第6話 "ロゴス"
「協力っつったって、何すりゃいいんだ?」
「ひとまずは彼らのトップを叩きます。彼らの武器は、兎にも角にも"数"にあります。
ですが、ほとんどの人員は彼らのトップが"ロゴス"を使い現地調達した可能性がありますので……」
「──────ロゴス?」
「時間がありません。探しながら説明しましょう」
ディアドラは俺の手を引いてバリケード跡地から歩き出した。
名前を名乗ったり、事情を話したりしてくれる所を見ると、どうやら信頼してくれたようでホッとする。
ただ今のままでは何もわからず、正直言って力になれるかも怪しい。俺の武器は消火器しかないのだから。
そう言う意味では、彼らの使う謎の力に関して是非聞いておきたい。
「"ロゴス"と言うのはですね。
一般的に魔法や超能力、あるいは呪いなどと呼ばれる類の異能の力を指す名称です」
「確か……言葉とかそう言う感じの意味を持つ単語だったっけ。それがどうして異能の名前に?」
「分かりやすく言えば……"言葉"の持つ力を現実に投影するから、と言えますでしょうか」
「……言葉の、力?」
「先ほどの戦いを見ていた貴方ならば、察しが付くと思いますが」
確かに。さっきの戦闘はまさにそんな感じだった。
風がどうのと言葉を紡いだら風が吹いたし、炎がどうのと言ったら炎が出現した。
彼女が使っていた縄に関しても同様だ。拘束しろと彼女が縄に命令した事で、それが現実に起きた。言葉がそのまま現実になる感じなんだろうか?
「そんな能力、どうやって手に入れるんだ?
何でも言えば現実になるのか? 制約とかは?
例えばあいつらが俺たちに死ねって言ったら俺たちは……」
「ロゴスは誰でも持ってますわ。ただ使えないだけです。
それに、そんなに便利なものではありません。ご安心を」
──────? 今、何て言った?
誰でも持ってる……? あんなヤバイ力を?
流石に信じがたい話だったが、今は問い質している時間はない。
彼らが使う力の内容は分かった。ならば次に知るべきは、彼らの潜入の理由だ。
それを聞いたところ、彼女は神妙な表情で答え始めた。
「"醒遺物"。それが彼らの狙っているものです。
こんなに早く動き出すとは予想外でしたが、巡回して正解でしたわ」
「フラグメント?」
「分かりやすく言うと、さっき話したロゴスの力が宿った道具の事です。
例えば神話に語られる武器だとか、英雄が使った刀とか。そう言うのには総じて、特殊な力が宿っているものなのですわ」
「そうか……。今此処にはそういう刀剣が飾られている。その中にその、フラグメントとか言うのが混ざってたって訳か」
「はい。ただ私としても、どれがそれに該当するかまでは分からずで……」
詳細は分かっていないのか。それは、強盗達側も同じと見た。
現在この美術館で展示されている刀剣はどれも著名だ。館内表示を見れば、どれがどこにあるかなんて一目瞭然だろう。
なのにすぐに目的の品に辿り着けないのは、向こうもどれがその醒遺物とやらなのか分かっていないと考えるのが自然だ。
………………待てよ? 力を持つ特殊な武器があるというのは分かった。ただそれは、こんなリスキーな強盗紛いな事をして手に入れる程のものなのだろうか?
そして何よりも、それ以上に気になる事があった。
「奴らの目的は分かった。ただ、君は何者なんだ?
あいつらと同じような力を使って、事情にも詳しくて……。
醒遺物を守りに来たのか? 何の為に?」
「それが私の仕事だから……と言えば納得していただけますでしょうか?
私たちは醒遺物やロゴス能力の悪用を、世界の裏側で取り締まる機関です。
他、ロゴス能力の存在が社会へ流出する事や、それらを用いる人間が徒党を組んだ組織の監視などを行っている立場にあります」
「へぇー。なんか、正義の味方……って感じするな。すげぇかっこいい」
「茶化さないでくださいまし! 本来はあまり人に話すべきない、秘匿するべき事項なのですが……」
「まぁ、だよな。今まで聞いたことも無かったから。でも、なんで俺には話してくれたんだ?」
「貴方には隠しても意味が無いと分かったからです。数日前の夜の件もありますので」
「え──────?」
どういう意味かと問い質そうとしたその時、突如強盗たちが姿を現した。
彼らは俺たちを見つけるや否や、即座に詠唱を唱えてロゴス能力とやらを使ってきた。いきなり全力かよ。
だが今の俺に、先ほどのような恐怖や戸惑いは存在しない。
「ご安心ください。ロゴス能力は私がいなします。
彼らは恐らく、能力を使っている間は私に集中するはず。
始さんはその隙を、裏から突いていただけますか?」
「分かった。やってみる」
「では──────{“汝、己が信仰を炎と説くなれば、我は流れ出る激流となりて、その燃え盛る熱を静寂へと帰さん”!!}
ディアドラが詠唱を紡ぐと、彼女の周囲に水流が舞うように出現した。
なるほど。言葉がそのまま力になる……という前提を踏まえてから改めて見ると、確かにそうなっていると感じられる。
男たちが炎を纏った拳を振り下ろす。だがディアドラは、周囲に纏わせた水流でその拳を弾く様に止めた。
彼女の詠唱を注意深く聞くに、炎を水で掻き消すという"言葉"───常識とも言い換えられるか───を使って、炎を操る相手の力に対抗しているのだろう。
確かに水の前では炎は無力だ。厳密に言えば水を蒸発させるほど強い炎もあるが、そう言う……何と言うか『水の前に炎は消える』という、不文律的な思い込みが出来上がっている。
"言葉の力"と言うのはこういう事を意味するのかと、簡単にではあるが理解することが出来た気がした。
さっきの戦いの場合は、金属に対する風……つまりは風化という"言葉"を使った形なのだろうか。
──────とか想像を巡らせている暇はない。
対抗するディアドラに対し、男たちは次々と炎の拳を繰り出す。
だが何度も繰り返し放つうちに、その額に汗が滲み始めていた。
能力は使うのに集中力や体力を要するのだろうか?
