第39話 2つの聖遺物
『全く。愚かだとは思っていたが、ここまでとはな』
「ッ! クリス!? お前、今までどこ行ってたんだ?」
『常に呼び掛けていたわ戯けが。お前が思考を一人奔るせいで、こちらの声が届かなかっただけだ』
「……そうか。俺、そんな集中して考え込んでいたのか」
クリスの叱咤が脳裏に響き、初めて俺は自分がどれだけ我武者羅に考えていたかを自覚した。
今はディアドラの言葉で考えを改めてがいるが、醒遺物であるクリスの声も無視する程だったとは。
我ながら、猪突猛進具合にほとほと呆れが差す話だ。
『その分意志が強いと言えなくもないがな。
吾輩の声すら凌駕する意志を見るのは久しぶりだが、そうでなくては我が破滅掌者は務まらん』
「まぁ、その意志の強さは、長所とも短所とも取れますがね」
「あれ? ディアドラ、クリスの声が聞こえているのか?」
「ええ、不思議と。手を繋いでいるからでしょうか」
『都合がいい。長久始、御身に対する考察を告げる』
いつものように冷たく抑揚のない声でクリスは告げる。
しかしどこか、その声色には上機嫌さを感じさせるような気がした。
意外な声色ではあるが、俺に声が届いたことに嬉しさでも感じているのだろうか?
『始、御身が重視している物は、人と人との繋がりだな?』
「……? いや、俺はただ、誰にも苦しんでほしくないだけで、繋がりとかは……」
『人間はそれぞれ、支え合って生きている。御身が吾輩に語った事だ』
「そんなことまで覚えていたのか。あれは人間社会の説明で、俺の事じゃ……」
『そうか? 吾輩には、御身が自分に対して言い聞かせているようにも聞こえたぞ』
「──────。お前まさか、あの時俺に対して厳しい言い方して聞いたりしてたのは……」
『御身の本質を計りたかったからだ。御身は他者を気にかけてばかりだったからな。
本当に此奴には自分が存在するのかと試したかった。ヴェールを剥いで見れば、予想以上に強固な自我があったがな』
何でそんな事を、と問おうとしたが、冷静に考えればこいつにとっては死活問題だったと気付く。
醒遺物であるクリスにとって、契約した破滅掌者である俺の意志は、存在を持続させるための重要な要素だ。
それが生半可な物だったらすぐに壊れてしまうし、他者の事しか考えないとなれば取り返しのつかない事態を生みかねない。
コイツが俺について知ろうとするという事は、ごく自然な行いだったのか。
「で? そんな俺を知って、どう思ったわけだお前は」
『幼少期に刻まれた、命の無常さと儚さ、そして最も近しい繋がりの消失。
それはお前に無力感を刻みつけ、そしてその無力感は誰かを助けたいという渇望を生み出した。
要はお前の持つ、誰かを助けたいという渇きは、一番最初に近しい人間を失った事に起因する』
「ああ、そうだ。俺は父さんと母さんを助けられなかったから、代わりに誰かを助ける事で」
『それは結果に過ぎない。お前が本当に欲していたのは、罪滅ぼしではない。繋がりなのだ』
「なんでそう言い切れるんだよ」
『街の人々を助け、手伝い、結果として得た繋がりを、御身は心より喜んでいたからだ』
「──────っ」
クリスの指摘で、俺は目から鱗が落ちたかのような錯覚を覚えた。
閉ざされていた感覚が、一気に開くような感覚。そうだ。俺は今まで誰かを助ける事で、誰かと繋がり合う事が嬉しかった。
助けた事でお礼を言われる事。それを機に人づきあいが拡がる事。それが連なって、大勢の人と友達になる事が、生きがいとも言えた。
助けられなかった両親の代わりに皆を助けていたんじゃない。失われた両親という繋がりを埋める為、俺は大勢と繋がりたかったんだ。
『大方、両親と言う最も近い命が失われ、感情のやり場を無くした結果だろう。
繋がりとはすぐに失われる。だからとにかく多くの人と繋がりたい。だからその手段として、人を助け続けた』
「そうか……。俺が誰かを助ける時、本当に欲しかったのは、誰かとの絆だったんだ……」
『まぁそれ以外にも、純粋に誰かが苦しむのを見たくなかったというのもあるだろうが。
どれも御身の本音であった。御身のその構成要素は、全て疑いようのない本物だった』
「そのような繋がりを重視する人を、私たちは疑っていたわけですか。恥ずかしい話ですわね」
「とんだ回り道をしてたみたいだな、俺は。まぁそのおかげで、皆とも出会えたから良いけど」
『良い訳あるか痴れ者が! 御身の欠点は、初めて抱いた時の無力感をずっと引きずり続けた事だ。
繋がりを何よりも重視するくせに、後悔に囚われ己の価値を見誤り、自分に仲間となるような者などいないと早合点した!
