第8話 覚醒めし遺物
「…………ハッ!!」
目を覚ますと俺は、知らない部屋にいた。
周囲を見渡すと、一般家庭では見かけないような洋風の調度品が周囲には並んでいた。
内装からして病院ではないのは当然の事として、どこかの家とも思えない。恐らくホテルの一室だろう。
置いてある家具の雰囲気から、相当高級なホテルと思われる。何時だったかテレビCMで見た、駅前に出来たばかりのホテルを思い出した。
ぼーっとしていると、突如視界の外から声が聞こえた。
「気がつかれましたか?」
「あ、えっと……。ディアドラ……さん? だよね?」
「ええ。その通りですわ。そう言う貴方は、長久始さんでよろしくて?」
「ああ……はい。とりあえず聞きますけど……昨夜美術館でお会いしました?」
「そうですね。一緒に強盗団を蹴散らしましたわ」
「やっぱ夢じゃないかぁアレ……」
少女が腕を組みながら呆れ気味に答える。
俺は溜息をつきながら上半身を起こし、昨日の夜を振り返る。
突如として美術館を襲った強盗、それを食い止める謎の少女、そして……謎の異能力。
夢のような内容だったが、どうやら全ては現実だったようだ。正直言うと未だに実感が無い。
俺はあの日の記憶は朧げだが、何とかして強盗達を追い払ったというのは、確かに記憶している。
何があったのかを1つ1つ丁寧に思い出そうとし──────。
「そうだ! あいつ等にやられた警備員さんとかは……!
あと、俺達が色々壊したりした設備って、治ってるのか!?」
「御心配には及びません。私たちの手のものが、夜明けよりも早く片づけました。
事件で怪我を負った方々に関しましても、きちんと病院まで搬送いたしましたよ」
「そっか……。よかったぁ……」
「ただ、他者より貴方自身の心配をしたほうがよろしいかと」
「へ?」
間の抜けた返事をしながら、異様な感覚に気付く。
両手首に重い何かがぐるりと巻き付いているような、奇妙な感覚。
何事かと視線を落とした先には、一般的に手錠と呼ばれる鉄の輪があった。
「は? あの……、これは?」
「呆れた。覚えてらっしゃらないのですか?
貴方、昨夜に何をしでかしたのか分かっておいでですか?」
「昨日の夜…………? ──────まさか……」
だんだんと記憶が明確になってきた。
そうだ。俺はあの夜、この子やあの強盗団が使うのと同じ、ロゴスとかいう能力を手に入れたんだ。
確か……醒遺物、とか言われてたっけ。それから貰った力で、俺はあの強盗団を追い払って、そして──────。
「──────で、なんで手錠がかけられてるの?」
「ただの手錠じゃありませんよ? 特一級の極悪疑界結社主犯格を捕縛する際に用いる特別品ですわ。
ほんの一瞬でもロゴス能力を行使する素振りを見せましたら爆発四散しますので、そのおつもりで」
「はぁ!!? な……何でそんなレベルの事になってるんだよ!!? 俺は、ただ……!!」
「ただ……何です? 醒遺物を己の私利私欲の為だけに用いたことが、正義とでも?
あるいは……あの時、ロゴス能力を手に入れたことは不可抗力だった……とでも?」
「俺はただあの美術館を守りたかっただけだ!! そもそもその醒遺物だのなんだのだって分からねぇ!
そりゃ……確かに、分からない領域に足を突っ込んだのは俺の責任だけど……! でも、だからってここまで……」
『落ち着け少年。そこから先は俺が話をしよう』
声が響いた。
するとディアドラはタブレット端末を取り出し、机の上に立て起動した。
画面に1人の男が映る。やや皺の刻まれた肌は、質感から言って四、五十代程の年齢だろうか。数は少ないが、その皺の1つ1つに貫録を感じさせる雰囲気があった。
特徴的なのが、その顔の半分を覆う仮面と、真っ白で特徴的な髪型だった。横方向に飛び出ている2房の髪は、ツインテールのようにも見えるが、かといって可愛らしさは微塵もない。
非常に不自然な飛び出かたをしており、まるで頑固な寝癖か何かのような所感を覚えさせた。
『お前さんか。破滅掌者になった一般人ってのは。
何から言えば良いもんか……、ひとまずこう言っておくか。
ご愁傷様、そしてようこそ"ロゴス"の世界へ。ってな』
「はぁ……。まぁ、どうも……。ところで、貴方は?」
『俺か? 俺は"レイヴン"。とりあえずは、そう呼んでくれるといい。
そこにいるディアドラを含めたロゴス能力者たちを束ねる……R.S.E.L.機関の幹部の1人だ』
その男はにこやかに、人懐っこそうな笑顔で微笑みながらそう言った。
ラジエル、機関? 昨夜にディアドラの言っていた、無秩序なロゴス能力者たちを取り締まる組織……だったか。その名前だろうか?