…………ならば、そこを利用させてもらうまでだ。
「………今だ」
「ッ、お前は──────!! ぐげぇ!?」
{“拘束せよ”!!}
奴らが攻撃をした瞬間を狙って、消火器で思いっきり横合いに殴りつけた。
予想外の方向から来た攻撃に判断が遅れたらしく、頭部に攻撃がクリティカルヒットする。
それに戸惑った数人を相手に、ディアドラが先と同じように縄を投げつけ拘束した。
ロゴス能力を封じる為か、見ると口も縄で縛り付けているのが見て取れる。
なんとか事が上手く運び、俺は胸を撫で下ろし安堵した。
「ふぅ……何とかなるもんだな」
「ありがとうございました。ロゴス能力を使うとなると、おそらく彼らはトップに近しい人間と思われますわ」
「って言うと……あの、目が虚ろだったチンピラたちとは違うってこと?」
「はい。彼らは催眠術によって操られている……と言えば分かりやすいでしょうか」
「なるほど。ならそれをかけた奴がいるって事か──────」
『おーぃ……。こいつぁどうなってやがるんだ?』
間延びした低い声が、廊下の向こう側から響いた。
振り向くとそこには、薄暗がりの向こうに1人の男が立っていた。
シルエットからコートを着ていると分かる。ぼんやりと、細い目が光を反射しながらこちらを睨みつけているのが見て取れた。
さっきまでのチンピラたちとは、明らかに雰囲気が違うと分かる。素人の俺でもそう察せられるぐらい、纏う空気が違う人間だった。
「お前ら、俺の部下に手ぇ出して……分かってんのかぃ?
そいつらは俺が雇ってる、可愛い可愛い部下たちなんだけどなーぁ」
「と言う事は……お前がこいつらの!?」
「自分から出てくるとは感心ですわね。
それとも、余程自分のロゴスに自信があるのですか?」
「おーぃおぃこんなにボコっちゃってぇ。人のもんを傷つけるとは悪い子たちだねーぇ」
こっちを見ずに、男は地面に倒れ伏している男たちばかりを気にしていた。
男は1歩もこちらに近づこうとしない。ただ暗がりの向こうからこちらを見ているだけだ。
そのまま視線をあげこちらを向くと、睨みつけながらねっとりとした恨み節を口にし始めた。
「なんだ、コイツの言葉……。纏わりつくような……」
「相手の"意志"に飲まれてはいけません。始さんはご注意を。
そこの貴方! 貴方には醒遺物強奪未遂の容疑がかかっています! 大人しく私たちに──────!」
「そーぅカッカすんなよ。まずは、俺の部下を傷つけた{“代償を払ってもらおうか”}
「ガァ……ッ!?」
「これは…………!?」
「ご利用は計画的に……っとぉ」
男がそう口にした瞬間、俺たちの身体に信じられない程の重圧がかかった。
まるで全身を包む空気が鉛に変わったかのような重圧。身動きはおろか、指先を動かす事すら出来ない。
どうやらディアドラも同じようだ。これもロゴスとやらの力なのか?
「こっちはお金かけて雇ってるんだよ皆。
それをこうもバカスカ殴りやがってよぉ。加減しろぉ。
その様子を見るに、相当"負債"を貯めさせてもらったようだな」
「雇って、って……! お前……明らかにあれ、洗脳だろうが…………!
絶対……正気じゃなかったぞ……!! あいつら……!!」
「あーぁ? んなの関係ねぇだろぉ? 俺とあいつら、相互の契約が成り立ってたんだから、これは正式な雇用関係だ。
つまりあいつらは俺の財産の一部だぁ。それを傷つけたお前らは、負債を"背負って"当然ってぇ訳」
「他人の物を……奪おうとしている……分際で──────ッ!!」
「ガキと口論してる時間はねぇ。警備室から鍵も拝借したし、どれが醒遺物か探すとしますか。
お前らはそこで寝てろ。俺の仕事が終わるまで……な」
男は踵を返して刀剣フェスの展示室へと歩き始めた。
止めようにも、指先1つすら動かす事が出来ないでいる。
このままじゃ醒遺物とやらがあの男に奪われる。
力になれればと言っておきながら、ただ奪われる様を見る事しか出来ないのか? 俺は──────ッ!
こんな馬鹿な話があってたまるか。
激しい悔しさが俺の中に満ち溢れる。
何でだ。またこんな事で終わるのか、俺は?
そんな自分に対する失望と怒りが、胸の内側で渦を巻く。
震える脚で踏み出して、力が無いなりに足掻こうと決めた。
そのくせに、こうして地面に這いつくばるしか出来ないのか?
ふざけている。馬鹿げている。こんな結末を許して堪るか──────!!
だがどれだけ悔やんでも、俺にこの謎の力に対抗する手段がない。
俺にはただ、何もすることができないという強い無力感しかなかった。
下唇を千切れるほどに噛み締める。悔しさと怒り、そして自己嫌悪で頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。
そう思っていた、その時だった。
『──────えるか』
『────────────聞こえるか』
『力を求めるのは────────────お前か?』
脳裏に、何か声が響いたような気がした。