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第4話 青天の霹靂



「美しい──────」


男が繰り返すように、刀剣を眺めながら呟いた。

彼の名は白神土也。白神工芸資料館を作り出した館長である。整った顔立ちは、まるで二、三十代程の若々しさを見せるが、その実年齢は不明である。

端正な目鼻立ちと純白のスーツ、そして白きその頭髪はギリシャ彫刻を想起させる。その見蕩れる姿もまた、1枚の絵になるような美しさだった。


『白神さーん! 来ーましーたよー!』

「……ほう。もうそんな時間か」


そんな最中、美術館の裏口から声が聞こえる。

白神が出ると、そこには彼の知っている少年がいた。

長久始。この美術館に学芸員として通う長久詩遠の弟にして、懇意に資料整理を手伝ってくれる気のいい少年だ。

美術館所蔵の蔵書を自由に閲覧していいという条件で、資料整理を手伝ってもらうという契約をしている。

今夜もその一環として、放課後に彼が訪れた所であった。

にこやかに挨拶をする始に対し、白神館長は優しく扉を開けて彼を迎え入れた。





「久しぶりです! 白神さん」

「こんばんわ。相変わらず元気だね始くん。今日は資料の整理、よろしく頼むよ。いつもありがとう」

「いえ。こっちもここの蔵書読むの楽しみなので……。好きでやっている事だから、そんなお礼なんて……」

「謙虚なのは美徳だ。お姉さんに似て、他人に対して気遣う心の余裕があると見える」


夕暮れ時、時刻は6時になろうという所か。

もうすっかり顔なじみとなった白神工芸資料館を訪れる。

元々は姉の人脈を通じ、何か俺でも手伝える作業はないかと聞いた所、資料整理の人手が足りないと提案されたのがきっかけだった。

やってみると、これが単純に見えてなかなか神経を使う玄人向けの作業だった。ただ報酬として蔵書を貸し出してくれる。

一般ではなかなか見れない資料や図鑑を読めるという事が、知識欲が他人より旺盛な俺にとってのモチベーションだった。


「あ。始ー、今日のご飯は生姜焼きで良いー?」

「おっけー良いよー。ただ作業終わった後に休日に見る本見繕うから遅くなるかも。

 明日土曜だし、別に遅くなってもいいよね?」

「またー? あんまり館長に迷惑かけないでよねー? 職場で変な噂になりたくないし」

「ははは。私は問題ないよ。始くんとは、会話しているだけでも飽きないからね。

 斑鳩(いかるが)教授などいれば、もっと話が弾むのだろうが」


帰り支度をしていた姉とすれ違いながら資料室へと辿り着き、仕分けを始める。

集中力を使うが、経験があるのでそんなに苦ではない。今日もいつもと同じように7時台には終わると考えられる。

終わったら俺だけ残って興味深い資料や蔵書を見繕い、何事もなく終われば警備員さんに挨拶して帰宅……いつも通りのスケジュールだ。



そう。何事も無ければ──────。そう思っていたんだ。





順調に作業は進み、7時を回って整理が片付いた。

館長を含めた他の人たちは既に帰って、今の館内は俺と数人の警備員だけが残っている状態となる。

8時には閉まるので、それまでに何か興味ある資料や蔵書を見繕う。


「刀剣フェスやっているからかそれ関係のものが多いな……。

 天下五剣かぁ……、こういうの良いな……。あとは……西洋の剣とかの情報も興味あるな」


1人でぶつくさ言いながら考えを纏めつつ、資料を色々と検分する。

割と凝り性なところがあるせいか、1度集中するとつい時が経つのを忘れてしまう。

気が付いた時には7時55分。念のためスマホにかけていたアラームが鳴った事で、ようやく俺は時間が来たことに気付く事が出来た。


「まずい……。早く帰らないと。

 姉ちゃんも心配するし、警備の人に話し通さなきゃ……」


急いで荷物を纏め、資料室の電気を消し、そして警備員を探す。

あくまで厚意で残らせてもらっている立場だからこそ、きちんと筋を通して警備員に帰る旨を伝えなくてはならない。

その為に、いつものように警備員を探していたのだが──────この日は何かがおかしかった。


「……おかしいな……?