昨夜の強盗達との闘いや、その後の後始末を聞くに信用は出来る相手かもしれない。少なくとも俺たちに危害を加えるような組織ではなさそうだ。
ただ、それは罠かもしれない。かと言って話を聞かないのは得策と言えない。余りにも情報が足りなさすぎる。
まずはとにかくこのレイヴンという人から情報を聞きだし、俺自身の手で判断しなくては……。
『ひとまず聞きたい事はあるか?
こっちから一方的に話すより、Q&A方式で聞いた方が分かりやすかろうよ』
「じゃあ……まず、ロゴス能力ってなんなんですか?
言葉が力になる、みたいな事を昨夜に聞きましたけど……具体的にはまだ何も……」
『良いだろう。まずは俺達が扱うロゴス能力、その根幹と仕組みについて説明しようか』
レイヴンは葉巻を取り出し、煙を吐き出しながら呼吸を整え一息置いた。
どこか緊張感が無いように見える。こちらはいつ死ぬかもわからない状況だというのに。
そんな彼であったが、その一挙手一投足にはえも言えぬ貫禄があった。
ほんの少しの動きだけで、場数が圧倒的に違うと少しの動作で理解できる。
だからこそ、この人の言葉なら耳を傾ける価値があると俺には思えた。
『ロゴス能力の発端は世界の創世まで遡る。
遥か昔、1柱の絶対的存在……"一者"が世界を創造した。
その持つ思考……意志とも言い換えられるか。それを己の内側から外側へと流出させ世界とした』
「随分と……遡りますね。聖書か何かの創造神話みたいだ」
『逆だ。既存の神話が、全て現実の焼き直しなんだ』
レイヴンがそう言うと、タブレットに世界創生をイメージした映像が映り始めた。
ビッグバンが起き、原子や分子が生まれ、星々が形作られ……、それらは全て、"一者"の意志によるものだというのだ。
にわかには信じられないと思いながらも映像を眺めていると、やがて映像は地球に生命が発生した段階へと移った。
『"一者"の作った世界には、やがて生命が生まれた。
発生した生命は進化を続け……、その到達点の1つとして人類へ行きついた。
この人類と言う種は、この世界の始まりである一者と、姿・形・能力……その全てが同一の形に進化した。
必然的に────一者がこの世界を作り出した手段、"意志の流出"も行える。これが、ロゴス能力の正体だ』
「…………………なる、ほど」
画面には古代の人々のイメージが映し出されていた。
例えばそれは神話に語られる楽園だとか、あるいは長い旅の果てに安住の地を見つけただとか、そう言った伝承の数々。
これらはロゴス能力を用いて、住む環境を自分たちに適した形に変えた事を暗示しているという。
レイヴン曰く、その根幹は、世界を作り出した"一者"と同じ、創造の力なのだそうだ。
それだけでなく、過去の人類は世界を思うが儘に改変する力で、自分たちの生活を豊かにしたそうだ。
……確かに人類の進化や歴史には不明点が多い。
どうしても説明できない飛躍的な進歩もあったと言う。
だがこんな話、普通だったら誇大妄想と叩き返すレベルだ。
が、事実として昨日あれだけ現実離れした光景を見せつけられたからには、納得するしかない。
話を聞いてから振り返ると、世界を自在に変える創造神と同じ力というスケールの大きさに妙に合点がいった。
それぐらいスケールが大きい方が、突然風や炎を生み出す力もある種理解できる……気がする。
『とはいえ、ロゴス能力は万能じゃない。
色々と制約があるわけだが……これに関してはまた後で話す。
今重要なのは、お前がしでかした事がどれだけヤバいのか、という話だからな』
「確かに、ロゴス能力が思った以上に恐ろしい出自だという事が分かりました。
けど……、だからってここまでする程とは……」
「貴方が単にロゴス能力を得た事ではなく、醒遺物を使ってロゴス能力を手に入れた、事が問題なのです」
「あー……。その、醒遺物ってのは何なんだ? ロゴス能力と何か関係がある代物なのか?」
『まぁ、似て非なるもんかな。じゃあ次は、醒遺物について説明しよう』
