えてこない。良くも悪くも普通を出ない外見をしている。しかし、そんな中で唯一王族たらしめる要素が紫色の瞳である。王族である証だ。
(この瞳がなければ私はただの平民……。下手をしたら奴隷だったかもしれないわ)
鏡から目を逸らし、部屋の隅にいる執事を見る。幼少期から付き人をしてくれているヒューゲルだ。最後となるドレスの着替えを手伝ってくれていた。
「大丈夫よ」
出来る限り声を明るく出す様に務めた。彼に心配をかけてはいけない。
「お綺麗ですよ、エミリー様」
「ありがとう、嬉しいわ」
褒められて少しだけ嬉しかったけれど、やはり素直には喜べなかった。
今日行われるのは私の結婚式。その相手は、文字通りの『魔王』。つまり私は今から人妻になるのだ。
全ての魔物の能力を持つと言われる、魔物の住むバーバヤイガを統べる男の元に嫁ぐ。これは昔から決まっていたことで、私の意思とは関係なく決められたことだ。
「では参りましょう。皆さまが待っておいでです」
「えぇ……」
私が部屋を出ると、廊下にいたメイドたちが一斉に頭を下げた。彼女たちの表情はいつも通り無表情だったが、その目は一様に哀れみを帯びているように感じられた。
自身の出の事を考えれば当然だが、彼女たちから好かれてはいないという自覚はあった。だからこそ、ここまで分かり易く哀れまれるとは思ても見なかった。
(まぁいいわ……。もうどうにもならないものね)
「魔王様の元へご案内いたします」
「お願いするわ」
ヒューゲルについて行きながら考える。
これからの生活のこと、自分のこと、そして国の今後の事。大して国に対して役に立てることは今までなかったが、今回の結婚によって交友関係が好転したならば。それなら本望だ。
こくりと息を飲んで、婚約相手の魔王が待つ応接間へと入った。