 いつもなら、1分でも歩けば誰かに出会うはずなんだけど……」


小さい美術館ではあるが、貴重なものを保管している事には変わりない。

故に深夜は基本的に警備員が4,5人ほど巡回している。警備会社にも入っており、監視体制は万全だ。

ただ今日に限って、何故かどこにも警備員が見当たらなかった。

何処にいるかと思いながら歩いていた所、俺はとんでもないものを見た。



警備員が、廊下に力なく倒れ伏していた。



「だ、大丈夫ですか!!?

 しっかり! 意識は……!?」

「う……ぐ……っ。体が……重い……。動け、な……!」


何があったのかわからないままに声を上げ、まずは意識を確認する。

反応があり一応は安堵する。が、よく見ると顔に無数の痣があった。これは明らかに、人為的な暴行によるものだ。

まさか……侵入者? でも、僅かでも異変があったのなら、すぐに警報が鳴るはず。

そう言うシステムが整っているはずなのに──────!


『何だ今の声は?』

『こっちから聞こえたぞ』

『さっき警備員のいた場所か』

「……ッ!! まずい」


声が聞こえてすぐに、駆ける足音が次々とこちらへと向かってくる。

迂闊だった。誰かが倒れているとなれば、それをやった何者かが既に入り込んでいると思うべきだった。

ひとまずは警備員さんを安全な場所に避難させようと、近くの部屋へと引きずって避難させる。


あとは速く逃げて警察に──────と、そう思考して動くよりも早く、あっという間に俺は囲まれた。

十数人程度の男たちが、金属バットやナイフを手に持っている。どこに出しても恥ずかしくないレベルで"強盗"としか言いようがない連中がそこにはいた。

だが。不可思議なのはその様子だった。明らかに目が正気じゃない。そいつらは全員まるで。遠くの景色を見ているかのように目の色がぼんやりとしていた。

まともな意識を感じられないとでもいうか、夢遊病患者か何かのようだ。しかも注意深く観察すると、中には学校や街で何度か見かけたチンピラたちも混ざっている。

なんでこんな奴らが、美術館に強盗を……? そう理由を考えようとしたが、そんな事を考える暇もなく奴らは俺に襲い掛かってきた。


「らぁっ!」

「ぬぅんっ!」

「っぶねぇ!?」


振りかざされた金属バットを躱す。掴みかかろうとする巨漢の腕を何とかしてすり抜ける。

……明らかにおかしい。俺みたいな、運動神経が高い方じゃない人間でも躱せるほど、コイツらも素人じゃない筈だ。体格や人相を見れば分かる。

けれど、こいつらの動きは目に見えて遅かった。おそらく目が正気じゃない事と関りがあるのかもしれない。

だがしかし、それはそれとして数が集まれば、躱しきるのにも限界があるというわけで──────。


「"仕事"を見られたからには、死んでもらうぜぇ!!」

「やっべ……!!」


ナイフを避けて転がる。

その先には大きく振りかぶられた金属バットが待ち構えていた。

バットは俺の胴体を狙っている。勢いづいた俺の身体では到底避けきれない。

あばらに罅が入るのは確実。そうとしか言えないほどのフルスイングだった。


あれが当たったら痛いのだろうな。怪我したら全治どれくらいなんだ?