レイヴンの解説は次の段階へ移った。映像は再び古代の人々のイメージを映し出す。
自らの意志で世界を改変出来る力を手に入れた人類は、凄まじい速度で発展して霊長の座を握ったそうだ。
空を飛ぶ船や車、永遠に尽きぬ炎、天へと届く宮殿、死の大地を作り出す破壊兵器……。多くの物を作り出した。
現実に在り得ない超常兵器が神話には語られるが、それらもまたロゴス能力の産物らしい。
そして人類はその果てに、支配者を輩出した。
自然現象そのものとも言える強大な力を持つ、超高位のロゴス能力者たちが出現し始めたのだ。
彼らは現在、神話や伝承で語られる神々の大本だという。
神々(便宜上違うらしいが、分かりやすくするためこう呼称する)はその絶対的なまでの力で世界を支配した。
支配者たる神々は領土を拡げ、やがては神々同士が出会い、双方の全力をぶつけ合う争いを産む結果となる。
世界中の神話で、黙示録や最終戦争といった終末が描かれているのは、この戦争に起因するらしい。
そう言えば、似通った神話の伝承は過去にそう言った事象があったとする研究もあると聞く。
つまり、文字通り世界が終わるほどの戦争が過去にあったという事だ。
「マジで神話や伝承って……実在してたんですね。
そしてそれらは全て、ロゴス能力によるものだった……と」
『そうだ。ロゴス能力は神々同士の争いを生んだ。
彼ら人類の発展は、行きつく所まで行きついたというわけだ。
その結果を見て、人間たちは口をそろえてこう願った。
"こんな力はもういらない"、"全部元に戻してくれ"……ってな』
「……世界を自在にできる力を持った人間たちが……自分から望んで、力を否定した?」
『そうだ。結果、この世界からロゴス能力は消えた。人はロゴス能力の存在も、使い方も全部忘れ去った。
まぁ一部は使えるまま残っているわけだが、その理由は後述しよう。
今はとりあえずは、醒遺物についてだ』
醒遺物。覚醒めた遺物、神々の破片。
そう前置きした上で、レイヴンは説明した。曰く、この世界にはかつて存在した神々の"力"の断片があちこちに残っているらしい。
基本的に神々と呼ばれた存在のロゴス能力は、強すぎる為に持ち主が死んでも残り続けるそうだ。
神々が争った跡地の鉱物だとか、あるいは神々の遺物だとかにその能力は残留したのだという。
それらの残滓は、元々の持ち主がこの世を去ると同時に一時的な休眠状態となった。
だが、時が来た場合は再び覚醒し、かつての神々の持っていた力と同等の権能を発揮するのだという。
『つまり醒遺物というのは、かつて存在した神々の遺産と言うわけだ。
それを手に入れた者は、神話だとか伝承だとかに語られるような、超大規模の異能を使えるようになる。誰でも例外なく、だ。
見るだけで人間を殺す事も、都市1つを灰燼に帰す稲妻を自在に放つ事も、ありとあらゆる思考を瞬時に読み取る事も、醒遺物によっては朝飯前だ』
「…………それって、ヤバくないですか。その……醒遺物1つが悪意ある人間に渡るだけで……」
『そうだ。世界の秩序は捩れ狂う。ものによっては、1つでも世に放たれた瞬間に世界は終わるだろうな。
こういった、世界を滅ぼせる力を握ってしまった醒遺物の適合者を、俺達は破滅掌者と呼ぶ。
それを防ぐために俺達がいる。…………いるんだけどなぁ』
「自分がどれほどの事をしたか、お分かりでして」
「なんつう物を俺は……っ!!」
自分の無思慮さに腹が立つ。
俺はどうやら、世界の命運を左右する代物を手にしてしまったらしい。
かつての神々の遺産。たった1つで世界すら滅ぼせるような最終兵器。その力が今、俺に宿っていると来た。
なるほどこれは……向こう側からすれば生殺与奪を握りたくもなる。
むしろ無理矢理拘束されなかっただけも御の字と言えるかもしれない。
誰かを助けたい。
そんな昔から考えていた他愛のない願望が、世界滅亡になりかねない事態を招くなど、誰が予想できるだろうか。
どうしてこうなった。そう言いたい気持ちをグッと堪えながら、俺を天を仰いで昨夜の行動を全力で後悔した。