今までは命の儚さを知っていたが故にギリギリで留まっていたが、此度は最悪その命を投げ出す所であったのだぞ!』
「その通りです。1人で考える前に、まずは私たちに相談してください」
「……ありがとう。そして、ごめん」
「話は、纏まったと見て良いか?」
突如として、大地が脈動したと紛う程の震動が響いた。
違う。これは声だ。誰の? クリスでもなければディアドラでもなく、ましてや俺自身でもない。
ならば1人しかいないだろう。この場において俺たち以外に存在し、未だ尚討伐されていない"災害"が。
「素晴らしい……。実に……っ!
再び戦う覚悟を決めた英雄に、傷を受けても尚蘇った英雄か!
これぞ我が闘争に相応しいッ! 第2ラウンドを始めようかァ!」
「まァ、あの程度で死ぬわけねぇって話なンダよなァ」
「ディアドラの攻撃、大分アイツの身体削ってたはずだけど?」
「基本アイツに向けたのは"土"関連の攻撃だ。"水"を基礎に置く竜には強く出れる筈なンダがね」
「笑止ッ! 竜とは森羅万象遍く禍災の具現! 水害などと言う1つの側面のみを切り取るなど不可能よォ!!」
「……ってなわけだ。俺1人じゃアイツは倒せない」
「じゃ、一緒にやるかディアドラ」
『吾輩も、な?』
起き上がった室岡の竜としての肉体は、既にダメージが完治していた。
体格もさっきより巨大化しており、公園に生える大樹よりも大きく見える。
明らかに常軌を逸した再生力と体躯に、こちらの身が竦みそうになる。
だが、生憎こっちの覚悟は再完了したばかりだ。
{“始めに、言葉在りき”──────!!}
{“汝、己が信仰を水と説くなれば”──────!!}
俺とディアドラは互いにロゴス能力を励起させ、フルスロットルで立ち向かう。
室岡の攻撃が繰り出されるが、即座に見切り隙を穿つように狙う。どうやら奴はとうに本気らしい。
当然、俺とディアドラも本気だった。美術館内では出せなかったような大技が次々と繰り出される。
俺はディアドラの攻撃を時にはサポートし、そして時には攻撃を共に受ける盾として立った。
「やるなァ始。腕上げたな」
「ディアドラこそ、前より息合ってないか?」
「互いに分かり合ったから、じゃねぇの?」
「違いない」
「雄々、御嗚……っ! 素晴らしき哉っ!!
栄光ッ!! 御嗚ッ、栄光ァッッ!!
その雄姿こそ進化の証ッ! その在り方こそ希望の象徴! もっと俺に見せてくれ!
お前たちの無限の可能性をォォッッ!!」
「相も変わらず回る口だな。叫びてぇなら悲鳴でも叫んでいろ!」
優勢さは俺たちにあったが、戦闘の流れは室岡に取られていた。
どれだけ攻撃を当てても、歓喜の声をあげるばかりで一向にダメージが溜まっている気配がない。
ロゴス能力者は意志の強さが強さになる。こいつの場合、戦闘中の興奮こそがそ意志を補強しているのか。
ならばこいつは厄介だ。何度攻撃しても、その攻撃の素晴らしさに喜び傷を治してしまう。
奴にダメージを与えられる強い攻撃に成功する事が、奴の回復手段にもなるのだ。
はっきり言うがこんなもの、倒しようがない。
『オイ、諦めるのか?』
「なわけねぇだろ、馬鹿野郎」
『その意気だ』
発破をかけられるが、こんな大災害みたいな奴をどうすれば良いのか。
現状苦戦する事はないが、問題はディアドラが奴から受けたダメージだった。
援軍が来るまで戦い続ける、としてもディアドラが何時まで保つか心配だ。
今だって気丈に戦っているが、そのダメージは並大抵の物じゃないはず。
そのためにも、俺が奴を倒す打開策を見つける事が急務となっていた。
「浮かぶには浮かぶが……。これは、出来る事なのか?」
『何をする気だ?』
「醒遺物を使う。それしか手はない」
『それを選ぶか。まぁ無理だろうな。実力差を埋めるには確かにそれしかないが』
「クリス、お前が醒遺物を扱うってのは出来んのか?」
『無理だ。醒遺物を起動する意志が、吾輩には存在しない。
道具が道具を扱えるか? それと同義だ』
「じゃあ、俺が使うしかないのか?」
『アレを使いこなす気なら、吾輩の時のようにはいかんぞ。
アレは恐らく使い手側すらも選ぶ醒遺物。下手すれば食われるぞ』
「そうは言っても、あんな再生能力相手取るには──────」
「休む暇はないぞぉ英雄よォ!」
「……っべ! クリス、ガードっ!」
咄嗟に意力の全てを防御に回し、飛んできた室岡の握り拳を防ぐ。
その拳は巨岩と言ってもいい程のサイズであり、威力を殺しきる事などもはや不可能。
俺は全身を意力で覆うも、その身体はビリヤードの弾のように弾き出された。
「始ェ!!」
「まずは1人。さて次はどうする。どの様な力に進化する!