姉ちゃん心配するかなぁ……。なんて思考がスローモーションで流れたように感じた。

常識的に考えて、この場を覆す手段がない。だから俺は逃避するように、呑気な考えで思考を埋め尽くしていた。


───そう。少なくとも、常識で考える内は……。



{“汝、己が信仰を地と説くなれば、我は吹き荒ぶ疾風となりて、その地より生まれし富を風へと帰さん”!!}

鋳風導々(ラスト・ブラスト)ッ!」



声が響いた。


凛とした女性の声だった。

合わせるように、凄まじいまでの突風が美術館の廊下に吹き荒れる。

まるでダイナマイトが至近距離で爆発したんじゃないかと錯覚するほどの、凄まじい速さの風だった。

余りの爆風を前に、俺は声の主が誰なのかを視認するよりも先に顔を両腕で覆う。そのまま強烈な圧を全身に受け、俺は盛大に転倒した。

いった何が起きたのか──────。状況を把握しようと起き上がって気付く。腹部に走ると思われていた、金属バットによる痛みが無い。

急いで立ち上がって体勢を立て直し、チンピラ達から距離を取る。すると目の前には、信じられない光景があった。


俺を殴ろうとしていたチンピラの金属バットが、ボロボロになって塵へと帰っていた。

いや、金属バットだけじゃない。ナイフに鎖、メリケンサックなどの彼らの装備が、突如として軒並み錆び果てて風化していたのだ。

流石の彼らも困惑している。当然だろう。爆風が吹いた途端、金属製の武器だけが何百年と時を経たかのように使い物にならなくなったのだから。

事態を知るべく彼らは響いた声の方向へと視線を向ける。俺も彼らと同じようにそちらを向いた。



そこにいたのは、俺の知っている人だった。



「君は──────!」

「まったく……つくづく縁のある方ですわね、貴方は。

 昨日も今日も……その前の夜も!」


呆れ顔でそう言い放った女性は、昨日俺が道案内をした女の子だった。

響く声は、先ほどの凛と響いた女性の声と全く同じ。つまり、先の現象を起こしたのは彼女という事になる。

理解が追い付かない。常識を超えたことが起き、そしてそれを起こしたのは、年端も行かない女の子。

何が起きているんだ……? まるで夢の中のような──────。


そうだ、俺は知っている。こんな"常識ではあり得ない出来事"を。

そんな事を考えている俺をよそに、少女は地面を蹴りチンピラ達のもとへと駆け、臨戦態勢を取った。

普通に考えれば、武器も持たずに女の子が大の男たちに対して向かうだなんて正気じゃない。

その筈なのに──────。


{“拘束せよ”!!}


彼女がそう叫びながら、何か縄のようなものを投げた。

暗がりで良く見えなかったが、その縄には何か文字のようなものが多数刻まれているように見えた。

何なのかと目を凝らそうとした時、その縄は一瞬のうちに広がった。獲物を捉える蜘蛛の巣のように、チンピラ達を包み込む。

それはまるで、縄が彼女の口にした言葉をそのまま現実に投影したかのような、物理法則ではあり得ない動きだった。


「すげぇ……」

「油断しないでください! まだ大勢います!」


安堵したのも束の間、騒ぎを聞きつけた強盗の仲間達がここに集まって来た。

十、二十……あるいはそれ以上か。加えてこいつらは、今までのチンピラたちとは違うと一目でわかる。

何故? きちんと目に光がある、正気の人間の眼をしている。さっきまでのような行動の遅さを期待できないのだろうか。

そんな事を考えていたら、またもや理解できない現象が続けざまに巻き起こった。


{{{“我が心、満たされることなく。永劫燃え上がりし炎である”!!}}}

熱血癇(パッショーネ)ッ!!』


駆け付けた奴らが、一斉にそう唱える。

すると突如としてその男たちの心臓のあたりが燃え上がり、そしてそのままその炎が掌へと燃え移った。

火炎放射器の暴発? いや違う。奴らが手に宿した炎は燃え広がる様子を見せず手に留まっている。

熱がる様子も見せないし、火災報知器も作動していない。その発した炎が普通の炎じゃないというの事は明らかだった。


「話に聞いていた"機関"のガキか。待っていたぜェ」

「コイツを捕まえりゃあ、海東さんからのボーナス確定だァ!」

「丁重にお縄につきなさい。今ならまだ、貴方がたはやり直せるはずですので」


これから何が起きようとしているのか、詳しい事は一切分からない。

そもそもどういう経緯でこうなっているのか。この強盗達が何者なのかすら分かっていないのが現状だ。

今この場において俺は、最も無力で無知な存在と言っても過言ではないだろう。


ただ1つ……1つだけ分かる事がある。

俺は今、明らかに巻き込まれちゃいけないことに巻き込まれている。

それも、本来ならば知ってはいけないような領域の話に。

これだけは本当に、心の底から理解できていた。



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