さぁ俺に魅せてくれよ! お前の進化の可能性をォ!」
「相変わらず莫迦の一つ覚えみたいに。まずはテメェがバカから進化しやがれ」
「愚かは罪か? 賢は正義か? 正しいだけが人間かっ!? それは違うっ!
無為! 無駄! 無謀!! 人類の歴史は、愚行権の行使によって進化し続けてきたァッ!
そう。愚かこそ人の証! 貴様も進化したいなれば、馬鹿になるがいい!」
「テメェのどこが人間だ!? 鏡見てみろこの"災害"がぁッ!!」
吹き飛ぶ中で、ディアドラと室岡の舌戦が交わりのが聞こえる。
意識が飛びそうになる激速の中、激戦の火蓋が落ちる瞬間が目に映る。
その刹那、ディアドラの表情が僅かに苦しそうなのが見えた。
やっぱり治療直後に戦うだなんて無茶だったんだ。
彼女を助ける為にも、俺は手を打たなければ。そう思考しながら、俺は壁に激突する。
壁を1枚突き破り、2枚ぶち抜き、3枚目でようやく瓦礫を生み出しながらも俺は停止出来た。
「がはっ! げふっ!」
『どうやら、天は御身に味方しているようだな?』
「そういうのは、ちゃんと思いついた策がうまくいってから言ってくれよ」
呼吸を整えながら周囲を見渡す。
目の前に広がる光景を見て、クリスは上機嫌そうな口調で俺に囁いた。
此処に飛ばされたのは、室岡の計画通りか? いや、それはない。単なる偶然だろう。
何故ならここに俺を飛ばすという事は、俺にとって有利に運ぶ事を意味する。
──────この、"白神工芸資料館"には、もう1つの醒遺物が眠っているのだから。
『始、本当にやる気か』
「言いたい事は分かっている。
けど、もうここまで来たら俺の好きにして良いよな」
『フン、好きにしろ。御身が死んでも、吾輩が死ぬわけではない。
次はあの女を次の破滅掌者にするまでだ』
「そいつは困る。ディアドラをこれ以上困らせるのは嫌だ」
『ならば逃げろ。あるいは──────使いこなせ』
「分かってるよ」
頭の中に響く声に、俺は格好つけながら鷹揚に頷いた。
クリスなりに発破をかけたつもりなんだろう。ならそれに応えるまでだ。
目の前には、俺が突っ込んだせいでぐしゃぐしゃに壊れてしまったガラスケース。
だがその中身たる1本の刀剣は、傷1つ付けずに地面に逆さに突き刺さっていた。
刀身の半分が地面に埋まっている。その切れ味は衰えていないらしい。
月光を怪しく反射して輝くその刃を前に、怪しい魅力を感じながら"それ"と会話を試みる。
「なぁ、……声、分かるかどうか知らねぇけど、助けてくれないか」
「今、外にバケモンがいるんだ。アンタは化物殺しの刀剣なんだろ?」
答えはない。だが俺は1歩、また1歩とその刀剣に歩を進める。
俺1人じゃあの化物に勝てない。だったら頼れる物に頼る。そう決めたばかりだ。
だったら、手の届く範囲にある策は、全て試したい。だって後悔したくないから。
たとえそれが無謀な挑戦でも、命ある限り、俺は挑んでやる。
「──────頼む。力を貸してくれ。"童子切"」
今此処で負ければ、全員が死ぬ。
それだけは嫌だ。俺は皆を救いたい。
そんな純粋な願いを胸に抱きながら、俺は地に突き立った呪われし刃の柄を握り締めた。




